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地金の唄  作者: 河城真名香
地金っとわーく
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プロローグ~労働オブヴァーミリオン~

 新章突入です。一章は主に漆と輪廻のお話でしたが、二章では新たな登場人物が増える予定です。

 蒸し暑い湿気を帯びた初夏の風が吹く昼下がり。とある工場のある一区画で俺、八九頭漆は一人笑っていた。ゴゥンゴゥンとけたたましい機械の駆動音が部屋中に鳴り響く。その騒音を気にもせず――慣れた、というのが正しいか――俺は汗を流しながら仕事をこなす。そう、仕事を。


 部屋から部屋をぶち抜く銀色の巨大なレールに乗って流れ行く『物体』を睨みながら、俺は盛大に哄笑した。


「ふ、ふふははははは! 働いてる、働いてるぞ! 俺はもうニートなんかじゃねえ! フリイイイイイイタアアアアアアアアァァなんだよおおお!!」


 血走った眼をぎょろつかせ、素早い手つきでその『物体』に『何か』をふりかける。絶え間なく流れてくるそいつらに、ふりかけてふりかけてふりかけてふりかけてふりかけてふりかけてふりかける! 一心不乱に脇目は振らずただひたすらにふりかける! 一体、何に何をふりかけてるかって? 決まってんだろ。俺は架空のオーディエンスに見せびらかすように『物体』を掴みとり豪快にかじる。パンだ。中には甘い粒あんが中央に入っている。俗に言う『あんパン』である。では、『何か』とは何か?


 二口でアンパンを食い終えた俺は、次々と流れてくるあんパンの中央に、ぱらぱらと黒と白の粒を手早くふりかける。ここまでヒントがあれば簡単だろう? 正解は、『ゴマ』だ。


 そう、俺のしている仕事とは『ベルトコンベアに乗って流れてくるあんパンにゴマをふりかける作業』なのだ。辞めたい。切実に。



「お疲れ様でしたー」


 受付のおばちゃんに軽く会釈をして、俺は事務所から出た。外に出ると熱の壁がどっと押し寄せ、全身から水分を排出させようと躍起になっていた。空調の整った事務所に舞い戻りたくなる気持ちをおさえ、重い足取りで駐輪場へと向かう。


 季節は七月下旬。二週間程前から俺は、実家から自転車で約二十分程かかるこのパン工場でアルバイトとして働いている。正直もう辞めたい。


 延々と流れてくるあんパンにゴマをふりかけるだけ。最初は余裕だと思った。単純作業好きだし。社員のおっさんから形の悪いパンは処分、別に食べちゃってもいいよとも言われ、パンが好きな自分には天職とさえ思った。見通しが甘かった。時間の流れが遅く感じるなんてもんじゃない。もうね、精神と時の部屋だよあそこ。


 ひたすらゴマをかけ続け、一時間は経ったと思い時計を見ると十五分しか経っていなかったりする。周囲に人はおらず、機械音が常に鳴り響いているため、気分転換に大声で歌ったりしても誰も文句を言わないが、それも十分くらいで飽きがくる。それが三時間。途中に三十分の休憩を挟み、またそこから三時間。いつ発狂してもおかしくない。


「あそこでずっと働いてる社員さん、凄いな……」


 そこに痺れたり憧れたりはしないけど。新米フリーターの俺から見れば雲の上の存在だ。俺もいつかああなるのだろうか。いつまでもモラトリアムのままではいられない。当たり前のようなその現実を、俺はつい最近受け入れたばかりだ。社会に出て働くとはどういうことなのか。日銭を稼ぐことに精一杯な今の俺には、その答えを見つける余裕はない。


 仕事を始めたからといって、急に人生が輝き出すわけじゃない。バイトを始めるという当面の目標は果たしたけれど。その次の目標は見えない。


 暗闇の海に小舟で漕ぎ出すような気分で、自転車のペダルに力を入れる。陽炎が揺らぐアスファルトの道をぐらつきながら進む。直上で光り輝く日輪の眩しさに目を眇めながら。




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