二十二夜「驚愕」
金属は、歪な音をたてて曲がっていく。
檻の拘束など、些細なものであった。
常人ならざる力を、久遠の右腕は生み出していた。
「……」
【住民化】。
この能力を、夢のなかの彼女は知っていた。
その引き出し方すらも。
彼女は、なぜそんなことを知っていたのだろうか。
それにもう一つ引っかかりがある。
なぜ最初に能力を始動したとき、鞭のように暴れたのだろう。
今は違う。
制御は既にできている。
決して不定形ではない。
今回は、右腕としての形を保っている。
違いはなんだ。
それも結局夢のなかの彼女が鍵だ。
さっきもっと聞いておくべきだった。
「うぇぇぇ!?」
思考を遮るように、日比野の悲鳴が響いた。
両手で口を押さえ、目を見開いている。
盛大に裏返った声。
完全にパニックだ。
「ちょ……っ!日比野さんしーっ!しー!!」
慌てて人差し指を自らの唇に当てる。
日比野は、はっとして、自らの声の大きさに気が付いたようだ。
今度は両手で、口をふさいだ。
「んんーーーーー」
と、くぐもった声を漏らす。
「いや……さぁ……流石にそれは」
そうだけど、そうじゃない。
やはりこの子天然だな。
天谷と氷月と違うタイプすぎて戸惑う。
「だって……怖かったし……」
日比野は涙目で周囲をきょろきょろ見渡す。
幸い、泥の怪物に動きはないようだ。
「外の怪物が動いているか。確認できる?」
日比野は白い画面を展開する。
それをみて、横に首を振る。
どうやら、動いていないようだ。
だが、その無機質な静けさが逆に不気味だった。
ずっとこの部屋にいるわけにもいかないだろう。
「……とりあえず、おちついて。まだ事前に話したいことがあるんだ」
日比野が、手で口を塞ぎながらこくこくと頷く。
その小さな動きが、妙に愛らしく感じる。
「……そんなビビる?」
そこまで驚かれると、こちらまで不安になるだろう。
日比野にとって、久遠の腕は軽くホラー要素だったようだ。
「ごめんね……その腕……あの怪物と全く一緒だったから……」
「やっぱりそうみえるのか……」
どうやら日比野からみても、久遠の腕は異質なようだ。
じっと、日比野は久遠の腕を見る。
触りはしなかったが、警戒心でいっぱいの様子だ。
明らかに距離を取っている。
「他の人ってそうなってるの?」
日比野は久遠以外の適応者の存在をしらない。
自分だけが例外だと伝えるべきか。
そうはいっても、久遠だって能力のことをあまり深くはしらない。
「いや……多分違うと思う。天谷とか、氷月とかそんなんじゃなかったし……」
「そ、そうなの?」
二人とも、【適応者】に関しての知識がないのだ。
原理もそうだし、他者に説明するにはあまりに情報が少なすぎる。
少なくとも今の久遠は、日比野にそういった説明を全くできなかった。
せめてここに氷月がいればよかったのだが。
「でも凄いね……なんというか力が密集?している気がする」
「……そうなのか?」
そういう日比野の眼は、円が多重になって重なっている気がした。
能力の使用によって、何か見ているのだろうか。
情報の操作。
彼女には、一体どのような光景が見えているのだろうか。
それがあまりよくわからない。
彼女の能力は彼女にどのように作用しているのだろうか。
「日比野さんからみて、僕はどう見えるの?」
「えーと……ねぇ?」
日比野の眼に集中している円が、小さくなる。
じっと腕を凝視する。
だが、彼女は首を傾げた。
「……んー?」
言葉を選んでいるのか。
それとも何を発しようか迷っている様子だった。
「どうなんだ?」
こればかりは、彼女にしっかり聞かないと。
「よくわからないということしかわからないかな……」
「どういう意味?」
「えっとねぇ……私のこの力は個人がある程度のステータスでみることができるの」
「え……それってすごくない?」
久遠が思っていた想定より彼女の能力は凄いかもしれない。
最初に説明を受けたときにも思ったが、彼女の能力の要素にはどこかゲームがある。
彼女自身が、ゲームやそれにちかしいものが好きなのか。
「そんな大層なものではないよ!?なんというかニュアンスで……【近づいてもセーフ】か【ヤバそう?】。くらいしかわからないものだからっ」
日比野は慌てて両手を振って、否定をする。
髪がふわふわと揺れている。
やはり彼女自身にも確信はないようだ。
それなのに、ある程度はわかるというのだから本当に【能力】は不思議だ。
「……」
猶更ゲームっぽいな。
そう久遠は思った。
天谷と氷月の能力の系統からいって、やはり彼女にもゲームっぽいものが好きなのか。
でもこれは別に今聞くべきことではないのだろう。
箱根さんに聞けばもっと詳しいことが知れるかもしれない。
「じゃあ……僕の腕は……どういう認識?」
ヤバいかヤバくないか。
彼女の言葉ではその両方とも当てはまらない。
「そのうえで……【わからない】。データーの制限がかかってるみたい。比較ができないんだ」
「そうか……」
日比野の能力であれば、自身がどのような状態かわかると思ったのだが。
それも出来ないようだ。
制限という表現が気になる。
ヒグレのクニそのものに、能力の妨害がされているのか。
それとも、彼女自身の能力の発達の問題か。
うん、ダメだ。
これ以上考えると頭がおかしくなりそうだ。
端的に、一つだけ気になることを聞こう。
「この腕なら、あの泥の怪物も倒せるかな」
「んーー」
再び、日比野の眼が淡く光る。
「うん、それなら泥の怪物も簡単に倒せると思うよ」
その言葉を聞いて少し安堵した。
少しだけ肩の力が抜けた気分だ。
自分の気持ちはともかく、他者からの言葉があるというのは楽だ。
「なら……いいんだけど」
正直、この腕の詳細など今はどうでもいい。
一番大事なのは、あの怪物を倒せるかどうかだ。
倒せるならそれでいい。
正面でなくとも、数を減らすことができればなんとか道は切り開けるだろう。
「あ……待って。久遠君は、あの……ラブって子と話してたよね」
「……あー、まぁ……?」
今までのラブとの会話を思い返す。
会話らしい会話があっただろうか。
あれを会話というのであれば、世界はとっくに終わっているだろう。
「一方的になら……話したっていうのかな」
うん、会話ではない。
あいつがペラペラ話していただけだ。
「怪物の撃破は、限りなく無くしたほうがいいと思う」
「えっ……」
なぜだろう。
彼女がそういうことが意外だった。
倒さなくては、外に出れないではないか。
「理由を聞いていい?」
「あ……えっと、あくまで憶測だけどいい?」
「うん」
「私の能力を見て思ったことなんだ」
そういい、彼女は説明を続ける。
「まずラブちゃんは……なにかしらあの泥の怪物に指示を与える能力がある。これは前提に聞いてほしい」
「うん、それは僕も思った」
久遠も同じ結論を持っている。
「よかった」
うん、それはわかっている。
むしろ推測などしなくても、彼女は久遠に対していっていた。
【住民】を操る能力だと。
そして今、自分はその危機だ。
【住民化】の能力は、その操作範囲だ。
「そして私にはよくわからないけどさ……あのラブって子は、この場所で一番力を持つ人なんだよね?」
「……まぁ、そうかな」
認識としてはあっている。
だが、彼女にクニの主だなんて伝えてもよくわからないだろうし。
「……そんな人がただ操るだけで終わるかな……」
「あっ……」
自分は凄い馬鹿だ。
なんでそんな可能性にすら思いつかなかったんだ。
そもそも、常に自分たちの居場所はバレていた。
不動が、怒りをみせながら怪物を撃破したことを思い返す。
「広範囲の索敵……とか?」
「うん、多分だけど。私の能力も同じだから可能性はあり得るかな……」
クニの主の能力は、自分たちより遥かに強力だったはず。
それは既に、コグマ―との戦闘で思い知っている。
だからこそ、【住民の操作】+アルファ。
それが、索敵や監視能力だったら?
いやまた違う能力の可能性だってある。
「敵を一体だけでも倒したら……」
「多分ラブちゃんが即座にくるね……」
久遠は、静かに息を吐いた。
自分は無事にここを出られるのだろうか。




