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地金の唄  作者: 河城真名香
地金の唄
2/17

邂逅一番

「そこ、右に曲がって」


「はいはい」


 ゴスロリ少女を後ろに乗せて、夜の街を自転車で疾走する。ひゃっはー。


 少女の自転車はそのまま駐輪場に置いてきた。


 いずれ市の職員が引き取ってくれるだろうとの事。良いのか、それで。


 しかし、俺の提案をすんなり受け入れてくれたな。人見知りっぽいのでてっきり断られると思ったのに。


「あのー、お名前は!?」


 少女に背を向けているので少し大きな声で、当たり障りのない質問をしてみる。


 これくらいなら大丈夫だよな? 馴れ馴れしくないよね?


「……本願寺輪廻」


「へぇー本願寺さんは……」


「輪廻でいいわ」


「え?」


「苗字、嫌いなの」


「あ、そうなんですか。僕は八九頭漆って言います」


「そう……そこ左折」


「あ、はい」


「…………」


 会話が続かねー。ここで世のイケメンなら軽妙で小粋なトークを展開するんだろうが、残念ながら俺にはそんな事は不可能だ。


「……八九頭、さんは……」


「あ、漆でいいですよ! 僕も苗字で呼ばれるの慣れなくてー」


 因みに小学校の頃のあだ名は『クズ野郎』だった。


 子どもとは純粋ゆえに残酷だ。


「そう、漆は……」


 いきなり呼び捨てかよ。別にいいけど。


 その後も当たり障りのない質問の投げ掛け合いを繰り広げた。


 ゴスロリ少女の名前は本願寺 輪廻。


 十九歳(一つ年上だった)服飾系の専門学生で、八月三日生まれのB型。好きな食べ物は白身魚のフライ。嫌いな食べ物はイカの刺身だそうな。


 そんなこんなで彼女の家に着いた、のだが――。


「……目茶苦茶近所やん」


 何の因果か、彼女の家は俺の家まで徒歩五分の距離にある四階建ての小さめのマンションだった。


「送ってくれて、ありがとう」


「別にいいですよ、百円ももらったし」


 それに、俺が自転車の鍵を開けなかったら事故に遭わなかったかもしれない。そう思うと罪悪感がちらほらと。


「でも傘も折らせてしまったし……お茶でもご馳走するわ」


「あぁ拾った奴なんで気にしないで……え? え?」


「来るの? 来ないの?」


「……じ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 慌てて自転車に鍵をかけ、マンションの入り口へと向かう彼女の後ろを追う。


 え、一人暮らしの女性ってこんなにガード緩いの? 何これフラグ? 据え膳食わねどって奴ですか? 


いやいや待て待て。純粋にお礼がしたいだけかもしれん。そうに違いない。でなければこんな冴えない喪男を相手にする訳がない。期待したら負けだ。調子に乗ると痛い目をみるんだ。よし、大丈夫だ。八九頭漆、十八歳! ジェントルマンシップに乗っ取って正々堂々と……。


「どうかした?」


「いや別に!」


 エレベーターはないらしく階段を登る。大人の階段は多分登らないぞ。


 三階まで登り左に伸びる短い通路の一番奥へ。


 途中、排水溝でカナブンが息絶えていた。何かの暗示だろうか。


 玄関の右に備え付けられたインターホンの上の表札を見ると、


『三○三 本願寺』


 と書かれている。何もおかしい所はない。おかしいのは俺のテンションだけだ。


「散らかってるけど……」


「いや全然気になりませんから、お邪魔します」


 玄関から中へ入ると、芳香剤かな。薔薇の香りが漂ってきた。


 女の子の部屋へ入ったという事実を改めて認識して緊張してしまう。首筋付近がむず痒い。掻きむしりたい衝動を必死に抑え、彼女の後ろを追従する。


 リビングへと続く短い廊下の右手には綺麗に整頓されたキッチン、一人暮らしにしては大きな冷蔵庫、反対側には二つのドアがある。恐らくトイレと風呂場だろう。


 廊下を抜けるといよいよリビングだ。


「適当に座ってて。お茶を用意するから」


「あ、はい」


 とりあえず近くの白と黒のチェック模様の座布団に正座して待機する。


 さぁ、始まりましたお部屋チェック。彼女に気づかれないよう首をあまり動かさず、眼球をフル稼働させながらざっと部屋を見回す。


 リビングは六畳ほどの広さだろうか。全体的に落ち着いた色調の家具で統一されている。


 部屋の真ん中には白い小さなテーブルが一つ。奥には大きなベッド。右傍の黒いラックにノートパソコンが一台。反対側には二十二インチの薄型テレビ。


 俺から見て右手に小棚があり、その上には薄紫のアロマキャンドルが置いてあるくらいでこれと言って小物もない。


 もっとファンシーな感じか、全体的にヨーロピアンテイストなのを想像していたんだけど全然普通だな。


「紅茶で良い?」


 と、後ろから声をかけられた。


「あ、はい」


「ミルクは要る?」


「じゃあ、お願いします」


 紅茶かぁー、お洒落だねぇ。女子だねぇ。


「はい」ドンッ。


 テーブルの上に紅茶を出し、彼女は掛け布団を背もたれにしてベッドに腰を下ろした。


「……わー」


 リプトソのミルクティーだった。紙パック五〇〇ミリ。コンビニでよく見かけるあいつ。


「ストレートの方が良かった?」


 レモンティー(リプトソ)飲みながら小首傾げてんじゃねぇよ。


「いえ、頂きます……」


 ちゅー、ちゅー。 


 無言のちゅーちゅータイムが暫く続いた。


 こう表記するとなんだかピンクな感じがするけど、実際はただ単にストローくわえて無心に紅茶飲んでただけだからね。


 このまま無言も何なので、適当に話題を振ってみようと試みる。


 最初の緊張はどこへやら、自分でも驚くぐらいリラックスしていた。


「一人暮らしって良いですよねー。憧れます」


「そんな良いものじゃないわ」


「そうですかね? 友達とか好きな時に呼べるじゃないですか」


「……友達なんていないわ」


「え?」


「十九年間生きてきて、友達と呼べる人間なんて一人も出来なかったわ」


「…………」


 初っ端から地雷踏んだー。マインスイーパー苦手だからなー。いや待て。俺も似たようなもんだ。


 高校でも部活に入らず、毎日自堕落に過ごしていた俺のコミュニケーション能力の低さは伊達じゃない。


 自慢じゃないが、縦の繋がりも横の繋がりも、ファミコンのコントローラーの十字キー程の拡がりもない。いわば同志じゃないか。


「はは、実は僕も友達全然いないんですよ」


「少しはいるんでしょ?」


 即座に口を挟まれた。若干語気が荒かった気がしないでもない。


「ええ……まぁ……」


「零と一では決定的な隔たりがあるわ。そう、埋めようのない溝が……」


 ベッドに仰向けになった彼女はどこか物憂げに紙パックを見つめる。


 ストローの飲み口を親指で押さえながら紙パックから引き抜く。


 親指を離すと堰を切ったように、ストロー内に溜まったレモンティーが彼女の口へと流れ込んだ。


 また紙パックにストローを挿す。何度も何度もそれを繰り返し、少しずつレモンティーを口へ運ぶ。たまにしちゃうよね。


 どうしたもんかな。何を言っても気休めにしかならない気がする。


 そしてお腹が減って死にそうだ。忘れていたが今日一日何も食べてなかったんだ。駄目だ、頭が回らん。


 そもそも俺に初対面の女性と楽しく会話とか無理だったんだ。これ以上彼女の機嫌を損ねない為にもここはおいとましよう。


「ご馳走様でした。帰りますね」


「えっ、帰るの?」


「もう遅いし、迷惑かなって…」


「迷惑なんて、そんな……えっと……ぷょぷょしましょう」


「…………は?」


 ぷょぷょ? 


 PU


 YO


 PU


 YO?


 お互いの頬っぺたつついたり、お腹の肉つまみあったりして親交でも深めたりすんのかな?


 それは大変魅力的な提案だけど、出会ったばかりでいきなりそれはハードル高くないすか? 俺にも心の準備ってものが――。


「待ってて、今準備するから」


 そういってテレビ台の下から灰色の塊を引きずりだした。


 どうみてもスーパーファミコソです本当にありがとうございました。


 畜生、最初から分かってたよ。でも何の脈絡もなくね? 何でこのタイミングで大人気パズルゲームをする流れになんのさ。


「さぁ勝負よ!」


 準備早っ。そしてこの女ノリノリである。


「……一回だけですよ」


 ささっと終わらせてさっさと帰ろう。


――――――


 どうしてこうなった。


 本願寺輪廻? 彼女なら俺の隣で寝てるよ。いや冗談抜きで。比喩抜きで。


 あの後一回だけぷょぷょをやって帰る筈だったのだが、熱中して何十回もやる羽目になってしまった。


 というのも彼女はぷょぷょが恐ろしく強かった。


 ぷょぷょというのは所謂、落ちゲーと言われる類のパズルゲームで、上から様々な色の『ぷょ』が二つずつ連なって降ってくる。この『ぷょ』は同じ色が四つ繋がると消える仕組みになっていて、それを上手く利用して連鎖させると沢山のポイントが貰える。


 『ぷょ』が出てくる上の穴が詰まったら終了という簡単ルールだ。


 対戦モードでは連鎖を繋げると、ポイントの代わりに相手に『お邪魔ぷょ』と呼ばれる『ぷょ』を贈る事が出来る。もちろん穴が塞がれば負けになってしまう。これは連鎖をする事で打ち消す事が出来る。


 つまり、どちらがより速く、より多くの連鎖を繋げるかを競うゲームモードなのである。


 本願寺輪廻の強さは俺の比じゃなかった。俺の三倍以上のスピードで『ぷょ』を積み上げ、塔を建築し、その設計はまさに正確無比。寸分の狂いなく、さながら廃墟ビルの発破シーンのように綺麗に崩れていく。これに見取れる暇もなく、俺の画面は流星のように降り注ぐ『お邪魔ぷょ』に埋めつくされるのだ。


 彼女の使う女主人公キャラの口から、延々と繰り返される必殺技の台詞がまだ耳に残っている。もう、ばよえーんは聞きたくない。


 空腹で集中力がなかったとか言い訳にならない。圧倒的な敗北。これだけなら良かった。輪廻さん強いっすねあははーじゃ帰りまーすで終わってたんだ。でもね?


『もしかして、初めて?』


『ごめんなさい、上手く手加減出来なくて……』


『私、激辛にした方が良い?』


 勝ち誇った顔でこんな風に煽られたら意地でも勝ちたくなるじゃない? 一勝ぐらいしたいじゃない?


 漢の意地をかけて挑み続ける事、数時間。勝負に熱中しすぎてお互い寝てしまったという訳だ。


 一つ分かった事は、俺はぷょぷょに向いていない。連鎖? 何それ美味しいの?


「結局一勝も出来なかった……」


 落胆する俺を余所に、ぷょぷょ女王は掛け布団に顎を乗せ、すやすやと寝息を立てている。コントローラーを手放していない所は流石というほかない。


 何度も目を擦ったのだろう、メイクが崩れ若干ホラーだった。


「輪廻さーん、メイク落とさないと肌荒れますよー」


「ん……すぅ……」


 起きない。無理に起こすのも可哀相なので止めておこう。


 彼女の頭に手を伸ばしミニハットを取ろうとする。寝返りを打って髪が抜けるといけないからね。


 帽子のつば部分の両端に付いた洗濯ばさみみたいな留め具を両手でつまんでそっと取り外す。テーブルの上に置いておけばいいかな。


 カーテンの隙間から見える空が微かに明るく白んでいる。


 携帯で時刻を確かめると午前五時十八分。どんだけぷょぷょしてたんだ。


 帰るか、結局何も食べていない。思い出すと腹が減ってきた。帰ってふりかけご飯でも食べよう。


「んくぅはぅ〜〜〜」


 立ち上がって伸びを一つ。背伸びすると変な声でるよね。え、俺だけ?


 リビングを出る前にベッドの方を一瞥する。起きる様子はない。


「帰りまーす。お邪魔しました」


 小声で暇を告げて玄関で靴を履く。


 いやぁ不思議な一日だった。変な奴もいたもんだ。でも初対面なのに全く気疲れしなかったなぁ。あれかな? ぼっち同士気が合ったのかな? ははは、なんてな。


 近所にあんなのが住んでたなんて全然知らなかった。ま、久々に充実した一日だった気がするので良しとしよう。


 まちでへんなおんなのことであいました。


 そのこのおうちにまねかれて、こうちゃのんでぷょぷょをしました。


 とてもたのしかったです、まる。



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