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星降夜譚  作者: 稲葉 鈴


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9/21

7.開店に向けての準備だ。

 朝ご飯を食べた後は、お昼前からの開店に向けての準備だ。もちろん私だってこのお家にお世話になるのだから、お手伝いを名乗り出る。最初ふたりには恐縮されてしまったけれど、でも美恵さんが私はこの家の子だって言ったもん! と押し通させてもらった。



「まあなあ、子供たちにもさせてたしなあ」

「それにあれですよ、あなた。何もしない方が、変な事考えこんじゃうじゃないですか」

「ああそうか、それもあるよなあ」



 暇は猫を殺す。


 そういう話かどうかは置いておくとして、そういうことである。あと単純に、単なる居候を私は好まない。働かざるもの食うべからずというよりは、猫が死ぬ方の話になるのだけれど。というか、こっちにもその言葉あるんですね、と、そっちで盛り上がってしまった。私のほうの言葉は、ちょっと、自信がないんだけれど。でもたぶん、そんな言い回し。


 野菜を洗ったり皮を剥いたり刻んだり。それほど沢山のお客さんは来ない、というおふたりの指示に従って、和気あいあいとお昼ご飯時の準備を進める。



「爺さんと婆さんがふたりで切り盛りできるくらいの店だからな」

「茜ちゃんがいますからね、今日からはちょっと変わるかもしれませんけど」



 なるほど、私を見に来るひともいるだろう。そういうひとがいることを考えるなら、配膳した方がいいのではとか、完全に裏に回してしまった方がいいのではとか、相談をしながら準備をした。楽しかった。



「お、今日はやってる?」

「いらっしゃい。やってますよ」



 昨日の夕方も顔を出してくれたおじさんだった。多分近所のひとで、普段から常連なんだろう。



「じゃあ肉飯で」

「あいよ」



 二人掛けの丸テーブルに陣取ったおじさんに、お水を出しに行く。暇なので。



「どう? よく眠れた?」

「おかげさまで」



 良かった良かったと笑ってくれる。


 どうやらこのお店の常連さんも、良いひとのようだ。



「嫁さんは?」

「今度の祭りに向けて立て込んでてね。片手で食べられるもの、お土産に」

「あいよ」



 キッチンカウンターの内側から、俊宇さんがお客さんに問いかける。いつもはご夫婦でいらっしゃるのだろうか。


 その後のお話を漏れ聞く限り、奥さまはどうやら仕立て屋さんをお家でしていて、もうすぐあるお祭りのために晴れ着を仕立てているのだという。



「どんなお祭りなんですか」



 お客さん、(ボー)さんが言うには、ランタンを空に浮かべるお祭りだという。どこかで聞いたことがある気がする? まあ、お祭りなんて、似たようなものになるかなあ。



「年に四、五回やるお祭りなんだけどね、街ごとに持ち回りでやるもんだから、毎年やるわけでもないんだよ」

「他の街がやる日の夜だとね、遠くの方の空がぼんやり光って、綺麗なのよ」



 へえ、と、気の抜けた返事をする。


 写真とか動画とかで見ると綺麗だなって思えるけれど、どうにも話だけだと共感がしづらい。私だけじゃないと思うけれど、でも流石に、この反応だけはよろしくないのも分かってる。



「楽しみですね」

「そうね」

「お待ち」



 俊宇さんが、そぼろご飯みたいなものをカウンターに置いたので、取りに行く。いつもだったら梓晴さんが行くんだろうけれど、今日は私が行く。だって立ったままだったし。


 ご飯の上に、茶色い角煮のそぼろ。



「とても美味しそう」

「上手いぞ。後で茜も食べるといい」



 どんぶりを持って、博さんの所に持って行く。



「お待たせしました」

「ありがとう。これがねえ、好きで」



 お盆には他に、お吸い物がついている。溶き卵汁だ。なんだかよく分からない、緑色のお野菜も浮いている。それからお箸に、匙。テーブルに備え付けの調味料とかはない。



「これの上に、目玉焼きが乗ってるのも好きでね。大体どっちか食べてるな」

「どちらも美味しそうですね」



 ごゆっくり、と声をかけて、博さんのテーブルから離れる。


 その後、ご夫婦がきて。奥方の方が角煮に目玉焼きのご飯を頼んでいた。おふたりとちょっとお喋りをして、お料理を提供したころに、博さんは奥様へのお土産を持って帰っていかれた。お支払いは。



「ツケだよ、ツケ。奥さんが仕立ての仕事してるって言ってたろ。その金が入ってきたら、色んな所に支払いに行くんだよ」

「そういう形なんですねえ」



 信頼がなければできないことであると思うけれど、全体的にそういう文化であるのなら、問題もないのだろう。問題がめちゃくちゃあったら、変わっていくだろうし。


 博さんが何の仕事をしているのかは知らないけれど、まあでももう御年のようだったし、働いていないのかもしれない。


 ご夫婦の後にもうひとりずつお客様が来て、ご挨拶をして。それぞれ特にメニューも見ないで注文をする。


 注文されるものは大体決まっているから、特にメニューはないという。



「まあ一応、ほれ、そこの黒板に書いてあるけどな」



 俊宇さんが指し示す通り、キッチンカウンターの側に小さな黒板がある。仕入れをした時に、変更があれば書き換えるのだという。


 住宅街にある、小さくて古いお店。お客様は、常連さんばかり。だから、それで成り立っているのだという。


 そういうのも、なんだかちょっと、素敵だと思う。

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