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星降夜譚  作者: 稲葉 鈴


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13.この辺りの地理について教わった。

 常連客の博さんから、この辺りの地理について教わった。と言っても、近隣の街についてとかじゃなくて、あっちの方に、森があるって話。その森は常夜の森と呼ばれているそう。


 博さんも、梓晴さんも、俊宇さんも実際に森を見たことはないそうだけれど。堪さんはどうだろう。



「妖精様が街を訪れるって、そういうお祭りなんですか?」



 なんかどこかに、そんなお祭りがあったような記憶がほんのりある。森からやってくる神様を、お迎えするお祭り。自分のことは思い出さないけれど、そういうことは覚えているというのが面白い。



「いやお祭りじゃなくて」

「妖精様がね、本当にいらっしゃるのよ」

「妖精様が街へ来たら、神官が森へお返しするんだけどね。うちの郭では堪さんになるのかな」

「そうなんじゃないかしらね」

「妖精様はひとの街にお食事にいらっしゃるんだよ」

「なにを食べるんですか?」



 そもそも食事をする、というのがなんか不思議な感覚がする。私のいた場所では、妖精とか神様とかは食事はしなかったらしい。


 いやでも供物、とかって言ってた気がするから? 似たような事はしていたのだろうか。


 お酒を、毎年お祭りとかで、樽を、積んでいたような記憶がうっすらあるような気がする。でも別に、そこまで熱心にお参りとか、していなかった気もするし。どうなんだろう。



「なんでも? 妖精様は飲食店に行ってね、お気に入りのお店が出来ると、通い詰めるそうだよ」

「そうなんですか」



 割と俗物的な妖精さんだな? いや、妖精が神秘的、というのは、私が前いた所だけの価値観だ、と言われたらそうなのだろう。こちらのひとたちにとっては、食べにくる妖精さんの方が、普通なのだし。



「だからまあ、このお店にあまりひとが来なかったのは、それもあってね」

「どういう?」

「ほらよ。おまちどう」



 ホカホカと湯気の立った、ご飯とスープと焼き餃子が一枚のお盆の上に鎮座して、俊宇さんによって運ばれてくる。


 しまったおしゃべりに夢中で、俊宇さんの方に意識が向いていなかった。俊宇さんが作ってカウンターに置いたものを、私か梓晴さんのどちらかが受け取って席まで運ぶ、という形であるべきなのに。まあ、今のところお客様は博さんだけだから、俊宇さんも私たちを呼んだりしなかったのだろうけれど。



「ひとってのはどうしても、誰かがうまいと認めた店に行きたくなるだろう。それで、うちみたいな小さいところには客は来なくなる、って話だな」

「ああ、そういうのはよく聞きましたね」



 タイトルは思い出せないけれど、そういう本があったような記憶がある。グルメガイド? 旅行雑誌? なんかそんな感じの本で、こじゃれたタイトルがついていたような記憶がある。


 そういう物の本に載った店にばっかりひとは行って、そうじゃない店からどうしてもひとは遠のいてしまうのだとか。その逆もあって、個人のお店がそういう本に載ってしまって、いつも来てくれていた常連客が離れてしまって、潰れてしまった、という話も聞いたことがある。


 場所が変わっても、そういうのは同じなんだなあ。同じでいいのかなあ。



「今回妖精様が行った店は、他の街ですでに行ったことのある店だったらしいから、まあそんなに変動はないと思うけどさ」

「それに伝承だと、しばらく同じ店に通い詰めるんだろう? だったら、まあ、うちに影響が出るのはもう少し先だろうな」

「だろうねえ」



 それから博さんはご飯を食べ終えると、奥さんの分とおにぎりをテイクアウトして帰っていった。俊宇さんの握りこぶし大ほどもある大きなおにぎり。具は、肉ご飯のお肉。そぼろと角切りを小さく切ったものをご飯に混ぜて混ぜご飯にして、それをおにぎりにしたものだという。


 私の今日のお昼も決まったようなものである。楽しみ。


 博さんの他には昨日と同じように五人ちょっとくらい来た。皆さん話題にする内容は博さんと同じで。それだけ、妖精様がいらっしゃったことが、大きなことなのだろう。嬉しい事というよりは、おめでたい事のように、私には感じられた。


 話を聞いているに、妖精様、ここ最近どこの郭にも来ていないようだったし。


 お昼の営業が終わったら、私たちもお昼ご飯を頂いて、夜の部の営業に移る。


 一昨日お休みしたから昨日は沢山ひとがきてくれたのかと思ったけれど、どうやらそうでもなく。昨日はテーブル一つがずっと空いてる程度の混雑具合だったけれど、今日は一つ半が空いてる程度の混雑具合。顔ぶれは、昨日見た顔もあれば初めましてのひともいる。全員を覚えているのか、と言われると自信がないような気もするけれど、そうはいっても一昨日こっちに来たばかりなのだから、知っている顔の方が少ないわけで。


 夜にいらしたお客様も話題は、昼間と同じ。


 お店の名前は天放(ティエンファン)だとか、あそこは元々候郭(ホウグゥオ)に店があって、蔡郭にあるあの店は通算三十八店舗目だとか、いや俺が聞いたのだと二十四店目だとか、蔡郭内に別の支店があるだとか、皆さんが「茜は知らないだろうから」と教えてくれた。確かに知っている情報が一切ないので、なるほど、と、頷くだけなのだけれど。候郭てのはあっちの方にあって、とか、そういうことも教えてくれる。でも街の外に出て、実際候郭に行ったことがあるひとはいなかったので、「多分あっち」とか「昔学校で習った記憶だから自信がない」とか、注釈付きだったけれど。まあ噂話なのだし、その程度でいいと思う。



「茜ちゃんがいた所も、こんな感じだった?」

「そうですねえ。チェーン店の方が味が分かってるから、行くひと多かったですよ」



 知らない店に入るのは、怖すぎる。今こうしてお世話になっているお店みたいに、常連さんばっかりの店とか、入るのに勇気がいる。


 それでも興味が勝って入ることもあった。常連さんが一杯いるってことは、美味しいってことだろうし! とか思って。



「そういうのは、場所が変わっても同じもんなんだねえ」



 だなんて、皆さん笑っていた。いいおつまみになれたら幸いである。


 こちらの場合は、出来れば本店で修業を積んで、それから暖簾を分けて貰うのが一般的だという。そういうのは、私がいた辺りにもあったと言うと喜ばれた。皆さん同じ街で生まれて育っているので、外の情報は外のひとから貰うしかないのだけれど、その外のひと、というのにほとんど会わないから。だから完全に外のひと、である私の話が楽しいようである。



「他の街に移動するの気持ち悪いって、堪さん仰ってましたけど」

「だからまあ、できれば、なんだよねえ」



 ああ、そういう。


 でも実際、修行に行けないのであれば仕方がないのだろう。



「一応ね、店出す時にその辺分かるように明記してはいるんだよね」

「そうそう。本店で修業してきました、の方が、客の入りもいいからさ」



 その辺りはまあ、そうだろうなと思うので頷いておいた。


 皆さんの話を総合するに、あの妖精様は知ってる店だから入ったのではないか、ということだった。気持ちは分かる。最初は知ってる方がいいよね。しかもあの店は本店で修業してきているから、妖精様の話も聞いているだろうし。そのあたりを妖精様がわかるかどうかはちょっと種族違うし分からないけれどね、だなんて。



 そんな感じで、その日は更けていったのだった。


 お昼ご飯も夕ご飯も、とても美味しかった。妖精様も、美味しいご飯を食べているといいな。

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