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地金の唄  作者: 河城真名香
地金の唄
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プロローグ

初投稿になります。機能等に慣れておらず、見苦しい点もあると思いますが、頑張って読んでいただけると嬉しいです。

 えー、俺こと八九頭漆は、この度めでたくネカフェのバイトの面接に落ちました。パチパチ。


 ふふ、薄々分かってはいたんだけどね。男の勘である。


 面接官とそれなりに打ち解け、世間話に華を咲かせても、好感触! とかイケるんじゃね? とか思ってはいけない。これはフラグだ。


 上げて落とす。相手に淡い期待を持たせる事で面接に落ちた時の精神的ダメージを増加させる、陰湿な面接官の嫌がらせなのだ。


 調子に乗って友達とかに受かった前提で話していたりすると更に痛い。


「ははは、腐れ禿面接官め。私という生ける世界遺産の素晴らしさに気づかないとは、とんだ節穴だな」


 ぼそっと口にしたイタい独り言が誰に聞かれる事もなく、ゲームセンターの喧騒に吸い込まれて消えた。


 あれかな、接客業のバイトの面接なのに、短所に人見知りって書いたからかな。正直者が馬鹿を見るとはこの事か。


 休憩出来るように設置された椅子に腰を下ろし、興味もないスロットやパチンコのフリーマガジンと睨めっこなう。つまらん。


 高校を卒業して早三ヶ月。進学も就職もせず、とりあえずフリーターになろうと思ったものの、肝心のバイトに受からず日々を浪費している。ニートである。いや、最早ニートの最上級ニーテストだ。


 ヤバいマジヤバい。何がヤバいって財布がヤバい。四十七円しか入ってない。ブラックサソダーと美味い棒と伍円チョコ買ったら無くなる。ヤバい。


 こんな所持金で何故ゲーセンにいるかって? そりゃあなた、家族の視線が痛いからですよ。


 まるでゴミを見るような視線。終始浴びせられる小言。俺が悪いんだから反論も出来ない。ただ堪えるのみ。


 しかし、それにも限界がある。そんな時に俺が逃げ込むのがゲーセンなのだ。第二の故郷と言っても過言ではない。


 パチスロのフリマガに飽きたので、他人のゲームを観戦する事にした。


 画面内でCGのキャラクターが一対一で殴りあっている。所謂、格ゲーである。


 白い制服の女子高生に豹のマスクを被ったマッチョがフルボッコにされている。現実では有り得ない光景だ。だがそれがいい。


 あ、マスクマンが掴んだ。女子高生の脚を持ってぐるぐるとぶん回す。ジャイアントスイングだ。パンツ見えるパンツ見える白。うぉー超ダメージくらった。投げ強ぇ。


 結局、豹のマスクマンが逆転勝利を収めた。


 どんなに劣勢でも最後まで諦めない者が勝つ。


 人生も然別。つまりまだまだ俺も大丈夫だ、と無理矢理こじつけて自分を鼓舞してみた。虚しさが募った。


 ゲーセン内を適当にウロウロしてまた椅子に座る。


 当たり前だけどゲーセンにいるとゲームがしたくなるよね、お金ないけどさ。


 晩御飯を食べて来なかったのでお腹が空いてきた。


 ズボンのポケットから携帯を取り出し時刻を確認する。二十一時半。


 いつもなら日付が変わるまでいるんだが、朝から何も食べてないので正直限界である。今日はもう帰ろう。




 ゲーセンのあるバスセンターから外へ出る。


 初夏とは言っても、流石に二十一時を回ると空は暗かったが、都市部という事もあって人通りはそれなりに盛んで街は明るい。


 歩行路の脇に止められた自転車達の中から自分の愛車を探す。くすんだ銀色でビニール傘が二本刺さった奴は……あった。


「…………」


 何故だ。俺が一体、何をしたというんだ。ただゲーセンで暇を潰していただけなのに。


「そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ……!」


 前輪に有料のキーチェーンが付けられていた。百円硬貨を入れないと外せない奴だ。


 勿論、自分で付けた覚えはない。今日は違法駐輪を取り締まる黄色い蛍光ジャンバーのおっさんもいない筈なのに。


 心ない悪戯は無情にもこの俺を選んだようだ。


 残金は四十七円。詰んだ。


 ここから自宅まで自転車で約三十分。徒歩なら……漆は考えるのを止めた。


 愛車の荷台に腰掛け、空を仰ぐ。


 曇り空で星は見えない。晴れていてもスモッグで結局見えないけど。


 何も見えない夜空に意識を飛ばす。最後の逃避場所。外界からの情報を遮断して、独りの世界を作り出す。


 人は何の為に生まれてきたのか。


 使い古され手垢だらけになった命題に、自答を繰り返す。


 考える度、答えは変わる。その時の気分で、変わる。揺らぐ。不安定。


 何かを成す為に生まれたのか、生きる意味を見つける為に生まれたのか。


 そんな哲学(笑)的な感傷に浸る。


「……ない」


 声が、聞こえた。


 夜空を浮遊していた意識が、重力に引かれるように急速に現実へと引き戻される。


 声のした方に顔を向けると、五、六台ほど先の自転車の傍で黒い塊がうずくまっている。


「ない……ない」


 闇に溶け込むほど黒いドレスを身に纏った黒髪の少女が、しゃがんで黒いポシェットの中を懸命にあさくっていた。黒尽くしだね。


 ゴシックロリィタというファッションだろう。


 黒を基調としたフリルドレス、頭には黒い羽飾りの付いた手の平ほどのミニハット。


 重苦しくゴテゴテとした服装で機能性の欠片もない。だがそれがいい。


 派手でありながらも少しも下卑た所がない。むしろ荘厳で気品が溢れてさえいる。そんなことはどうでもいい。


 目の前で人が困っているんだ。するべき行動は一つだろう。キリッ。


「あ……あの、どうしました?」どもった。死にたい。


 後ろから声をかけられたゴスロリ少女は、びくりと肩を震わせて恐る恐るこちらに振り向く。


「え? あ、え、うぁ……」


 めっちゃ警戒してますやん。というか肌が凄い白い。化粧してる事を差し引いても少女の顔は病的に白かった。それを一層強調するように目元と唇は黒く染められている。


「じ、自転車の……鍵が……」


 どうやら自転車の鍵を無くしたらしい。


 ゴスロリ少女の物とおぼしき黒いシティサイクルを見遣る。付いているのはサドルの下に固定してある輪型錠だけだった。これならいける。


 自分の愛車の後ろに刺さっていたビニール傘を一本引き抜いて少女の傍に戻る。


 傘を水平に構え、柄の根本に思い切り自分の膝を打ち付ける。ちょっと痛い。


「え!?」


 少女が驚いて目を向く。うお、目大きいな、こめかみをギュッと押したら飛び出すんじゃなかろうか。


 三回程蹴りを入れると、傘は根本からへし折れた。


 折れた部分から傘が開くスイッチになっている金具を引き抜く。


 傘鍵の出来上がり。良い子は真似しちゃ駄目だよ!


「これを鍵穴に突っ込んで……こうして……そぉい」


鍵穴に傘鍵を挿してかちゃかちゃと動かす。


 カシャっという音と同時に鍵が開いた。


 内心、ホッと胸を撫で下ろす。これで開かなかったらとんだ道化だったからな。


「これでとりあえずは乗れますよ」キリッ。


「あ、ありがとう……」


 俯いたまま礼を言うと、少女はそそくさと自転車を取り出し、逃げるようにふらふらと行ってしまった。


 その千鳥車輪(千鳥足の自転車版)の後ろ姿を見送る。


 本当にあの娘の自転車だったんだろうか? ううむ、自転車泥棒に加担しただけかもしれん。ま、いいか。


 ちょっとした人助けの余韻に浸りながら踵を返す。


 その瞬間、キキィー! とけたたましい自動車のブレーキ音と何かが衝突する音が聞こえた。


 振り向くと、道路と歩道の境目にさっきの少女が倒れていた。


 慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」


 むくりと少女が起き上がる。


「どこか怪我は?」


「……ない」


 少女とぶつかった白い車は既に見当たらなかった。すぐに逃げ去ったみたいだ。


「とりあえず警察に連絡を……」


「いい」


「え? でも……」


 少女は倒れた自転車を起こしながら、毅然として言い放った。


「面倒だから、いい」


 いや面倒だからって……少女の自転車の前輪は見事にひしゃげている。これでは乗って帰るのは不可能だろう。


 ここで俺は一つ妙案を思いついてしまった。


 後頭部をかきながら、歯切れ悪く少女に提案してみる。


「あの〜」


「……何?」


 睨まれた。なけなしの勇気が霧散しそうになる。だが、これはフラグだ。回収するしかあるまい。頑張れ、漆。負けるな、漆。


「家まで送りましょうか? 税込み百円で」

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