9.花さんのお店にやってきた。
蔡郭の街の、梓晴さんのお家から、私がやってきたという慧琳広場を経由して、中央広場、それから志武大通りを経て、莉霞通りにある花さんのお店にやってきた。案内は美恵さんである。
「あらいらっしゃい」
店頭にいたのは黒髪におかっぱの女性。前髪ぱっつんで、おくれ毛が鼻の下くらいで揃っている。長くはない。その前髪とおくれ毛の間から、小さな角が二本見えていた。髪の毛と同じ黒色で、よく見ないと見逃してしまう。思わず見つめてしまったら、そういうカバーをつけているのだと教えてくれた。角カバー。流行なんかももちろんあるらしい。
着ているのは、足首まである上品な茶色いワンピース。その上に、手首まである生成りのカーディガンを羽織っているようだ。
ワンピースは襟元が開いていて、鎖骨が見える。ワンピースにもカーディガンにも、襟元と裾周りに飾りリボンがついている。色は濃いグレーに、白で刺繍がしてあっておしゃれだ。確かに花さんの着ている服と見比べると、私の着ている服はちょっと、野暮ったいように思える。こっちの流行、わからないけれど。
「こんにちは、花さん。彼女の服を新調したくて」
「ああ、噂は届いていますよ。来訪者の方でしょう?」
梓晴さんと美恵さんが店内に入って、私より外見年齢的な話をするとちょっと年上、つまり実年齢は倍くらいは年上の女性に声をかけた。
「うちの店の前の道からも見えましたよ、すごい竜巻。あれで落ちてきたんでしょう?」
落ちてきた?
「へえ、ここから見えたの。あたしは中仕事だったから、見てないのよ」
「そうよー。いきなりだったわ。慧琳広場にいたらね、目の前にいきなり竜巻が現れて」
竜巻、多分発生するのには前兆とかがあると思うんだ。なんだっけ。空が急に暗くなるとか、そういうのが確か。
いきなり、ってことは、そういうのがなかったんだろう。いやあったら広場から、帰ろうとする気がする。帰っていいのかな、その状態で。どうなんだろう。動いちゃダメなんだっけ?
帰ろうとしたところで、竜巻発生しちゃったのかもしれないけれど。
「その竜巻の上空から、茜ちゃんが落ちてきて」
「え?」
「驚くわよねえ、私も驚いたわ。でも落ちてきた茜ちゃんは落ち着いていてね、目を閉じていたのに、ほらあの広場、椅子あるでしょう? あそこに座ったのよ」
「すごいですね」
「怪我しなかったの、本当にすごいわねえ」
私の記憶と違う。というより昨日梓晴さんが俊宇さんにした説明とも違わない?
いや、竜巻で空から落ちてきたのなら、それでちゃんと椅子に座った、は確かに凄いし偉いと思う。私でもそう言いそう。
私を置いてきぼりにして、お三方が盛り上がる。いやまあ、私もそっちに混ざりたい。
「あれ? 茜ちゃん?」
「どうしたの?」
私がえ? といったきり黙っていたのに、美恵さんと梓晴さんが気が付いてくれた。ふたりは両側から、私の肩をさすってくれる。
私の顔色は、また悪いのだろうか。
「私の記憶と違っていて混乱しています」
「あら、来訪者の方の感覚、伺ってみたいわ」
花さんのお店は通り沿いにあって、間口が全部開いている。そこにハンガーラックがずらりと並んでいる形だ。ハンガーラックにかけられた、色とりどりの服は、まるで色の洪水のようで。
そうそう。吊るしっていうのは、こうやって吊るして売っている服のことを指すんだという。言われてみればそのとおりでとても分かりやすい。ちなみに、吊るしじゃないのは仕立て。博さんの奥さんがやってるようなやつで、当然お高いし、それに何より時間がかかる。
そのハンガーラックの間に椅子が置いてあって、私はそこに座らされた。ちなみに美恵さんと梓晴さんと花さんも椅子を持ってきて座っている。話を聞く構えだ。
「それで。竜巻の時、どうだったの?」
「竜巻は、知らないです」
今知ったのである。昨日だって、言ってなかった。
今度は、美恵さんと梓晴さんと花さんが驚いた顔をした。
花さんのお店は、竜巻が出た、という広場から、中央広場を挟んで大体反対側。歩いたら十分ちょっとくらいだろうか。十五分までは、かからないくらい。時計持ってないから、わからないのだけれど。そういえば、着の身着のままだった。何も持っていない。鞄もお財布も家の鍵も。それを、不思議とも思わなかった。
この街は全体的に建物の背が高くない。二階建てか、三階建てが精々で、四階建ては多分見ていない。だから、竜巻が発生すれば見えるだろう。音はちょっと分からない。竜巻ってなんかすごい音がするようなイメージがあるけれど、実際どうなんだろう?
「あの時は、急に強い風が吹いて。目にゴミが入ったら嫌だなって思ったので、目を閉じて」
あの時、どこにいたのかは覚えていない。思い出そうとしても思い出せない。そもそも、あの日以前の記憶が、少し曖昧だ。うっすらぼんやりは思い出せるけれど、うっすらぼんやり以上は思い出せない。
「立ってるのもちょっと辛かったんですけど、丁度よく椅子があったので、座りました」
「上から落ちてきた感覚はない?」
「無いですね。歩いていて、足を止めた、のかな?」
風が強かったことしか覚えていない。だからどうしても、ちょっと曖昧になる。
後やっぱり、その後のことが強烈すぎて、些細な部分は曖昧になっている。些細かどうかもちょっと分からない。
昨日のことなのに、もう大分昔のことみたいな感覚だ。堪さんに相談したら、この辺りのこともわかったりするのだろうか。
「不思議ねえ」
「不思議ねえ」
「不思議なこともあるのねえ」
そもそも私の存在自体が私には不思議なんだけれど、けれど私みたいな来訪者、は、そこそこの頻度でどこかには訪れているらしいから、不思議、で片付けられてしまう事案らしい。
まあ、それくらい緩い方がいいのかもしれない。だってもっと厳しい世界だったら、よくて見世物だろう。ちょっとそれ以上は、考えないことにする。
梓晴さんと美恵さんの口調が大体同じ(親子なので)なので書き分けが難しい。
書き分けられていると信じている。
まあどっちがどっちを喋っていてもそんなに問題はない。




