13.混乱する、取調べ。
なんとか、今日に間に合うか。頑張れ、純子!
「私は私の好きにする。その、タンヌという娘に興味があるんでな。手放したくはないんだよ。で、その二人はどうするつもりなんだ?」
シニンの言葉にヘリシェファは黙った。
「……剣断殿のところにこの二人の話を持ち込んだのじゃ。別に大した話のつもりはなかった。ただ、ひっぱたかれたこと。それは巨乳で片目の娘と言っただけなのに、なぜか剣断殿は大いに驚かれたのじゃよ。そして、直ちに斬罪を与えよと命じたのじゃ」
「ざんけい……?」純子はつぶやいた。字が思いつかなかったのだ。首を切ることだとのモイルの返事に青ざめる。
「で、それでここに斬罪を執行しにきたわけか?」
シニンの言葉は笑っていた。
「まさかな。取り調べもろくにせず、死罪を申し渡すのはおかしいと反論したのじゃ。剣断殿は苦虫を噛み潰したような顔をして聞いておられたが、わかったと申されるとついと消えてしまわれたわ。だから今日のところは、刑の執行はない」
純子は安堵のため息をついた。サンチュが涙目でしがみついている。
「だが、いったい剣断殿との間でなにがあった? そなたら、なにをしでかしたのじゃ?」
純子とサンチュは顔を見合わせた。
「見に覚えがないとな? 罪を犯したものは大概そう言うものじゃが」
「本当に何もないのでございます!」純子は力説した。
「家にやってきた衛士に暴行を受けて、目までえぐられたと。そして逃げた結果、ここにいるのかということなのか」
「何の理由も思いつきません」サンチュも参加する。
「しかし、その暴行の最中に剣断殿を見たのか」
「見たどころか、この右目をえぐった本人が剣断……殿でございます!」
つい、目から涙がこぼれ落ちた。(興奮すると出ちゃうんだよね)
「わかった。その件については剣断殿に明朝にでも理由を尋ねるとしよう。もっとも理由を話すかどうかは剣断殿次第ではあるが……」
ヘリシェファは考え込んだ。が、物音でその思考が破られる。
「何事じゃ!」
追捕師のお供が通路の奥、扉のところで何か話している。
「食事だそうです」
「食事だと? こんな時間にか」
そのお供が手にトレイを持ってきた。その上にはパンにスープのようなもの。
「もうとっくに食事の時間は過ぎているはずだがな。どうする? 食するか?」
ヘリシェファが顔を上げると、そこには涎を垂らす純子の姿。その頭の中でもタンヌが同様に涎を垂らしている。
「い、いえ。夕食はパン1個じゃあ足りなくて……」
口元の涎をぬぐいながら、純子が言う。追捕師は苦笑した。
「まあ、捨てるのもなんだ。きっと残り物だろう。じゃあ、食べ――」
喜んで純子が手を伸ばしたときだった。モイルが口を挟む。
「待った。なんか変だよ。ちょっと貸して」
追捕師の手から皿を受け取る。何か薬のようなものをふりかけた。そして見つめている。
「やっぱり……毒が入っている」
「ええっ?」
「何っ!」
ヘリシェファが叫ぶ。
「今の者を捕まえろ! 食事を運んできた奴だ!」
お供の衛士が扉の向こうへ消える。しかし、しばらくして報告を聞いた追捕師の顔がゆがんだ。
「取り逃がしたか……。逃げ足の速い奴だ。しかし、何の目的で毒をいれた?」
「そりゃ、お前。口封じだよ。この子達にしゃべられてはまずいことでもあるのか、あるいはそのことを知られたと思っている奴がいるってことさ」
シニンの冷静な声が響いた。
「何を知っておる? まだ話してない事があるのではないのか!」
『やかん頭から湯気が立ってる~』
怒り狂う追捕師を見て、呑気なタンヌのコメントに、純子は怒りさえ覚えた。身の内でなかったら、首根っこを捕まえていたかもしれない。
「本当に申し上げたことだけでございます。ボクたちは何も知りません」
平身低頭、サンチュが侘びをする。
純子が恐る恐る意見を言う。剣断殿をすぐに調べるという訳にはいかないのかと。
「だめじゃ。証拠があるまい」
追捕師の言葉に純子は従うしかなかった。
「証拠もなしにそんなことを言えば、こちらの首が飛であろう。それとも目を取られた私怨を果たすがためか?」
そうですと言いたい純子だが、黙っている。先ほど、シニンが注意されたばかりだ。
「だが、奇妙なことに巻き込まれていることはわかった。警備のものを手配するとしよう。食事にも気をつけさせる。不審な者を見かけたら、すぐにワシのところへ連絡が来るようにしよう」
(ヘリシェファ様……)純子は感激の瞳で見上げた。こちらの世界へ来てから、これほどはっきりと身の安全を宣言されたのは初めてだからだ。
(純子、純子、感動してます)
「なんとしても護らねばなるまい。殺すには惜しい……」
『うんうん。タンヌもそう思うよ』
タンヌが腕組みをして頷いている。
「これほどの巨乳の持ち主をあっさり失ったなどというのは、あまりにも惜しい。もったいない」
「そ、そこですか!?」
純子は呆然とした。一瞬でも光り輝いていたヘリシェファのイメージ像が音を立てて崩れていく。
「サンチュにしても大変な美人。胸はないが、引き締まった大変よいケツをしておる。これまた無くすには未練がある」
「!」
サンチュは絶句していた。自分のお尻を両手で押さえて、真っ赤な顔をしている。
「今夜は交代で番に当たろう。そのほうらは、安心して眠るがよいぞ」
高笑いとともに、追捕師とそのお供は扉の向こうへ消えた。
(できることなら、殴りつけたい。今度は平手じゃなくてグーで殴りつけたい)
純子は怒りで震えていた。だが、自分達を護ってくれるというのに殴りつけるのも道理があわない。
『いいじゃん。胸褒められて、お尻も褒められたんだから、何怒ってるの? ジュンコは』
(うるせえっ!)
八つ当たりにも似た怒りを純子はタンヌにぶつけた。
(くそ、あの食事、おいしそうだったな……)
横になっても純子は眠れなかった。冷たい石の床の上。薄っぺらな毛布一枚では冷たさも防げない。サンチュも同じ気持ちなのだろう。純子にぴったりと寄り添って、少しでも冷気をしのごうとしている。
(お腹すいた……。毒でもいいから食っちまった方がよかったのかも……)
サンチュが身動きする。
「お姉ちゃん……お腹すいたね」
「うん。毒でも食べたほうがよかったかもって思ってた」
「あたしも……」
二人の小声が聞こえたのだろう、格子戸の向こうからモイルの声がした。
「おい。今そっちへ投げるからうまく受け止めろよ」
何のことかと純子が身を起す。乾いた音を立てて、床の上を滑ってくるもの。それを何とか、拾うと包みを開ける。中には固いがパンのようなもの。
「保存用の食い物だから、固いし不味いが腹の足しにはなるだろう」
「あ、有難うございます。いいんですか、頂いちゃって……」
「言ってたろ。シニンはあんたに興味があるって。だからこんなところで死なれちゃ困る。毒は入っていないが、固いからよくかめよ。でないと、腹痛を起すぞ」
本当に固かった。引きちぎることもできずに、歯で少し噛み千切ってはつばで柔らかくして流し込む。それを純子はサンチュと交代でやっていく。いつの間にかあふれ出た涙がパンに伝わって、塩味が強くなっていた。純子はサンチュと涙目の顔を見合わせて、お互いに微笑みあった。
あ、剣断についてかけなかった。明日ね。




