22.街道上の、乱闘。
まあ、救世主には違いないんですけど……
白馬の王子様ではなかったようです。でも子供じゃん。
純子、あんたが頑張らないと、いけんよ。
さあ、今夜も頑張れ、純子!
馬車は街を通らないで、川沿いのがけの上の道を上流へと向かう。細くて曲がりくねった道は大きな馬車には目いっぱいの幅のようだ。
揺れる馬車の中では、サンチュが純子の顔についた汚れをふき取っていた。時折、馬車が揺れるとサンチュの指が純子の鼻の穴に入ろうとする。サンチュの指をかわしながら純子は少女に言った。
「あ、あの、教えてください。あたし、その……大バカモノだから何も知らなくて。えっとあなたたちはいったい誰なんですか?」
『無知なのはジュンコであって、タンヌじゃないよー』
頬を膨らますタンヌを無視。純子は一瞬、少女が見せた「やれやれ」という表情を大人の寛容さでスルーする。
(我慢、我慢よ。純子)そう純子は自分に言い聞かせた。
「我は風笛の神殿の神官、ヘカテミス・ヘカウトなり。これらのものは我に仕えし、女官どもよ」
ヘカテミスの言葉で、同席している女官たちが軽く会釈した。つられて純子も会釈する。そして、純子たちも自己紹介した。
「で、どうしてあたしを助けてくださった……」
「さて、ではどういう理由であそこに捕まっておったのか……」
純子とヘカテミスは顔を見合わせた。質問がぶつかった、そう思ったのだ。ヘカテミスは純子をにらみつける。まるで我慢比べ。今度も折れたのは純子の方。
「えっと、捕まった理由はよくわからないんですけど、えへへ。なんだか、剣断……殿に睨まれちゃったみたいで」
要領を得ない純子の話に、ヘカテミスはうんざりした顔。
「何ゆえ、このようなものを助けねばならぬのやら……その方を助けた理由は、女神の宣託によるものじゃ」
「せんたく……洗濯? なにか、洗うんですか?」
「御宣託! 女神のお告げのことじゃ!」
真剣にボケている純子と真剣に反論するヘカテミスの会話で、サンチュはクスクス笑っている。周りの女官たちですら、口元や顔を隠して笑っているようだ。
「はあ、すみません。……で、どういう御宣託があったんでしょうか?」
「王宮へ行き、娘を得よと。亡き王妃の子供に関することであるらしい。その方ら、何か知っておるか? あまり期待はしておらぬが」
ヘカテミスの期待どおりの「何も知りません」という返事。失望から横を向くヘカテミスに、純子は訊いた。
「あの、ここのことは全然知らないんです。女神……様っていったいなんですか?風笛の神殿というのはなんでしょう?」
ヘカテミスが呆れた声を出すよりも早く、馬車の外から大きな声が聞こえた。
「ヘカテミス様! 追っ手でございます。後方より馬がきます」
ヘカテミスはその声に応える。
「何騎じゃ? 馬以外にはおらぬのか!」
「一騎だけです。他には見えませぬ!」
ヘカテミスは考え込んだ。
「一頭だけ? 力ずくで奪い返そうというのではないのか?」
純子も馬車の窓を覆っているカーテンを少し開いて後方を見た。確かに馬が一頭だけ、すごい勢いで迫ってくる。その馬上、見覚えのある鎧兜。
「ヘリシェファ……追捕師だ」
純子の声にヘカテミスも外を覗き込んで確認した。その上で馬車の速度を落とさせる。
「待たれい! 神官ヘカテミス殿、待たれい!」
馬車に追いつくと、ヘリシェファは大声を上げた。兜を取る。馬車を止めたヘカテミスが窓から顔を出した。
「ヘカテミスは我なるぞ。何用か、述べよ!」
「追捕師、ヘリシェファ・バアールなり。なにとぞ、ワシの話を聞きたまえ!」
純子もついと顔を出した。
「ヘリシェファさん、追捕師は首になったんじゃないの?」
「あ、タンヌ。そこにいたのか……ああ、そのはずじゃったんだがの。お前が出て行ってすぐ、剣断殿に呼び出されてな、再度追捕師に任命されたんじゃ」
「えー、でまた引き受けちゃったの?」
「いや、バアール家の代々の仕事だからのう。ワシの代で打ち切るというのもなかなか抵抗があってな……。いや、お前と話していると調子が狂う。神官殿に話しにきたんじゃ」
「我に何の用じゃ?」
ヘカテミスが大儀そうに言った。
「タンヌ……その娘にいかなる問題があって、連れて行かれるのやら。そしてどこへ行かれるのか。なにとぞ、お教え願いたい」
「女神の宣託じゃ。女神キュベレーの命じるままである。そして女神のおられる風笛の神殿へまいる。それが不服と申されるのか?」
「ふ、不服などとんでもござらぬ。ただ、女神の用が済み次第、街へ返していただきたい。剣断殿も先ほどの判決は間違っておったと詫びておった。もう、その娘には危害は加えないとのことである」
純子の目には涙が浮かんできた。(無罪ってことじゃん!)
「ヘリシェファ……」そう純子が呟いたときだった。悲鳴にも似た声が響いた。
「後方より数頭の馬がきます! ……前方からも! 挟まれました」
純子は慌てて回りを見た。新しくやってきた馬たちは馬車を取り巻く。鎧兜、手には剣や槍を持って構えている。兜の下には黒覆面をしていた。
(覆面! ……セランと同じのだ)純子は思い出した。
「何奴っ! ……名乗らぬか!」
追捕師の声にも反応はない。そして機を伺って一気に切りかかってきた。慌ててヘリシェファは剣を抜くと、防御に入る。その間に他の馬は馬車に襲い掛かってきた。あの薙刀に似た棒で闘う女官たち。しかし、運動性、早さ、何よりも体力の面で力の差は明らかだった。女官たちは打ちのめされ、あるいは追い立てられていく。
覆面の男が馬車に乗り込んできた。サンチュが悲鳴を上げながらも、シニンを護るように盾になる。
そこへヘカテミスの手が一閃。男の喉下には紫の蛇が喰らいついていた。絶叫を上げて馬車から落ちていく男。その後に続くようにヘカテミスが馬車を降りた。女官が二人、棒を構えて警護する。
「我を女神キュベレーの神官、ヘカテミスと知ってのこの狼藉。命を持って代償を払うがよい。覚悟せよ!」
ヘカテミスの両手が何かの印を結んだ。次の瞬間、純子には光と風圧しか感じなかった。煌く何かが男達の方へと飛んでいく。そして強烈に跳ね飛ばした。
それにもかかわらず襲ってくる男達。その男達もヘカテミスの不思議な力で次々と飛ばされていく。その様子を純子は呆然と眺めていた。
(何これ……? CG合成? それとも特殊撮影か何かなの?)
『しいじいというのはわかんないけど、これが噂の女神さまのお力よ!』
タンヌがうれしそうな声を上げた。
しばらくすると、男たちはのびているか、逃走していた。追捕師も剣を収めている。
「おぬし、剣断殿に騙されたな」シニンが言っているのが純子に聞こえる。
「騙された……?」
「あの男達がくるまでの時間稼ぎに使われたということだ。おぬしは話し合いのつもりだったかもしれんが、剣断殿のおつもりは違っていたようだな」
ヘリシェファの顔がみるみる紅潮した。
「……あの若造が! くそっ、叩っ切ってやる!」
「よせ。相手が上手だ。このまま帰ったらこいつらが全滅したこともお前のせいにされかねんぞ。今は我慢しろ。私らと一緒に神殿までこい。それからゆっくり考えよう」
シニンの言葉に、ヘリシェファはしぶしぶ頷いた。
今のところ、一日一膳……一日一話で順調にきてますね。
明日は第四章に突っ込みます。もちろん、「風笛の神殿」編です。
元の作品では「風の神殿」だったのですが、変えました。
もちろん、中身も変わりますけどね。
さあ、「フォースゲートオープン!」
では




