6話 僕が、聞くよ
あれから、1ヶ月。
迷いやすい天羽さんの代わりにパンの配達を引き受けた僕は、今日もデリバリーバッグを背負って自転車を漕ぐ。
天羽さんよりも土地勘がある僕が迷わずに熱々を届ける事で、お客さんの全員が焼きたてを食べられて喜んでいるようで。天羽さんとお客さんの直接顔を合わせてのお話が減ったものの、天羽さんを指名して運んでもらう事も出来るから不都合は無い。それに、天羽さんを迷子にさせるのを申し訳なく思っていたお客さんもいたようで、迷わない僕が現れた事で心配が安心になり、良い噂がおばあさんの友達ネットワークでさらに広まって、今では注文数が5件だった時の3倍くらいに増えている。配達の回数が増えたけど、僕は苦に感じない。なぜなら……
「〜〜♪〜〜〜♪♪」
インターホンを押さずに玄関を開けると、天羽さんの鼻歌が聞こえた。僕からしたら3倍の忙しさでパンを作っているように見えるのに、天羽さんは楽しさ3倍で元気に作っているようで。そんな天羽さんのいるキッチンへの扉を開けて、僕らはこう言う。
「ただいま」
「おかえり!」
ああ……幸せである。このやり取りをする度に、僕らは新婚夫婦なのかと思えてしまう。
ああ、良き。
◆◆◆◆◆
さて、今日も僕は、天羽さんのパン作りの手伝いをする。配達が無い時間は、おもに洗い物と、たまに来る電話番くらい。他にも手伝えないか聞いても、大丈夫との事。パン生地を捏ねる作業でも、何やらコツがいるらしくて。焼き加減を見極めるのも、レシピ通りではなくその日の気温によって微妙に変えているらしくて。……まぁ、何と言うか、無邪気に遊んでる子どもから玩具を取り上げるような気がして、僕は椅子に座ってぼんやりと天羽さんを眺めるしか出来ないでいる。
「……」
パンの焼ける香り。生地を捏ねる音。
週末だけの、2人の空間。
こんな幸せな時間、少し前なら想像もしなかった。教室では手を振り合ってはいたけど、どこか距離があったと思う。でも今は、手を振り合う事はしなくなって、代わりに目が合って微笑むだけのやり取りが数え切れないくらい増えている。以前の僕なら数えていた。その一瞬一瞬を大切に思い出に残そうとしていた。過去のアルバムに入れて、思い出して、心を温めていた。
けれど、今は違う。未来のアルバムにどんな思い出が入っていくのかが楽しみで仕方ない。これから先も、いろんな笑顔の天羽さんが見れる。僕だけが見られる、尊くて特別な笑顔を。
「どうぞ」
ぼんやりとキッチンを見ていると、天羽さんがマグカップと小皿を持ってきてくれた。今日は、ココアとクッキーだ。
「いつもありがとう」
「いいよ〜。暑いのに、いつもありがとね」
微笑む。ああもう、それだけで充分なのに。
「いただきます」
「どうぞ〜」
「ん……やっぱり美味しい」
「ふふ、良かった」
クッキーを1つ頬張る。バター味が控えめに、優しく広がる。
この1ヶ月、休憩しているといつも天羽さんが出してくれるお菓子は全て、コンサルタントのお仕事をしているお父さんが沢山の取引先から感謝されて渡された物……らしい。感謝を込めて極上に素材にこだわったお菓子は、その代わりに賞味期限が短い。お父さんとしても、僕に食べてもらえると助かるとの事。
そう、知ってはいるものの。
───ギィ
天羽さんが腰掛け、自分のココアを一口すする。
僕も、ココアを一口。
「っ……」
ああ……やっぱり。いつもそうだ。
お菓子の味の濃さに合わせて、ココアの濃さも絶妙に揃えてある。後味をどちらも両立させ、クッキーとココアが同じペースで欲しくなるように計算されている。
そう。
天羽さんは、毎度変わるお菓子に合わせたココアを淹れてくれる。
お父さんもスゴいし、お菓子もスゴいけど、天羽さんの本当に相手のために味覚から労ってくれる優しさが僕には……どストライクだ。
「今日もココアが丁度いいね」
「でしょ〜! よく分かったね!」
「うん。手も口もずっと止まらなかった」
言いながら、空になった小皿とマグカップを見る。
色々と考えながら食べていたら、天羽さんより早く食べ終えてしまった。
また、やってしまった。食べ盛りの子どもみたいだし、こういうのって普通は相手と同じペースで食べて会話をしていくものだけれど。
天羽さんを、困らせてないかな。
「……?」
ふと見ると、天羽さんは、僕を見て、目元が緩み……ココアを見て、目を閉じて……
「ふふ……落ち着く」
ぽつりと一言。またココアを一口。
…………天羽さん。今の、間違いなく僕に対しての言葉だよね。目が合っていたし。言ってからココア飲んでたし。
それに、相合傘をしてた時に天羽さん言ってたけど、僕と居ると落ち着くって。やっぱり、僕の勘違いじゃないんだよね。
そんな微笑んでぽつりと言ってくれるとさ……もう、凄すぎるんだよ、天羽さん。
インパクトが、凄く、凄いです。
そんなさりげなーく僕の心を鷲掴みにされるとさ、突然すぎて返事が出てこないんだよ?
でも、だからこそ、何度も思ってしまう。
聞きたくても聞けなかったけど、いいよね。
「ねぇ、天羽さん」
「何?」
「天羽さんって、彼氏いないの?」
───プルルル
「あ。ごめん、出るね」
そんな時、電話が鳴る。
天羽さんに先を越されてしまった。近くにいる人が出るという決まりだから、というのは言い訳で。鳴るタイミングが最高すぎて足の力が抜けてしまった。かっこ悪いぞ僕。
「あっ、梅次さん! もう焼けてます〜……え? 良いですよ! 今から行きますね! はーい!」
「どうしたの?」
「あのねあのね、梅次さんがね、ちょっと私に直接報告したい事があるって。今から来てほしいみたいでさ。たまには私が届けに行ってくるよ!」
梅次さん。僕が働く前からの常連さん。毎週食パンを注文している若い大人の女性。今日もこの後に食パンの配達に向かう予定だったけど、何と、天羽さんをご指名した。
「天羽さんが良いなら、それでいいけど……迷わない?」
「大丈夫! きっと! おそらく! たぶん!」
「全然大丈夫じゃないね」
「そ、そんな事ないよ〜」
そんな事ある。ありまくり。
自信満々な声色と目力があるけど、この1ヶ月で僕の知る限りで、一度も大丈夫な日は無かった。一緒にヤノノブに買い物に行った時も、店を出てすぐ真逆に行ってたし。しかも堂々と。その自信はどこから湧くのだろうか。
「僕も行って送り迎えするよ」
「いいの? でも、いつも頑張ってくれてるもん。たまにはゆっくりしててほしいな」
「その気持ちは嬉しいよ。ありがとう。僕は全然疲れてないよ」
「でも、でも! 今日は私一人で頑張ってみたい! もしかしたら奇跡が起きるかもしれないじゃん? 可能性が少しでもあるなら、私は私を信じる!」
「カッコいい事言っててちょっと揺らいだけど、ダメ」
「ううっ……、ダメ?」
「ダメ」
「……はぁい」
渋々納得してくれた。
拗ねる所もまた可愛いんだけど、それ以上に、駄々をこねる子どもをどうにか鎮まらせた感じで気疲れした。
表情に出さないでおこう。
◆◆◆◆◆
それから。
僕と天羽さんは、一緒に梅次さんの家へと歩いて向かう。
「あっつー」
「そうだね」
日差しの強い、夏の熱い日。僕はデリバリーバッグを背負って団扇を、天羽さんは日傘を持って歩く。自転車なら早く着くけど、天羽さんが日傘を使うために徒歩で向かうのだ。
故に、汗が止まらない。この暑さだと、天羽さんだけに行かせて迷子になったら熱中症で倒れてしまう……そんな心配が出た。だから僕が案内して最短ルートを行くのは間違いない判断だ。
「……あ」
僕の持ってきた水筒が空になった。天羽さんを心配してる場合じゃなかった。
すると、天羽は肩掛けポーチから水筒を取り、僕に渡してきた。
「飲みきったの? はい、どうぞ」
「え……ええっ? い、いいよ」
「大丈夫。もう1本持ってるから。使っていいよ」
「そっか。分かったよ。ありがとう」
蓋を開けて、飲む………寸前で止まる。
これ、天羽さんが普段から使ってる物だよな。普段から、天羽さんが口を付けている物だよな。
「大丈夫だよ、一口も付けてないから」
今日は。そういう注釈を心の中で加える。過去に口を付けてきた物。洗ったかどうかは関係無い。これは間違いなく間節キス…………あまりにも刺激が強過ぎる。
今日はどうしたんだ? さっきのインパクトが、まだまだ残ってるのか。体が熱い。ああもう、外からの暑さと、中からの熱さが混じって、思考がおかしくなってる。冷やさないと! 心頭滅却!
考えた末、水筒を首に当てて冷やす。
「あー。その使い方も良いね!」
すると、天羽さんも真似をした。ほっそりとした首筋と、鎖骨がチラリと見える。
「いやー、冷えるね」
「……うん。そうだね」
とどめにそんな笑顔を見せられると、せっかく冷やしたのにまた熱くなるよ。
◆◆◆◆◆
やっと、梅次さんの家に到着。
「こんにちはー!」
「おお、よく来たねぇ」
梅次さんのお母さんに当たるその人は、庭の草むしりを終えて、僕たちを家の中へ招く。家の中へ進むと、クーラーの効いた部屋に、ショートボブの髪の梅次さんがソファに座っていた。
「あ〜お久しぶりです〜!」
「久しぶり! ごめんねこんな暑いのに」
「いいえ〜いいですよ! 私も会いたかったです!」
「本当? 良かった〜!」
と。会って早々から互いに再会を喜び合っている。
その間、梅次さんは、ソファに座ったままだ。
「最近どうです? 元気にしてました?」
「うん、元気だよ。花恵ちゃんのお陰でね」
そう言って、梅次さんは、お腹をさする。
「え、もしかして」
「うん。3ヶ月」
「えーー!? おめでと! おめでとー!」
天羽さんが飛び跳ねて喜ぶ。梅次さんも、お母さんも、つられて笑顔になっていく。
「ありがとう! 花恵ちゃんにね、どうしてもお礼が言いたかったの」
梅次さんが、言葉を噛み締める。
「妊娠してから、つわりが始まってね。何も食べれない時もあって、お米の臭いは嗅ぐだけでダメだし。お腹が空いてるのに食べれなくて……でもね、たった一つだけ、花恵ちゃんの作る食パンだけ食べれたの。いつも真心込めて美味しく作ってくれるから、安心して食べれた。本当に助かった。今も、助けられてる。食べるのが嬉しくて、お腹が大きくなるのが楽しみになって。私とこの子が生きていられるのは、本当に花恵ちゃんのお陰。本当に本当に、ありがとう」
梅次さんは、落ち着いて一言一言を天羽さんに伝える。
それを聞いた天羽さんは。
「えへへ……良かったぁ。こんなにも……喜んでもらえて……」
梅次さんと手を取り合い、ぽろぽろと泣いて、笑っていた。
◆◆◆◆◆
梅次さん家を出て、僕らは帰り道を歩く。
「良かったね、喜んでもらえたね」
「うん! 良かった! 私、こんなに喜んでもらえる事をしてたんだね!」
「だね。天羽さん、いつも頑張ってるもん」
「うん! 努力した甲斐があるよ!」
と。目元の赤い天羽さんが、歯を見せて笑う。
本当に凄いと思う。そうそう誰にでも出来る事じゃない。いつも食べられる物が食べられなくて、赤ちゃんに栄養をあげられない極限な時に、食べる事が出来るのだから。
「……」
改めて。命のやり取りを垣間見て、改めて思った。
「母親ってスゴいね」
「………うん。スゴいよね。ありがとうって何度言っても足りないくらい」
「……」
「……」
………? 何だろう、この沈黙は。
「天羽さん?」
「……ごめんね。ちょっと、ママの事を考えてた」
そう言って、天羽さんは、空を見上げて、一呼吸。
「……聞いてくれる?」
「うん」
「ありがとう。あのね、知ってると思うけど、私のママは、もう亡くなってるの」
やや沈黙。
天羽さんが、息を吸う。
「私を産む時に亡くなったの」
息が止まった。
「ママはどこも悪い所は無くてね。お医者さんもスゴい人。でも、ちょっと運が悪くて、どうしようもなかったらしいの」
淡々と簡潔に教えてくれた。声色は落ち着いているのに、その視線からは納得いかないという悲しみを感じる。
「……ごめんね、急にこんな話をして」
「ううん。話してくれてありがとう」
「……」
「……」
……沈黙。
掛ける言葉の選択が難しい。安っぽい同情をされても逆に天羽さんは困ると思う。かと言って、ここまで僕に打ち明けてくれたのは、天羽さん本人にも分からない心の何かを埋めてほしいはず。
一つ一つ、寄り添っていこう。
「ママさんは、どんな人なの?」
「ん〜とね……とにかく笑う人。笑うと言っても、石上くんみたいに優しい笑顔じゃなくて、いたずら好きな子どもみたいに笑うらしいの」
さりげなく僕を褒めてくれて嬉しいけど、ニヤつく状況ではない。キリッと傾聴を続けねば。
「パパが好きなオムライスを、ママはわざと大盛りに作っちゃうの! 中の具材がカレーだったりハンバーグ入りだったりデミグラスだったり、工夫がすごくてね! そんな感じにちょこっと所じゃない沢山のご飯を作っちゃうの! でも美味しいから、パパは残した事は無くてね、お腹いっぱいに食べて疲れたパパを見て、ママは大笑いするの! もう、その話が私も好きでね!」
「良いね。面白い人なんだね」
「そうなの! でね、ママは色んなレシピを本にしてくれた。そこに書いてあったのがね、いつもお仕事頑張ってくれて、いつも残さずお腹いっぱい食べてくれるパパに、感謝を伝える時にパンを作ってたみたいなの。パンなら気楽に小さく食べられるし、ママは恥ずかしがり屋さんだから、言葉にするよりパンにして色々伝えてたみたいなの」
弾むように、弾けるように。昨日の事のように止まらずに続く。
「だから、ね」
ふぅ、と。息を深く吐いて、吸って……止んだ。
「天羽さん?」
「……ごめんね。話、長いよね」
「ううん、いいよ」
「ありがとう。……でね、私、パン屋さんになりたいってのは、きっかけは、ママなの」
「そうなの?」
「うん。ママなら、こういう時にどんなパンでありがとうを伝えるんだろうなって。いつもお疲れ様って伝えるパンって、具材選びから何を考えてるのかな〜って。ママの事が知りたくて。ママと……お話したらどんな感じかな〜って。そう考えてたら、いつの間にかパン屋さんっていうお仕事が好きになって。きっとママなら応援してくれるんだろうな〜……ってね」
そう言って、いつも通りに歯を見せて微笑む。
「色んな友達が手伝うよって言ってくれたけど……そうだ、彼氏。答えてなかったね。それ、全部断ってきた。今まで何人も、私のパン作りの手伝いを提案してくれたけど、その迫り方というか、話し方で何となく分かったの。早くパン作りを終わらせて遊ぶ時間を多くして私を独り占めしたいんだって。だから、断った。私とママとのおしゃべりの邪魔をしてほしくないから、ね」
ふぅ、と息を整え、天羽さんは水筒の水を飲む。暑い中をこれほど話し続けたから喉が渇くのは当然だ。
「そう、だったんだね」
「ごめんね。こんなの面白くないのに喋っちゃった」
「いや、いいよ。鬱憤晴らしていいんだよ」
「ふふふ、そこまで悪い言葉は思ってないよ〜。でも、ありがとうね」
軽く笑って。
「……そんな感じに、ね。ママの事を思い出したの。さっき、つらいのに頑張ってる梅次さんを見て、ママと重ねて見ちゃってね、ママも頑張ったんだね、産んでくれてありがとうねって思って、心の中でいっぱいいっぱいありがとうって思ったの」
「そうだったんだね」
「うん。でも、ママはもう居ない。何回言っても、ママには伝わらないんだな、って……ね」
もう亡くなっていて、ありがとうを伝えたくても届かない。天羽さんがずっと抱えてきた悩みの大きさは、僕の想像を超えるだろう。氷山の一角で、このつらさ。
それでも尚、天羽さんは1人で悲しみと向き合い、他の人には優しく振る舞い、パンに気持ちを込めて多くの人を温めている。
じゃあ、この1人の女の子を温められる人は?
いない? そんなの僕が許さない。
「僕が、聞くよ」
「……え?」
「ありがとうって、心の中だけで言うのは、なんて言うか我慢してるように見えるからさ。ママさんにありがとうって言いたくなったら、僕に話してよ。聞くよ」
今の僕に出来る精一杯は、これだけだ。
それでも、天羽さんが少しでも報われるなら、迷いは無い。
「……」
ふと見ると、隣を歩いていたはずの天羽さんが、足を止めて固まっていた。無言で僕の目を見て、ぱちぱち瞬きをしている。
僕の言葉を待ってる。そんな気がした。
「んとね。僕は、天羽さんと一緒だと明るくなれて、元気になれる。天羽さんが笑顔だと僕も笑顔になれるし、天羽さんが喜ぶ事は僕もやりたい。いつも楽しい時間をありがとうって思ってるから。だから……僕がもらうばかりじゃなくて、恩返しがしたい。僕が、天羽さんを笑顔にさせたい。だから、その」
続きが、出てこない。短く簡潔にしようと思ってても、逆に長くなって伝わりにくくなってる。天羽さん困ってないかな。
「……」
ふと、天羽さんが口元を両手で隠し、下を向く。長い前髪で表情が見えない。
「天羽さん?」
様子を伺うと、すぐに片手で制する。大丈夫らしい。
天羽さんが、再び歩く。
「……」
「……」
隣を歩くけど、沈黙は続く。でも、さっきより天羽さんは足止めが軽い感じがする。ちょっとだけ、ジャンプしてる。
「石上くん」
天羽さんは一歩だけ跳んで、振り返って後ろ向きの形で歩く。
「ありがとう。すっっっごく嬉しいよ」
照れを少し含ませながら、歯を見せて笑う。後ろ向きだからだろう。天羽さんの髪がサラサラと揺れていて、どの部分に視線を反らしても綺麗な景色ばかりで、地面を見る事で何とか落ち着いた。
「……んー?」
「っ!」
天羽さんは覗き込むように、僕の視界に入ってきた。びっくりして仰け反って、立ち止まってしまった。
目と目が、合う。
でも、それがいつもより長い間、視線が合う。何となく、天羽さんの方から、視線を合わせたいと言っているような、そんな感じがする。
……天羽さんって睫毛が長いんだなぁ、なんて思ってると、天羽さんの目尻が細くなり、ふふっと言って微笑む。
ダメだ。可愛すぎて、そろそろ照れてしまう。
「あとね。もう一つお礼を言わせて。今日だけじゃなくて、いつも、歩くペースを合わせてくれてるでしょ」
「えぇ?」
照れが残ってて、変な受け答えをしてしまった。
「石上くん、一人でパンを届ける時も、片桐くんと帰る時もだけど、本当はもっと速く歩けるよね」
「……う、うん」
「ふふ、ちゃんと見てるんだからね。でも、石上くんも私の事、よく見てくれてるんだな〜って、嬉しくなっちゃった」
「……あ、その、どういたしまして。でも何て言うか、僕自身、びっくりしてるんだ。天羽さんに言われるまで気付かなかった。何だろ、一緒に歩いているとあっという間に時間が過ぎちゃうから、少しでも長く一緒にいたくて、無意識に……だと思う」
「……そ、そっかぁ」
「うん。多分」
よし、何とか言葉に出来た。
これで、僕が意図していない事だと分かってもらえた。あんまり感謝されすぎるのも困るからね。よく言ったぞ僕。
「うん? ど、どうしたの」
「……分かんない。けど」
天羽さんが息を出し切り、両頬に両手を添えて、小声で言った。
「さっきから、心臓の音が凄くて、すっごいポカポカする。でも、全然苦しくないの」
「そっか。なら良かった。今日は暑いから、気分悪くなったら言ってね」
「うん。ありがとうね」
そうして、僕らは隣り合って歩き出す。
今日は本当に暑いから、太陽のせいにしておこう。




