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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
9/28

八夜「薄暮探偵社①」


「うぉ……」

「うっ……」


天谷とレイは、その光景に怯んだ。

そこにあったのは、いたって普通の光景だった。

ピカピカと、蛍光灯が光を放ち。

車の通る音が、聞こえるようなそんな日常。

繁華街からの声が聞こえてきた。


「なんか……俺らがいた場所っておかしかったんだな」

「なんだよそれ」


でも、レイもそれに納得しかけた。

先ほどまでの場所とは、離れすぎていて。


「でもそうだよな」


自分の感覚がおかしくなったのではないかと疑いたかった。

でもここが日常なのだ。

生死を争う戦いなどない。

これが、いままで生きていた世界だった。


「とりあえずお疲れ様ね」


氷月が、二人に対して笑みを向ける。

その笑みを見た瞬間、レイは足が立てなくなっていた。


「おい?レイ?」

「やば、腰抜けちゃった……」

「あははっ。お前なに……」


笑った瞬間、天谷の顔が下がる。

天谷も同様だ。

力が抜け、その場に座っていた。


「お前も同じじゃん」

「ちょ……待てよ。今たつから」


足が物凄い震えている。

生まれたての小鹿みたいだ。


「あっひぃん」

「なによ!?その声」

「立てない!」

「え!?いいんちょもこうならない!?」

「なったとしてもいわない」

「ずりぃ!」


二人揃ってふざけているようだが、いたって真面目だ。

真面目に腰が震えてしまう。

抑えようとしても、むしろそのせいで悪化した。


「緊張が解けて、疲労が一気に来たんだよ。初めてはそうなっちゃうよ」


百合がフォローをする。

こればっかりは、回復の能力で治せるものではない。

氷月もじっとみるだけで手伝おうとはしなかった。


「えーっ……まぁ、そうだよな」


天谷は、その言葉に驚きつつも納得していた。

自分が緊張しているという自覚すらなかった。

だが、体は即座に反応していたのだ。


「俺ら……生きて帰れたんだな。レイ」

「……そうだな。僕。天谷に凄い迷惑かけちゃったな」

「気にすんなよ、俺らダチだろ?今度がお前が俺を助けてくれよ?」

「おう」


天谷と拳を合わせた。

呑み込まれてからの記憶は虚ろだ。

しかし天谷と喧嘩したという記憶は、なんとなく残っている。

自分が自分ではない何から覗き見る感覚。

突然コントローラを奪われたような衝撃。

それから助けてくれたのが、天谷と氷月であることを覚えている。


「委員長もありがとう。委員長のお陰で、生きて帰ってこれたよ」


レイは改めて氷月に礼を言う。

氷月は照れくさそうに返答した。


「私もぎりぎりだったの。そんな恩に思うことではないわ」

「そうはいっても、俺らいいんちょがいなきゃ死んでたぜ?」

「そうね。なら、一生その恩を抱えなさい」

「振り切れ方こえー」


怪物へと変化したレイに、氷月は対処することができなかった。

ヒグレのクニに入ったばかりの天谷に、甘えることになった。

そのことを氷月は、後悔に感じていた。

力を手に入れても自分は何も変わっていない。

氷月はそう思った。


「そういえば、氷月。どうやってクニの主から逃げたんだ?」


不動がふと思いついたように、氷月に尋ねる。

それは、氷月にとって改めて疑問に思うことだった。


「え?」

「いや、俺らは正直間に合わないと思ったんだが」

「……」


不動たちが助けに来る前のことを思い出す。

突然加工されたような声が流れて、怪物たちはそれに従っていた。

そのおかげで、氷月たちの命は助かった。

はずだが。


「……あれって不動さんたちじゃないんですか?」


氷月はてっきり不動たちが用意したものだと考えていた。

そうではなくても、近しい人物の仕業だと。


「何の話だ?」

「あれ?」

「……誰かいたのか?」

「そういうわけでもないんですが」

「幽霊!?」

「それは違います」

「きょーへーはなにか感じた?」

「不動だって……ま……キレている女の声しか聞こえなかったが……?」


だがどうやら違うらしい。

怪物の追跡を逃れることができたのは、あの声のお陰だ。

それがなければ、数分のズレで自分たちは死んでいた。

あの声が言っていたことを思い出す。


「……そういやさ、あの子。探しに来てっていってたよな」

「……だな」

「命の恩人が一人増えてしまったわね」

「もう少し詳しい話が聞きたいな」


百合がじーとこちらを見ていた。

氷月は、こほんと咳払いをした。


「そうですよね、今の話じゃ不明瞭すぎました」

「そもそもヒグレのクニ。何が起きてもおかしくはないが……事務所に行って話を聞いた方がいいかもな」


不動が時計を確認する。


「もうそろそろ十時近いが、お前らは門限とかあるのか?」

「十時!?」

「え!?早!?」


時間の感覚が違うのか、それとも必死にあの場所で走り回ったから感覚がおかしくなったのかどちらかなのかわからない。

二時間以上は経過していないかと思ったが。


「基本的に時間のズレはない。はず」

「ふわふわっすね」

「そりゃそうだろ。あの場所にまともな瞬間なんてない」

「それもそうね」


ふとあることが思いついた。

レイは、不動に問う。


「朝になるまで、ヒグレのクニにいたらどうなるんですか?」

「出入口が消える」

「……え」

「当たり前だろ。ヒグレのクニは、日暮れに出入口がでるからそういうんだ。朝になるとそもそもその出入口が消える」

「都市伝説の一端が見えたな……」

「うん」


ちょっと衝撃的すぎた。

行方不明者が何人にもでてるのは、こんな理由もあるのか。

正直委員長がいなければ、一生迷っていた自信がある。

そうレイは、考え込む。

そんな二人に、改めて不動は問う。


「で。門限はあるのか?」

「俺は大丈夫っす」

「僕も……朝帰りでなければ」

「それはそれで心配なんだが。電話ぐらいいれとけよ?」


男子高校生にしては、荒れたほうだ。

保護者とか後でいろいろ言われることを不動は嫌がっていた。


「あー、そういう関係でもないんすよ。俺ら。心配しないでください」

「……ま、そうか」


不動は、それ以上きこうとはしなかった。

きっと二人の事情を察したのだろう。


「事情聴取ってわけでもないが。君たちがヒグレのクニで起きたことをいくつか聞きたい」

「任意?」

「強制に決まってるでしょ?特に久遠くん」

「あ、はい」


なぜこの二人は、任意で済むと思ったのだろうかと氷月は呆れた。

天谷は、完全な能力覚醒者。

久遠も恐らくではあるが歪な適応者だ。

天谷の異常な覚醒速度も危険だが、なにより怪しいのは久遠だ。

怪物に呑み込まれたあと彼になにがあったか聞かなくてはいけない。

そうでなければあの人型の怪物は、詳細が一切わからない。


「貴方に聞きたいことがあるのよ。いいよね?」

「委員長怖い怖い」


氷月たちは、不動のあとをついていく。

繁華街から離れて、少し静かになった。

いくつかの会社のビルが並ぶ。


「……ここまで入ってくるのは初めてだな」

「まー、ここらへんゲーセンもねぇしなぁ」


そこは、五階建てのビルだった。

一階にはカフェ。

二階には、薄暮探偵社とかいてあった。

そのうえは空白だった。

当然窓にはテナント募集の文字が張られていた。


「へー。こんなところに、カフェあったんだ」

「しまってるな」


当然だ。

もう十時近い時間までやっているカフェなどそうそうない。

あれだろうか。

夜の時間だけ、秘密基地に変化するのだろうか。

やけに渋い声のするマスターでもいるのだろうか。


「俺そういうのすきだなー」

「同じこと考えてね?」

「え?ノックしてみる?」

「馬鹿。こういうのは、ノックの回数とか合言葉がいるんだよ。僕らじゃ無理だ」


輝いた眼で二人は、氷月の方をみる。

氷月は、なんだこいつらと狼狽えた。


「そっちじゃないわよ。探偵社の方」

「え!?俺。カフェが実は能力者の集団みたいの憧れてたんだけど」


当然だが、氷月にこのような感情は全くわからない。

男子と女子の会話の壁は、このようなときに生まれるのだろう。

男の子がそこにはいた。


「知らないわよ。探偵も似たようなものでしょ」

「そうだけどさー。ロマンが、ロマンがあるんだよー」


そこには、ロマンがある。

ハードボイルドなマスターが開く秘密結社のようなカフェが俺らには必要なのだ。


「ふどーもあんな感じだった?」

「そんなわけねぇだろ。一緒にすんな」


不動と、百合は階段へ進んでいた。

氷月はそれをみて、焦りだす。


「ほら、いくわよ」

「えー」

「まだみたいー」

「子供か!」


馬鹿な男子の二人の尻を叩く。

急ぎながら二人は階段を昇って行った。


「……まったく」

「あまり、レイをいじめないであげてね?」

「!?」


確かに今、女性の声が聞こえた。

だが振り返るとそこには誰もいない。


「……疲れているのかしら」


胸の中にある疑問を放棄した。

氷月も最後に階段を上った。

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