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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
3/25

二夜「遭遇」

「おうぇぇ……」


凄まじい吐き気が、湧き出る。

ジェットコースターに乗ったあとのような。

激しく脳を揺らされたような感覚が生じる。


「乗り物酔いみたいだ……」


ふらつきは、数秒続いた。

ともかく現状を整理しよう。


「……ここは?」


場所は変わっていた。

なにかしらの繁華街のような場所だ。

それも、夜。

先ほどまでは、日没に達していなかった。


「おかしい……」


何もかもがおかしい。

最近はやりの異世界転移だろうか。

だが、おかしい。

自分はトラックにもひかれていないし、神様から特別なスキルももらっていない。

ここは、異世界ではないのだろう。


「夜に変わったっていうのは、明らかに……おかしいよな」


先ほど聞いた都市伝説が、頭によぎる。


「ここが【ヒグレのクニ】?」


都市伝説の【ヒグレのクニ】という話はどういう内容だった。

混乱で満ちた頭を回転させる。


「夕方5時過ぎにあらわれる。日暮れの中で……怪物や幽霊が……」


いるのか。

この違和感しかない場所の中で。

思考が整理されていく中で、天谷のことを思い出した。


「天谷は?どこだ」

「レイ」

「うわっ!?」


背後から、スマホのライトで照らされた天谷の顔がみえた。

レイは、その顔に驚く。


「びっくりしただろ!」

「ははっ。びびった?」

「ただでさえ混乱してんだからやめろ!」

「悪かったって」


レイの反応に、天谷は満足していた。

そして真剣な顔つきに変化する。


「さ……冗談はここまでにしてと」

「冗談って……」

「レイ。マジでやばいな」

「……」


天谷も流石にこの状況を焦っていた。


「俺ら都市伝説の中に入っちまったみたいだ」


先ほどまでいたはずの場所にいない。

人気がない。

そう言った非日常が来た時に、胸の中にあるのは高揚ではなかった。

背後から徐々に恐怖が迫っていた。


「天谷もそう思うか?」

「……ああ」


天谷は、頭を掻いていた。


「正直面倒くさいことになったな。傍から見てる分には、笑い話だが。実際に、巻き込まれるとなると微塵も笑えねぇ」


天谷は、舌打ちをしながら苦笑いをしていた。


「【きさらぎ駅】とかさ。【ないはずの階のエレベーター】とかいろいろあるけどさ。あれってこんなに怖いんだな」


天谷もこの場所が、【ヒグレのクニ】であることを認識しているようだった。

ただの話のネタだった都市伝説が、一気に現実になった。

その事実が、二人の呼吸を乱している。


「天谷さ……どこまで覚えている?」


レイは、天谷に尋ねる。

自身と、天谷の記憶のすり合わせをしたかった。


「委員長を追ってたところまでだ。路地に入ってからの記憶がねぇ」

「……」


同じだ。

レイが持っている記憶もそこまでだった。

そこからの記憶がない。

路地に入った段階で、意識が途切れたようだ。


「レイは?」

「天谷と同じだ。委員長を追いかけてまでは覚えている」


天谷は、なにか考えだした。

意外と考えなしではないのが、彼の長所だった。


「……【ヒグレのクニ】の入り口は、穴だって聞いてたんだがな」

「確かに」

「レイはどう思う?」


天谷は、改めてレイに問う。


「そもそも穴の話が荒唐無稽じゃないか?入り口は、不定形……とか」

「まぁ……そもそも都市伝説だしな。それは俺も同意だ」


情報源すらあやふやな話をそのままうのみにするのも馬鹿な話だ。

歩いていたら、ヒグレのクニに入ってしまう。

そんなこともあるのかもしれない。

実際、自分たち二人はその被害にあっている。


「ていうかよ……委員長どこだ?」

「……」


あのタイミングで、委員長がヒグレのクニに入らなかったとは思えない。

自分たちは委員長を追ってこの場所にいるのだ。

委員長が同じ場所にいないのはおかしい。


「……違う場所にいったとか……」

「違う場所って……」


周囲を見渡す。

誰か人の気配があるとはとても思えない。

ただ見慣れた繫華街であることが、違和感を加速させた。


「探すか?」

「そうだな……動かないと始まらないし」

「とりあえず、委員長を探してから……」


路地を出た。

そこには、真っ黒な泥みたいな怪物がいた。

ぎょろりと、こちらをみた。


「は……?」


思考が一気にとまった。

なんだこの生き物。

そう思ったが、体は完全に固まっていた。

その黒い生物の、視線はレイをじっと見ていた。


「レイ!!!」


天谷が、制服の襟を一気に掴む。

体が、一瞬宙に浮く。

首が服で絞められた。


「がっ……」


息が止まりそうになったが、そんなことに文句を言っている暇もない。


「あ、あま……」

「走るぞ!!!!」


全力で、駆けた。

正直腰がぬけそうになった。

だが、天谷のその声で足が勝手に動いた。


「なんだよ!あれ!!!」

「……あれが怪物?」


都市伝説の内容が、頭によぎる。


「ははっ!!俺らいかれちまったのかな!?」

「まさかっ!」

「だよなぁ!」


泥のような怪物は、地面を這いこちらを追う。

べちゃべちゃと、粘土をいじっているような音が聞こえる。


「後ろから追ってきてるぞ!!」


レイが後方を確認する。

ぎょろりぎょろりと、その泥の生物は複数ある眼を動かしていた。

口もいくつか存在する。

微妙に人に似ているのがより一層嫌悪感を強くさせる。


「うげぇ!気持ちわる!」

「……」

「天谷?」


天谷のようすがおかしい。


「あははははあ!!!あんなんこの世の中にいるんだな!」

「おま……っ」


いつもの天谷ではない。

目の前の異常な生物をみて、現実逃避しているのだ。


「アドレナリンでおかしくなってら……!」


眼がキマってる。

だが、頼りに思えてしまう。

天谷は、この状況で恐怖するのではなく武者震いのように高揚している。


「倒せると思うか?」

「無理だろ。逃げ一択だべ」

「だな」


あんなのと戦えるわけがない。

例え銃を渡されたとしても嫌だ。

そんなことを話した瞬間。

僕は転んだ。


「は?」

「レイ!!?」


顔面から地面に突っ込む。

いや、何かを踏んだ。

それでじぶんは……。


「足が……っ」

「……っ……!」


足の甲を貫くように、真っ黒な結晶が突き刺さっていた。

血が零れ落ちる。

激痛が、脳天まで走った。


「っ!!!!?いてぇ!!!!!?」

「抜くな!!!駄目だ!」


再び後ろを振り返った。

泥のような怪物は、悪意をもった人間のように口を横に広げて笑った。


「……っ!?あいつ……わら……笑って」

「……レイ」


天谷の顔が一変していた。


「ここから担ぐ。痛いのは、我慢しろ」

「馬鹿っ!?」


レイの手が強くひかれる。


「ただでさえ、追いつかれそうなのに!足手纏いになるか!」


天谷は、レイのことを無理やり背負おうとしていた。

レイは、それを拒否する。

いくら天谷の筋肉があっても、自分の体重はそれなりにある。

あの黒い怪物に追われたら、今度は天谷が同じ目にあう。


「さきいってろ!天谷!僕にかまうな!」


自分のせいで、こいつまで危険な目に合わせるわけにはいかない。

なけなしのプライドが、強く残った。

自分が死んでもいい。

天谷が逃げ切れるのであれば。

だが、天谷はそれに対して切れた。


「一緒に逃げるんだよ!!!馬鹿!!!」


次の瞬間。

多くの手が、レイの体にへばりついた。


「あ……っ」


全身が強く押さえつけられる。

右手で払おうと、黒いべとべととした物体を触る。

だが、力が入らない。

出血は危険な域まで達していた。


「くそがっ……っ!」


天谷は、周囲を見渡す。

なにか武器になるものはないか。

そう思い地面を探した。


「鉄パイプの椅子……っ」


このさいだ。

なんでもいい。

天谷は、その怪物に全力で叩きつけた。

だが、衝撃は吸収された。

ぶよぶよとした泥は、なんの衝撃も受けることはなかった。


「抜けない……っ」


それどころか椅子は、奥深く怪物に呑み込まれていく。

手まで呑み込まれそうになったところで、天谷は手を離した。


「駄目だ……天谷……」

「……馬鹿……いうんじゃねぇよ!!!」

「駄目なんだ……逃げろ……」


体が徐々に呑み込まれていく。

思考が段々消えていく。


「……っ!!!!」


天谷は奥歯をかみしめる。

涙をこらえていた。


「待ってろ……っ」


天谷は振り返ることはなかった。

全速力でその場から逃げてくれた。


「……」


よかった。

レイはそう安堵した。

自分にまきこまれて、天谷が死ぬなんて耐えられない。

あいつはいいやつなんだ。

だから……。


「死なないでよかった……」


意識は消えていった。

暖かな温度だけが、最後に感じ取れた。

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