二十三夜「脱出」
どうするべきか。
久遠は思案した。
このような状況。
人生で一度だって味わったことはない。
よく教室のなかで、武装集団に襲われる妄想は何度もしたが。
そういったことを考えると、とても馬鹿らしいなと思えてくる。
「くぅうううー」
頭を抱える。
多分だが、この場所はクニの中でも相当な深部だ。
脱出できれば、大きなアドバンテージ。
たどった道のりが、そのまま不動たちに共有できるからだ。
でも脱出までの道のりが、厳しすぎる。
「怖いなぁ……」
このどこまで広がるか、わからない道のり。
出口までたどり着けるのか。
ヒグレのクニを楽しんでいる自分はいた。
能力がでないのだって焦りつつも、浮かれていたはずだ。
それが孤立した。
あれ、やばいのでは。
そういった小さな焦りが群れとなって久遠におそいかかっていた。
「久遠君大丈夫?」
「……あんまり大丈夫じゃないかもしれない」
そもそも倒しても、大量の怪物がいる時点では撃破も厳しい。
個別に撃破できるのでは、という甘い希望も潰えてしまった。
「……ん?」
日比野のほうに、視線を向ける。
せめてこの子だけは、助けたい。
この暗い部屋で、自分がくるまでずっと耐えきった。
なら報われなきゃいけない。
自分はこの子を助ける。
「あのさ、ずっと思ってたこと言っていい?」
「なに?」
一応聞いてみよう。
何かのヒントになるかもしれない。
「これ絶対スニーキングミッションだよ!」
「えっ……?」
言葉が違うようだ。
意味がわからない。
彼女は何と言っているのだろう。
少なくとも久遠には馴染みのない言葉だった。
「えっと……どういう意味か聞いていい?」
「あれっ……やばっ……」
その言葉をつい発してしまったことに、日比野は戸惑っていた。
恥ずかしそうに顔を隠していた。
やっぱりこの子ゲームとか好きなのだろうか。
正直ゲームとかやっているイメージがないのだが。
「スニーキングミッションって?」
「いや……まさか人生でこんな体験ができるとは思わなかったから……つい」
えへへと、日比野は照れくさそうにしていた。
どうやら元の調子が戻ってきたな。
「ステルスゲーや探偵ゲーとか久遠君はやる?ジャッチ・ア・イヌとかメタボギアとか」
うん、スレスレ。
危ない危ない。
どこかパチモン臭さを感じるのは気のせいだろうか。
「あー?やったことないかもしれない」
名前は聞いたことある。
だが、久遠はそういった据え置き型のゲームの記憶はない。
ゲームセンターとかなら良くいくのだが。
「それならちょっと伝わりにくいかもしれないね」
「うん、よくわからないから説明してほしい」
日比野は続けて説明をする。
「ゲームの中では、よく武器が使えない主人公や、敵の本拠地へ突入したときに敵に見つからない場面があるんだ。それを題材としたゲームもあるし、ゲームの要素として一部分でてることもあるよ」
「ほう?」
なるほど、ゲームの中のシステムやミッションとしてそれがあるようだ。
それならなんとなくわかるかもしれない。
ようは、隠れながら目標を達成するということだろう。
「つまり見つからなければ、戦わなくていいってこと?」
「そう!」
「……そうか」
久遠のなかで、少し気持ちが軽くなった。
事態は重い。
だが重く考えすぎるのもよくないのかもしれない。
ここは、まだ戦闘の場面ではない。
彼女にとって攻略できる【ステージ】なのだ。
だが一つきになった。
「えーっと……日比野さんは、結構ゲーム好き……?」
「あっ……」
その指摘に、日比野は顔を真っ赤にしていた。
とても恥ずかしそうだ。
「うん……凄くすき……徹夜でするぐらい……」
「そうなんだ……」
正直、意外だった。
学校に一人いるふわふわ女子ぐらいの認識しかなかったのだ。
「そう……かなり詳しいんだね……?」
「うん!!fpsもホラーも、育成も全部すき!」
「テンション高いなぁ……」
どうやら彼女にとって、ゲームの範囲はかなり広いようだ。
でもその話を聞いていたら、いつの間にか頬は緩んでいた。
「よし……覚悟決まった」
久遠は、改めて日比野の顔を見つめる。
「どうしたの?」
日比野は、そんな久遠を不思議に思って首を傾げた。
「二人で現実に戻ろう。僕らならそれができる」
強い意志を持って、それをつたえる。
これを誤魔化したくはなかった。
心の奥底で、できないと少しでも思ったならどこかで躓く気がした。
「……!」
日比野はその言葉を聞いて、顔を明るくする。
「うん!!!」
久遠は、その顔をみて安堵した。
これで少なくとも、踏ん切りがついた。
まずは、脱出に必要なことを考えよう。
「まずそのスニーキング……?っていうのはどういうものが必要なんだ?」
「基本的にはマップと敵の位置の観察かな?」
「へー?」
あれ。
日比野の能力を思い返す。
「それって……」
「うん、私の能力で可能だよ」
そういうと、日比野の眼が円状に発光する。
「おぉ!!!」
便利だな。
彼女の能力は、戦闘では使えないかもしれない。
でも、サポートや補助を考えるなら明らかに有用だ。
「まず一匹……そこにいるね!?」
「!!!?」
展開が早すぎる。
日比野が指さした場所をみると、そこには確かに超小型の泥の怪物がいた。
「うわっ……本当にいるよ……」
「……」
泥の怪物は、動きもせずただこちらを見つめていた。
「うん、明らかにラブちゃんが私たちを監視するために置いたものだろうね」
「……監視か……」
攻撃もしてこないし、自発的な行動は見られない。
ラブの干渉があるのは、確実だろう。
「問題はどこまでの監視なのか……」
「そうだね……」
そう、一番大事なのはそこだ。
まずは整理したい。
「視界の完全共有だったらアウト。……それか、二人がこの部屋にいればセーフのか……」
「ごめんもう一回」
ゲーム慣れしているせいなのか、状況に適応するのが早すぎだ。
久遠には、全く何を言っているのかわからない。
「えーとね、こういう場合なんていえばいいのかな。まず視界も音声も把握できる共有型。これだったら、いまこうして久遠君が檻をでた時点で動きがあっておかしくない」
「……うん」
でも実際は、自分が檻をでて先ほど日比野が騒いでいても外の怪物たちに動きはなかった。
この可能性は低いのだろう。
成程と、久遠は理解した。
日比野の説明は、確かにわかりやすい物だった。
「二人が部屋に居ればセーフっていうのは?」
「ラブちゃんの性格は……ちょっと難しい子だとおもうんだよね。私……」
「それは僕も同意だけど……」
それが何の関係があるのだろう。
「檻からでていても、私たち二人が作戦を立てて居ようがラブちゃんには関係ないんじゃないかって。どうせまた捕まえるから」
「……っ!」
あり得るのかもしれない。
現状ラブから感じ取れる印象は、あまりよくはない。
こちらのことを舐め切っているのは、確実だろう。
「つまり……」
「この部屋で、なにしてようと興味ないから関係ない。あの子は、出るか出ないかだけの確認で置いてあるだけ」
「うーん……」
再び考え込む。
破壊すれば、当然ラブも感づく。
この部屋からでたとき、この怪物はどう動くのだろうか。
「扉まで近づいてみる?」
「うん、それがいいと思う」
その部屋を見渡す。
空間自体はそれほど大きくない。
教室より少し狭い程度だろう。
扉もひとつで、でれるような箇所は見当たらない。
「……」
息を呑んで、扉に近づいてみる。
「ん?」
「……うわ!?」
すぐ間近まで、その怪物は接近していた。
右腕に力を込める。
「待って!!待って久遠君!!」
「はっ……」
危ないところだった。
つい破壊するところだった。
「……」
怪物は動かない。
接近したあとは、ただこちらを見るだけだ。
「……破壊されるのが目的?」
「多分?」
「でもこれで確定かも」
「視界の共有じゃない……?」
「うん、それでいいよ」
それは推測だった。
でも、確率の高いものだ。
「本当に視界の共有なら、この怪物が私たちを追従して、扉の前に出る必要はないもん」
「なるほど」
確かにそうだ。
でもまた問題が生まれた。
「でもどうする?」
「この子?」
「うん」
どちらにせよ、この部屋から出ることは難しい。
扉に近づき開けようとすると、その行為は妨害される。
かといって、この怪物を倒すわけにもいかない。
「それだけど、解決策がひとつあるんだ」
「ん?」
そういうと、日比野は空中で何かを押す動作をする。
そうすると、空中から小さなデバイスが出現した。
「それは……?」
「みてて」
日比野が、そのデバイスを怪物にむける。
「これならいけるはず……」
『み……んな……げんきー?』
「!!!」
『らぶ……きゅんだよー♡」
それは、以前ヒグレのクニから脱出したときにきいたラブきゅんの合成音声だった。
「どうやって?」
「ラブちゃんが配信してた時は全部撮りためていたんだ。なにかしら攻略のヒントになると思って。あとは私の能力で簡単な組み換えができたから……」
『もう……いいよー。みのが……して……そのあとは……いつも通り……で……』
合成音声だけど、かなり気持ちが悪い。
久遠はそう感じ取った。
やはり継ぎはぎゆえの違和感はぬぐいきれない。
でもそれは、知性があるからこその話だ。
「……がぁ……ああ」
「!!」
「よし……っビンゴ!」
知性のない泥の怪物には容易に通じた。




