18.星宇さんに教わりながら餃子を包む。
開店の前に、星宇さんに教わりながら餃子を包む。この間やった時は、餡を入れた鉢にさしてあった大きなヘラみたいなスプーンを使った。それを使って、梓晴さんと酒運宇さん、ふたりの見よう見まねでやって失敗したわけである。何ともお恥ずかしい。
今度はそれなりにちゃんと形になった。と、思う。
「わざわざ実家から通ってもらうことになって、なんかごめんなさい」
「いや茜ちゃんが謝ることでもないだろう」
「そうよ。茜ちゃんが気にすることじゃないわ」
餃子を包みながら、頑張って切り出す。
皆さんお優しいから、私に気にするな、って言うけれど。気になるよね。いくら気にする必要がない事であったとしても、私個人はそこに胡坐をかいてはいけないのだと思っている。思わなければいけない。
四人掛けのテーブルの、向かいに星宇さん。隣に梓晴さん。俊宇さんは、カウンターキッチンで何か作業をしているようだ。
「まあ保身もあるから、そこは本当に気にしないでいいよ」
「あんたね、保身って」
「だってそうだろ? 実際にそういうことをするつもりがなくても、周りからはそう見えるじゃないか」
手元の餃子から、視線を上げることが出来ない。そういう、そういうとはどういうことだ。いや、分からなくは、無いけれども。
子供ではないので。
「少なくとも茜ちゃんにはここしか居場所がなくて、俺は一応ここの跡取りで」
「そこはそうね」
「その俺が手を出そうとしたら、茜ちゃん断れないだろ?」
確かに、路頭に迷うことは確定しているようなものだから、断らないかもしれない。それを断れない、というのなら、それはそうだ。
「いやでも」
「実際にしたかどうかっていうのは置いといて。だから例えば、じいちゃんとばあちゃんに言われて、買い出しに出たとするだろ?」
「それはありそう」
「ありますよね、きっと」
「そういう時に、そう言い出す奴がいたら面倒くさいから、実家から通っているわけだ」
「うん??」
「というかもうすでに、この近所のジジババはそういう目で俺たちを見てるぞ」
「へ?」
「俊宇さんと梓晴さんは安泰ね。孫が戻ってきてくれて、来訪者の方がお嫁さんでしょう。って。俺言われたぞ」
「なにそれ」
梓晴さんの声が、低くなる。
確かにそう言われてしまったのであれば、なおのこと私でも、実家に帰らせてもらいたくなる。帰る実家、どこだろうね。
「俺が言われるのは別にいいんだよ。ジジイもババアも娯楽ねえんだなくらいだから。でも、茜ちゃんは言われちゃダメだろ」
この街で産まれて育って、この街に根を下ろすって決まった訳でもないんだから。って、餃子を包みながらしれっと言われてしまった。
「今はいいんだよ、今は。あからさまに冗談だから」
「そう? 本当に? 何かあったらおばあちゃんに言いなさいね。ちゃんと文句言うから」
「いや本当に俺は大丈夫。ババア暇なのかって言ったら暇だと自分で言ったからな」
年寄りの娯楽として、俺と茜ちゃんがくっつくかどうか勝手に噂してる分には、放っておくしかないだろう。星宇さんの言葉に、私は頷く。
「いますね。そういうひと。どこにでも」
「だろ? だからまあそれはいいんだけど、茜ちゃんが言われたら、女の子だし、よくねえよなって話」
「お気遣いありがとうございます」
「どういたしまして」
謝るんじゃなくて、お礼を言ったら、それは受け取って貰えた。
「梓晴さん」
「なあに? ちょっとどこのババアかなんとなくわかって頭抱えてるわ、私」
「私どうしたらいいんでしょうね」
「いい子なのよ、うちの孫。それはそうなんだけれど」
普通。
普通、初対面の女の風評のことまで気にしないと思うの。
「誰に似たんですか、これ」
「ごめんなさいね。うちのひとに似たばっかりに」
「さっきから黙り込んでる俊宇さん似!」
「いやだって、そりゃそう考えるだろうよ」
「だよねえ、じいちゃん」
男性陣は頷いているけれど、普通はそんなことはない。いやどうだろう。こっちではそれが普通なんだろうか。一つ屋根の下に暮らすなら、って噂をする人はいるみたいだから、案外その辺りは変わらない気もするんだけれど。
まあお孫さんがクズ寄りの生き物だった、というよりはなんぼもいい事なんだろうけれど。私にとってもありがたい事なんだろうけど!
「翁郭で女性たぶらかしていたりしませんか? 大丈夫ですか?」
「いやそもそもそういう関係の相手いなかったから」
「そういう関係じゃない私にここまで気を使えるのに?」
「ええ……」
大体の餃子を包み終わったので、この話も終わらせた方がいいだろう。
「冗談は置いておくとしても、本当に星宇さんに思いを寄せていて、急に帰ってしまって悲しんでるひとはいそうですよね」
「そればっかりは、ちゃんと思いを告げてなかった方が悪い、とも言うわねえ」
「いや修行中の男に声かけるのは難しくねえか。帰る前に、って思ってたとしても、急な事だったし」
「いやいないと思うよ。なんかいる前提で話してるけどさ」
俊宇さんがお茶を淹れて持ってきてくれたので、ありがたく喉を潤す。それから思わず私と梓晴さんと俊宇さんの三人で顔を見合わせて、このお話は終わりにした。
もしかしたら星宇さんに狂わされた可哀想な女性がいたかもしれないけれど、いなかったかもしれない。ちょっとそれは私たちには分からないので、このお話はこれでおしまい。
「この間よりは上手に包めてるな」
「がんばりました」
「まさか匙の大きさだったとは思わなかったわ」
「慣れてる相手に慣れてない方が合わせるとよく起きる事故だと思うよ」
なるほど。
私はこれから、小さい匙を使おう。そうして、感覚が掴めて、俊宇さんや梓晴さんと同じように包めるようになったら、一緒にやろう。
皮に対してどれだけ餡を乗せればきれいに包めるのか、を、覚えればいいのだし。




