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星降夜譚  作者: 稲葉 鈴


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5.常連の方が店を訪れた

 (カン)さんが帰られた後、何人かの常連の方が店を訪れた。勝手にドアを開けてひょいっと顔を覗かせて、私に挨拶をして。



「今日はやんないの?」

「堪さんから沢山宿題出されちまって、それどころじゃないよ」

「見てよこの厚さ」

「じゃあしょうがないね。また明日。お嬢さんも、良い夢を」



 大体皆そんな会話をして、帰っていく。


 梓晴(ジーチン)さんと俊宇(ジュンユー)さんは、頑張って堪さんから渡された書類を見ていた。そうして何かしら、分類している。私に出来ることは、どうにもなさそうである。



「ただーいま」



 ドアを開けて今度入ってきたのは、女性だった。ちょっと、梓晴さんに似ている気がする。


 短い黒い前髪に、二本の肌色の角。少し濃いめの青いワンピースの丈は短くひざ丈で、その下に黒いズボンをはいていた。



「あら美恵(メイフェン)じゃない。どうしたの珍しい」



 格闘していた書類の山から顔を上げて、梓晴さんが目をぱちくりしながら女性の名前を呼ぶ。


 彼女は私に軽く会釈をしてから、近くの丸椅子に腰かける。



「もう街中で噂だもの。来訪者の方がいらして、お母さんが連れて帰ったって。だからあたしに詳しいこと聞こうとするのよ!」



 今日の今日で分かる訳ないじゃない、ねー。だなんて、私に同意を求められる。求められても困る。



「あんたそれでわざわざ来たの?」

「あらだって困ってるんじゃないかと思って」

「なにをよ」

「あたしの部屋を使わせてるだろうと思ってね」

「そりゃそうよ」

「でしょ? 使ってくれて構わない、あたしの服もじゃんじゃん着倒して! って言いに来たの。後、ついでに新しい肌着と」

「あら助かるわ」

「でしょ? それから室内履きに」

「やあね、それは明日買いに行くのよ」

「じゃああたしも行くわ。若い女の子の店、お母さんすぐには浮かばないじゃない?」

「なによあんたは浮かぶっていうの」

「職場職場。聞いてきたわよー!」



 ぽんぽんぽんとやり取りが連なっていく。気の置けない親子の会話、という奴だ。俊宇さんは慣れているのだろう、ふたりの会話に参加せずに書類の確認を行っている。



「おい美恵」

「なあに、父さん」

「明日買い物に行くならな、こいつを読んでおけ」

「はいはい」



 差し出された書類に、さっと美恵さんが視線を走らせる。何か、あるのだろうか。買っちゃいけないものとか。



「あらあら。寺院がお金半分持ってくれるんだ。いいわねこれ」

「だってそうでもしないと、面倒見て貰えんだろう」

「ああそうね。誰も彼もが、父さんと母さんみたいに、おひとよしじゃないわね」



 お前だって似たようなもんだろう、だって、俊宇さんが美恵さんにいった。私もそう思う。だって色々、持ってきてくれたようだし。



「そうじゃないわよ。衣食住丸がかりしてくれるひとばかりじゃない、って話よ。あたしなんて、ほんのちょっと昔あたしが使ってた部屋を使ってくれていいって言いに来て、昔あたしが使ってた服を着ていいって言いに来て、あとちょっと援助するだけの話じゃない」



 ふたりほどじゃないわって、笑った美恵さんの顔は誇らしげだった。



「茜ちゃん、気に病まないで頂戴ね」



 梓晴さんが私の隣に来て、私の両手を取る。


 確かに、今の話の流れ、おふたりはいいひとなんだな、と思って聞いていたけれど、私の話でもあったんだ。まだ頭がぼんやりしていて、他人事のようである。



「そうそう、茜ちゃんね。父さんと母さん、それからあたしには、何でも聞きなさいね。家族になるんだから、遠慮なんてしちゃダメなのよ」

「ちょっと美恵! あんた何を視たの!」

「なにも見てないわよ。ただ、言っておいた方がいいと思って言っただけよ」

「本当でしょうね?!」

「少なくとも今日からこの家に住むんでしょう? 居候じゃなくて家族よ、って言ってあげないと、こう、何も言えなくなっちゃうじゃない」

「ええそう、それはそうだわ」



 美恵さんも手を伸ばして、私の腕を優しく叩いた。このひとも、とても優しいひとなのだろう。私に触れる手が、ふたりはよく似ている。とても優しくて、とても暖かくて。



「あたしね、妹欲しかったのよね」

「え」

「でもいるのは弟だし、産まれたのは息子たちだしでね。だから嬉しいの。お姉ちゃんって呼んで」

「ちょっと厚かましいわよ。あ、茜ちゃん。今こそ断るときよ」



 びっくりはした。何を言い出すのだろう、とは思った。


 でも、決して。



「いやでは、無いですね」



 年齢的にも、そんなに遠くはないように思われる。息子さんがいる、という割には、いや早くして子供を産んだのかもしれないけれど、まだ、三十代の半ばほどだろう。姉と言われても、問題はなさそうだ。



「あら嬉しいわ。どしどし甘えて頂戴。後はそうね、ことばかな」

「でも仕方ないんじゃない?」

「仕方ないとは思うから、ゆっくりでいいけれど、出来るだけ最速で、普通に話してね」

「頑張ります」



 頑張る、としか言えない。


 まだ頭がかなりぼんやりとしているので、ぼろを出さないように、言葉使いを丁寧にしているのだ。元の私の言葉使いは、多分、彼女達と大差ないだろうけれど。



「あ、じゃあ」

「いいわよ、どうぞ」

「見るって、何ですか」



 聞いていいみたいだから、聞いてみる。多分今を逃したら、そういえば聞こうと思ってたんだけれど、まあいいやみたいになりそうだったから。



「ああこの子ね、子供の時から、ちょっとした未来視とかがあったのよ」

「みらいし?」

「未来を見るのよ。大したことじゃないんだけど、母さんが妊娠する前に弟まだなの? とか聞いたんだっけ?」

「そうよもう、びっくりしたわよ!」



 他のことはおいおい、と、美恵さんも梓晴さんも俊宇さんも笑った。色々逸話があるらしい。



「じゃあ、明日。昼ぐらいに、迎えにこようか」

「やだもうあんたは。昼時は避けなさい、家は料理屋ですよ」

「明日も休むのかと思ったわ。じゃあ、その後くらいに来るわね」

「働いて、いらっしゃるのでは?」

「あら、気を使ってくれるのね。ありがと。明日は休みになったわ」



 からからと笑って、美恵さんは帰っていった。じゃあまた明日、と、明るく。



「おう待て待て美恵。なんか作るから、持って帰れ」

「助かるわ。皆父さんのご飯大好きだもの」

「俺たちの飯も、同じもんでいいな?」

「ええ、お任せしますよ」



 私はまだ、こちらのご飯を良く知らないから、完全にお任せである。でも多分、美味しいだろうから、ただただ、楽しみだ。

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