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10.街へ、潜り込んで。

 バヴ・エ・ドゥラー。

 ヨルダン王国の死海南東部に位置する都市遺跡バブ・エ・ドゥラー(Bab edh-Dhra)から引っ張ってきました。ソドムとゴモラのソドムではないかといわれているそうです。そう、あのソドムとゴモラ。旧約聖書の『創世記』に登場する、天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされている都市のことです。

 そんなこととはまったく関係なく、今回も頑張れ、純子。

 純子にとって長かった一日もようやく暮れようとしていた。雲の切れ目からは夕日の赤い光が落ちてきていた。

(ここでも夕焼けは赤いんだ……)

 純子は思いながら、なんとなく悟り始めていた。ここは自分が元いた世界じゃないことを。

(でも帰る方法がわからない以上は何とかやっていくしかないんだよね)

『そ。そういうこと。不本意ながらあたしも協力するから。さっさと帰って早く体、返してよね』

 頭の中でしゃべるタンヌの声を聞きながら、純子は考え込んでいた。


 高台から盆地を見下ろせる位置に来ていた。はるか下、遠めに家々の塊が見えている。川のこちら側にひしめくように小さな家々が群れている。川の向こうには、小高い丘。その丘の上に岩作りの城が建っていた。初めて見る純子でさえ、すぐに誰が住んでいるのかわかった。

(まるで、庶民を見下ろす王様みたい。あれが王宮で間違いないわね)

 サンチュは声も出ないで感動している。それはタンヌも同様だった。

『へえー、やっぱり王様ってのはすごいところに住んでるんだなー』

(タンヌも初めて見るの?)

『うん。街に来るのも初めてだよ』

(じゃあ、街にいっぱい綺麗なものとかおいしいものとかあるってどうして知ってるの?)

 タンヌはヘヘと笑った。

『母さんがね、昔生活してたらしくて、街の様子の話、いっぱいしてくれたの』

(ふーん)その母親がいるかもしれない王宮を純子はじっと見つめた。サンチュも同じ気持ちなのか、横で同じように見つめていた。


 遠くから見たときには近そうに感じた街。でも歩いているとなかなかたどり着けない。追っ手の衛士やシニンたちに見つかるのを避けるために、街道を避けているためかもしれなかった。とはいっても迷子になるわけにもいかず、道とはつかず離れず。サンチュと二人で隠れながら歩く。しかし、心は晴れない。

(シニンが悪いのに、モイルが悪いのに。どうしてあたしが悪いような気がするんだろう……?)

 気がとがめて仕方ない。

(黙ってきちゃったのがよくなかったのかな。でもあそこで喧嘩ってのも……。決めたんだから。自分で決めたんだから、くよくよ気にするな! 純子)

『うーん、ジュンコは思い悩むタイプなんだなー』

「うるさい、うるさい!」

 思わず声を上げた純子。それが自分のことだと思ったサンチュが謝る。

「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん。……でも、シニンさん、いい人だと思ったのに。グシュ……」

 グシュグシュ鼻を鳴らしているサンチュ。

「サンチュ、サンチュ。もう泣き止んで。あんたが悩むことじゃない。あたしが決めたんだから」

「うん。判ってる。けど……ごめんなさい。本当にやめないと。でも、でもお姉ちゃん!」

 サンチュが赤くなった目で純子を見つめる。

「お姉ちゃんは、サンチュを見捨てたりしないよね。サンチュをだましたり、裏切ったりしないよね」

 純子は一瞬、息を呑んだ。そして、ゆっくりと約束した。

「しないわよ。純……タンヌはサンチュを見捨てない。だまさない。絶対に裏切らない。約束するわ」

「お姉ちゃん!」

 サンチュの両手が純子の首にかかって、純子の顔を引き寄せる。そしてその唇が重なって……

「ぶっ! さ、サンチュ! 何するの?」

 途中で止められたサンチュが憮然とした顔。

「何って、親愛の表現はこうだって教えてくれたの、お姉ちゃんでしょ?」

「へ?」純子は間抜け面。

(タンヌ、タンヌ! あんた、本当にく、口づけは親愛表現なの? 姉妹でもそうなの?)

『そうだよ。ジュンコは違うの?』

 あっさりと言われて、二の句が出ない。

「お姉ちゃんはやっぱり、サンチュのこと、嫌いなんじゃあ……」

「そんなこと、ない!」

「なら、はい」

 軽く言われて、純子は断念した。そっとサンチュの唇と重ねる。

(意外に柔らかくて、いい感触? ……あ、あたし、何考えてるんだ?)

 慌てて純子は身体を離した。まだ物足りなさそうな表情のサンチュ。でもそのスキンシップでサンチュのご機嫌は直っていた。

(ああ、あたしのファーストキスが妹だなんて……)

『ふーん、ジュンコって意外に奥手だったんだー』

(うるせえっ!)


 サンチュのお腹がなった。

「お姉ちゃん、お腹、空いた……」

 純子のお腹の虫も合唱中だった。あれから歩き続けて、あたりはもう暗い。道もいつの間にか歩きやすい石畳へと変化していた。家が連檐するようになってきている。どこかの夕食なのだろうか、いい匂いがただよっているのも二人の胃袋を刺激する。

「食べたいけど、あたし、お金持ってないし……」

「こんなときに、タンヌのへそくりがあればなあ」

 二人してため息をつく。

『ちょ、ちょっとっ! そんなためにあたし、貯めてたわけじゃないわよ!』

 タンヌの苦情申し立てを流しながら、純子は決意した。

「あー、もう、我慢できないっ!」

「どうするの? お姉ちゃん。まさか、強盗……?」

「止めてよ。合法的にやる。突撃、他人の晩ご飯よ」

 純子はそう言うと、手近な扉を目指した。軽くノック。そして扉が開いた。

「あのー、ご飯めぐんで……」

 言い終わらぬうちに扉が閉まる。それが二軒、三軒と続いた。

『ジュンコ。その作戦、実りないじゃない。あたしが助言してあげよか』

(へー、タンヌ。あんたならどうするのよ?)

『いい? 女の武器ってのを使うの。もうちょっと胸出して、お色気たっぷりでおねだりすれば、どんな相手だって、あたしの胸にお金をねじ込んだものよ』

 お金をねじこむ……? 純子は考えた。

(あんた、そうやって、へそくりを貯めてた……?)

『や、やーね。たとえばの話よ。例えば』

 半信半疑のまま、純子は胸のボタンを外した。それを見ていたサンチュが驚いた顔。

「タンヌがやってみろって言うの。騙されたと思って、挑戦してみるわ」

 そして、純子は近くの扉の前に立った。(できるだけ、色っぽく、甘えて……)扉が開く。

「あのう、ご飯おごってくださいな……」

 冷たい視線を感じて純子は視線を上げた。純子を見下ろしているのは、怒りに満ちた女の目。

「え、あ、あの……」

「この、泥棒ネコは!」

 女は近くにあったバケツの水を純子にぶちまけると、荒々しく扉を閉めた。呆然とする純子の耳には、扉の向こうで「あの女はなによっ!?」「知らん、何のことだ!」と喧嘩の声。

「サンチュ、逃げるよっ!」

 純子はサンチュの手を掴むと、走り出す。

『ジュンコ、せめて相手を選んでよ』(この、ばかタンヌー!)


 その次は、サンチュがお願いに行くことになった。心配で、純子はサンチュの後ろから見守った。しかし、サンチュのお願いにその家の住民は意外なほど快く答えてくれたのだ。それも深々とお辞儀をされて、驚くぐらいの持ちきれないぐらいの食べ物が差し出される。

 サンチュは遠慮しながら、少しだけ食べ物を手に入れた。そこの子供が物欲しそうに食べ物を見る姿に、サンチュは心を痛めたからだった。

「ほら、お姉ちゃん。心をこめてお願いすればちゃんと聞いてくれるってことよ」

「どういうことよ。ええ? ここの人は美人ならいいってこと? やってられないわよ!」


 ちょっと思うところあって、書きたい事を書いてます。不快感を感じる人がいたら、ごめんなさい。お許しくださいませ。

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