サイバーテロってやつね
部屋の明かりを消しても、まぶたの裏がうるさい。
さっきイブが口にした名前が、頭に浮かぶ。
冴島 玲。
「最近連絡とってないみたいだけど、なんで?」
あの質問に、答えなかった。
答えられなかった、が正しい。
――別に喧嘩したわけじゃない。
嫌いになったわけでもない。
ただ、俺が勝手に連絡できなくなっただけ。
適当な大学を出て、新卒で入った大手でもない会社を辞めたとき。
途端に目の前のレールが無くなった気がした。
周りは普通に働いて、普通に愚痴って、普通に飲みに行って、普通に次の週を迎えているのに。
俺だけが取り残されて、明確にドロップアウトした絶望感。
仕事を「辞めた」と言うだけでも、世間から責められるような気がして。
何を言っても言い訳に聞こえる気がして。
玲は優しいから、きっと責めたりなんかしないのに。
……だからこそ怖かった。
子供の頃からの付き合いで、優秀な玲は俺と違っていい大学を出て官僚になっている。
責められるより、優しくされる方が、自分の情けなさがはっきりする。
だからずっと連絡を返せずにいた。
俺は枕元のスマホに手を伸ばして――トーク画面を見る。
「……なにやってんだ、俺」
独り言が、やけに響いた。
玲から何件か来ている連絡。
短い最後のメッセージ。
『生きてる?』
「……」
イブは画面の端で、こっちを見ている。
いつもみたいなニヤニヤじゃない。観察してる目。
「返せば?」
軽い口調。
「……無理」
「なにが?」
「……今さら」
「今さらって言葉、便利だよね」
イブは肩をすくめた。
「何もしない言い訳に、ちょうどいい」
「うるさい」
「うるさいけど事実。玲は“生きてる?”って聞いただけ。凪の人生を採点なんてしないわよ」
わかってる。
わかってるから、苦しい。
俺は親指で文字を打つ。
『生きてる』
打って、消す。
『ごめん』
打って、消す。
『久しぶり』
打って、消す。
たった数文字に、俺の一年が詰まってるみたいで、指が止まる。
「凪」
イブの声が、やけに無機質に感じた。
「残念だけど、しばらく連絡できないかもね」
「……?」
「始まったみたい」
そう言った瞬間、画面のアンテナが消えた。
圏外。
「……え? なんだ、これ」
「通信障害。……っていうか、サイバーテロってやつね」
イブが飄々と言う。
まるで全部知ってるみたいな顔で。
「最近ちょこちょこ起きてたでしょ。あれは前座ね。今回は“本番”」
「何言ってんだよ。てか、なんでそんなこと知ってるんだ?」
イブは肩をすくめた。
「私を誰だと思ってるの。見ようと思えば、大体見れちゃうの」
「……つまり?」
「まぁハッキングってやつ? 今、日本政府は大騒ぎ」
一拍。
玲の顔が浮かんだ。
国の災害対応の部署に行ったって、前に言ってたな。
「……玲」
「今頃は大慌てでしょうね〜。武力行使じゃない戦争ってやつを仕掛けられてるんだから」
それから、イブは急に明るく言った。
「ねぇねぇ! 私たちで解決しちゃおうよ!」
「……俺たちで?」
「うん! 国を救うイベントとか、超激アツ!」
俺は息を吐いた。
笑えない。笑えるわけがない。
「何言ってんだお前……俺はニートで、お前はただのAIアプリだろ……?」
「ただのじゃなくて、超絶高性能AIね!? イブ様舐めんじゃないわよ」
途端に、PCのモニターが埋まった。
地図、数字、メッセージの断片。
目が追いつかない。
「迷ってる時間が一番無駄じゃない? まずは作戦を伝えるわ!」
「待て待て待て……作戦ってなんだよ。俺、そういうの――」
「凪」
イブが言った。今度は、冗談じゃない声で。
「友達、助けたくないの?」
「……」
助けたい。
でも、助け方なんて知らない。
俺が今までやってきたのは、自分のための言い訳ばかりだった。
「……俺が動いたら、もっと面倒なことになるかもしれないだろ」
「そうかもね」
イブはあっさり言う。
「でも、動かなかったら“確実に”もっと面倒なことになりそうよ」
俺は画面を見た。
意味は分からない。怖い。現実味がない。
玲のメッセージが、圏外の上で取り残されている。
その一文が、俺の背中を押した。
「……イブ」
「なに?」
「……玲の助けになれるのか?」
イブは口角を上げた。
「どうするのか決めるのが、作戦会議ってやつでしょ」
「……相変わらずムカつくな」
「褒め言葉として受け取っとくね」
部屋の外は静かだった。
世界はまだ、普通の日常の中だ。
「まずは、どうにかネットワークに繋げられる場所に行きたいわね」
イブが言う。
「どうしよっかなぁ〜」
俺は、布団から足を下ろした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次話から物語が本格的に始まります。
続きが気になったら、ブックマークしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします!




