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星降夜譚  作者: 稲葉 鈴


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12/20

10.花さんのお店で三枚くらい服を買った。

長い。

しかし二話に割るほどでもなかったのでよろしくお願いします。

 花さんのお店で三枚くらい服を買って、その近隣のお店で花さんのお店でした竜巻の下りをまたお話して、肌着類を買って、靴を買って、アクセサリーは辞退した。お店のお手伝いをさせていただく以上、指輪もブレスレットもネックレスもなんか違う気がして。邪魔、というのもあるし。



「お姉ちゃんがお揃いにしたいから、って買ってくれるのであれば、それは仕方ないかもしれないんですけど」

「したたかね! しかも慣れてるわ!」

「姉はいるので」



 私はどうやら、姉がいるらしい。


 名前とか顔立ちとかどういう間柄だったとか、さっぱり思い出せないけれど、するりと口から出てきたところを見るといるらしい。


 思わず口に手を当てて考え込む私の背中を、優しく梓晴さんが叩いてくれた。


 だから、この話は、これで一旦お流れになった。



「そんなに遠くないし、堪さんにご挨拶してから帰りましょうか」

「そうね、そうしましょう」



 莉霞(リーシア)通りを真っすぐ行った突き当りを右に曲がると、寺院があるという。そこはまた壁で区切られた特別な場所で、まあ近くまで行けば分かるから、と、皆さんが言っていた。皆さんとは、お買い物をしたお店の皆さんだ。


 ちなみに中央広場から、寺院へと真っすぐ行ける通りもあるという。莉霞通りは、その通りと志武通りとをつなぐ通りでもある。裏通り、とはまたちょっと違う気もする。脇道や枝道、だろうか。こういう言葉は、浮かぶのに。


 堪さんの職場でもあるという寺院は、役所も兼任している。従って、堪さん以外にもたくさんのひとが働いている場所だ。


 近づくと、カラフルな屋根が見えた。瓦の色が明るいオレンジで、そこに色とりどりの装飾がついているようだ。屋根だけで三重になっているし、少し外側に向かって反っているように見える。そういう建築様式なんだろう。振り返らなくても見える、他の家とはちょっとというか大分違う。


 それから、やっぱりある五重塔。塔の先端部分しか見えないから、三重とかかもしれないけれど。仏教なんだろうか、ここの宗教も。



「こんにちは。いかがなさいました」



 遠目にも見える寺院に近づいていく。通りの両側には建物があるけれど、それも壁までだ。壁の向こう側には、木立が見える。


 観光名所という訳でもないのだろう。多分他の地域からの観光なんかも来ないだろうし。門前町があるわけでもない。お饅頭とかちょっと食べたかったな。


 開放された門のすぐそばでは、境内のお掃除をされている方がいた。門から本殿というのだろうか、大きな建物まで、大きな石畳が敷いてある。歩きやすそう。



「堪さんに会いに来ましたの」

「はいはい、堪なら建物沿いに左に歩いて行かれれば、会えると思いますよ。多分この時間は本堂でのお勤めではなく宿坊での事務作業をしているはずですから」

「ありがとうございます」



 掃除をしていた方は、堪さんとは違う服装であった。恐らく働く部署が違うのだろう。黒い上着に、黒いズボン。頭に載せている帽子は緑色。角は見えない。動きやすそうな服装は、お坊様というよりはお掃除のひととかを連想させる。今目の前でお掃除をしているからかもしれないけれど。門番さん、という風情ではない。


 境内、境内でいいのだろうか。ここはお役所も兼ねている、というから、またちょっと違うのかもしれないけれど。門の中は、全体的に石畳が敷かれていた。一枚一枚が大きくて、歩きやすい。


 本堂、とお掃除していたひとが言ったのはあれだろうか。大きな建物を右手に見て、左に歩を進める。さっき塀の上に見えた、大きくてカラフルな屋根の建物。近寄って見ると、いろんな色の瓦が使われている。それから、いろんな色の提灯が吊るされていた。赤緑黄色青。何か意味があるのだろうか。


 花壇があったり、木が植えてあったりと、石畳で歩きやすい割に緑も多くある。手入れが大変そうだなあと思うけれど、多分それも含めて修行なんだろう。確か堪さんも、修行中の身、とか言ってた気がするし。まあでもお役所だというのなら、さっきお掃除をしていたひとみたいに、その部署のひと、とかがいるのかもしれない。


 敷地内には、さっきの掃除をしていたのと同じ、黒い上下に緑の帽子のひとがあちらこちらで作業をしていた。掃除とか修理とかのひとの制服なんだろうか。確かに黒なら、汚れても気にならなさそうである。


 本堂と呼ばれた大きな建物にはいくつものドアと、窓と、それからドアの上に何かが書かれた板があった。あそこからそれぞれ、必要な場所を探して、入るのだろう。多分。



「そういえば茜ちゃんは、文字は読める?」

「多分読めないです」



 言葉は通じているけれど、もしもあの、戸口の上に書いてあるのが文字ならば読めてはいない。多分文字だろうな、というのは分かるのだけれど、意味が分からない、というのが正しいかな。


 漢字とは違う。漢字だったら多分なんとなく読める。大学で中国語を取ったし、そうじゃなくても中学高校と六年間漢文の授業はあったんだから、多少は読めるはずである。その文字が読み取れないんだから、あれは漢字の系統ではない。


 アルファベットでもない。アルファベットとかキリル文字? だったかも、生きていたらどこかでは目にする。そういう奴じゃない。


 違う、というのが、分かるだけなんだけれど。



「どうされました」



 堪さんの部屋の戸は、開いていた。正確に言うと、ここまでにも多くの部屋の戸は解放されていた。前を通ると中のひとはこちらをちらりと見て、会釈を互いにする。自分の客人でないことは、見ればわかるのだろう。多分互いに知らないひと同士を引き合わせるのであったら、案内のひととか、いそうだし。それぞれの部屋、宿坊、とさっきのお掃除のひとが呼んだ部屋の中にいるひとたちは大体堪さんと同じような服装だった。白い上下の服。帽子はかぶっていたりかぶっていなかったり。だから角も、見えたり見えなかったりした。


 部屋の四隅には、赤い柱。床は板張りで、室内には何か書き物をしている堪さんがついているそっけない机と、椅子。それからいくつかの箪笥。箪笥よりも多い本棚。



「いえね、まだ書類には書いてないんですけれど」

「そちらは急がなくてもいいですよ」



 早く提出していただけると、助かりますけれど。と、堪さんは筆をおいて笑っている。



「茜ちゃんが思い出したことがあったので、お買い物ついでに寄りましたの」

「そうでしたか。(ツァオ)、お茶を」

「かしこまりました」



 奥の部屋に向かって、堪さんが声をかけた。堪さんの背中で見えなかったけれど、そこに奥の部屋への戸口があった。戸口。戸はない。なんていうんだろう。あそこ。


 その奥の部屋から、多分少年の声が返ってきた。どうだろう。声変わりの頃くらい、だろうか。



「こちらへどうぞ」



 堪さんが私たちを誘ったのは、入り口の近くに置いてある低いテーブル。床には薄いけれど布が敷いてあって。ラグ、というには、布と言った方が適正だと思う。テーブルの周りには五枚の座布団が置いてあるから、座卓、だろうか。


 来客用応接スペース、という形だろうか。椅子だと場所を取るけれど、座布団なら積んで置けるし。



「堪さんは昨日、竜巻を見て広場にいらっしゃったのよね?」



 お茶が到着するのを待たずに、梓晴さんが堪さんに問いかける。


 昨日梓晴さんと俊宇さんのお店で堪さんと話をした時のように、私と梓晴さんと美恵さんが並んで、その向かいに堪さんが座る形だ。とはいえ実際はぐるりとテーブルを囲んで座っているので、梓晴さんと美恵さんの隣が堪さんで、私はふたりに挟まれて座っているのだけれど。



「そうですね。この部屋からも見えましたから」



 部屋でさっきの机に座って、書き物仕事をしていたところ、急に肌寒くなり、急に視界が翳ったので、顔を上げたのだという。



「竜巻は、来訪者の方がやってきた証の一つですから」



 他にもあるようだ。その他については、多分、また今度聞いたら教えてくれるだろうから、今は聞かない。今は他のひとの話じゃなくて、私の話だから。



「お待たせいたしました」



 白い服に白いズボン、白い帽子の少年がお盆に四つの湯飲みを乗せてやってきた。彼は器用にテーブルの側にしゃがみこむと、お茶を並べる。


 それからじ、っと私たちをひとりずつ見つめた。



「あら、あなたも視るのね」

「いいえ、大したものは」

「大したものが視えようが視えまいが、初対面の方を無断で視ようとするのは礼儀上好ましくないと何度も言っているだろう。皆様、申し訳ない」



 頭を下げる堪さんにあわせて、少年も頭を下げる。少年はお盆を持って下がっていった。



「あれは、何か目に力があるようだと言われて預けられたのですが。まだ発現していなくて」

「ああ、何かが視えるんじゃないかと思って、あたしたちを見てたのね」

「そういうことになります」



 申し訳ない事をしました、と、堪さんがまた頭を下げた。



「お弟子さんですか」

「そうなります。邪視の類を持つものは他に沢山いるのですが、なんであるかわかるまでは、と、ここで行儀見習いを」



 私が来訪者だから、それでなんとか、と思ったのではないか、と。そんなことってあるんですかね。


 でもあれか。藁にもすがりたいのかもしれない。



「ちょっと美恵、あんた何か視えないの」

「見えないわよ。そんなに便利に見えてたら、あたしだって寺院で育ったわよ」

「そうよねえ」



 堪さんは涼しい顔でお茶を飲んでいる。まあ、よくある光景なのだろう。少年には、頑張って欲しいと思う。他人事だけれど、他人事だからこそ、そう思う。



「それで、ご用件は」

「そうそう。茜ちゃんね、竜巻の中にいたように私には見えたんですよ」

「はい」

「上からね、落ちてきて」

「そうだったんですね」



 そういえば、私はそれを今日聞いた。ということは、堪さんも今はじめて聞いたのかもしれない。よくあることであるから駆け付けた、ということを、今言っていたし。



「それがね、茜ちゃんとしては落ちてないんですって」

「ああ、そういう話も聞きますね。ちょっと失礼します」



 堪さんは立ちあがって、本棚に向かった。


 右側の壁には本棚が三つあって、その真ん中の、さらに真ん中あたりの棚から、一冊の本を抜いて持ってくる。お土産屋さんとかで郷土のおとぎ話をまとめてあるような、和綴じ、と言われる本だ。こちらの本も同じように、縦書きのようだから、その綴じ方なのだろう。



「こちらに詳しくあるんですよ。洞窟を抜けたり、階段を下りたら郭であったり、ああ崖から落ちたら、というのも書いてありますね」



 トンネルを抜けたらそこが雪国だった、みたいに、お手軽に辿り着ける場所であるように言う。いや私も突風に吹かれて目を閉じて開けたら、だから、大差はないような気もするけれど。



「ええと、竜巻の関係だと」



 堪さんは目次を指でなぞって、目的の場所を探す。



「んー……竜巻に巻き込まれた、という情報はなさそうですね」

「あらでも、竜巻は来訪者の方が来るときのサインとしては、よく聞く奴ですよね?」

「来訪者の方ご本人は、どうにもそうではないことが多いみたいですね」



 こちらとあちらは違うみたいですね。


 さらりと、堪さんはそう言った。



「そういう物なんですねえ」

「茜さんはどう感じました?」

「突風に拭かれただけ、なんですよね」



 ただその突風が、私の名前とかを全部持って行ってしまったわけである。いや、名前は辛うじて憶えている。でも苗字は覚えていない。中途半端だけれど、ちっとも中途半端じゃない、記憶喪失である。そういえば。

操君の目については本題でもないしなんかいいものも浮かばなかったしで保留にしてあります。

遠視あたりが一般的ですかね。

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