16.昨日、星宇さんは、お店には戻ってこなかった。
昨日、実家に荷物を置きに帰った星宇さんは、お店には戻って来なかった。まあ、何かしらやることなんかもあるだろうし。転居届的なものも、多分あるだろうし。それ以外にも、積もる話とかお部屋の掃除とかの、考えればやることはいっぱいある。
その辺りのことを梓晴さんも俊宇さんも何も言わなかったので聞いていない。もしかしたらふたりは街の外に出たことがないので、知らないだけかもしれないけれど。
それから昨日は堪さんもおいでにはならなくて、美恵さんも来ない日だった。だから常連さんたちに昼夜とご飯を振る舞って、心地よい疲れの中で一日を終えた。
「おはようございます」
「おうおはよう」
「おはよう。よく眠れたかしら」
「おはよう」
「おはよう。昨日はごめんねぇ」
朝下りて行ったらいつもより、ふたりも多い。
今日選んだワンピースは、水色。立ち襟と裾に、もうちょっと色の濃いブルーグレーの飾りリボンが縫い付けられているやつ。ほつれはないから、とても大切に着られていたんだと分かる。
昨日より多いひとりは星宇さんで、俊宇さんから色んな物の使い方を教えて貰っているようで、こちらには軽く視線をくれたのみだった。
もうひとりはそのお父さんの家郎さん。来るのはいつも夜だったから、朝からいるのに驚いている。わざわざお仕事の前に星宇さんと一緒に来たんだろう。なんで。
「昨日仕事終わって帰ったら星宇がいて驚いたよ」
「手紙が来てすぐでしたもんね」
それはそうだろう。梓晴さんと俊宇さんも驚いていたし。いや実際私も驚いたし。ただ手紙や荷物の遅延はよくあることのようで、その点に関しては誰も何も言っていなかった。それにもちょっと驚いた。
「なので今朝は茜ちゃんが興味を持ってた屋台ご飯を買って持ってきたんだよ。うちの子をよろしくねの意味も込めて」
「わあ、ありがとうございます」
父さんの店で扱ってないものを中心に買ってきたよ、と、家郎さんは続けて言った。四人掛けのテーブルの上には、紙に包まれた食べ物がいくつも置かれている。
ひとつは、ふわふわした生地に包まれたもの達。肉まんと、それから変わり種でオムレツが包んであるものもあるという。
それから、同じようなふわふわの生地を使ったサンドイッチ。肉まんの皮を上下とか斜めとか横とかに切れ目を入れて、具材を挟んでいる。たまごにハムにチーズに葉っぱ。定番品だけを買ってきてくれたそうだ。
「こういうのはまず、定番を食べてみないことにはね」
「わかります。最初に変わり種食べちゃうと、定番食べた時になんか違う気がしちゃうんですよね」
「そうそう。そこのサンドイッチは辰逸っていう店主と同じ名前の店でね。結構思いついたものを片っ端からやってみるもんだから、定番にならなかった時の落胆ときたら」
屋台通り、というか、数件の屋台が出ているのは、中央広場の近くだという。広場でやるよりは、通りでやった方が客の利用に便利なため、そうなったらしい。朝には朝の、昼には昼の、夜には夜の屋台が出るそうだ。だから、時間を見誤るともうそこにはなにもなかったりすると、家郎さんは笑う。
「それじゃあ、ぼくはこれで」
「お仕事行ってらっしゃい」
「いってきまーす」
家郎さんはそれから梓晴さんと俊宇さん、星宇さんにもお暇を告げて、お店から出て行った。お仕事の前に、わざわざご苦労様です。
「茜、今いいな?」
「はい」
星宇さんに一通りの使用方法を教え終わったのだろう、俊宇さんが私に話しかけてくれる。
俊宇さんじゃなくて今日は星宇さんがお茶を淹れてくれた。湯飲みを両手で持って暖を取りながら、話を聞く。正直、湯飲みで暖を取るほど寒くはない。
「今日から賄いは星宇に頼むことにしたから、そっちの手伝いをしてやってくれ」
「わかりました?」
賄いは基本的に、四人分になると思う。手伝いとか必要な量だろうか。星宇さんは大きなお店で働いてきたのだし、手慣れていると思う。もちろん、ここと台所事情が違う、とか、色々あるだろうけれど。
手伝うのが、嫌なのじゃなくて。私の手伝いが、本当にいるのかどうか、って話である。
四人で、テーブルに着く。テーブルの上には、家郎さんが買ってきてくれた朝ご飯が置いてある。
「ああ、賄いってのは基本的に、練習だからな。ほら昨日、餃子を包む練習したいって言ってたろう。そういう話だよ」
「なるほど! よろしくお願いします」
疑問符にまみれた私を察して、星宇さんが教えてくれる。私はほら、こういうお店の事情には疎いから。
私の手伝いなどいらないのでは? と思ったけれど、それはやっぱり正しかった。私の、手伝いは必要ないけれど、私の居場所は作ってくれる、との事のようだ。
やっぱり、皆さんとても優しい。
私が何の役に立つかはやっぱりまだ自信はないけれど、どこかでお返しできるといいなと思う。頑張る。
それから、朝ご飯をみんなで食べた。
とりあえず中身の分からない肉まんだったけれど、下に敷いてある紙をみると、中身が分かる、と星宇さんが教えてくれた。買う時に、辰逸さんが教えてくれたそうだ。
「色々あるんだな。お、茜。これオムレツって書いてあるぞ」
「一口下さい」
とりあえず星宇さんに、というか家郎さんにおすすめされたノーマルの肉まんを頬張っていたら、俊宇さんがオムレツまんを引き当てた。いくつ買ってきたんだ家郎さん。四人で食べるんだぞ。
と思ったけれど、星宇さんがしれっと沢山食べている。そうだ。このひとは若い男性なのだった。もうお爺ちゃんの俊宇さんとは胃袋の出来が違うのである。
だからひとり一つの肉まんと、合計三つの期間限定まん。今日はオムレツと、豚の角煮、キャベツのサラダの三種類だった。存外キャベツのサラダまんが美味しかった。
「これなんのソースなんでしょうね」
「火が通ってるから分かりづらいわねえ」
ソースというか、ドレッシングというか。しんなりしているキャベツに、正確にはキャベツによく似た別の野菜に、何かの味がついているのは分かるのだけれど。
そもそもあまり料理に詳しくない上に、鋭敏な舌を持っているわけでもない私には何か美味しい、としか感じないわけである。
「なんだろうなあ、これ」
「食べたことあるような気がするけど、分かんないな」
その横で料理人ふたりも首をひねってるんだから、分かるはずがないのである。まあ、一つのキャベツまんを四つに割って食べてる時点で、分かるはずもない。
ちなみに購入時点では季節まん、だったそうである。
サンドイッチは家郎さんの言った通りに定番二種類が五つ。ふわふわのたまごに、ハムとなんかレタスみたいなやつ。ハムも私の知っている薄い奴じゃなくて赤くて分厚かったし、レタスみたいなやつももっと緑だった。
ちなみに私が一つずつ食べて、残りは星宇さんが食べた。俊宇さんと梓晴さんはそんなに食べられないと辞退した。




