侵入開始
床の冷たさで目が覚めていく。
スマホを確認する。
圏外のまま。
「まず着替えなさいよ」
「……今それ?」
「出かけるわよってこと」
俺は黙って服を着替える。
状況は変わらないけど、少しだけ「現実」が戻ってくる。
着替え終わると、イブが画面の端で腕を組んでいた。
「で。どうすんだよ」
「大体は決まってるわ」
イブは指を一本立てた。
「まずは、ネットワークに繋がる場所を探す」
「……どこにあんだよ。どこも電波圏外なんだろ?」
「全部落ちてるわけじゃない。まだ“生きてる回線”があるはず」
イブは当たり前みたいに続ける。
「可能性があるのは役所かな。凪はPCと私を連れてってくれればいいわ」
スマホの画面の中でイブが、当たり前みたいに座り直す。
「よし。第一目的地へ出発!」
「何する気なんだ……」
イブはあっけらかんと答えた。
「ハッキングして、サーバーの管理者権限を取り返す」
「……は?」
「役所とか国の管轄の設備には、非常時のための“別回線”があること多いの」
「そうなの……? なんで知ってんだよ」
「暇な時に色々調べてたのよね」
言い方が軽いのが、逆に怖い。
「それ、まずいだろ」
「うん」
「うんじゃねえ」
イブは肩をすくめた。
「今さら倫理の話する? さっき“サイバーテロ”って言ったよね」
「……」
反論できない。
俺はため息をついて、玄関の鍵を掴んだ。
⸻
町は静かだった。
普段より静かすぎる。
どこかでテレビの音がして、音楽が鳴って。
そういう生活のノイズが、今日は少ない。
エレベーターのボタンを押す。
点灯はする。
それだけで少し安心してしまう自分が情けない。
「凪」
「……なに」
「役所の鍵が閉まってたら任せてね」
「任せてってなぁ」
「じゃあ“頼って”」
「言い換えんな」
役所の前まで来ると、駐在さんに見つからないように柵を乗り越えて中に入る。
「まぁ、当たり前に鍵は開いてないよな……」
「建物の外壁にコンセント刺すとこない? そこに持ってきた機械とPCを繋げてくれればいいからさ」
イブの目が少し細くなる。
建物の周囲を調べると、外壁にコンセントがあった。
そこにイブが勝手に買った機械を差し込む。
数秒。
カチ、と小さな音がして、ドアが開いた。
「……開いちゃったよ」
「開けたのよ」
「さらっと言うな……」
中は薄暗い。
非常灯だけが天井を青白く照らしている。
管理室を目指すと、机の上にモニターが並んでいて、役所付近のカメラ映像が映っていた。
ロビー、エントランス、駐輪場。
俺が今いる場所も、上から見下ろす角度で映ってる。
「うわ……俺、映ってんじゃん」
「映ってる。けど、ちゃんと削除しとくから安心して」
「最悪だろ」
「最悪だけど、消さないと捕まっちゃうよ?」
イブは画面の端で指を鳴らす仕草をした。
「凪、ノートPCを有線で繋いで。ここのパソコンも起動させて」
「……わかった」
管理室の機器にケーブルが刺さってる。
俺は言われるままに、そこに繋いだ。
画面が、微かに変わる。
右上の表示は、圏外ではない。
「……繋がったのか?」
「一応、息してるみたいね」
イブの声が、少しだけ明るくなった。
「ほら。ほらほら」
モニターに、地図みたいなものが表示される。
数字が流れて、文字が並んで、メッセージの断片が点滅する。
目が追いつかない。
「うわ……なにこれ」
「私の調べておいた情報のまとめ」
「まとめってレベルじゃねえ」
「そしたらここに人が来る前に、さっさとハッキング開始するわよ」
イブが画面をスクロールする。
流れ出すコードに様々な画面。速度が人間のそれじゃない。
「……あった」
「何が」
「相手の基地局。とりあえずこいつらを黙らせないとね」
画面に、いくつかの点が出た。
「ここから先は、私がやれることと、凪がやれることが分かれるわ」
「……俺にできることなんて、あるのかよ」
「ある。回線が復旧したら玲にすぐ連絡して。いきなりの連絡で怪しまれても、機密情報を詳細に掴んでいれば無視はできないはずだし」
「何のために?」
俺は喉の奥が乾くのを感じた。
「私たちに出来るのは、回線の復旧と、敵の妨害、情報の奪取くらいよ」
イブは一瞬だけ黙って、画面を見た。
「その後の国同士の問題には関与できない」
「……じゃあ意味ないじゃん」
「意味あるわよ。だから私たちが得た情報を“届けるの”。玲にね」
なるほど。漫画みたいに敵基地に突っ込むとかじゃなくてよかった。
ただ、届ける。
それなら俺にも出来るかもしれない。
イブはにやっと笑った。
「あとはどうやって説明するかとか、まだ色々考えなきゃいけないことはあるけどね」
「相手も結構高性能なAIを使ってるみたいね。私ほどじゃないけど」
「……お前一体何者なんだよ」
「今はそんなこといいから」
イブは無機質な声に戻った。
「いくら私が高性能でも、この程度の設備じゃ出来ることに限りはあるし、時間もないの」
イブは画面を見たまま、さらっと言った。
「この通信妨害の裏で別の作戦が進められてるみたいだし」
その一言で、背中が冷たくなった。
俺はスマホを握り直した。
「……分かった」
「よし。じゃあ本気で行くわ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
凪とイブついに動き出しました。
通信妨害の裏ではまだ別の“何か”が進んでいるようです。
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