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花恵さんの寿命が見える  作者: 線対称


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3/8

3話 天羽さんを死なせない為に

───カッカッカッ


 あの日から3日経った。今日も変わらない、いつもの風景。

 教室にチョークの音が響く。クラスの皆が前を見ている中、僕の目は違う方を向いている。

 廊下側の列で、黒板に一番近い席。栗色の長い髪1本1本が、開いた窓から吹き抜ける風に遊ばれてサラサラと揺れている。しかし今は、ペンを持った右手を顎に添えて動じず集中して黒板を見つめる姿が、幼さがありつつも大人びた雰囲気の方が強く窺える。

 天羽花恵さん。

 やはり、授業中好きなだけ見つめられる時間は落ち着く。

 この瞬間だけは、何も考えなくていいから。




◆◆◆◆◆




───キーンコーン


 チャイムの音で目が覚める。

 授業が終わった。しかし、ノートの9割が真っ白。まだ今までのように眠気と戦っていた時の方が部分的に抜ける程度で済んでいたが、今日は過去最高の仕上がりだ。


「ひっでぇ〜」


 片桐が、僕のノートを覗いてきた。


「今日は特にひでぇ。学校に眠りに来とんのか?」

「うう……」


 否定できない。

 だって仕方ないだろう。ここ3日間は毎日朝から車でお迎えしてくれるしパンを焼いてきてくれるし好きなだけ話し放題だしラベンダーのシャンプーの香りを嗅ぎ放題だし授業中は手を振ってくれるし幸せすぎて勉強どころじゃない!


「天羽の父ちゃんが車出してんだろ。申し訳ねぇだろ普通」

「だよね! 本当にそう思う!」

「堂々と言うな! ったく、ノート写すだけじゃ意味ねぇぞ」

「うう……分かってるよ……でも、頼む、見せてくれ……」

「ったく。まぁ………あーそうだな」


 僕が助けを求めるが、片桐は何かを一瞬考えると、笑いを堪えて僕を見てきた。


「天羽に見せてもらえよ。ヒーロー」

「えっ!?」

「あんなすげぇ事したんだ。ちょっとくらいワガママ言っちまえ〜。くくく」

「そんな難しい事を出来る訳」

「もっと難しい事をやれたじゃんか。ったく、ヒーロータイムは終わりか。いつものお前に戻ったな」


 片桐の奴、3日前のあの出来事を話してから、僕の事をヒーローだと言ってくるし、からかい方が天羽さん絡みになってきている。天羽さんに少しだけ話せるようになった僕だからこそ、きっぱり拒めなくて返事に困ってしまう。

 だとしても、だ。無理なもんは無理だ。天羽さんの顔半分を見るだけで今日はお腹いっぱいなのに、話し掛けたら顔全部、しかも笑顔を見せてくれるだろうね。飛ぶよ?


「あ。あれだ、俺も書けてねぇんだ。ぶくくく」

「おい、笑ってるぞ! 嘘つくな!」

「ちびっと書けてねぇのは本当だ! だから、な?」

「な? じゃないよ。何で天羽さんに」

「私に?」

「っ!?」


 ふと見ると、天羽さんが僕たちのすぐ近くに来ていて、小首を傾げていた。

 片桐がニヤリと笑みを浮かべて頷いている。今がチャンスだとでも思っているのだろう。確かに今だ。心の準備がまだだけど、でも、そんな時間は無い。今ここで勇気を振り絞れ、僕!


「あ、天羽さん。あの、ノート」

「書けなかった? いいよ、貸すよー」

「え、いいの?」

「うん、全然良いよ! ちょっと待ってね! ……はい、どうぞ!」


 そう言って天羽さんは、栗色の長い髪をサラサラ揺らして自席に向かってノートを取り、快く渡してくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして! 読めないトコあったら言ってね」


 そう言って天羽さんは笑顔で手を振り、女子の友人の輪に入っていった。

 ああ、心がバーニング。

 ……さて。まだ余韻に浸りたいけど、後にしよう。今、僕は天羽さんのノートに触れている。持つ手が震える。あまり強く握ってはいけない。変なシワを付けないよう丁重に開こう。


「借りれて良かったな」

「う、うん。何とかなったよ」

「これなら、明日も明後日も?」

「ちょ、それは、もたないって」

「ぷははは!」


 くっ、片桐に遊ばれてるけど、何も反論できない。なるべく自力でノートを書いていかないと。

 と、そんな事は置いといて。

 天羽さんのノートを開く。率直な感想は……カラフル。あちこち色分けされて、大事な文字には風船で包まれたように丸く囲まれてある。ノートの端には、ちょんまげを付けたカピバラのキャラクターのイラストに吹き出しがあり、先生が黒板に書かずに呟いた言葉をそこにメモしてある。可愛く仕上がりつつも本当にしっかり授業を聞いているのが伺える。


「見やす! 細けぇ〜」


 覗き見してきた片桐も驚く。しっかり書いてる片桐ですら驚くほどだ。授業中の短い時間で、入ってくる情報を理解した上で整えて書くのは、簡単に出来る事じゃない。 

 スゴいな、天羽さん。授業の内容が分かりやすくなってて、書くのが楽しい。授業のスピードについていけてなかった僕には、この感覚は久しぶりだ。


「石上、それも描くのか?」


 片桐が聞いてくる。それは、角帽を被ったカピバラを真似して描いてる最中だった。


「何だよ文句あるのか?」

「いや、無ぇけど。そんなに可愛いキャラを石上が描くってのが、なんかシュールで」

「おい、そろそろ黙っとけ」


 そうして笑う片桐を無視して、僕はどうにか書き写せた。何だか、前回までのページと全然違う。同じようにカラフルに書いたお陰で、急に女の子らしく可愛いページになった。


「お疲れ様」

「あっ」


 天羽さんが、僕の方へ歩いて来た。


「書けた?」

「う……ん」

「そっか。良かった。え、このカピバラ先生、書いたの? 可愛い!」

「そ、そうかな」

「うん! ふにゃって笑ってて、私好きだよ!」


 私好きだよ!

 私好きだよ! 私好きだよ! 私好きだよ! 私好きだよ!

 ああ、何故か脳内処理で勝手に、僕に告白してくれている感じになっている。勘違いだと分かった上で、せめてこの瞬間だけでも幸福に浸っていても宜しいでしょうか神様仏様。


「都合のいい神は、居ない」

「なっ! お前何で分かんだよ!」

「昔から知ってるからだよ!」

「あーそうかよ! お前は最高の親友だ!」

「そりゃどーも! ったくお前はよぉ、いつまで経ってもよぉ!」

「あーあー。そんな勇気が僕にあると思うなよ!」

「自信持って言うな、オイ!」


 と。僕と片桐がギャーギャー喧嘩していると。天羽さんが隣でクスクス笑って見ている事に気付く。そうだった、天羽さんにノートを返さないと。


「あ、ごめん、待たせちゃったね。ノートありがとう」

「どういたしまして! またいつでも言ってね」


 そう言って、天羽さんは笑顔で手を振り、ノートを持って女子の友人の輪に入っていった。

 ああ、今日はこれで手を振るのは4回目。何回やっても嬉しくて恥ずかしくて、もう本当に僕の心臓が幸せいっぱいでバブルがバーストでバーニングですありがとうございます。


「……うん?」


 ふと見ると。いつの間にか、僕のノートの端に、可愛い輪郭のカピバラが「よく出来ました」と言っているイラストが描いてあった。いつ天羽さんは描いたんだ? 描けるとしたら、さっき片桐と小競り合いをしてる間だけ。だとしたら、この奇跡が起きたのは、片桐がいたから。


「ありがとう」

「何が?」

「片桐は最っ高の親友だ」

「っ!!?? ガチで何なんだよ! んな事わざわざ言うな! 寒いわ!」

「分かった。……フッ、言わなくても分かる友情、か」

「マジ頼む。保健室行ってくれ」




◆◆◆◆◆




 そうして時が経ち、待ちに待った下校時間。


「石上。帰ろうぜ」

「あ、うん。でも、天羽さんも誘っていいかな」

「おっ! おおおおっ!」

「ど、どうした」

「どうしたも何も、ついに男らしくなったな!」

「そ、そうかな」


 片桐と拳を合わせ、僕は天羽さんの方へ向かう。鞄を肩にかけて今まさに教室を出ようとしていて、天羽さんと苺谷さんと、もう1人の友達含む3人で会話が盛り上がっている。

 あの日から天羽さんは、行きはお父さんの車、帰りは誰かと一緒に、という感じになった。特にこの2人は前々から仲が良く遊びにも行っている。

 そんな話し合いの最中に、僕は割って入るのか。緊張して口が開かない。


「うん?」


 視線で、天羽さんは気付いてくれた。


「あ、あの、い……」


 言え。僕なら出来る。言え!


「一緒に……帰ろ」

「うん! いいよ!」


 え? 即答? はやっ!


「えー!? どんな関係ー?」

鈴子(すずこ)ちゃん! そういうのじゃないから!」

「そう? その割にムキになってるじゃ〜ん?」

「なってないよ! もう!」


 天羽さんと仲睦まじく話すのは、ポニーテールで快活な涼風(すずかぜ)鈴子(すずこ)さん。ニヤニヤ笑っている所が片桐と似ている気がする。


「鈴子ちゃん、部活は?」

「あっ! ごめん! またねー!」

「うん! 頑張ってー!」


 苺谷さんが涼風さんに耳打ちすると、涼風さんは教室を去っていった。

 そして、天羽さんは鞄を持ってこちらへ。

 ……その後ろに苺谷さんも。


「お待たせ! 行こっか」

「う、うん。その……」

「あ、文実(ふみ)ちゃんも帰り道が同じなの。一緒にいいかな?」

「え、えっと……いいと思う」

「ありがと! 行こ、文実ちゃん!」

「うん。石上くん、よろしくね」

「よ、よろしく」


 そうして、苺谷(いちごたに)さんが、小さく会釈した。

 あれれぇ……?


「天羽! 俺もいいか?」

「勿論!」

「よっしゃ! 皆でわいわい帰ろうぜ!」

「わいわーい!」


 片桐も、来た。

 あれれぇ……?




◆◆◆◆◆




 そんなこんなで。帰り道。

 僕は、3人のクラスメイトと一緒に歩いている。天羽さん、片桐、苺谷さんの3人だ。

 さっきの場面で、天羽さんと2人で帰りたい、と主張するような度胸は、まだ無い。かと言って、この3人に楽しく過ごしてもらえるような話術も持ち合わせていない。かっこ悪いな、僕。


「へぇ〜、立ち読みしねぇの?」

「しないよ〜。家だと思いっきり笑えるもん!」


 片桐と天羽さんが前を歩き、テンション高く盛り上がっている。2人とも共通の好きな漫画の話で楽しそうだ。

 しかし、こちらは対称的。僕と苺谷さんは、物静か。苺谷さんは、ぱっと見で眠そうな印象がある。どんなテンションで接したらいいんだろう。


「あの2人、仲良いね」

「だね」

「……」

「……」

「い、苺谷さんの、好きな食べ物は?」

「いちごミルク」


 飲み物じゃん。なんてツッコミが喉まで出かかったけど、言っていいのか? 趣味嗜好は人それぞれだし。

 どうすればいい。初対面に近い苺谷さんに、これ以上どう話題を振ればいいんだ。


「石上くん」


 そんな時、苺谷さんが小さく口を開く。


「もしかして、花恵ちゃんと2人で帰りたかった?」

「ええっ?」

「何となく、そんな感じがした」


 これは、まずい。僕が苺谷さんを邪魔者扱いしてると思わせたら、悲しませてしまう。それは何としても避けないと。


「そ、そんな事、全然無いよ! 苺谷さんとも帰りたかったよ? 天羽さんも、苺谷さんも、勉強頑張ってるから、ちょっと教えてほしいなーって! ただ、女の子と、視線を合わせるのが苦手でさ!」

「ん。よく分かった」


 何とか、やり過ごせたようだ。嘘は言っていない。勉強の内容もだけど、授業に付いていけるコツなんかを教えて欲しいのは常々思っている。

 

「てっきり、石上くんもかなって。1年生の頃から、花恵ちゃんと仲良くしたい男子が多くてね」

「あ……そうなんだ」

「でもね、花恵ちゃんは……これ話していいかな。まぁいっか」

「何かあったの?」

「5人の男子から告られても、全部断ってる」

「っ……」


 顔が強ばってしまった。

 断る、という事は、つまり……。


「あ、あれかな。好きな人が、他にいるって、感じかな」

「んーん。誰が好きだとかは無いって。ただ、あんまり話したくない感じでね、それ以上は聞いてない」

「そ、そう、なんだね」


 頭が混乱して、返事が棒読みになった。

 どうやら天羽さんは男子と付き合う事を避けているらしい。

 だったら、僕がやってきた事は、迷惑だったのか?


「石上くん。前」

「え、何?」

「前見て」

「わぶっ!?」


 見た瞬間、緑色に染まった。

 時すでに遅し。僕の顔面を木の若葉が包み、後ろへふらついて、お尻から転んでしまった。


「だーっははは! 何してんだよ!」

「だ、大丈夫!?」


 僕のしょうもない所を、大笑いする片桐と駆け寄る天羽さんにも見られていたらしい。


「ケガは、してないね。良かった良かった」


 って、待って待って待って。

 近い近い近い近い近い近い。

 天羽さん、僕がケガしてないか見ながら服とか髪に付いた葉っぱを取ってくれるたびにラベンダー香るサラサラな栗色の髪が僕に当たって服の葉っぱと天羽さんの髪が引っかかってるんですけども!

 天羽さんが気付いてないのに繋がっているんだけども!

 でも、指摘したらびっくりして離れちゃうだろうから僕は平静を装う事に集中したいのだけれどああああラベンダーの香りがそれを許さなくてああああどうすればいいんだああああああああああああああああああ!!!


「ふん」


 と。苺谷さんが、天羽さんの髪が引っかかった葉っぱを取ってしまった。


「あ、付いちゃってた? ありがとう!」

「……」

「文実ちゃん?」


 苺谷さんがジト目で、心臓バクバクな僕と、小首を傾げる天羽さんを、何故か交互に見る。何か言いたげなその黒いオーラに気圧されて、僕は視線を反らしてしまう。

 すると、苺谷さんはため息を吐いた。


「ちょっと、この後、いいかしら」




◆◆◆◆◆




 それから、ややあって。

 僕は、監禁されてしまった。


「石上〜、今日の内容だぜ?」

「想像以上ね」


 片桐と苺谷さんに詰め寄られ、逃げられない。

 ここは、監獄。しかし表向きには、ハンバーガー屋を装っている。周りのテーブル席には僕と似たように悪戦苦闘している学生もいる。ポテトの揚がる香りと、絶える事のない客の賑わいで、一見すると明るい雰囲気の空間だと錯覚してしまう。


「よそ見すんなよ?」

「はい!」

「ったく。皆もう終わったぜ? 宿題」


 そう。ここは、宿題が終わるまで出られない監獄。苺谷さんの提案で、僕たち4人は一緒に宿題をやり遂げる為にハンバーガー屋さんに来たはずだが、今となっては僕だけが集中砲火を受けている。

 くそぅ! 皆、頭良すぎだろ!


「あなたが言ったでしょ? 勉強教えて欲しいって」

「ぐっ……そう、ですね」


 言った。ついさっき。


「まぁまぁ2人とも〜。そんな怖がらせちゃダメだよ。石上くんも頑張ってるからさ!」

「天羽さん……」

「なぁ、天羽。甘やかすのはいいけどよ。何つーか」

「え? 何?」

「あのね。花恵ちゃんが一番先に終わって、美味しそうにバーガー食べてて気が散るのよ」

「あっ……ごめん」


 やはり、ここは監獄。可愛い看守が僕の腹を縛るという、お得なセットが付いている場所だった。




◆◆◆◆◆




 それからも、刻一刻と、時は過ぎて。

 授業中に天羽さんと手を振り合ったり。

 僕のノートの空白を見てはニヤつく片桐を軽く蹴ったり。

 帰り道に苺谷さんのお勧めのクレープ屋に4人で行っていちごミルククレープを食べたり。

 またハンバーガー屋で宿題をしたものの早めに終わったから、すぐ近くのゲームセンターに行ってエアホッケーをしたり。そしたら皆の実力が同じくらいで白熱して、その日は帰りが一番遅くなってしまったり。

 そうして帰りが遅くなる事に申し訳なくなった僕が、毎朝天羽さんがパンを焼いてくれる事と天羽さんのお父さんに毎朝車で送ってくれる事を遠慮したり。すると、天羽さんは何かを考え込んでから了承したり、お父さんに至っては「若い2人で決めなさい」なんて言うもんだから天羽さんと一緒に誤解を解いたりして。


「……」


 夜。自室で、皆でやり遂げた宿題を1枚1枚眺めながら、思う。

 この幸せは、いつか、雨が降り、終わりを告げるように何かが天羽さんに襲いかかる。

 だから、今日も願う。まだ一瞬しか見れてい夢の、その続きを知りたい。

 今のところ、信号機から助けた時と同じように授業中の居眠りを繰り返してみても、全て失敗。そのたびに授業が分からなくなり、放課後に天羽さんたちと一緒に勉強して過ごす時間が積もり……守りたい気持ちも積もっていく。

 でも、天羽さんは男子と付き合いたくない。それが、今のところ知る事の出来ている天羽さんの唯一の本音。

 天羽さんには、申し訳なく思う。こんな情けない男子からの誘い、迷惑でしかない。それでも信号機から助けられた恩を返そうとパンを焼いてくれていたり、ただのクラスメイトの勉強を見てくれたり、本当に優しい人だ。

 だから、どうか我慢してほしい。

 まだ一瞬しか見れていないあの白黒の夢を全部見るまでは、どうか帰り道だけでも、好きでもない僕を傍に居させてほしい。

 天羽さんを死なせない為に。

 皆で過ごす何気ない幸せな時間を守る為に。

 そのためなら、僕はどれだけでも居眠りしてみせる。




◆◆◆◆◆




 ふと気が付けば。色を失った白黒の世界に、僕は居る。居る……というより、気付いた時には走っている最中。豪雨の中、いつもの帰り道を、僕の前を天羽さんが鞄をお腹に抱えて走っている。その後ろには、片桐、そのまた後ろに苺谷さんも走って来ていた。全員が、傘を持っていない。

 これだ。あの時と同じ。天羽さんの死の未来が見られる夢。


「青だよ!」


 天羽さんが走りながら笑って言う。交差点の信号は青。

 理由は分からないけど、とにかく今はチャンスだ。こんなに長く夢を見られているうちに、少しでも多くの情報を集めないと。


───ボォォォン


 と。急に、僕の視界いっぱいに、大きなトラックが雨粒を吹き飛ばして一瞬で現れ、一瞬で通り抜けていく。

 風圧で体を押されるが、何とか耐える。

 そのトラックの行方を目で追うと、視界に入る。交差点の奥で、雨に濡れた地面に、天羽さんが倒れている。


「きゃああああ!」

「天羽っ!」


 苺谷さんと片桐が叫ぶ。駆け寄り、呼び掛けている。


「あ、天羽さん……?」


 僕の声に、返事は無い。ぴくりとも動かない。

 背中に触れようとしても、視界がぼんやりと霞むだけ───




 19m 41s

 19m 40s

 19m 39s




◆◆◆◆◆




「はっ!??」


 目が覚める。瞬時に飛び起きて見渡す。そこは、僕の部屋。色付いている世界。時計の秒針が進む音だけが響く。

 いつもある眠気が微塵も無い。至って元気。ただ、額が痛いのと、左手薬指がじんじん痺れて痛い。鏡で見ると、押されてあった跡が付いていた。どうやら手を枕にしてうつ伏せで寝て、当たっていたらしい。


「ん? 待てよ」


 この寝方、初めて白黒の夢を見た時の、教室で寝てた時もそうだった。手を枕にして指先が痺れていた。その時は授業中で鏡なんて見れなかったから……。


「つまり、白黒の夢は、この左手薬指を額に当てて眠ると見れるって事……なのか」


 爪を見ながら、思い返す。鮮明に覚えている。出来るなら思い出したくない。

 でも。大丈夫。いつ何が起こるかを知れたから。あの状況から察するに、急に雨が降るようだ。おそらく当日は誰も傘を持っていかないはず。そうと分かればやる事は一つ。僕が傘を4本持っていって、天羽さんや皆に渡せば、急いで帰る必要が無くなる。トラックに遭遇しないで済む。

 守れる。全部守ってみせる。まだ時間はある。

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