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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
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三夜「氷月凛」


「はっ……はぁはぁっ」


天谷薫は、走っていた。

全速力で走るのなんていつぶりだろうか。

ましてや誰かのために頑張ろうと思ったのは、いつだろうか。


「待ってろ……誰かを呼んでやるっ!」


それは、現実逃避の淡い願望だった。

外にでたところで、鼻で笑われる。

そんなことわかり切っていた。


「いいんだよ!そんなこたぁ!」


親友を助けるために、いまはこの場から逃げよう。

あいつのためならいくらでも頭をさげてやる。


「天谷ってさ……」


過去レイから言われた言葉がよみがえる。

レイにとっては、何気ない一言だった。

多分あいつは、そんな言葉一切覚えていないだろう。

その言葉で自分は救われた。

だからこそ今度は、自分が救う。

怪物だろうがなんだろうが立ち向かってやる。


「止まりなさい」


突如、声をかけられた。

首元には、木刀が添えられていた。

それは、女性の声で何度か聞いたことあるものだった。


「!?」

「なんでこんなところに?貴方が……この【クニ】の……」


黒髪のポニーテールの女性が、こちらに視線を向ける。

話の途中で、彼女は目を見開いた。


「あれ?」


天谷も気が付いた。

まさに先ほど探していた人物。

委員長と呼ばれている女の子だった。


「委員長!?」


唐突の遭遇に両者驚きを持った。

氷月凛。

委員長と呼ばれる彼女は、同級生がなぜかここにいることに困惑していた。

同時に誰だと勘違いしたのだろうと天谷は思った。


「天谷君……?なんでこんなところに」

「いやそっちこそ……」

「貴方には関係ないでしょう?」

「……いいんちょを追ってここまで来たんだよ」

「……っ!後をつけていたの!?」

「違うよ!……今にも人を殺しそうな目で、木刀持ってたら誰だって気になるだろ……」

「……否定はしないわ」


天谷からみて、路地に入る直前の氷月はそう見えた。

その先に、誰かを狙っているような。

ともかく執念や恩讐に近い感情だと感じた。

だからこそ、レイに焦って伝えた。

心配な気持ちもあって、彼女を探したのも事実だ。


「ここは危険よ。直ぐに帰りなさい」

「……知ってるよ……」

「……!貴方。あれに遭遇したのね」


氷月は、天谷があの怪物に接近したことを察した。

同時によく生きているなと感心した。

「ああ……」

「ここには一人で?」


天谷の傍には、誰もいない。

きっと一人で出会ったからいまここで逃げているのだろう。

氷月は、勝手にそう推測した。


「違う」

「え?」


その否定に、氷月の顔が固まる。


「どういうこと?」

「もうレイは……」


氷月と出会えたことによる安堵感。

しかしレイを見捨ててしまったことによる後悔が胸を襲う。


「俺は……っ。レイを見捨てたっ!!!」

「レイって……久遠くん?」


頭を抱えてその場に座り込む。

天谷は号泣していた。


「久遠くんは、もうあいつらに襲われたのね……?」

「……うん……」


自分の情けなさ。

無力さに涙が止まらなかった。

天谷のその状態に、氷月は深く黙り込んだ。


「貴方どうするつもり?」

「……その木刀貸してくれよ」

「……一応聞くけどどうして?」

「もう一度殴りこんでくる」

「馬鹿ね。貴方」

「……っ!!!」


氷月を殴りたくなる衝動に襲われた。

しかし天谷は、その行為が無意味であることを理解していた。


「そうだよなぁ……馬鹿だよな。俺」

「……」


氷月は、天谷のことをじっとみつめた。

かつての自分と重なった気がした。

初めて【ヒグレのクニ】に襲われたあの時の自分と。

親友を奪われたあの日の自分と。


「……能力を得られるかもしれない……」

「え?」


ぼそりと呟いたその言葉は、天谷にはっきりと聞き取れなかった。


「私のお願いを聞いてくれるなら、その怪物。倒してあげる」

「は!?」


その言葉は、天谷にとって衝撃だった。

倒してあげる。

本当か。


「倒せるのか?あれを……?倒す方法があるのか?」


氷月の言い方には、余裕があった。

少しの苦労はあるけれどみたいな。

そういう余裕があるのだ。


「待ちなさい?質問じゃないでしょう?どっち?聞いてくれるの?」

「……聞く。なんでもかなえてやる。だから頼む……俺の代わりに仇を討ってください」


天谷は、人生初の土下座をした。

ここで、レイの仇を討てるのであれば土下座なんてしてやろう。

そういう執念が彼の中で働いていた。


「ちょ……やめて。わかったから」


流石に、同級生の土下座など見ても楽しくない。

少し意地悪をしたかなと氷月は反省した。


「言い方が悪かったわ」

「え……?」

「対等な取引よ。貴方の仇はうってあげる。その代わり私の願いを手伝って」


歩きながら会話が続く。

目的地は当然、怪物にレイが食われた場所だ。


「ところで、天谷君」

「なんだ?」

「【ヒグレのクニ】に入るとき……吐き気とかはなかった?」

「……いや別に?」


その質問の意図がわからなかった。

なんだろうか。

ヒグレのクニには、毒性のあるものが散布されているのだろうか。

それとも、怪物の付近はやはり危険か。


「そう優秀ね」

「え?まじで?」


優秀と評価してくれる意味がわからなかった。


「【ヒグレのクニ】はね、居続けることで【住民】に近づくの」

「住民……?」

「そのままよ。どろどろのぐちゃぐちゃーになるっていったらわかる?」

「あ……」


先ほど遭遇した怪物が、そのまま浮かぶ。

でも、彼女の言っていることは。


「まるで……あれが」

「人みたいって?そうあれは【人】だったものよ」

「……あ」


その一言に絶句した。

消えていた行方不明者は確かにいた。

人間ではないものに、変貌して。


「吐き気や、めまいはその変化の過程」

「変化の過程……?住民への?」

「そ、察しがいいのはすきよ」


氷月は、天谷の体をゆびさす。


「貴方には、【ヒグレのクニ】の耐性があるの。こればっかりは、運ね。なければ耐えられない。あれば、この国で人間のままでいられる」

「……」


運。

その言葉が重くのしかかる。

もしもあのとき、怪物に攻撃されていたのが自分だったら。

レイはどうしていたのだろう。

俺はレイになんていっていたのだろう。

俺を置いていくのかと泣き言をいう自信しかない。

見捨てられたくないから助けようとしたのだ。

いざ見捨てられそうになったら自分はどんな恨み言を吐いていただろう。

想像して、気持ち悪くなる。


「それに、高い耐性はあるメリットがある」

「……メリット?」

「特異な能力を得られるの」


氷月が、木刀をみせる。

その木刀は、実際の刀に変化していた。


「なにそれかっこいい」


天谷の中にある【男の子】がうずきだした。

ニチアサでみたような少年がそこにはいた。


「ふざけてるの?」


女子として冷ややかな視線をおくる。

男子のこういった気持ちは、全くわからない。


「いやっ……ちがっ」

「……まぁいいわ。高揚する気持ちはわかるわ。わたしも……」


はっと、その言葉が止まる。

天谷は、氷月にもそんなところがあるんだと嬉しくなった。


「いいんちょも?」

「言わない」

「なんで」


天谷は、自分の体を確かめる。

変化はまだ起きていない。

能力というものが、自分にも発芽するのだろうか。


「天谷君には、ポテンシャルがあるわ。身体的に発達した身体、運動神経。そしてなにより高い耐性。能力を得る余地は十分にあるわ」

「……そう褒められると照れるな」

「ええ、純粋に褒めているわ。だからこその取引よ」

「取引ね……」

「もしも能力を得ることがあれば、私の戦力になってもらう。一緒に戦うのよ?貴方も」

「……ああ」


天谷は覚悟を決めた。

どうせ仇を取るつもりだったんだ。

これから戦うことが確約するだけだろう。


「あ、ここらへんだ」

「そう」


さきほどみた看板や、物の位置に覚えがある。

レイが捕食された現場まで戻ることができたようだ。


「なにか目印のようなものはある?」

「鉄パイプの椅子が……」

「鉄パイプ???」

「あ……」

「……もういいわ。今さらでしょう」


天谷が、怪物になにをしたのか深く聞くことを氷月はやめた。

無謀な行動しかわからないだろうから。


「一応警告しておくわ。住民に取り込まれた以上。その適応は働かないと思って」

「……わかってるよ」

「せめて、腹から取り出すとこは貴方でやりなさい」

「……おう」


氷月が、怪物に接近していく。

怪物はその接近に気が付いていた。


「委員長!」

「わかってるわ」


氷月は、刀に力をいれる。

黒い液体が、刀に纏わりつきそれは冷気に変わった。


「能力開放」


花弁が広がる。


「咲け。【イツツノ花】」

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