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あの頃、不思議だったおっさんに、ようやく追いついた。

掲載日:2026/08/15




『打った! 大きい!』



 その実況に、俺は思わずテレビへ目を向けた。


 俺だけじゃなかった。

 カウンターの向こうにいる店主も、隣でラーメンをすすっていた客も。

 誰もが箸を止め、テレビ画面に釘付けになっていた。


 高校野球に興味はない。

 すぐに俺はスマホに視線を戻した。



「へい! 餃子、お待ち!

 あと瓶ビールも!」



 店主がカウンター越しに、餃子とよく冷えた瓶を置いた。

 自然と口元が緩む。


 コップに瓶を傾ける。

 コポコポコポッ、と小気味いい音が響いた。


 追いかけるように炭酸が弾ける。

 溢れそうになる泡を慌てて舐め、ぐいっと一口目を飲む。


 続けざまに、喉を鳴らしながら残りを一気に飲み干す。



「かーーーっ……。」



 最高の瞬間だ。

 コップを叩き置く。


 もう一杯いきたい。

 そんな欲求が、腹の底から湧き上がる。


 だが、次は餃子だ。

 ビールに餃子は鉄板の組み合わせだからな。


 割り箸で餃子を割る。

 熱々の肉汁が、待ってましたと言わんばかりに溢れ出した。


 こいつをラー油多めの醤油につければ、口の中が肉、ニラ、にんにくの大合唱だ。


 脂に満ちた口がビールを欲している。

 今度は、至高の一杯になる。


 すかさず瓶をコップに傾けた。

 その瞬間だった。



『◯◯高校は、スリーランで同点!

 初のベストエイト進出、なるか! 次は四番の……。』



 強い視線を感じた。

 思わず振り返る。


 目が合う。


 相手は、すぐに視線を逸らした。

 顔を隠すように丼を持ち上げ、スープを啜り始める。


 たぶん、大学生だろう。

 高校生にしては大人びており、社会人にしてはまだ幼い。



『おっと、ここで△△高校がタイムのようです。

 ピッチャーの交代でしょうか?』



 俺は怪訝に思いながら、正面へ向き直る。

 ビールを注ぎ、口をつけた。



「……あっ」



 そこで、大学生が俺を見ていた理由に気づいた。

 昔、俺も同じ疑問を抱いたことがある。


 ラーメン屋に来て、ラーメンを食べず、平日の真っ昼間からビールを飲む。

 そんなおっさんを見るたび、そのわけを真剣に考えていた。


 苦笑しながらビールを一口飲む。

 まさか、三十年越しに、その答えを知る日が来るとは思ってもみなかった。



『交代はありません!

 ピッチャーとキャッチャーが、大きく頷き合いました!』



 優雅で最高にイカす午後を過ごすためだ。


 そもそも、酒を飲むだけなら家でいい。

 そのほうが、よほど安上がりだ。


 酔いたいだけなら、ツマミなんて要らない。

 塩でも舐めていればいい。


 あえて、それをラーメン屋で割高な瓶ビールを飲む。

 既製品では出せない味の餃子をツマミにして。


 しかも今日は、俺の休日。

 暑い夏の中、皆が働いている平日の昼間だ。



『スタンドからは大きな拍手が送られています。

 △△高校の応援にも、さらに熱が入ります!』

 


 これ以上の贅沢はない。

 この喜びがあるからこそ、明日からも頑張れるのだ。


 かつての俺が疑問を抱いたおっさんたちも、きっと同じだったのだろう。

 今すぐ、それを大学生に教えてやりたい。



『さあ、大一番です!

 マウンドには引き続き、三年生エース!

 この夏を託されました!』



 だが、駄目だ。

 彼にも、いつか身をもって、この哲学を知ってほしい。


 間違いなく、その瞬間、幸せになれるからだ。

 俺が保証する。



「ビール、もう一本ちょうだい。あとチャーシュー盛りも」

「ありがとうございます!」




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