15.星宇さんが急に帰ってきた。
梓晴さんと俊宇さんの息子さん、家郎さんの、息子さん。おふたりからすると孫にあたる星宇さんが、急に帰ってきた。本当に急である。帰るって手紙は、昨日届いてた。
俊宇さんあてに。
「お。妖精様の噂、翁郭の星宇の所にまで届いたみたいだぞ」
「まあ、みんな好きねぇ」
翁郭というのは、蔡郭を挟んで候郭と反対側にある街であるという。間にもう一つ街を挟んで、その向こう側。割と近い場所になるらしい。
星宇さんはその、翁郭という所にある、かつて妖精様がいらした料理屋さんで修業をしているという。お店の名前は智呈。現在蔡郭に支店はない。
智呈も、沢山支店をあちこちの郭に出しているという。
そろそろ星宇さんは修業が終わる頃で、妖精様が生まれ故郷に来ているとか丁度いいから郭に帰れ、と店長に言われたのだという。
だから帰ることにした、と書かれた手紙が、梓晴さんと俊宇さんの宛と、父親である家郎さんあてに届いたのが、昨日。
ご本人がその翌日、お店に立っている、という事態になっており、誰もが混乱していた。
「昨日の今日帰って来られてもなあ」
「手紙を出したのはしばらく前だったんだけど。どこかで止まってたのかな」
「そういうこともあるわねえ」
とりあえず私が座っている壁際の、四人掛けの卓とは別の二人掛けの席に、星宇さんは案内された。
「彼女は?」
「なんだ、茜についてはそっちに噂言ってないのか」
お店はあまり広くないので、私はどうしても視界に入ってしまう。だからか、星宇さんはとりあえず私について俊宇さんに聞いた。
俊宇さんはキッチンに行って、星宇さんの分のお茶を淹れている。だから話は、梓晴さんが引き継いだ。
「茜ちゃんはね、来訪者の方なの。丁度私が広場にいた時においでになったから、家で面倒を見ることにしたのよ」
「そう。楽しい夢は見れてる?」
「おかげさまで」
そういえば、博さんもよく眠れてるかって聞いてきたなあ。こっちではよくする言い回しなんだろうか。
星宇さんは私ににこりと笑いかけてくれた。
「年頃のお嬢さんが今家にいるのよねえ」
「……何か、問題が……?」
思わず、私が口に出してしまう。
三人ともが、私を見る。皆同じように、驚いた顔をしていた。
え、だって。
「恋愛関係にない、というか、妻でもない女性にそういうこと、普通します?」
「しねえなあ」
「しないわよねえ」
「星宇さんて、そういうことするお孫さんなんですか?」
「まあ、そういやあ、そうかもしれねえなあ。ああいや、するってんじゃなくて。しないの方な」
「俊宇さんのお孫さんなら、しない方だと私は思うんですよ」
星宇さん本人は黙っている。まあ、するタイプなら、しないって言っても信じられないわけだし、しないタイプなら、するって言わないわけだし。
というか多分、そういうことをする、って感覚がそもそも、普通のひとにはない。
「いや、俺がそういうことをする、しないじゃなくて。茜さんが嫌じゃないか、って話じゃないの?」
どうなんだろうねえ、って私たち三人が首をかしげていたら、業を煮やしたらしい星宇さんが口を開いた。
「俺としては実家からここまで通えない距離じゃないけど、じいちゃん家に住まわせてもらえたら楽だって思うからそうできるといいけど。そうじゃないならまあ通えない距離でもないし」
「おう。そうして貰えると助かるわ」
「じゃあお茶貰ったら、実家に荷物置きに行ってくるよ」
彼は孫で、私は居候なのだから、彼を優先するべきではないのか。と、思うけれど。星宇さんが発揮してくれた優しさを考えると、居場所のない私がここは譲ってもらうべきなのだろうから、そっと頭を下げた。
「そうか、気にするよな」
「はい」
「じゃあ今度何かの折に、相談に乗ってよ。どんな相談になるかは分からないけどさ、そっちの相談にも乗るから」
「よろしくお願いします」
多分。
仲良くしよう、という意味で言ってくれているのだと思う。
別に喧嘩したいとか縄張りと主張したいとかそういうのは私にも星宇さんにもないみたいなので、仲良くして貰えたら確かに嬉しい。差し当たって私から一つ相談したいことは確かにある。
「餃子を上手に包む練習に付き合って下さい」
「いいよ。じゃあ具材の相談に乗ってください」
多分、こういう関係になりたいってこと、なんだろう。お互いに。
なお後日堪さんにその旨報告したところ、過去の事例に鑑みて、星宇さんの対応が正しかったようである。なんとかならないかと堪さんから俊宇さんに話を持って行く形になると、痛くもない腹を探られて、双方に噂が付きまとう形になったのでは、とか。
なるほど。
ある意味事例のど真ん中にいる私よりも、星宇さんの方が正しかった。お礼を言っておきました。




