あの頃、不思議だったおっさんに、ようやく追いついた。
『打った! 大きい!』
その実況に、俺は思わずテレビへ目を向けた。
俺だけじゃなかった。
カウンターの向こうにいる店主も、隣でラーメンをすすっていた客も。
誰もが箸を止め、テレビ画面に釘付けになっていた。
高校野球に興味はない。
すぐに俺はスマホに視線を戻した。
「へい! 餃子、お待ち!
あと瓶ビールも!」
店主がカウンター越しに、餃子とよく冷えた瓶を置いた。
自然と口元が緩む。
コップに瓶を傾ける。
コポコポコポッ、と小気味いい音が響いた。
追いかけるように炭酸が弾ける。
溢れそうになる泡を慌てて舐め、ぐいっと一口目を飲む。
続けざまに、喉を鳴らしながら残りを一気に飲み干す。
「かーーーっ……。」
最高の瞬間だ。
コップを叩き置く。
もう一杯いきたい。
そんな欲求が、腹の底から湧き上がる。
だが、次は餃子だ。
ビールに餃子は鉄板の組み合わせだからな。
割り箸で餃子を割る。
熱々の肉汁が、待ってましたと言わんばかりに溢れ出した。
こいつをラー油多めの醤油につければ、口の中が肉、ニラ、にんにくの大合唱だ。
脂に満ちた口がビールを欲している。
今度は、至高の一杯になる。
すかさず瓶をコップに傾けた。
その瞬間だった。
『◯◯高校は、スリーランで同点!
初のベストエイト進出、なるか! 次は四番の……。』
強い視線を感じた。
思わず振り返る。
目が合う。
相手は、すぐに視線を逸らした。
顔を隠すように丼を持ち上げ、スープを啜り始める。
たぶん、大学生だろう。
高校生にしては大人びており、社会人にしてはまだ幼い。
『おっと、ここで△△高校がタイムのようです。
ピッチャーの交代でしょうか?』
俺は怪訝に思いながら、正面へ向き直る。
ビールを注ぎ、口をつけた。
「……あっ」
そこで、大学生が俺を見ていた理由に気づいた。
昔、俺も同じ疑問を抱いたことがある。
ラーメン屋に来て、ラーメンを食べず、平日の真っ昼間からビールを飲む。
そんなおっさんを見るたび、そのわけを真剣に考えていた。
苦笑しながらビールを一口飲む。
まさか、三十年越しに、その答えを知る日が来るとは思ってもみなかった。
『交代はありません!
ピッチャーとキャッチャーが、大きく頷き合いました!』
優雅で最高にイカす午後を過ごすためだ。
そもそも、酒を飲むだけなら家でいい。
そのほうが、よほど安上がりだ。
酔いたいだけなら、ツマミなんて要らない。
塩でも舐めていればいい。
あえて、それをラーメン屋で割高な瓶ビールを飲む。
既製品では出せない味の餃子をツマミにして。
しかも今日は、俺の休日。
暑い夏の中、皆が働いている平日の昼間だ。
『スタンドからは大きな拍手が送られています。
△△高校の応援にも、さらに熱が入ります!』
これ以上の贅沢はない。
この喜びがあるからこそ、明日からも頑張れるのだ。
かつての俺が疑問を抱いたおっさんたちも、きっと同じだったのだろう。
今すぐ、それを大学生に教えてやりたい。
『さあ、大一番です!
マウンドには引き続き、三年生エース!
この夏を託されました!』
だが、駄目だ。
彼にも、いつか身をもって、この哲学を知ってほしい。
間違いなく、その瞬間、幸せになれるからだ。
俺が保証する。
「ビール、もう一本ちょうだい。あとチャーシュー盛りも」
「ありがとうございます!」




