二十一夜「日比野その」
「まぁ、いまのところ。そんな余裕はないんだけどさー」
「……」
ぶーとラブは口をふくまらせた。
どうゆうことだ。
状況は全く知らない。
何かしらの問題が起きたのだろうか。
「君のオトモダチ凄い暴れているよ?君と同じくらいの子」
ラブは自分の髪を指でくるくる巻きながら、どこか退屈そうに続ける。
その仕草は、望んだ展開になっていないことへの苛立ちを隠しきれていないようだった。
「……天谷!」
思わず声が出てしまう。
天谷が、自分を助けるために暴れているのだ。
その事実が、無性に胸の中で疼いた。
嬉しかったのだ。
「オトモダチの友情ってやつ?尊みがすごいんだけどー、いま私それは求めてないんだよねー」
ラブの声は、どこか甘ったるい。
だがどこかそこに冷たいものが沈んでいる。
自分の思い通りになっていない現状が、所詮雑魚のあがきにしか感じ取れなかった。
「というわけで、君の相手している余裕ないんだぁ。残念」
有難い。
注意が少しでも、そちらに向いているならなんとか抜け出す可能性はあるかも。
いや、抜け出さなきゃ自分の未来はない。
「じゃ、ばいばい♡また配信するからねー」
両手で、ラブは画面越しに手を振る。
画面が暗転する。
動画の内容は終了したようだ。
「はぁ……」
久遠は肺の奥から長い息を吐いた。
この配信を見るだけで、精神の半分が持っていかれたような気分だ。
特に、自分がラブの能力の範囲内だということを認識したとき。
心臓が握られているような気持ちだった。
「……整理しよう」
右手に血流を集めるような意識で集中する。
黒い泥は、塊のように変質する。
右腕が、黒く変色した。
「これが僕の能力」
さっきのコグマ―との戦いでは、中途半端に使う羽目になった。
だがやっと意図的に能力の発動を切り替えられるようだ。
だが、この能力には一つ問題がある。
「【住民】の定義がどこまで当てはまる」
一番最初、天谷と氷月に対して戦ったとき。
あれを100パーだとしよう。
意識が九割以上持っていかれている自覚があった。
あれは、ほぼ【住民】だといっていいだろう。
「あの状態だと、……操られる?」
結局は人間としての意識がない状態は、【住民】だ。
ラブに操られる可能性は、限りなく高いはず。
ならこの状態はどっちだ。
抵抗が働くのか、それとも住民側に偏る状態になるのか。
「そこは推測してもしかたないな」
問題は扉の先。
この部屋の外に、脱出の方法はあるのかということ。
この場所は、ラブの所有している領域のなかでも深部にある場所だろう。
そうであれば、自分一人の脱出は困難。
戦闘行為は減らすべきだ。
「まずは、この檻を壊すべきか」
右腕に力をいれて、檻を破壊しようとした。
そのとき、声が聞こえた。
「あの……誰かいるんですか?」
「!!!」
この空間に、自分以外の誰かがいる。
そう考えた途端、頭の奥から電流が流れたような気持ちになった。
そしてその声に自分は聞き覚えがあったのだ。
「日比野さん……?」
「あれっ……?久遠くんだよね?なんでここに?」
声の主は、檻の向こうの暗がりからゆっくり姿を現した。
そこに、日比野そのがいた。
日比野その。
「あれ……?夢じゃないよね……私のカン違い?」
彼女は動揺していた。
当然だろう。
既に現世から離れて数日以上は確実にたっている。
ヒグレのクニは、現実世界とは乖離している。
その影響で時間間隔も違うかもしれない。
「そうじゃないよ、僕も閉じ込められた」
「そ、そうなの……?」
ふんわりとしたホワイトアッシュの髪がわずかに揺れる。
いつもならサラサラと光を反射して、まるで綿菓子みたいに柔らかく広がっているはずの髪。
だがその髪は、拘束のせいか激しく乱れていた、埃や汚れが絡みついている。
久遠は、日比野のことをあまり知らない。
そもそもかかわったことがないに等しい。
「……どうしたの?」
「ううん、ちょっと安心しただけ」
学校のスクールカーストでいうなら、間違いなく一軍のグループにいるような女の子。
だが、どこかオタク趣味をもって不思議な子だった。
そして周囲にそれを簡単に受け入れられるような明るい雰囲気を持っている子だった。
天谷と氷月とは、まるで違う。
二人には強さも鋭さもある。
どこか近寄りがたい刃のような存在だ。
「久遠君、一人だけ?」
「違うよ、あと天谷と氷月もいる。もうひとりは、日比野さんが知らない人」
「えっ。天谷くんと凛ちゃんが!?」
「うん」
一方で日比野そのは、愛嬌という、柔らかくて温かくて、誰も傷つけないような武器で、学校という空間に溶け込んでいる女性だ。
だからこそ、久遠は日比野そのと話をしたことがあまりなかった。
天谷は、一方的に話しかけているといったがあいつも人には心の奥底を見せないタイプだ。
どこまで話していたかわからない。
「ははっ、ていうかなんなのその檻……あれ……涙がっ……」
久遠の閉じ込められているファンシーな檻をみて、彼女は笑った。
だがそのせいで一気に緊張が緩んだのだろう。
日比野は泣いていた。
「大丈夫?」
「う、うん……」
日比野は、涙をぬぐった。
どうやら彼女の精神は、かなりぎりぎりだ。
「なんか私疲れちゃってたみたい。正直このまま死ぬんだと思ってた」
彼女の眼はどこか死んでいる。
既にこの数日で絶望を味わいきったのだろう。
久遠は、ひとつ思い出したことがある。
それは、このクニに初めてきたとき助けてくれた存在。
「日比野さん。一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「……?どうしたの?」
「昨日なのかな、君にとってどれだけ前なのかわからないけど。僕達のこと助けてくれた?」
「……あ!」
日比野は、思い出したかのように久遠のことを見つめた。
「あれっって……久遠君たちだったの?」
どうやら彼女は、自らが助けた存在が久遠だと気が付いていなかったようだ。
だが、これで確信を得ることができた。
自分たちが初めてヒグレのクニを訪れたあの日。
既に、日比野はヒグレのクニに適応していたのだ。
「やっぱり日比野さんだったか」
ラブきゅんの配信に割り込むかのように、流された加工された音声。
それは、第三者によっての編集だった。
だが、そんなことは特異的な技能かヒグレのクニに適応することで得ることのできる【能力】でしか無理だ。
「正直賭けだったけどねぇ……介入ができないか試してみてよかった」
「……」
どうやら彼女にとっても、あの時助けたのは賭けの要素が多かったようだ。
だが、その言葉をきいてもう一つ気になることができた。
「日比野さんも、【能力】を使うことができるのか?」
「……あ……」
暗がりのなかで、きっと彼女は気が付いていなかったのだろう。
久遠の右腕が、黒い泥のようなものに変質していることに。
「……久遠君も?」
「……うん」
これで確実だ。
日比野さんも【適応者】だ。
だからこそ、ヒグレのクニにある程度の日数生存することができた。
だが、彼女には当然知識があまりないようだ。
ラブが懇切丁寧にものを教えるタイプとは思えない。
この場で、拘束されていたのであれば当然だろう。
「一応きくけど……なんの能力かいえる?」
「よくわからないの……ただ頭のなかに、ひたすら情報が入ってくる。ゲームのマップみたいに何かの気配が点で表示されてる」
「……どうやって、あの配信に割り込んだの?」
「久遠くんたちが、逃げているのを感じたの。だから助けなくっちゃって。そしたら編集画面みたいのが、目の前に……」
そういうと、日比野の前に白い板が浮かんだ。
だが、久遠の眼にはただの板にしか見えない。
「たぶん、私が持っている能力は情報の取得。改ざんや操作。よくわからないけどそういうことみたい……?」
「……?」
どういう理屈かよくわからない。
ヒグレのクニに介入できる特異的な能力なのだろうか。
こればっかりは、箱根さんや不動に聞いてみないことにはわからないだろう。
「久遠君のそれは……?」
「あ……僕のこれは……」
そういって、檻の鉄格子の部分を引きちぎった。
「この世界の……怪物になる……かな?」




