12.再会した、シニン。
追捕師。
令外官の一つで、平安時代に海賊・凶賊を掃討する目的で設置されたもの。最初は捕、捕まえる目的(警察)であったが、海賊の鎮圧という軍事目的が含まれたことから軍事的色彩を帯びてきます。鎌倉時代になると、やがて守護へと名前が変わるそうです。
と薀蓄垂れて、今回も頑張れよ、純子。
純子はぼーっと周りを見回した。暗がりの部屋の中。石造りの床、天井。窓のない壁。
(一体、どうしてあたしはここにいる? そしてここはどこ?)
頼りない記憶をたぐる。馬車から降ろされて、ここに連れてこられたこと。その前は街で衛士に取り押さえられたこと。そしてその前にいたのは、追捕師!
(かっこいいと思ったのに……あの、ドスケベ野郎!)
平然とした顔で、乙女の乳房を揉みしだくとは……思い出すだけでも頬が火照る。
(こいつも……絶対、復讐してやる!)
こうして、純子の復讐帳には、目をえぐった奴に次いで二人目の名が載った。
「そういえば、サンチュ。サンチュは?」
部屋の隅の暗がりから金髪の少女が出てくる。よかった。サンチュだ。
「サンチュ。無事だった? 何もされてない?」
「ええ、ボクは無事。お姉ちゃんこそ、大丈夫だった? 返事もしなかったのよ」
サンチュがやさしく純子を抱きしめた。
『どれだけ呼びかけても返事がなくて、しょうがないからあたしが動いてたんだけどね。自分の身体なのになんだか動かしにくくて、往生したわ。あー、疲れた』
タンヌの声が本当に疲れた感じで聞こえた。
「あのスケベ……じゃなくて、ヘリシェファにここへ入れられたの?」
「うん。後で取り調べるって言ってた。だからこの牢屋でおとなしくしてろって」
(牢屋! うわあ、とうとう前科者になっちまったよ……)
と純子は思い出した。
「あの男……ヘリシェファって偉い人なの? 牢屋の番人みたいな人?」
「追捕師って言ってたけど……」
「追捕師というのは、国王から任命された官職で、犯罪を犯したものを捕まえるのが職務だ」
聞き覚えのある声が響いてきた。
(犯罪者を捕まえるって……つまり、警察官みたいな人? じゃやっぱりあたし、前科――じゃなくて、今の声は!?)
純子は牢屋の格子戸にしがみついた。通路を挟んであい向かいの部屋には、シニンとモイルの姿。
(う、うわ。やっべえ!)
慌てて純子は隣のサンチュの影に隠れた。サンチュはあら、という顔。
「シニンさん、モイルさん、お久しぶりです」サンチュはのどかな挨拶。
(うわ、こいつ、天然だ。いいな)純子は微妙にうらやましい。
「お二人はどうして捕まっちゃたんですか?」
「あんたらの帰りが遅いから探そうとしたとたんに、衛士たちに出くわしてね。逃げようとしたんだが、まだ釜が十分沸騰してなくて、蒸気の力が足りずに追いつかれちゃったんだよ。あんたらも衛士に捕まったのかと思ってたんだが、ここには姿がないだろう。きっと衛士を見かけて逃げ出していったんだと思ってたんだが、結局逃げ切れなかったんだね」
モイルがしゃべる。
「はい。追捕師さんに捕まっちゃたんです」
「ふん。ヘリシェファ・バアールか。私が覚えているのはまだほんの子供だったんだがな……」
シニンのつぶやきにモイルの声が重なる。
「で、タンヌ……純子だっけ。どうして隠れてるんだ?」
(だ、だって二人を裏切ったのに……あれ? 二人は気づいてない? なら、別に後ろめたく思う必要、ないじゃん)
純子は顔を出してシニンに質問する。
「じゃあ、あたしたちを捕まえる命令はあのヘリシェファが出してたってことですか?」
「その可能性もなくはないが、追捕師というのは現場で衛士に指示を出すのが仕事。もっと上のほうから命令がでているのが普通だな。国王やその取り巻き連中だ」
(そんなすごいところから……やっぱり何の心当たりもないなあ)
サンチュに聞いてもそれは同じこと。
純子は格子戸についている唯一の出入り口を確かめてみた。当然のごとく、鍵がかかっている。格子戸も木製ながら太くてとても壊せるようなものではない。
(どうしよう。せっかく王宮の中まではやってこられたのに、これじゃあ何もできない)
純子の動きからその意図を感じ取ったのだろう、モイルが言う。
「まあじたばたしなさんな。取調べが終わるまでは殺されるようなことはないだろう。ヘタに脱獄すればさらに罪が重くなるってもんさ。取調べに来るっていうのなら、そのときにあんたらの母親のことも話せばいい。ま、よっぽどの無礼でもない限りはその場で手討ちなんてことはないさ」
モイルの言葉を聴いて、純子は青ざめる。
(よほどの無礼……あ、あたし、思いっきりひっぱたいちゃった!)
おびえる純子をサンチュが抱きしめた。
「お姉ちゃん、あたしも一緒に謝ってあげるから。安心して」
「サンチュ……!」
程なくして、その時間がやってきた。複数の足音がして、通路の奥の扉が開く。二本のたいまつと、その炎に照らされる見事なやかん頭。もちろん、ヘリシェファだ。
純子は床に額をこすりつけんばかりに土下座。サンチュはその横で座っている。足音が格子戸の向こうで止まった。純子はさらに身を固くする。
「サンチュと、タンヌ。いや、放っておいて悪かった。向こうでもいろいろあってな」
純子は顔を上げると、格子戸にしがみついた。
「追捕師さま、さきほどは知らないとはいえ、とんでもない無礼をしてしまいました。どうか、どうかお許しを、お慈悲を、ご勘弁を、ご無体を、おねげえでごぜえますだ!」
純子自身、何を言ってるのかわからなくなりかけてる。
「お姉ちゃんを許してあげてください!」
サンチュも声を張り上げる。
「な、何のことじゃ?」
お願いされている当の本人が当惑していた。しばらく考え込んで、ようやく気がついたようだ。
「うん、これのことか?」
ヘリシェファが指差す、左の頬には見事な赤い手の平の跡がついている。
「ひ、ひええええええ!」
純子は再度、額を床にこすりつけた。石の冷たさが伝わってくるぐらいに。
「気にするな。これほどまでに見事に叩かれたのは初めてじゃ。事故とはいえ、そちらのりっぱな乳房の感触を味わったのも事実。いやあ、良い感触であった。役得というものじゃな。お礼を言うぞ」
ヘリシェファの言葉を聞いて、純子は顔を上げた。
「で、では……お許しで?」
『ジュンコ、あたしのおっぱいのおかげなんだから、感謝してよね!』
(そのせいでこうなっているような気もするけど……)
「だが……」
ヘリシェファは言葉を濁らせた。
「……そう事は簡単には行かぬようじゃ。うん。そなたらの事は面倒じゃ。後回しにする。シニン、モイル。そちらからじゃ。明朝早々に立ち去ること。以上」
シニンとモイルからは歓声も落胆の声もなかった。
「それはどなたの裁きかな?」
シニンの淡々とした声。
「剣断殿じゃ。それがどうかしたのか?」
なんとなく、笑いを含んだ声で追捕師が問う。
「あの鼻垂れのガキがと思っただけだ」
その返事にヘリシェファは低く笑った。
「それだけで牢屋にぶち込まれても仕方ないぞ。まあいい、聞かなかったことにしよう。まったく、荒野の変わり者どのにはかないませぬなあ」
「あんたがオムツをあててるころからこっちはこの王宮にいたんだから、しかたないじゃない」
モイルが笑った。
「だけど、無罪放免てわけじゃないんでしょう? あそこじゃあ、相当衛士を酷い目にあわせたし」
「それも含めてじゃ。お二人がいると面倒なので、さっさとお払い箱にしたいんじゃよ。剣断殿は」
純子は二人を見つめていた。あたしもさっさとお払い箱にしてくれ、と。
剣断については、次回説明します。
本来の意味とは多少違うかもしれませんが、まあ実在した役職。
実は歴史の勉強にもなっているという、とんでもない小説(笑。
では。




