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Ⅳ.風笛の神殿  24.ヘカテミスの、事情(わけ)。

 ヘカテミスの家庭の事情みたいな、話です。

女の人ってこういうのが、好きみたいですけど、ほんとかなあ?

でも、実際巻き込まれるのって、どうなのよ?

的な感じも持ちつつ、今回も頑張れよ、純子。

いや、負けるな、サンチュ、って感じか?

 がたんと音を立てて馬車が止まった。いつしか眠っていた純子も目を覚ますぐらいに。女官たちが馬車を降りていく。いつの間にか、ヘカテミスも純子の元を離れて馬車を降りようとしていた。純子たちもその後についていく。シニンの手助けはサンチュがしていた。

 外はもう日が落ちて、暗がりが広がっていた。風笛の神殿に着いたのかと思った純子ではあったが、見渡すと様子が違う。まだ山頂への道の途中のようだ。

「あの、ここはどこなんですか?」

 女官の一人が静かに答えてくれた。

「ここはヘカテミス様のご両親がお亡くなりになった場所です」

「ヘカちゃんの……!」

 女官たちは手に行灯を持っていた。彼女達が集まって照らし出しているところ、そこには小さな石碑が立っていた。その前にヘカテミスはしゃがみこんで手を合わせている。花が供えられてる。

「数年前ですが、ヘカテミス様とご両親はここで事故に逢われたのです。道を誤ったのか、ここから馬車ごと転落して……。ヘカテミス様は九死に一生を得たのですが、ご両親のご遺体は川の中から……。それからヘカテミス様は神官職を引き継ぐことになったのです」

「ヘカテミス様、お可哀想……」サンチュが呟いた。

「うん、風の噂に聞いたことがある。両親を無くした子供の神官のことを」シニンも呟いた。

 両親への祈りを済ませたのか、ヘカテミスは馬車へ戻ってきた。そして純子のドレスのすそをぎゅっと掴んだ。女官たち、そして純子、サンチュ、シニンも石碑に祈りを捧げる。

「ヘカテミス様はそれはまだ年端の行かない子供で、神官という仕事はとてもできないであろうと。急遽、母上様の妹様、つまりヘカテミス様の叔母様が筆頭神官の地位に就かれたのです」

「叔母様が……」

「はい。ウレアハル・ヘカウト様です。ヘカテミス様は今、ウレアハル様の元で見習い神官として修行を積んでいるのです。私どもはいつの日かヘカテミス様が筆頭神官になられることと思って、お使えしているのです」

「だが、その筆頭神官殿とヘカテミスとの間がぎくしゃくしているとの噂も聞いた事があるが?」

 シニンの言葉で女官は明らかにうろたえた。

「い、いえ……そのようなことは……申し訳ありません。それ以上は私の口からは……」

 女官は足早に立ち去った。

「そうなの? シニン」

「ま、他人のことにあれこれ口を挟めるような立場じゃないがね」シニンが自嘲するように言った。


 もう夜になっていた。月の明かりも無い、街灯も何も無い真っ暗な道になっていた。女官たちは手に持っていた行灯を馬車に付けている。これで少しでも道が明るくなるようだ。馬車はゆっくりと動き出す。さすがに速度は出せない。歩くぐらいの速度で馬車は進んでいく。

「神殿のような明かりがあれば、もっと早く進めるのですけど」

 女官が呟いた。ヘカテミスを抱っこして、純子が聞く。

「叔母様、筆頭神官様というのは、どのような方なのですか?」

「ウレアハル様は……」言いよどんだ女官の後をヘカテミスが引き継いだ。

「怒りんぼ。あたしに怒ってばっかり。あんな叔母様、嫌い。会いたくない」

「ヘカテミス様!」

 ヘカテミスは純子の胸に顔を埋めた。それだけに純子は感じていた。ヘカテミスが小さく震えていることを。さっきのシニンの言葉と今のヘカテミスの言葉を重ねてみる。

(ヘカちゃんのところもあまり旨くいってないって感じよね)

『うーん、みんな考えすぎなんだと思うけどなあ』

(あんた、お気楽でいいわよねー)

 ヘカテミスは呟いている。

「叔母様は女神の声が聞こえないの。でもそれを認めないの。だからあたしに厳しく当たるの。あたしは本当のことを言っているのに、女神の声を伝えているだけなのに……」

「ヘカテミス様、そのことをウレアハル様に言ってはいけません。私たちはヘカテミス様のことを心から信じております。でもウレアハル様と喧嘩なされれば、それだけかえって辛くなります。どうか、どうか、ウレアハル様と仲良く……」

「嫌い! 叔母様なんて、大嫌い!」

 純子はヘカテミスの頭を撫でた。

「うーんとね、味方になれるかどうかわかんないけど、決して見捨てたりしないことだけは約束する」

 ヘカテミスは顔を上げてじっと純子の顔を見た。

「お姉ちゃん……ありがとう」そして、言葉を続けた。

「お姉ちゃん――ところで、誰?」

(はあ?)

 純子はヘカテミスの顔を見つめた。ヘカテミスはサンチュ、シニンの顔も覚えていないようだ。

「ど、どういうことなんですか?」

「申し訳ありません」女官が慌てて説明する。

「説明を忘れていました。ヘカテミス様はその、憑かれたときと素面のときはまったく別人なのです。記憶もそれぞれで別れて持っているようなのです。ですから、御自分が何をしたのか、記憶がまったく無いこともあるのです。今回も何も覚えていらっしゃらないご様子かと思います」

 純子は目の前の少女の顔を見つめた。

(酔っ払って記憶をなくすとか聞いたことあるけど、それの酷い版みたいなこと? この歳でそんなだなんて、酷くない?)

 サンチュも同じ思いになったのだろうか。ヘカテミスに「可哀想……」と話しかけた。そのサンチュの手をヘカテミスは跳ね除ける。

「こっちのお姉ちゃんは胸がないから嫌い!」

(はあっ?)

『こいつ、わからんことだらけだ』タンヌがぼやいた。


「叔母様も、叔母様も胸がないの。でもお母様は違ったわ。大きなおっぱいだったの。そのおっぱい、あたし大好きだった。顔を埋めるのがとっても好きだったの。だからあたしもおっきなおっぱいが欲しいの。このお姉ちゃんみたいなおっぱいが欲しいの。だからこのお姉ちゃん、大好き!」

『胸か、あたしは胸で選ばれたのか』

 タンヌが呆然と呟いた。サンチュは青い顔でヘカテミスを見つめている。

「ヘカちゃん。サンチュは叔母様とはきっと違って、優しくて素直な娘よ。あたしが保証するから。だから安心していいわよ」

「嫌いなものは嫌いっ!」ヘカテミスは顔を背けた。

(ちょっとは窘めたほうがいいかな)純子がそう思ったときだった。異様な気配に気がついた。

 サンチュが怒っていた。

 目が釣りあがり、ヘカテミスをにらみつけている。気品のある美貌がまるで夜叉のようだった。純子ですら、その迫力に気おされた。

『だ、だからサンチュは怒らせると怖いのよね。できるだけ怒らせないようにしてたんだけど』

 タンヌの声が震えている。

(そういうことは先に言えよ!)頭の中で怒鳴っても事は遅い。

「えっとね、へ、ヘカちゃん。サンチュは嫌いにならないほうがいいと思うなー」

「知ってます。あたしの胸がないことぐらい。でも近いうちにお姉ちゃんと同じぐらい大きな胸になるんです。

 ええ、きっとなります。なってみせます! そのときになって泣きついてきても、あたし、知りませんから」

 低くて静かな声だけに迫力満点だった。その声に圧倒されたのか、ヘカテミスが小さく返事した。

「ごめんなさい。ヘカテミスが我がままでした。許してください……」

 その声でサンチュはにっこりと微笑んだ。まだその目は少し涙ぐんでいたけれど。

「わかっていただければ、いいんです。神官様」

「はい。胸の無いお姉ちゃん」

 サンチュの血管が切れた音が聞こえたような気がした。


 危なかった。なんとか時間内にアップできそうだ。

頑張ったな、オイラ。(笑

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