8.お客さんが皆さん帰ったところで美恵さんがやってきた。
ちょっと長め。
でも二話に割るほどではなかったので押し通す形で。
「お腹空いたー!」
お客様が皆さん帰って、さて私たちも賄を、となったところで、美恵さんがやってきた。この後のお買い物に、ご一緒するから、その待ち合わせを兼ねて。今日のお洋服は、薄い緑色のひざ丈のワンピース。襟元と裾の飾りは白。というよりは、あれはクリーム色かな。アイボリーとか、そんな感じ。それから、昨日と同じように黒いズボン。
「家か職場で食ってこいよ」
「なんでよ。ここに来るならご飯食べれるじゃない」
ねえ? と私に同意を求められてしまう。
「料理屋さんで待ち合わせをして、食べないのも確かに良くないですよね」
「ほら」
「ほらじゃない。まったく。いいやいいけどよ」
美恵さんにしてみれば実家なのだし、たまには食べたくなるんじゃないかな、と思うのだけれど。
「まったく。ちょくちょく食べに来て」
俊宇さんがぶつぶつ言うところによると、そういうことらしい。確かにそれなら、たまには食べてから来い、と言いたくなってしまうのかもしれない。昨日はめったに顔を出さない、と言っていたような気もするのだけれど。それはそれとして。
「お父さんのご飯が、お好きなんじゃないですか」
「あたり。大好きなのよ」
「……そうかい」
そう言って出されたご飯には、私の分と美恵さんの分にだけ目玉焼きが乘ってた。
さっき博さんが頼んでいた、肉ご飯。ご飯にたっぷりと掛けられたそぼろ状の豚肉の間に、たまに角切りの角煮がある。私と美恵さんの分だけ、その上に目玉焼き。梓晴さんと俊宇さんの分には、目玉焼きが乗っていない。私の分は先程、私が興味を持ったからだ、と分かるけれど。そっと、美恵さんと顔を見合わせて、ほほ笑みを交わした。
「いただきます」
「いただきます」
「おう食え食え」
まずは、卵を崩さないで、そぼろご飯を食べる。濃い味がとても美味しい。
「茜ちゃんの前住んでいたところにも、こういうのはあるの?」
「ありますよ」
こういうの、が、どういうの、を指すのかはちょっと分からないけれど、あったはあったので答えは簡単だ。私の生まれ育ったところにもあったし、他の国にもあったし、子供の頃母によく作って貰っていた。
ただなんだろう。
ぼんやりとそれは思い出せるのに、ぼんやりとしか、思い出せない。
家庭料理に料理名はない、と言われればそれまでだけれど、それを何と呼んでいたのかといわれると自信がない。そぼろ丼、だったような気もするし。でもお店では、何か名称がついていたような気が、しなくもない。
「美味しいものは、共通なのねえ」
「そうですねえ」
まあ多分、そこだけはきっと変わらないのだろう。私もそう思う。俊宇さんの作ったお昼ごはんは、とても美味しかった。
四人でのお昼ごはんを終えて、私と美恵さんと梓晴さんでお買い物に出かける。俊宇さんはお留守番と、夜の仕込みだ。夜の方が、お客さんは来るらしい。
「満席にはならないけどな」
このお店がお安いのかお高いのかはちょっとよく分からないけれど、仕事の帰りにちょっと一杯ひっかけていくようなお店ではないのだろう、と思う。それは客層であったり、立地であったり。そもそもそういう文化があるのかどうかは知らないけれど。
まあ多分、しばらく滞在していれば、その辺りも理解できるようになるといいな、と考えて、私は三人連れ立ってお買い物に出かけることにした。考えるのを放棄した、ともいう。だってひとりでぐるぐる考えても、しょうがないし。聞くにしたって、なんて聞いていいのかよくわからないし。
私が訪れた、という広場までが徒歩五分くらい。すぐそこ。昨日梓晴さんに連れられて歩いた時はもっとかかったような気がしたけれど。どうなんだろう。私の歩みが遅かったのが原因かもしれない。
慧琳広場といって、ひとりがけの椅子がいくつかと、木が何本か植えてあって、それから花壇もある。そんな感じの、円形広場。はしゃいで遊んでいる子供の姿はない。
「学校はあっちの方でね」
美恵さんが、ひょいと手を上げて、右の方を指し示す。私たちが来たのとは、反対方向。進行方向とは、またちょっと違っている。
「子育て世代は、あっちに住んでるのよ。だから、お父さんたちのお店はそんなにお客さんが来ないの」
「あの辺りに住んでるのは、年寄りばかりですからね」
基本的には皆さん、自炊ですませてしまうという。だから、いつも満席にはならない。それでも、毎日じゃなくても、来てくれるお客さんはいるからお店を開けている。ちなみに昨日の夕方顔を出してくれたのは、毎日来ているようなひとたちだったという。あのひとたちが顔を出して、引っ込めて、そうして他のひとたちに今日はやってないってさ、って伝えてもらったんだって。ご近所付き合い、だなって思う。
「いつでも行ける、いつでも同じ味が食べられるっていうのが、大事だと思うのよね」
「そうねえ」
「ああわかります」
子供の頃、親に連れていってもらったお店の味、だ。別にチェーン店が駄目なわけじゃなくて。
「この道を真っすぐ行くと、蔡郭の中心の広場に出るのね。そこから見てあっちの方に」
今度は、左腕を上げて、美恵さんが指し示す。
「堪さんがいる寺院があるの。役所も兼ねているわ」
堪さんはお役人さんで、それから寺院のお坊様も兼ねているという。まとめて官吏と呼ぶそうだ。まあ今日は、そっちの方には行く予定はないんだけれど。
中央広場から、北東にある門へと続く、志武大通りを歩く。少し行ったところで、莉霞通りへと曲がる。ここが、可愛いお洋服とかを取り扱っている、という通りなのだという。
「もしも茜ちゃんの育ったところで年齢を聞くのが不躾だったら許して頂戴ね。おいくつなのかしら」
「二十五歳になります」
「ごめんね茜ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「成人してる?」
「してますよ。二十歳が成人になります」
しばらく前に成人年齢の引き下げが行われたけれど、私が成人したのは二十歳の時だ。とりあえず私は成人している。お酒も飲める。あんまり飲まないだけで。
「こっちとは違うのねえ」
「ねえ。二十五歳なんて、まだまだ子供じゃない」
梓晴さんと美恵さんが顔を見合わせている。そんなバカな。
「あの、おふたりは、おいくつなんですか……?」
美恵さんは私より年上であるだろうとは思う。お子さんふたりいるって言ってたし。四十代の前半くらいだろうか。私の姉というにはちょっと年が離れているような気もするけれど、まあ年の離れたイトコだったら、ありかもしれない、くらいの年の差だと思っていた。
梓晴さんはどれくらいだろうか。うちの親よりは年上だと思っているけれど、それでも六十代の前半くらいだろうか。お年を召された方の外見年齢、測るの苦手なんだけど!
「あたしはこの間八十九になったわ」
「私はもうすぐ百三十五歳になるわね」
「大体私たちから見て、倍くらいの年頃なんですかね」
いや、倍ってほどではないのかもしれないけれど。
じゃあ私と同じくらいの年頃は、十二歳くらいだろうか。多分対応は難しいだろうな、と思う。堪さんとかの官吏になると、そういう対応表を持っているかもしれない。持っているかもしれないけれど、聞くほどのことでもないような気がしてしまう。
「その辺も堪さんに聞いたら分かるのかしらねえ」
「まあ、茜ちゃんが成人してるってことだけ分かればそれでいいわよ」
成人している、というところだけを大事に、三人で服を選ぶことになった。なんというか、聞いても、ねえ。
「吊るしでいいわよね?」
「仕方ないじゃない、仕立てる時間なんてないわよ」
吊るし?
「好きな色はある?」
「青とか緑が好きです」
「ああ、髪の毛もそうだものね」
じゃあこっち、と、美恵さんが先に立って歩いていく。その後ろを、私と梓晴さんがついていく。知っているひとに案内してもらうのが、楽だから。
「なんて言えばいいのかしらね。普通は足首まであるワンピースを好むのよ。でもあたしたちみたいに忙しい世代は、膝下くらいのワンピースの下に、ズボンをはくことが多くて」
「そうね。子育てしてるとどうしても、走ったりしゃがんだり登ったりするものねえ」
「そうなのよねえ。うちの息子たちはどっちも成人はしてるから、あたしもそろそろ普通の服買おうかしら」
「それがいいわよ。一緒に買いましょ」
よく分からないので、ふたりの後をついていく。お部屋にあった服で十分なのだけれど、娘さんに着せたかったと言っていたし、美恵さんの方が嫌なのかもしれない。だって私、娘ではないので。
それはさておいて、新しい服を買いたいだけかもしれない。そっちならよく分かる。
「若い女の子向けの店なら花の所がいいって聞いて来たんだけれどね。まあ、合わせてみて、もうちょっと年嵩向けのが、ってなったら、他の店紹介して貰いましょ」




