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地金の唄  作者: 河城真名香
地金の唄
7/17

究極(笑) VS 至高(笑) 3

「今週のO型は金運△、恋愛運〇、健康運が×……絶不調、食の見直しが大切です……そもそも健康に運なんてあるのかねぇ」


 日頃の積み重ねだと思うんだけど。


 疎らに人が立ち並ぶ三つの会計レジ。そのすぐ側にある雑誌コーナーで、週刊誌の血液占いに目を通す。


 入り口で輪廻と別れた後、既に買う物の目星を付けていた俺は、五分とかからず買い物を終え、雑誌を読んで時間を潰していた。食材は互いに秘密らしいので合流しない方がいいと思ったのだ。俺は別に見られてもいいんだけどね。


 漫画雑誌はご丁寧に紐で十字に括ってあったので、婦人向け誌をパラパラめくっていたがさして興味を引く記事がない。婦人誌を棚に戻し、適当にゴシップ誌を手に取って開く。


『芸能人Aがデキ婚!』


『元清純派アイドルがAVデビュー!?』


『〇〇夫妻破局』


『あの大物芸能人摘発に業界震撼!』


 色とりどりのゴシップが、大見出しと共に面白おかしく書き綴られている。


「ふぅーん……へぇーあの人がねぇ、そんな風には見えなかったのにぃ」


 井戸端会議に興じるおばさんよろしく、ゴシップ誌の紙よりも薄っぺらい感心の声をあげてみた。特に意味はない。


 普段テレビなどを全く見ない俺には、これらの話題は何の感慨も生み出さない。スーパーから出る時には綺麗さっぱり忘れているだろう。ゴシップより、ゴシックの方が好きだし。他意はない。


 徒然に雑誌をめくっていると白黒のページの間に若干、厚いカラーページが目に止まった。袋とじ。古くからある読者の購買意欲をあおるポピュラーな手段である。未だにあるんだなぁ、とうに廃れたものだと思っていた。内容は……。


『女子アナパンチラ四十八連発』


「………はっ」


 思わず鼻で笑う。全然そそられない。世俗に疎い俺には女子アナなんて誰が誰だか分からない。今巷で人気アイドルらしい、なんちゃらフォーティーエイトのメンバーの名前だって一人も言えない。


 全くそそられない……少しもそそられないのだが、このスーパーという衆人環視の状況の中で袋とじを覗く行為が、どれ程の背徳感を生み出すのか、少し興味が湧いた。魔が差した、といったところか。


「…………」


 首筋を伸ばしている風を装い、周囲を見回す。誰も見ていない。恐る恐る袋とじの下の隙間に指を突っ込む。


「…………」


「そういうのが好きなのね」


「うぉあひゃあっ!?」


 りん、輪廻っがか肩越しに覗き込んできた! かかか顔近っ!


「人の顔見て飛びのくなんて、失礼じゃない?」


「りっ、りり輪廻さんん?」


「りりりんねではないわね」


「い、いつからそこに?」


「ほんのついさっきよ、というか狼狽え過ぎ。大丈夫よ、男の人がそういうのが好きってことくらいは理解しているわ」


 にぃっ、と彼女の口角が弓形の弧を描く。俺の心拍数は急激に上昇し、気分は失意の底に下落する。落ち着け、漆。まだ挽回は出来るはずだ。


 爽やかに営業用スマイルを形作り朗らかに笑ってみせた。働いてねぇけどな!


「はっはは、君が何を勘違いしてるのか知らないけれど、僕は袋とじに興味があるのであって別に内容はどうでもいいんだよ。単なる知的探究心という奴さ」


「話しかけないで。知り合いと思われるじゃない」


「さっき理解してると言った人の言い草ではないですよね?」


「理解はしてるけど嫌悪を示さないとは言ってないわ」


「あいたー、こりゃ一本取られたなぁ。はは、はははのは」デコぺち。


「なんて、冗談よ。少し意地悪がしたくなっただけ」


「同じ台詞をつい最近聞きましたってか、スカートを両手で押さえないで下さい本気で傷つくから」死にたい。


 両肩を落としうなだれる俺を、くっくっと笑う輪廻。完全に遊ばれてるな、俺。


「……買い物は済んだんすか?」


「そうそう、食材は吟味し終えて、後は調理機具と調味料の調達。ついてきて」


「……へーい」


「…………」


 輪廻はちらりとファッション誌の方を見たが、すぐに踵を返す。


 カートを引いて生活用品コーナーへ向かう輪廻の背中をのろのろと追う。痴態を見られ、意気消沈した俺の足取りは鉛のように重い。帰りたい。


 レジの店員や他の客の視線が奇声を上げた俺に集中していたが、もはや気にならなかった。


――――――


 俺の立ち直りは早い。開き直りとも言う。袋とじを覗こうとしたのを見られたからなんだ! 悪いか畜生! それに俺の性癖はまだまだこんなものじゃないぜうぇへへ。どやっ!


「その平皿と茶碗取って、あと適当に箸」


「あ、はい」


 輪廻の指示に従い、商品棚下段から、無地の白い平皿と淡い赤の水玉模様のついた茶碗、持ち手の部分に桜の花びら模様が印刷してある箸をカゴの中に入れた。彼女の家には一切の食器がないので、今回を機に一通り揃えるつもりらしい。


「何してるの? 貴方の分の食器も選びなさい」


「へ?」


 眉根を寄せ、不満げに睨まれた。


「食器も箸もなくって、どうやって料理を食べるというの? それとも、スーパーの安物じゃ満足出来ないのかしら?」


「いやそういう意味じゃなくて! そんな、俺の分まで用意しなくても……」


 遠慮する俺に呆れたようにため息をつく。


「私が買いたいから買うの。文句ある?」


「ない、です……」


 有無を言わさぬ迫力にたじろぎ、つい頷いてしまった。情けねぇ。何から何まで準備されすぎだろう。このままじゃ堕落しちゃう……もうしてるってツッコミはいらない。


 目についた藍色で染められた茶碗と、黒塗りの丸箸をカゴに突っ込んだ。


 二人分の食器を買い込むとか、なんか……同棲を始めるカップルみたいじゃね? ふおぉ! 自分で想像しておきながら鳥肌が立った。有り得ない、有り得ない。ニートの分際でおこがましい。気色の悪い想像を誤魔化すように首筋を乱暴に掻きむしる。


 俺の突飛な行動に、輪廻は首を傾げたが、特に気にかけず、陳列されている包丁やまな板を眺める。


 三歩くらいの横幅の食器・調理機具コーナーに、三十代後半のおばさんが買い物カゴを片手に入って来た。輪廻の格好が珍しいのだろう、ちらちらと奇異の視線を送る。輪廻の方はそういった視線に慣れているのか、軽く一瞥しただけで買い物を続ける。


 おばさんと目があった。通り易いように通路の真ん中を陣取るカートを少し端に寄せると、おばさんは気まずそうに視線を逸らし、そそくさと通り過ぎてしまった。なんでじゃ。


 俺と輪廻、周りにはどんな風に見えているのだろうか。片や、冴えない無気力系男子。高校時代は同じクラスの奴に、水カビに包まれたグッピーの死体のような目と言われていたよ。酷い話だ。


 片や、道行く人の目を引き付ける程整った顔立ちのゴスロリ少女。十九歳を少女と言って良いのかは別として、その辺のアイドルでは太刀打ち出来ない程の美人である。


「…………」


 形容出来ねぇ。なんぞこれ、違和感しかない。サバの味噌煮とビスカッテ・アッラ・フィオレンティーナが同時に食卓に並ぶくらい異質の組み合わせ。これ以上考えると悲しくなりそうなので、気を紛らわせる為にカートの買い物カゴを覗いてみた。


 上のカゴにはさっきの食器類に加え、金属製のボウル、フライ返し等の調理機具。醤油、味醂、砂糖、塩といった王道的な調味料が入っている。輪廻が業務用のでかい醤油を買おうとした時は焦ったなぁ。一人暮らしで使い切れる量じゃない。小さい奴で充分。


 食材の類は俺に見られない為の配慮か、全て下のカゴに入れられている。要チェックや! こっそりと屈み、カートの下の段を覗こうと試みた。


「まな板は木製と抗菌プラスチック、どちらが良いのかし……っ!? させないわ!」


 瞬時に俺の企みに気付いた輪廻は、俺とカートの間に入り、両手を拡げ威嚇するように睨む。


 輪廻や! ディフェンスに定評のある本願寺輪廻や!


「………………」


「………………」


 無言の膠着状態が続く。お互い一歩も譲らない。


 痺れを切らした俺は素早く上半身をずらし、カゴの中身を覗きにかかる。


 右にひょいっ。ババッ。


 左にひょいっ。ババッ。


 また左、と見せ掛けて右にひょいっ。ババッバッ。


 何だこの可愛い生き物は。俺が覗こうとする度に、機敏に体を動かして阻止してくるんですけど。


「はぁっ、はぁっ……卑怯、ものっ……正々、堂々、対決するつもりは、ないっ、の?」


 いや疲れ過ぎだろ。肩で息してらっしゃる。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うじゃないか」


「黙れ覗キング」


「そんな不名誉な王様になったつもりはないぞ!?」


「ふぅ、パンチラ袋とじに加えてこれで二冠ね、おめでとう」


「マジでごめんなさいもう覗かないんで許して下さい」


 容赦のない言葉のボディーブローに、俺の身体は直角に、そして誠実に折れ曲がった。




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