二夜「遭遇」
「おうぇぇ……」
凄まじい吐き気が、湧き出る。
ジェットコースターに乗ったあとのような。
激しく脳を揺らされたような感覚が生じる。
「乗り物酔いみたいだ……」
ふらつきは、数秒続いた。
ともかく現状を整理しよう。
「……ここは?」
場所は変わっていた。
なにかしらの繁華街のような場所だ。
それも、夜。
先ほどまでは、日没に達していなかった。
「おかしい……」
何もかもがおかしい。
最近はやりの異世界転移だろうか。
だが、おかしい。
自分はトラックにもひかれていないし、神様から特別なスキルももらっていない。
ここは、異世界ではないのだろう。
「夜に変わったっていうのは、明らかに……おかしいよな」
先ほど聞いた都市伝説が、頭によぎる。
「ここが【ヒグレのクニ】?」
都市伝説の【ヒグレのクニ】という話はどういう内容だった。
混乱で満ちた頭を回転させる。
「夕方5時過ぎにあらわれる。日暮れの中で……怪物や幽霊が……」
いるのか。
この違和感しかない場所の中で。
思考が整理されていく中で、天谷のことを思い出した。
「天谷は?どこだ」
「レイ」
「うわっ!?」
背後から、スマホのライトで照らされた天谷の顔がみえた。
レイは、その顔に驚く。
「びっくりしただろ!」
「ははっ。びびった?」
「ただでさえ混乱してんだからやめろ!」
「悪かったって」
レイの反応に、天谷は満足していた。
そして真剣な顔つきに変化する。
「さ……冗談はここまでにしてと」
「冗談って……」
「レイ。マジでやばいな」
「……」
天谷も流石にこの状況を焦っていた。
「俺ら都市伝説の中に入っちまったみたいだ」
先ほどまでいたはずの場所にいない。
人気がない。
そう言った非日常が来た時に、胸の中にあるのは高揚ではなかった。
背後から徐々に恐怖が迫っていた。
「天谷もそう思うか?」
「……ああ」
天谷は、頭を掻いていた。
「正直面倒くさいことになったな。傍から見てる分には、笑い話だが。実際に、巻き込まれるとなると微塵も笑えねぇ」
天谷は、舌打ちをしながら苦笑いをしていた。
「【きさらぎ駅】とかさ。【ないはずの階のエレベーター】とかいろいろあるけどさ。あれってこんなに怖いんだな」
天谷もこの場所が、【ヒグレのクニ】であることを認識しているようだった。
ただの話のネタだった都市伝説が、一気に現実になった。
その事実が、二人の呼吸を乱している。
「天谷さ……どこまで覚えている?」
レイは、天谷に尋ねる。
自身と、天谷の記憶のすり合わせをしたかった。
「委員長を追ってたところまでだ。路地に入ってからの記憶がねぇ」
「……」
同じだ。
レイが持っている記憶もそこまでだった。
そこからの記憶がない。
路地に入った段階で、意識が途切れたようだ。
「レイは?」
「天谷と同じだ。委員長を追いかけてまでは覚えている」
天谷は、なにか考えだした。
意外と考えなしではないのが、彼の長所だった。
「……【ヒグレのクニ】の入り口は、穴だって聞いてたんだがな」
「確かに」
「レイはどう思う?」
天谷は、改めてレイに問う。
「そもそも穴の話が荒唐無稽じゃないか?入り口は、不定形……とか」
「まぁ……そもそも都市伝説だしな。それは俺も同意だ」
情報源すらあやふやな話をそのままうのみにするのも馬鹿な話だ。
歩いていたら、ヒグレのクニに入ってしまう。
そんなこともあるのかもしれない。
実際、自分たち二人はその被害にあっている。
「ていうかよ……委員長どこだ?」
「……」
あのタイミングで、委員長がヒグレのクニに入らなかったとは思えない。
自分たちは委員長を追ってこの場所にいるのだ。
委員長が同じ場所にいないのはおかしい。
「……違う場所にいったとか……」
「違う場所って……」
周囲を見渡す。
誰か人の気配があるとはとても思えない。
ただ見慣れた繫華街であることが、違和感を加速させた。
「探すか?」
「そうだな……動かないと始まらないし」
「とりあえず、委員長を探してから……」
路地を出た。
そこには、真っ黒な泥みたいな怪物がいた。
ぎょろりと、こちらをみた。
「は……?」
思考が一気にとまった。
なんだこの生き物。
そう思ったが、体は完全に固まっていた。
その黒い生物の、視線はレイをじっと見ていた。
「レイ!!!」
天谷が、制服の襟を一気に掴む。
体が、一瞬宙に浮く。
首が服で絞められた。
「がっ……」
息が止まりそうになったが、そんなことに文句を言っている暇もない。
「あ、あま……」
「走るぞ!!!!」
全力で、駆けた。
正直腰がぬけそうになった。
だが、天谷のその声で足が勝手に動いた。
「なんだよ!あれ!!!」
「……あれが怪物?」
都市伝説の内容が、頭によぎる。
「ははっ!!俺らいかれちまったのかな!?」
「まさかっ!」
「だよなぁ!」
泥のような怪物は、地面を這いこちらを追う。
べちゃべちゃと、粘土をいじっているような音が聞こえる。
「後ろから追ってきてるぞ!!」
レイが後方を確認する。
ぎょろりぎょろりと、その泥の生物は複数ある眼を動かしていた。
口もいくつか存在する。
微妙に人に似ているのがより一層嫌悪感を強くさせる。
「うげぇ!気持ちわる!」
「……」
「天谷?」
天谷のようすがおかしい。
「あははははあ!!!あんなんこの世の中にいるんだな!」
「おま……っ」
いつもの天谷ではない。
目の前の異常な生物をみて、現実逃避しているのだ。
「アドレナリンでおかしくなってら……!」
眼がキマってる。
だが、頼りに思えてしまう。
天谷は、この状況で恐怖するのではなく武者震いのように高揚している。
「倒せると思うか?」
「無理だろ。逃げ一択だべ」
「だな」
あんなのと戦えるわけがない。
例え銃を渡されたとしても嫌だ。
そんなことを話した瞬間。
僕は転んだ。
「は?」
「レイ!!?」
顔面から地面に突っ込む。
いや、何かを踏んだ。
それでじぶんは……。
「足が……っ」
「……っ……!」
足の甲を貫くように、真っ黒な結晶が突き刺さっていた。
血が零れ落ちる。
激痛が、脳天まで走った。
「っ!!!!?いてぇ!!!!!?」
「抜くな!!!駄目だ!」
再び後ろを振り返った。
泥のような怪物は、悪意をもった人間のように口を横に広げて笑った。
「……っ!?あいつ……わら……笑って」
「……レイ」
天谷の顔が一変していた。
「ここから担ぐ。痛いのは、我慢しろ」
「馬鹿っ!?」
レイの手が強くひかれる。
「ただでさえ、追いつかれそうなのに!足手纏いになるか!」
天谷は、レイのことを無理やり背負おうとしていた。
レイは、それを拒否する。
いくら天谷の筋肉があっても、自分の体重はそれなりにある。
あの黒い怪物に追われたら、今度は天谷が同じ目にあう。
「さきいってろ!天谷!僕にかまうな!」
自分のせいで、こいつまで危険な目に合わせるわけにはいかない。
なけなしのプライドが、強く残った。
自分が死んでもいい。
天谷が逃げ切れるのであれば。
だが、天谷はそれに対して切れた。
「一緒に逃げるんだよ!!!馬鹿!!!」
次の瞬間。
多くの手が、レイの体にへばりついた。
「あ……っ」
全身が強く押さえつけられる。
右手で払おうと、黒いべとべととした物体を触る。
だが、力が入らない。
出血は危険な域まで達していた。
「くそがっ……っ!」
天谷は、周囲を見渡す。
なにか武器になるものはないか。
そう思い地面を探した。
「鉄パイプの椅子……っ」
このさいだ。
なんでもいい。
天谷は、その怪物に全力で叩きつけた。
だが、衝撃は吸収された。
ぶよぶよとした泥は、なんの衝撃も受けることはなかった。
「抜けない……っ」
それどころか椅子は、奥深く怪物に呑み込まれていく。
手まで呑み込まれそうになったところで、天谷は手を離した。
「駄目だ……天谷……」
「……馬鹿……いうんじゃねぇよ!!!」
「駄目なんだ……逃げろ……」
体が徐々に呑み込まれていく。
思考が段々消えていく。
「……っ!!!!」
天谷は奥歯をかみしめる。
涙をこらえていた。
「待ってろ……っ」
天谷は振り返ることはなかった。
全速力でその場から逃げてくれた。
「……」
よかった。
レイはそう安堵した。
自分にまきこまれて、天谷が死ぬなんて耐えられない。
あいつはいいやつなんだ。
だから……。
「死なないでよかった……」
意識は消えていった。
暖かな温度だけが、最後に感じ取れた。




