音まねき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こうも暑いと、怖い話を聞きたくなってこないかい、こーちゃん?
ひと昔前なら、みんなで集まって百物語とかも風情があったのだけどね。最近は、誰しもネットワークにアクセスし、集まった怪談集を見るなどして背筋を凍らせることができる。
時間を効率的に活かす、という点ではよい方法なのだろう。でも、私としてはやはり、みんなで一か所に集まって、じかに話を聞いたり語ったりするのは味があると思っているよ。
肉声での聞き取り、それぞれの語り口ばかりじゃない。集まった場がまとう雰囲気さ。
床のきしみ、カーテンの揺れ、思わぬ落下物……作為無作為をとわない、空間におけるめぐりあわせ。それが話のスパイスとなって、独特の味付けをもたらしうる。
慣れた家の中、通勤通学中の電車内とかとは異なる、下準備でもあるな。たとえ怖い話でなかったとしても、相応の雰囲気の用意は大切にされるだろう。
ただ、こちらが意図せずに整えてしまった環境があるとしたら……そいつは厄介を招くかもしれない。
私が学生時代に体験したことなんだが、聞いてみないか?
先に百物語の話をしたが、私も当時はみんなでやる怪談話にはまっていた。
当時の友達の家がけっこう大きめで、2ケタ人数の友達を呼ぶことも珍しくなくてね。その大きい居間でみんなしてレクリエーションしていたんだよ。
怖い話の頻度が多いのは、私やくだんの友達を含めて、それらの話が好きな人の集まりだったことがでかい。まあ、私としてはみんなの生存確認もかねて、顔を合わせられるというだけでも気が楽だったよ。
過去に身内を突然の事故で失った経験があるんでね。その会合の一回一回が大切な一期一会というわけさ。
怪談話をするとき、居間のカーテンは青一色に取り換えられる。
友達曰く、青は冷涼をイメージさせるとともに、霊を呼び寄せやすい色のひとつと考えられていて、世にも怖い話をするうえで必須のお供な立ち位置だった。
今日もまた、みんなで円を作り、部屋の明かりを消して雰囲気を整える。ただ、このときはみんながちょうど成人したばっかの歳というのもあってね。めいめいで用意したアルコールで一杯ひっかけながら、話入ったわけなのさ。
お互い、アルコールが入ると声はでかくなるし、おしゃべりになるし、妙なノリツッコミをするようになるしで、まあ盛り上がるものだ。ややもすると、薄気味悪い怪談の空気とはほど遠くなってしまうのが難点だけどね。
私もチューハイの缶を、二本三本とあけながら、あるいは聞き、あるいは自ら話して場をつないでいったのだけど……ふと午後8時をまわったあたりで気づいたんだ。
まず、部屋の三方を覆う青いカーテン。そのうちの北向きのほうから、明らかに何かがぶつかった音とともに、生地がひときわ内側へはためいた。
酒の入った面々の大半は気づかず、そちらへ目をやった数名もすぐに顔をこちらへ戻し、いま話されている怪談へのツッコミ役へ戻ってしまう。
しかし、私ははためいた記事の中央あたりに、汚れらしきものがこびりついたのを見た。
青い生地越し、それも光の弱い夜だというのに赤々と輝きを放つ、こぶし大のものだ。目にできたのははためいた間だけで、再度カーテンが元の位置へ戻るときには、すっかり消え去っている。
酔いが入ったがための、目の錯覚だったか? そう思いつつ、私も顔を戻す。
「それでさあ、壁の向こうから聞こえてくるんだよ。『ギイイ……コシコシコシ……ギイイ……コシコシコシ……』て」
――おいおい、さっきも同じ話をしていなかったか?
私が聞いていたのは、この会のはじめにも話された怪談のくだりだった。
親のいない子供だけで過ごす夜。留守番をしていると、しきりに家じゅうから音を立てておどかしてくる……というお化けの話だ。
ギイイ……コシコシコシ……は、この話の特徴的な擬音。ドアのさび付いた蝶番をしきりに鳴らしながら、ブラシなどを使って油を差していくしぐさのイメージだった。
家のドアのいずこか。けれど、いざ音の出どころを探そうともたどり着くことはできない。音がしたと思しき方向へ行くと、すぐ別の方から音がし、そちらへ向かえばまた別……といった具合に延々と鬼ごっこをしてしまう、というものだ。
一回目はシラフだったこともあって、神妙に聞いていた面々。けれど二回目の今はほどよくアルコールが入ったがためか、みんなが同じギイイ……コシコシコシ……の合いの手を入れてくるようになっている。
この場の人が、どれだけ熱を入れていたかは知らない。
少なくとも私は、みんなの騒ぐ声の中、ここから離れた家のいずこから「ギイイ……コシコシコシ……」と響いてくるのを、耳がとらえていた。
話は擬音が終わった後も続くが、声量は大きく、ややもすれば音をかき消してしまうほどだったが、結局みんなが解散するまで断続的に聞こえ続けていたよ。
そうして、いざ帰る段になったとき。ドアというドアの蝶番が、動かすたびに悲鳴をあげた。
来たときはスムーズに動き、みんなを招き入れていたそれらが、いずれも数十年も放置されていたかのように金具たちがボロボロになっていたのさ。
あのとき、話と一緒に何者がやってきたのだろうな。




