七夜「脱出」
「氷月……?私たちのことは話していないの?」
「すみません。余裕がなかったんです」
白いパーカーを着た女性は、氷月に尋ねる。
天谷の警戒心に疑問を持ったからだ。
氷月もそれに対して謝罪をした。
「ん……それなら仕方がない。いいよ」
「ありがとうございます」
「氷月ならいいよ。大変だったね」
その女性は、状況を理解した。
「飴をあげよう」
「あ……ありがとうございます」
「氷月は、頑張り屋さんだからね」
元々、応援に呼ばれた理由も氷月の安否確認だ。
逃走や、最悪瀕死な状態も覚悟していた。
言葉が足りない程度では、大して怒るものではない。
「仲いいのかな……?」
「……だな?」
氷月と金髪の女性は、仲がよさそうな雰囲気だった。
二人の女子の会話を、無言の男が見つめているという異様の光景だった。
「回復するね」
「お願いします」
氷月の負っていた怪我や、切り傷はふさがっていた。
その光景に、二人は驚きを持った。
「血はこれで拭いて」
「いつもありがとうございます」
「これが私の仕事だから」
「え?いまどうやって治したの?」
明らかに不自然すぎるぐらいの勢いで傷が治った。
その光景には流石に疑問をぶつけるしかなかった。
「百合さんも適応者なの。回復の能力を持った特別な人よ」
「二人も」
百合と呼ばれた女性は、天谷とレイの手を握る。
その瞬間、全身の傷がふさがっていた。
「うぉ!?」
「どういう原理……?」
やはり自身で体感しても、理屈がわからない。
このクニは、意味不明なことがどんどん増えていくのだろうか。
「倦怠感とかは消えないから注意して。むしろ半日くらいたつと酷くなるから」
「流石に万能ではないの。貴方達は、このクニに入って一日目なんだから猶更よ」
「……ま、そうか」
天谷とレイは、自身の体をちらちらとみる。
なんだか自分の体が自分の物ではないようだ。
漫画の中にあったような能力による回復が、ここまで違和感の働くものだとは思っていなかった。
「一般人の保護の話も聞いている。その二人がそれか?」
黒髪の短髪の男性は、こちらをみる。
氷月は、それに頷いた。
「そうです」
「あ、どうも」
「……どもっす」
天谷は、その男性に警戒心を抱いていた。
素手でテレビをぶち割る相手なんて誰でも警戒する。
レイは、そう思いながらじっと男性を観察する。
「災難だったな。お疲れ。君たちの安全は、氷月に代わって俺らが確保する」
とても人間の腕とは思えない。
自分の腕の二倍ぐらいはあるんじゃないかとレイは考えた。
鍛えている人間ではあるが、なんというか天谷と似た匂いがする。
なんだろうか、眼の中にどこか暗闇があるというか。
人を殴りなれている気配。
暴力を手段をして使える人間。
仲良くなる前の天谷がそんな感じだった。
「……あざっす」
「態度悪いぞ。天谷」
「そうよ。この人たちは、私たちを助けに来てくれたのよ?」
なんで天谷が、ここまで不機嫌なのかわかる。
同類だと感じているのだ。
天谷曰く、どうしても似た道を通ったやつはわかるらしい。
言ってしまえば、ただの同族嫌悪なのだが。
相手がどう考えているかまではわからない。
レイは、天谷に対して注意をする。
そしてそれに対して天谷も素直に受け取った。
「……そうだな」
天谷は、頭を下げる。
「すみませんでした。助けてくれてありがとうございます」
短髪の男性は、それをみて眼を開いていた。
意外だと感じたのだろう。
天谷が、レイのような細い小柄な子に注意されて改善したのも驚きだったようだ。
少し腕を組み、考え込みながら男性は返答をする。
「……あー。気にすんな。疲れてたんだろ。そんなときもある」
男性は、大して気にしていなかった。
天谷のようなガラの悪い高校生にこういった態度を取られるのも慣れているのだろう。
むしろ、天谷が謝罪をしたことに対して驚きを持っていた。
「この場所も初めてなんだろ?警戒するのも当然だし正常だ」
初めてその男性が笑った。
ぎこちないが、さわやかな笑みだった。
「きょーへーは本当に気にしてないから安心して」
金髪の女性も、フォローを加える。
レイは、その言葉に安堵した。
きょーへーとは、男性の名前かあだ名だろうか。
女性とはどのような関係なのか気になったが、今はそんなことを聞いている場合ではない。
「まじでやめろよ」
正直、こっちは心臓が痛いのだ。
最近ガラの悪い天谷を見ることがなかったから油断していた。
天谷という男は、どうしても二面性がある。
仲のいい人や、普段の性格では癖のない明るい良い奴だ。
だが、どうしても輩や屑といった相手をみると素がでる。
「悪かったって。ここ最近なかったから油断してたんだよ」
「……ま、それもそうだな」
天谷は、レイと仲良くなって本来あった暴力性が薄れていた。
ヒグレのクニでの戦いが、そういったものを活性化させていたのだ。
「どうやら警戒されているみたいだ。氷月。紹介を頼めるか?」
「あ、はい」
短髪の男性が、氷月に紹介を促す。
氷月もそれに応じて、二人の名前を紹介した。
「こちらの男性が、不動さん」
「どーも、不動恭平だ。よろしく」
軽く手をあげて、彼は挨拶をする。
特に紹介する内容もない様子だ。
不愛想っていうわけでもないが、こちらに関心がないのだろう。
一瞥して、それで終わりであった。
「きょーへーこわい」
「会社外の人がいるときは不動だって言っているだろうが」
「……別にいいじゃん」
「……たくっ」
めんどくさそうに、不動は頭を掻いた。
「私はゆりさんでいいよ」
「彼女は、守永百合さん。私の先輩」
「そう、氷月は私のかわいい後輩」
静かにうんうんと頷きながら、百合は言葉を発した。
どこか不思議な雰囲気を持っている女性だ。
自分の世界に入っているタイプというか。
マイペースな感覚を覚えてた。
「こういうタイプって顔良い子多いよな」
「うるさいよお前は」
ここにもいたわ。
「もう一人、箱根さんっていう方がいるんだけど。その人が私たちのリーダー」
「リーダー?」
ある程度の集団なのだろうか。
団体で、このヒグレのクニに出入りしているのだろうか。
「他にも何人かいるの?」
「いや、そうじゃないわ。私含めて四人」
「すくな!?」
最大で四人!?
どうやってあの怪物相手に戦っているのだろうか。
もっと数十人かで、集団的に戦闘を行っているものだと勘違いしていた。
だがそうではないらしい。
「氷月。べらべらしゃべるな」
「……あ、ごめんなさい!彼らもある程度事情を知るべきかなと……」
「君が、自主的な判断をするのはいいが。相手は、身内じゃない。言いたいことはわかるな?」
「……はい」
不動は、氷月に対して叱った。
それは仕事でのミスを叱るような業務的な怒り方だった。
「え?どういう関係なんだろ。いいんちょ」
「……」
思った通りだ。
会社のような感覚。
業務の一環として救出活動に赴いたような。
慈善として、こちらに来てくれた感覚はしない。
同僚の一人のヘルプにきたような。
氷月は、一つのタスクとしてヒグレのクニに入っていたのではないか。
そういった想像をする。
そんなことを考えていると、百合は二人に話しかけた。
「氷月とはどういうかんけー?」
覗き込むような恰好で、百合は聞いてくる。
そんな姿に、意表を突かれドキっとした。
「同級生です。俺ら」
天谷の先ほどの不機嫌な顔はどこにもない。
可愛い女の子に話しかけられたラッキー―の顔だ。
「えーいいな!氷月って学校ではどんな感じ!?」
同級生という単語を聞いて、明らかにテンションが上がっている。
眼を輝かせて彼女は聞いていた。
天谷が、陽気に返答をした。
「え!マジでいいんちょ!って感じで糞真面目なんすけど!裏ではビビられててスケバ……あ」
「天谷君?ちょっとその先聞かせてもらえる?」
「ご臨終です」
氷月の能力は、発動されていた。
冷気が、刀身に纏わる。
氷月の眼は据わっていた。
あれは、マジだ。
ここに置いていかれる人がでるのかもしれない。
助け船は、意外なとこからでた。
「ふざけんのも、そこで終わりだ」
「は、はい」
それは、不動からだった。
氷月の怒りは、収まっていた。
「あとでね?天谷君」
いや、収まっていなかった。
「ここのクニの主に気が付かれたんだろ?とっととでよう」
「でようって……」
崩壊したテレビ以外見えないが、どこからでるのだろう。
レイと天谷が周囲を見渡す。
「もうすぐそこなのよ。出口は」
テレビの先を、氷月は指さしていた。
そこには、先ほどの光景と同じようなテレビが並ぶ路地だった。
「普通の路地だぜ?」
やはり出入口など見えない。
どうやって脱出するというのだ。
「貴方。どうやってここに入ったの?」
「あ」
氷月の一言で思い出す。
そもそも氷月を追っていたら、いつの間にかにヒグレのクニに入っていた。
夢の世界につながるような不思議な小穴などどこにもなかった。
「そう、何気ない場所がヒグレのクニに入る入口になる。その逆もしかりよ」
不動が先導して、前に進む。
切り裂くように、空間は開いた。
「脱出完了。お疲れ様」




