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星降夜譚  作者: 稲葉 鈴


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17/20

14.妖精様は現れなかったらしい。

 その翌日は、妖精様は現れなかったらしい。どういう基準で現れるのかは、誰にも分からない。これまで蔡郭を訪れたことはなかったというから、妖精様が毎日来ていたのかどうかも分からない、というのが真実だという。そういうものなのか。


 久しぶりに天放に行ったよ、というお客様もいた。本店の味を継いでいて、大体忠実なんじゃないかな、とか。店主さん、帰ってきてからもう四十年近く経ってるから味が本店と同じだという自信ないって笑っていたそう。でも妖精様は昨日に続けてきてくれなくて、ちょっと自信喪失しているらしい。


 でも妖精様自身が街を訪れていないのだから、気にする必要はないと、常連さんに慰められていた、というのが噂として回ってしまうんだから、少しかわいそうではあった。



「ただいま」



 そんな日々が続いていた頃だった。十日ほどだろうか。その間一度も、妖精様はいらしていない。いらしたら噂になるし、いらしてなくても噂になる。積極的に街に出て噂を求めなくても、開店したらお客さんが教えてくれる。常連さんは別に、毎日来なくても常連さんである。


 お客さんは毎日ほどほどに来てくれて、それも新しい噂を仕入れてきてくれて、二、三日おきくらいに美恵さんも遊びに来てくれて、私を外へと引っ張り出した。お買い物の時もあれば、単なるお散歩のときもあった。なんでもいいから、気になったことを聞きなさいと言われた。そこから、何かの記憶に結び付くかもしれないでしょ、って。


 確かに皆さんの噂話を聞いて、グルメ雑誌のこととか思い出したなあって思って、そのお話もした。あとは、窓の外の赤い格子の話も聞いた。



「ああ、あれ。妖精様が入ってこないように、って聞いてるわ」

「ご飯を食べに来るという、あの?」

「あの。あの妖精様はね、今は飲食店にしか行かないけれど、昔々大昔、おとぎ話のころになると」

「そんな昔からいるんですか」

「どうかしらねえ。真実かはわからないけど、そう言われてるわね。その頃は、一般家庭の食事にも顔を出してたらしいわよ」

「えー」

「だから、入ってこないように、ここは違いますよって、窓に格子をつけたのよ」

「玄関じゃなく?」

「そうすると玄関から入ってきてくれるようになったそうでね」



 そもそもここは玄関じゃない、って意味だった。そうか、そこからか。ということは、妖精様は家に住んでいないことになるのか。どんなところにお住まいなんだろうか。



「玄関からのぞき込むと、ご飯が食べられるところかそうじゃないかが、わかるでしょう? わかるんですって。だからそれからは、ご飯が食べられるってわかるところに、入ってくれるようになったそうよ」

「なるほどなるほど。じゃあうちの店も、他のお店と同じようにした方がいいって、ことなんですね」

「そうなるのかしらねえ」



 常連さんたちが言うには、お客さんの多いお店には暖簾があったり看板があったりする。うちのお店にはそういうのがない。そもそも屋号を私は知らない。



「そういえば、お店の名前、なんていうんですか?」

「え、知らない。そういえば知らないわね」



 多分そこから何とかした方がいいのでは、なんて、美恵さんとお散歩中に話し込んでしまった。まったく罪作りな妖精様である。



 美恵さんが来なかった日は三人で額を突き合わせて堪さんから渡された書類を埋めた。たまに堪さんもやってきてくれたから、こちらから届けに行ったことは一回くらいだったと思う。


 堪さんはいつも、昼の営業が終わって夜の営業が始まる間に訪れてくれた。これくらいの時間の方が、堪さんとしても融通が利いて楽であるらしい。


 急いで書いて欲しい書類について聞いて、それを埋める。それは梓晴さんと俊宇さんのことについての書類である。それはそう。それから私についての書類の最初の一枚。わかるところだけ書いてくれと言われてそもそも字が多分読み書きできない、というお話をしたら堪さんが説明をしてくれて埋めてくれた。梓晴さんと俊宇さんだと、何を求められているのかがわからなくて、書けなかったのでとても助かった。



星宇(シンユー)?!」

「なんだ、お前。帰ってきたのか」



 そうして話は冒頭の、ひとが帰ってきたところに戻る。


 帰ってきたそのひとは、背が高かった。


 俊宇さんによく似たがっしりした体つきで角も同じように額に短いのが一本。


 時刻は、お昼時が終わって、私たちもお昼ご飯を食べ終わって、まったりしていた時。堪さんに提出する、私の身上書みたいなもの第三弾をだらだら眺めていた時だった。もう、梓晴さんや俊宇さんについての、簡単に書けるところは提出済なので。お金関係については私はノータッチだし。


 梓晴さんと俊宇さんはそのひとの、星宇と呼ばれたそのひとの所に歩いて行った。


 おふたりのお子さんは、美恵さんと家郎さん。家郎さんもこの郭に住んでいて、最近はたまにお夕飯を奥様と食べに来る。お子さんは男の子がふたり。お子さんはもう大きくなってしまって、この郭に住んでいない、って聞いた。上のお子さんはこの郭のすぐ近くにある村みたいなところで働いているという。


 美恵さんのお子さんもふたり。こっちも男の子。いやどちらも私より年上らしいので、男の子、というお年頃ではないんだけれど。


 美恵さんのふたりのお子さんは、顔を出してくれたのでお会いしている。じゃあこのひとは、家郎さんの下の息子さん、ということになる。



「手紙出しただろう。まだ届いていない?」

「昨日届いたばかりだよ。まさか昨日届いて今日だとは思わないだろう。それに」

「そうよなんでうちなの。家郎のお家だっていいじゃない」

「それだとこっちが遠くなるじゃないか」



 三人はまるで口論しているようだけれど、実際はそんなことはこれっぽっちもなく。星宇さんはふたりに招かれて、店の中に入ってきた。私は軽く、座ったまま会釈をした。

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