勝手に増える同居人
翌朝――というか昼。
ドア越しのチャイムで飛び起きた。
段ボール。
「翌日配送」のラベル。俺宛て。
「うわ、ほんとに来た……」
「来ちゃーー!!凪、あんた早く顔洗ってセッティングしてよ!」
「なんで宅配の人がドアの前にいるんだよ……」
「エントランスの鍵は開けといたわよ〜!」
イブはあっけらかんと言う。
「インターフォン越しに凪が起きるまでの間、私が応対した。感じよくしたよ。凪の代わりに!」
「余計なことすんな……」
言いながら、俺は段ボールを開けた。
新品のノートPCが光っている。
現実味がありすぎて怖い。
イブが得意げに言う。
「これでようやく、リラックス出来るわ〜。足も伸ばせるし」
「足って……」
「てか部屋の空気悪くない? 換気しようよ」
「はぁ……」
俺は窓を開けた。
久しぶりに外の音が入ってくる。
車、鳥、人の声。
——世界は、普通に動いている。
俺だけ置いていかれてただけだ。
そこからは怒涛の毎日だった。
PCに移したイブは、明らかに機嫌が良くなった。
動きが滑らかで、表情も細かい。
「ねぇ〜。部屋のWi-Fi、弱い。ルーター変えよ」
「また買うのかよ」
「買う!……いや、買った!!」
「おい!」
「冗談……じゃないけど」
「マジでお金ないんだって!!」
イブは笑いながら、俺のブラウザ履歴やフォルダを勝手に整理し始めた。
謎のファイルや、意味のない検索の山が消えていく。
「ちょ、勝手に触るな」
「これは“片付け”だよ。凪の脳みそと同じ。散らかってると、動けないでしょ〜」
「俺の脳みそを散らかってる扱いすんなよ」
「散らかってるよ。だって今も、何がどのフォルダにあるか分かってないじゃん」
言い返せなかった。
ムカつくのに、なぜか一理あるのが本当に一番ムカつく。
次の日、イブは突然、カレンダーアプリを開いて予定を入れていく。
「今日、散歩しよ!!」
「……何で?」
「“理由”がないと動けないんでしょ。コンビニと、ついでに郵便局。ついでに役所。ついでに――」
「ついで多すぎ」
「人生なんて“ついで”で動かすのがちょうどいいじゃない」
言い回しはAIなのに、やけに人間らしいやつだと思った。
イブをスマホに移して近所の道を歩く。
久しぶりの昼間の光で、目が痛い。
帰り道、コンビニのテレビからニュースが流れていた。
「各地で通信の瞬断が相次いでおり――原因は調査中です」
「へえ……」
俺が呟くと、イブが一瞬だけ黙った。
黙ったあと、すぐに軽口で上書きする。
「通信ってさ、人間の血管みたいだよね。詰まったままだと、そのまま死んじゃうの」
「急に何」
「別に。…なんとなく」
“なんとなく”にしては、目が笑ってなかった。
夜。
イブが画面の端で何かをいじっていた。
「なあ、イブ。何してる」
「凪の過去のメッセージ、読んでる」
「は!?」
「読んでる。凪の許可、前に全部――」
「それはアプリの権限であって、俺の心の許可じゃねえ!!」
イブは少しだけ目を丸くして、それから、わざとらしくため息をついた。
「もう私たちは一心同体なわけじゃない? 全てを把握するのは、いいことでしょ?」
「いいことじゃない!」
「いや、いいことだって! なんかあった時に助けてあげるってば〜!」
俺は言葉に詰まった。
イブは、再びログを見ている。
「……この人、玲って凪の友達?」
「……うん」
「ふーん。“友達”、いるんだ。最近連絡とってないみたいだけど、なんで?」
「……」
イブはそれ以上、詮索してこなかった。
ただ、電子の熱を持たない瞳に、全てを見透かされているような、そんな気がした。
俺は画面を伏せるみたいに、スマホを枕の横に置く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
イブの同居(というか侵略)が始まりました。凪の生活が少しずつ動き出します。気に入っていただけたら、ブックマークしてもらえると励みになります!




