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地金の唄  作者: 河城真名香
地金の唄
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究極(笑) VS 至高(笑)

 リビングに戻った俺は、ピーチティーをちゅーちゅーしながら、ノートパソコンで優雅にネットサーフィンをしていた。


 エアコンから送られてくる心地好い涼風と緩やかな駆動音が、外の熱と蝉の喧騒を遠ざけ、今が七月の中旬である事を忘れさせてくれる。至れり尽くせりである。


 大型動画投稿サイトのランキングをチェックするのに飽きてきた俺は、ちらりと輪廻に視線を向ける。


 彼女はベッドを背もたれにして、膝を立てた体勢で熱心に俺の貸した漫画を読んでいた。


 既刊数が百を越える長編漫画で、新聞記者の主人公が、芸術家の父親と過去の確執から、ことあるごとに衝突し、料理を題材に競い合う料理漫画である。


 輪廻がしきりに暇潰しを探し求めていたので、ちょっと意地悪をして巻数と文字数が多いやつをチョイスしたのだが、俺の予想とは裏腹に彼女はあの作品をお気に召してしまったらしい。それがしが失策するとは……如何せん巻数が多いので持って来るのが面倒なんだ。


 真剣に漫画に目を通すの彼女の顔を見ていると、ふと疑問が思い浮かんだので口にしてみた。


「あのさ?」


「……なに?」


「輪廻って、料理すんの?」


 何気なく、悪気なく聞いたつもりだったが、若干の怒気を込めた半眼を向けられてしまった。


「……さも私が料理出来ないといいたげな質問ね、バカにしてるのかしら?」


 なんでそうなる。彼女は他人の言葉を、悪い方に曲解する事が多い。早い話が卑屈っぽいのだ。更に理屈っぽいのだ。俺もそのきらいがあるので偉そうな事は言えないんだけど。


「いやそんなんじゃなくて。前に料理苦手って言ってたし、調理道具とか調味料とか見当たらないからさ」冷蔵庫もあれだし。


 俺の言葉に、彼女は右人差し指を下唇に押し当てひとしきり考える仕草をしてから、ぽつりと呟いた。


「あるわよ、調理道具なら」


 そう言うと、読みかけの漫画に、俺が捨て忘れていた割り箸の外袋を栞代わりに挟んでテーブルの上に置いた。


 すっと立ち上がり、キッチンへと向かったので俺もそれについていく。


「んっ……」


 ほんの少し背伸びをしてキッチンの上部に備えつけられた収納スペースの戸棚を開く――丁度、俺の目下辺りの高さに輪廻の後頭部がある。俺の身長が一七〇程度なので彼女の背が低いというより、戸棚の位置が若干高めに設置されているみたいだ。


 戸棚を開けると、フライパンや金鍋、底の深い圧力鍋などが保管してあった。彼女が手を伸ばそうとしたが、誤って手を滑らせると危険なので、代わりに一つずつ下ろしキッチンに並べる。


「どう? 私の家にだって調理道具くらいちゃんとあるのよ」


 ふん、と尊大に腕を組み胸を張る彼女に、俺はぱちぱちと称賛(棒)の拍手を送る。


「はいはい、すごいねえらいねー。でもこれ全部新品だねー」


 値札シールくらい剥がせよ。圧力鍋に至っては購入時に付いていたと思しき保証書が鍋の中で丸まっている。俺が目線でなじると、ばつが悪そうに俯いて言い訳を口にする。


「仕方ないじゃない……買い揃えたら、なんだか満足しちゃって……」


「いやいや、少しは使ってやろうよ。買ったのいつ?」


「ここに入居した時だから……一年以上前?」


「一年前!? ……宝の持ち腐れですなぁ」


 思わず声が裏返ってしまった。いやはやと頭を振る。


 道具ってのは使ってやってなんぼだと俺は思うわけで。今、ゲームの限定版を買った時に付いてきたストラップが自分の部屋の引き出しに入っている事を思い出したが、見なかった事にして記憶の戸棚に押し上げた。限定品は別なんだよ。


「さっきから偉そうに……漆こそ、料理出来るの?」


 腹立たしそうに俺の顔を睨み上げる輪廻に、今度は俺が尊大に腕を組み、胸を張って答える。聞いて驚くなよ?


「ふふん、何を隠そう、俺より袋ラーメンを美味く作れる奴は他にいないね」


「…………」


 あれ? てっきり『なん、だと…?』的な驚嘆の声が上がると思ったんだけど。


 その輪廻はと言うと眉を八の字に曲げ唇で△を形作り、なんというか、凄く呆れ返っていた。


「……他には?」


「他? ……袋の焼きそばを俺より美味く作れるや、」


「それもインスタントじゃない! 他は!?」


「え、え〜と、他、他~……あ! のり弁のソースのかけ具合が絶妙!」


「もはや料理ですらない……使えない男ね」


「……道具じゃないんで使わないで下さい」


 辛辣な言葉に傷つく俺を華麗にスルーして、輪廻はぶつぶつと何事かを呟きながらリビングへと戻る。


「漆も料理出来ないのよね……だったら……そうね、そうだわ……漆!」


「何?」


 輪廻はぱんっ、と胸の前で両手を打ちならし悪戯っぽい含みを持った笑みを浮かべながら、こちらを振り返った。嫌な予感しかしない。どうせ、ろくでもないことを思いついたんだろうなぁ。


 以前の夜釣りも日曜に放送されていた釣り番組を見てやってみたくなったのだと教えてくれた。影響のされやすさと、行動の速さはピカイチなのだ。


「料理対決よ。どっちが美味しい料理を作れるか勝負しましょう」


「はぁ?」


 半ば予想はしていたが、突然の勝負宣言に、条件反射的に間の抜けた声が口から漏れ出た。絶対漫画の影響だって。


「究極の料理、味わってもらおうかしら……」ほら。


 ふふふ、と不敵な笑みを湛える彼女を前に、どうしたもんかと思考を巡らす。


 輪廻の不器用さ加減から言って、まともな料理は期待出来そうもない。たとえ俺が彼女より美味い料理を作れたとしても、彼女の料理を食すのは俺だ。あれ? 俺、詰んでね?


「どうしたの? 怖じけづいた?」


 俺を乗せようと尚も挑発的な態度を取る彼女に、俺はやれやれと頭をかきながら頷いた。


「分かったよ……至高の一品をお目にかけよう」


 ぷょぷょでの雪辱を果たすのは、今しかないと思ったのだ。我ながらみみっちい。


 だが、一つ問題がある事に気づいた俺は、それを輪廻に伝えてみる。


「でも、食材とか調味料はどうすんの? 冷蔵庫リプトソしかないよ?」


「……スーパーにでも、一緒に買いに行きましょうか」


 なんとも締まらない対決になりそうだなぁ……。だがそれがいい。

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