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Ⅱ.バヴ・エ・ドゥラーの街 9.裏切りの、二人。

 蒸気自動車は空想の産物、ではありません。実在しましたし、現存します。20世紀の初めの時点では蒸気、電気、ガソリンのどれが覇権を握るのか、まったくわからない状態でした。いえ、この三者の中ではガソリンがもっとも不利だったのです。それが現在の状態にまでなるのですから、未来なんてわからないものですねえ。

 で、この三者の優劣を決めるために始まったのが、パリ=ルーアン間のレース。それがル・マンへとつながっていきます。

 では、今回も頑張れ、純子!

 車は荒れ地を抜け、草地を走っていた。いくらか轍の跡が見えて、道だとわかる。それでもあたりにいるのは馬車と徒歩の人ぐらいのもの。その中を白い煙を吐きながら走っていく蒸気自動車は異様であった。そしてその席に金髪をなびかせた、大型のメガネをつけた二人の少女がいるのだから、皆の注目の的にならないはずはなかった。

 その一人、ひび割れたメガネをかけた純子は内なるタンヌと大げんかの最中。

(勝手のいいことばかり言ってんじゃないわよ。だいたいね、靴も持ってない、服だってろくにない、化粧はすっぴん。胸がでかいだけしか取り柄がないような女に誰が求婚ですって! あんた、現実逃避に夢しか見てなかったんじゃないの?)

『うっさいわね。夢見ちゃ悪い? 貧乏は確かだけど、それでもちゃんとへそくり作ってたんだから。少しは現実派なの。どう、見直した?』

「へ、へそくり?」

 つい純子は口に出した。隣のサンチュが不思議そうな顔で見つめる。

(貧乏人のあんたがへそくってた?)

『ふふーん、驚いただろ。あたしが薄着で我慢してるのも食事をけちってたのも、全部街に出たときに着飾るための費用を貯めてたからなの。それがへそくりってもんなのさ』

(そりゃ、確かに驚いたけど。で、そのへそくりはどうしたのよ?)

『どうしたって、そりゃ誰にも見つからないように隠し……あーっ、あ、あんた。あたしのへそくり、知らない!?』

 青ざめたタンヌがぶるぶる震えている。

(知るわけないじゃん。今初めてあんたから聞いたのよ)

『服、あたしの着てた服にはなかった?』

(あったとしたら、シニンの家だけど、そんなものなかったわよ)

『じゃあ、家だ。あのままになってる……。えへへ? ねえ、ジュンコ。街に行く前に家に寄らない? ちょっとだけ』

「はあ、家に帰る?」

 純子はタンヌの素っ頓狂な提案に声を上げた。

「お姉ちゃん、そんなの無理よ。衛士に掴まっちゃうわ」

「そのとおりだ。その提案は却下だな」

(ほら、タンヌ。あたしだってそう思うわよ。なんでまた?)

『だって、だって、あたしの……へそくり、置いてきたままだもん。あー、なんでジュンコ、持ち出してくれなかったのよ!』

「あんたのへそくりなんぞ、知るか! あたしゃ、殴られて目をえぐられて、やっとの思いで逃げ出してたんだぞ!」

 サンチュは目を白黒させている。「ぼ、ボク、へそくりなんてしてないわ……」

「ごめん。サンチュじゃなくて、タンヌなのよ。頭の中で喚いてるの」

『ああー、あたしのへそくり! どうして肝心要なときに忘れちゃうわけ! あー、もうあたしのバカバカバカー!』

 純子はとりあえず、タンヌは無視することにした。自分の頭をパカパカ叩いている動作は可愛いとは思うけど、建設的じゃない。

「タンヌに手こずってた。あいつ、へそくりを家に置いてきたって泣いてるから。街に行く前に家に取りに行きたいって」

「まあ、お姉ちゃんたら……いつの間に、そんなものを」

 サンチュに言われて、純子もふと思った。バイトなど出来るような環境じゃないのに、どうやって貯めたんだろう?

「だが……」

 シニンの言葉で、純子の疑問は止まった。

「街へ行こうという話には賛成だな」

(え?)純子は驚いた表情。

(さっきシニンは衛士に掴まる可能性が高いって言わなかったっけ?)

その表情を見て、シニンは説明する。

「荒野の中で一人で立っていれば、遠くからでも目立つ。だが街の中、人の中に紛れ込んでしまえば目立たない。バヴ・エ・ドゥラーの街はたくさんの人がいる。その中に入ることさえ出来れば、よい隠れ家だ」

「それに、それに――」サンチュが加わった。

「もしかすると、母さんは街にいるかも知れないわ」

「どうして、そんなことが言えるの?」

「だって、母さんがいなくなった後で衛士たちが来たでしょう。ということは、母さんは衛士に掴まったのかも。だったら、街、いえ王宮に連れて行かれたんじゃないかって」

 サンチュが考えを述べる。

「ほほう。綺麗なだけのお嬢さんかと思ったら、意外に頭が働くんじゃな。うん、いい推理だとおもうよ。で、あんた達は母親を捜しに街へ行きたいのかい?」

 サンチュは頷く。純子もちょっと考えて小さく頷いた。

「よし」

 そう言うと、シニンは伝声管を取った。「モイル。街へ行くぞ」

『ほら、ほらー。あたしの言ったとおりになるでしょう。あたしってすごいんだから』

(はいはい。だから、もうへそくりなんて泣かないでよね)

『う、うく。それを言うか。くそー、タンヌ、一生の不覚だわ』

 まったく、何が一生の不覚だと思った純子だが、それを口にする機会はなかった。不意に車が止まった。


「シニン、どうしたの? 何か、あったの? 故障?」

 車から降りるシニンを手伝いながら、純子が聞く。

「縁起でもない。補給のための停車だよ」

「補給?」

 車の前からモイルも降りてきた。車の後部に行くと、釜の様子、そして周りのタンクの状態を調べている。

「そろそろ水が足りないねえ。どこかから手に入れないと。燃料も欲しいな」

 何のことかよくわからない、純子とサンチュに向かってシニンが話す。

「蒸気自動車が走るためには蒸気。つまり、水と水を沸騰させるものが必要なんじゃよ。それが無くなったら、ただのがらくたじゃい」

「あんたたち、近くの家から水をもらってきておくれ」

 大きなバケツが二つ、純子とサンチュに渡される。

「あたしたちは薪を拾ってくるから。できるだけ手早くね」

 そしてそれには意外なぐらいに時間がかかった。水は簡単に手に入ったものの、満々とたたえたバケツを持ってくるのは大変な重労働だったのだ。ようやく二人が車にまで戻ったとき、そこに人影はなかった。

「あれ? 二人はどこへ行ったんだろう?」

 木陰でそっと手招きをするサンチュ。そこからのぞき見ると二人が座って話し込んでいるのが見えた。


「ねえ、あんた。あの二人、どうするつもりなの?」

「タンヌだか純子だかは研究対象にしたい。妹の方はまあ、どうでもいいが」

 涙目になるサンチュをまあまあとなだめる純子。

『でも、研究対象ってのも別に褒められてるわけじゃないわよ』

 タンヌの指摘で、純子も一瞬腹が立つ。だがそれより二人の話の方が大切だ。

「あの子達の話だと、いもしない弟のことで衛士に追われてるって言ってたよね」

「ああ、どういうわけだか本人達にもわからないようだなあ」

「と言うことは、これからもずーっと追われるワケよ。いつかは掴まるか、殺されることになる」

「……何が言いたい?」

 純子は固唾を飲んだ。

「あの子達を王宮へ連れて行ったらどうなのよ」

 思わず悲鳴を上げそうになるサンチュの口を純子はあわてて塞ぐ。

「また大胆な案だな」シニンは笑いを含んだ声。

「いいかい、あんた。考えなよ。どうせ掴まるんだったら、あたし達が王宮へ連れて行ったって同じ事じゃないか。もちろんあたし達とあの子の身の保証は要求する。そしてセランについての情報も要求する。

 あんたはなんだったら以前のように王宮にいたっていい。そこでタンヌの研究をすればいい。あの子達だって、命は助かって母親のこともわかるわけだし」

「ふうん、なるほどなあ……」

 純子は静かに後ずさり。サンチュも付いてくる。そして二人はそっとその場を離れた。あの二人からも車からも。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」サンチュが声を出したのは、車が見えなくなった後。

「あの二人が、あたし達を売るなんて……」

「売るなんて言ってない。モイルは取引しようって言ってたんだ」

 純子はそっとサンチュを抱きしめた。

「大局的に見れば、その方がお互い得るものは多いかも知れない。だけど、そんなのやだ。右目を奪った奴に又掴まるのかと思うと、傷がうずく。絶対やだ。死んだ方がましだ。だからサンチュ、逃げるよ」

 サンチュは頷いた。

『大人って、きったないよねー!』タンヌの怒った声が響いた。


 えー、どなたか知りませんが、評価を下さった方。お礼申し上げます。叱咤激励と理解しました。頑張って書かせていただきます。有難うございました。

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