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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
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四夜「誕生」

氷の花が舞う。

冷気は、刀の軌道をなぞりそれに沿った。

天谷はその冷気を感じ取った。

刀からでる冷気は、違和を感じさせた。

だが、人の命を断つに十分であることを一目で理解させる。


「天谷君」

「おう」

「下がってて、すぐ終わらせる」

「……こえぇ……」


その鋭い眼光は、女子高生が持っていいものではなかった。

もしかしたら、既に何人かやっているかもしれない。

天谷は、人生で初めて女の子に心のそこから恐怖心を抱いた。


「……ちっ」

「何でもないっす」


氷月は、それを察知した。

どうやら怪物の前に、ゴミをひとり片づける必要があるようだ。


「……」


周囲に目の前の怪物以外の、敵は発見できなかった。

警戒は、必要だが今はこいつに対して集中できる。


「……っ!」


泥の怪物は、泥状の腕を十本近く伸ばす。

視認したそれを、氷月は全て切り落とした。


「やはり雑魚ね」


切り落とされた泥は、冷気によって凍っていく。

氷月は、深呼吸をする。

吐いた息が、白くなっていく。

氷月はは鼻から静かに呼吸をする。

透き通る冷えた空気は、氷月の脳を優しく冷やした。

ああ、いつまでもこの時間は私を癒してくれる。

眼を開く。


「一」


一歩距離を詰める。


「二」


踏み込み、泥の腕を切り落とす。


「三」


怪物の攻撃を回避し、半身で避ける。


「四」


深く深呼吸し、刀を構える。

五回の斬撃で、泥の怪物の身体が崩れていく。

刀が通るたびに、その怪物から液が零れ落ちる。


「あう……ああううううう」


天谷は、その声に驚きを持った。

空気が抜けるような高音。

それでいて、人間がしゃべっているような変な感覚。

似ていて、近いからこそ湧くような嫌悪感があった。


「喋った!!?気持ちわり!?」


氷月は、それに対して冷静に返す。

怪物が声を発しているように見えるのはただの擬態だと知っていた。


「口を持っているせいで、空気が通るのよ。それだけ」


怪物は、地面に伏した。

そして、開いていた数個の眼は閉じていく。

それは怪物の生命を終わりを示していた・


「終わったわ」


溜息をついて、氷月は天谷の方を向いた。


「し、仕事人」

「馬鹿にしているの?」

「……いえ、別に……」


流石に刀をこちらに向けるようなことはなかった。

だが、それ以上の氷月の視線がいた。

自分はこの女性に逆らうことはできない。

本能がそう告げていた。


「この怪物は……人だったんだよな……ならもう人に戻ることは……」


氷月が、倒した怪物をみる。

人としての原型なんて残っていない。

ゲームにでてくるような怪物が、そのままそこに倒れている。

いま、この時ですらこの状況が現実であることを受け入れられない。


「半々といったところでしょうね。私は倒せば、行方不明になった場所で発見されるとしか聞いたことがないわ」

「……」


どうやら氷月も詳しいことを知らないようだ。

彼女自身不明瞭な状態で、この場所に出入りしているのだろう。

一つきになったことを天谷が問う。


「……それは元気な状態で?」

「そんなわけはないでしょう。馬鹿なの?」

「ですよね」


甘い期待を、しっかり切り落とされる。

やはり怪物に取り込まれるというのは、危険な状態に変わりはないようだ。


「久遠くんが、危険な状態であることには変わりはないわ。住民になるどころか中にとりこまれているんですもの。とっとと久遠君を探しなさい」


怪物は、既に倒したのだ。

ここでのんびり会話することに意義はない。

氷月は、天谷をせかした。


「だよな」


天谷は、倒れた怪物に近づこうとする。

せめて、レイの身体が残っていることを願った。

だが、氷月は視認した。

怪物のなかで、何かが動いていることに。


「待って!!」

「え?」


天谷は、氷月の言葉で動きを止める。

そして怪物をじっとみた。


「何かが蠢いている」

「……」


確かに、なにかが這うような動きをしている。


「内部から……」

「レイが生きている!」

「久遠君……?」


天谷が、その姿をみて歓喜した。

なんとか自分は間に合ったのだ。

レイは、怪物の内部で意識を保っていたのだ。

そういった喜びが、脳内で走り回る。


「……いや違うっ!」

「何が違うんだよ!!」

「下がって!!!!」


氷月は、怪物の中にいたのが人間ではないことに気が付いた。

何度も泥の怪物と相対したからこそわかる感覚。

剣道とヒグレのクニの体験を併せ持ったからこそ身に付いたもの。


「……っ!!!?」


その感覚は、鋭敏に氷月の危険を知らせていた。


「レイっ……なのか?」


それは産声をあげた。

それは、泥の怪物が人の形をとったような生き物だった。

眼や耳はなく、ただ口だけがある。

絶叫をあげ、この世に息をする。

そして目のない顔で、確実にこちらを認識した。


「……!!天谷君!!!」

「え」

「逃げな……っ」


氷月が、弾き飛ばされた。

壁に衝突する。

土煙がたつ。

周囲にあったゴミが散乱した。


「……ぐっ……」


頭に強い衝撃が、与えられた。

脳震盪だろうか。

思考がぐらつく。

眉毛のあたりの皮膚が切れている。

出血が地面に零れ落ちる。


「委員長!」

「……おもったより……大丈夫……っ」


油断した。

思ったより素早い。

怪物のなかでも素早いタイプとは出会うことがなかった。

それともこの個体が特別なのだろうか。


「……」


軽く早いだけだ。

重さはない。

壁に当たることがなければ、今の損傷はなかった。

そんなことを考えて、再び剣を構える。


「【イツツの花】」


周囲に、花を模した氷が浮遊する。


「咲きなさい」


そして突きと共に発射する。

人型の怪物の、泥が穿たれる。


「いけるぞ!委員長!」

「……いや……」


だが泥は即座に補充された。

人型の生物は、足元から先ほどの怪物の泥を補充していた。


「ちっ……凍らせるべきだった」

「……」


人型の怪物は、じっと氷月の刀を見る。

刀が危険であることを認識しているのか。

それともその対策を考えているのか。

ともかく怪物には、数秒の思案があった。


「警戒しているの?」

「……あ」


にやりと怪物が笑う。

その怪物は、刀を模倣し腕を鋭い結晶に変えた。


「鉱物化?」

「それは……っ!」


天谷は、それを体感していた。

レイが足元を狙われた攻撃。

黒い結晶のような鋭い刃。


「委員長!足元だ!」

「!」


それとほぼ同時に、氷月の足元から黒い結晶が突出する。

人型の怪物は、地面に手をつけていた。

氷月は、それを見極め回避に成功した。


「地面に触れることが予備動作?」


回復能力。

硬化、鉱物化。

これらを両立する敵を、氷月は戦ったことがなかった。

天谷の助言に感謝をする。


「天谷君!助かったわ!!」

「……あ」


次に怪物は、腕をたたきつけるように空を斬る。

空中に、五つの黒い結晶が生成された。


「は!?」

「私の……技を!」


黒い結晶は、氷月めがけて飛来する。

氷月は、切り落とし凍結させる。


「ものまねが得意ね!!」


それは氷月の能力を一部模倣していた。

先ほどみせた技とそっくりだった。

氷月は、その怪物が自分の行為を真似していることに気が付く。


「!!!」


それと同時に、怪物は氷月めがけて突進する。

剣と黒い結晶が交差する。


「強い……っ!!」


氷月の体が、体当たりで弾き飛ばされる。

完全な力負け。

氷月は、地面に倒れる。


「……っ!」


屈辱感と、葛藤が入り混じる。

こんなところでてこずるわけにはいかない。

地面に触れ、氷の能力を使用しようとする。


「……はっ……は」


黒い手は、氷月の首を強く握りしめる。

その腕は、長く伸縮していた。

ただその手には、振りほどけないほどの強い力があった。


「……なんでもあり……すぎるでしょ……」

「委員長!!!!」


氷月の首が絞められる。

黒い指が、首に食い込んでいた。


「……がっ……!ひゅ……ぅ……きゅ……」


徐々に気道は狭まった。

一秒ごとに、息ができなくなることを感じ取る。

氷月の意識は、確かに遠ざかっていた。

僅か数ミリの気道を確保するためにその全身はもがいていた。


「くそが!」


天谷は、その光景をみて走り出していた。

自分が死ぬかもしれないという躊躇はなかった。

最初にレイ。

次は委員長か。

自分のせいで、誰かが危険にさらされるということがもう耐えきれなかった。


「これだぁ!!」


氷月が落とした刀を拾い上げる。

そのまま伸びきった黒い腕を切り落とす。

腕は、泥のように崩れ去った。


「がっっ……はっ……はっ……うぇ……っ」


氷月は、息ができることに涙を流していた。

首を絞められたことにより死にかけた。

首を絞められた。

その事実が、氷月を混乱状態に陥らせた。

氷月の顔は、涙と口からでた液で汚くなっていた。


「大丈夫かよ、いいんちょ」

「……あ、ありが……はぁっ……はっはっ」

「今はいいよ」


天谷は、怪物と相対する。


「ちっ……」


何を考えているのかわからない。

怪物はただ切り落とされた腕をみていた。

感情のわからない生物がこれほど恐ろしいとは思わなかった。

こんな状況を人生でなんど味わうのだろう。


「……に、逃げて。天谷くん……わたしが……」

「言ってる場合かよ。委員長だって限界じゃん」


氷月の足は震えていた。

精神的にも限界が近いのだろう。

なにやら地面が濡れている気がするが、天谷はそれを無視した。

自分だって漏らしそうなのだから。


「どちらにせよ。貴方じゃ倒せないの。能力がなければ……相手をすることもできない」

「……能力があればいいんだろ……?」

「そ、そうだけど」


氷月は、能力がなければそもそも戦うことができないことを指摘する。

天谷はだってそれを理解している。

素手で、こんな怪物と戦う気にはなれない。


「俺には素質がある。そういったのは委員長じゃん」

「だ、だけど」

「なら、駄々こねて女の後ろに下がる気はねぇ」


天谷は、腕をまくる。

ここで命をかけてやる。

めざめなければそれまでだ。


「いまここで、命かけられねぇでいつ賭けるんだ!!天谷ぁ!!!」


大声で自分を鼓舞した。


「いまだろ!!いましかねぇんだ!!!」


胸をどんと強くたたく。


「こいや!!!俺の能力!!!!」

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