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ヒグレのクニ  作者: L
二章 らぶきゅんのときめきワールド
24/30

二十夜「玩具のように」

泥の怪物に呑み込まれて、意識が途切れた。

そして次に目を開けたとき、そこはまたあの場所だった。

真っ白な、何もない部屋。

今回は、違った。


「うーーん」


白い机と椅子がぽつんと置かれ、テーブルの上には湯気の立つ湯呑みまである。


「………は?」


状況が、まるで理解できない。

自分が泥に沈んだはずなのに、なぜここに座っているのか。

なぜお茶が出されているのか。


「あ、気づいた?」


彼女は悩まし気に、久遠のことを見つめていた。

自分は呑み込まれていたはずだ。

それなのに、白い空間に座っていた。


「え?」


目の前にはお茶も置かれている。

いやおかしいだろ。

どうしても現状が理解しがたいものだった。

彼女は、困ったようにだがどこか観察するように久遠を見つめた。


「君はよく気を失うね。趣味?」

「好きで失っているわけじゃないんだけど」


趣味であってたまるか。


「……ふふっ、それもそうだね」


今のは笑いどころだったのだろうか。

やはりよくわからない。

でもその笑顔にはどこか柔らかさが欠けているようなきがした。


「今回はあまり話せないよ」

「……なんで?」


どうやら今回は会話をあまりする気がないらしい。


「正直会うつもりはなかったっていうのと……君の現状はそれほど悪くないから」

「……そうなの?」


彼女の言葉は、予想外のものだった。

悪くない?

自分が今、泥の怪物に呑み込まれて。

おそらく生死の境目あたりを漂っているはずなのに?

彼女は湯呑みを指先で軽く叩きながら、静かに続けた。


「驚くのもわかるけどね。 ……今回は、ちょっとだけ……様子を見に来ただけ」


気軽だな。

それならもっと早めに、悪夢を見せ続けるのもやめてよかったじゃないか。


「いや、僕喰われたんだけど」

「うんそうだね」

「え……うん」


それなのに、それほど悪くないのか。

正直溺れ死ぬかと思った。

天谷にもきっと大きな心配かけただろう。

なにより氷月のことが心配だ。

彼女は大丈夫だろうか。


「そうだけど。うん、ラブちゃんは君を殺すつもりはないから」

「ラブちゃん……?」


その呼び方に違和感が走る。

あまりにも親し気だ。

なにかしら古い繋がりでもあるのだろうか。

彼女と、ラブの間に深いつながりがあるのか。

そう考えてしまった。


「うん。彼女は…………だからね」

「う……ん!!?」


ノイズが走る。

言葉の途中で、鋭い不協和音が脳を突き刺す。

彼女の言葉が正確に聞き取れない。

偶然か。

大事な何かが、意図的に遮断されているような感覚だ。


「ごめん、もう一度」

「……………だから」

「え?」

「あれ?」


彼女も首をかしげる。

僅かに眉を寄せていた。

お互いに伝わらないことを疑問に持っていた。

その疑問で、空気がわずかに揺れる。


「……わざとじゃないの?」

「時間がないって言われたのに、そんなことをするわけない」

「そう……」


彼女の声が、かすかに落ち込んでいた。

瞳の中に、一種の諦観のようなものが浮かぶ。

そして何かを思いついたように、あることを口から発する。


「じゃあ、私が名前をいうから聞き覚えがあるかだけ」

「……?うん、わかった」


彼女の意図が理解できないが、ここは素直に従っておこう。


「私の名前は………だよ」

「駄目だ。聞き取れない」

「わかった」


【彼女】はなにか確信を得たようだった。

それは、予想していた推測に対する確かな確信だったのだろう。

彼女は静かに納得していた。

だが久遠には、それがなんなのか全く理解ができなかった。


「なにがわかったの?」

「君が聞き取れない理由」

「教えてくれる?」

「教えることも出来ないかも……」


彼女は小さく首を振った。

そのしぐさには、久遠に対する悲しみと自分自身に対する失望が込められているように感じた。


「君は今、まだその先を知るべきではない場所にいる」

「……流石に一日でたどり着けるとは思っていないよ」

「うん、そうだよね」


彼女の声は、優しく、けれどどこか遠い。

まるで、届きそうで届かない場所から響いてくるようだった。

その言葉を聞いているとなぜか胸が無性に寂しくなる。

今朝の夢。

待っているからねと伝えた君。

君の心の奥底にひっそりと息づいている僕は一体誰なのだろう。

君には僕が誰にみえているのだろう。


「過去も、彼女の本質も、私の正体も……すべて、その境界の向こう側にあるものだから。黄昏の中に答えはあるよ」


現実での目覚めだと理解できた。

視界が、ゆっくりと遠ざかっていく。

白い空間が、薄い霧のように溶け始め、現実の重みが体に戻ってくるのを感じた。


「いたた……」


久遠は眼を覚ました。


「ここは?」


最後の記憶は、泥の怪物に再び呑み込まれたとこ。

それ以降はあまり覚えていない。


「またか……本当に、呑み込まれすぎだろ。僕は……」


そんなシュミはないのだが。

ヒグレのクニに来て、二回目だ。

よくわからない不定形の怪物に呑み込まれるのは。


「天谷には毎回心配かけちゃうな……」


そのどちらにも天谷はいた。

彼は再び悲しむだろうか。


「天谷と早く合流しなきゃ……」


とりあえず、自分が拘束されて別の場所に運ばれたということはわかる。

なんとかして天谷達と合流しなくては。

自分一人で、敵と戦える自信は当然ない。


「まずは周囲を確認するべきか」


そこは、小学生の自室のようなかわいらしい物ばかりだった。


「あれ……?」


頭が一瞬真っ白になる。

ただ自分はその中でも異質なものの中にいた。


「檻か……?これ?」


迷いがでた。

自分が閉じ込められているものは、確かに檻だった。

でも迷いがでるのには当然理由があった。

可愛すぎるのだ。


「いや……これはファンシーすぎるだろ」


パステルピンクと水色のユニコーンが跳ね回り、キャンディをくわえたクマやウサギがリボン付きで踊ってる。

めっちゃくちゃ可愛い檻だった。

全体的に幼児趣味だ。

まるで幼稚園の卒業アルバムを見ている気分だ。


「うぇ……」


こんなものの中に、高校生男子を入れる気持ちはよくわからない。

これは、どっちの趣味だろうか。

ラブも、コグマ―もどっちもやりそうだ。


そんなことを考えていると、カチッと小さなテレビが音を鳴らす。


「起きましたーーー?」

「うぉ!?」


テレビが点灯する。

そこから声がでていた。

画面には当然ラブが映っている。


「どうもー!!ラブちゃんでーす♡」

「またかよ……」


満面の笑みでピース。

こっちは、生死の境をさまよいかけたというのに。


「私の顔が見れて嬉しい!?これからは何回でも見せちゃうからねぇ♡」

「嬉しくない嬉しくない」


思わず声が漏れた。

必死に否定した。

そういった感じで、声を聴かされてもついていけない。

それに何回もみたくない。

一度みただけで、脳裏に焼き付くわ。


「えへへぇ……」


ラブは嬉しそうに、眼を細めて笑った。


「えっとぉ……クオンレイ……君だよね♡漢字は知らないけど!」

「っ!!!」


ラブきゅんは、此方の名前を知っていたようだ。


「名前を知っている……?」


やはり戦闘中は監視されていたのだろうか。

ヒグレのクニで、名前を呼ばれることに対して警戒心は持っていなかった。

どこかで、自分の名前を聞いていたのだろう。


「あーーー、ごめんね!!君がどんな反応しているのかこっちじゃよくわからないんだ」


ラブは、首を傾げてペロッと舌をだした。


「……」


この部屋に監視カメラはついていない?

ただ嘘の可能性もある。

わざわざ声を出す必要もないだろう。


「檻にいれているけど、一応言っておくね♡君がいる部屋の外にはぐみんがいーぱいっ詰まってるから。逃げようとしたらわかるよね?」


ぞわりと寒気が走った。


「私もやさしーからね。監視はしないでおくよ」

「くそっ……」


泥の怪物が大量に。

その想像をしただけで、全身に寒気が走った。

あれに勝てるのか。

能力を扱いこなせていない自分で。


「それとさ、君を攫った理由ききたい?」

「それぐらい聞かせろよ……」


あるのか。

明確な理由が。

ラブが久遠を攫った理由が。

正直ここで話してくれるのであれば都合がいい。

先ほど、白い部屋の彼女の言葉が聞こえなかった理由にもつながるかもしれない。

ただ自分が情けなくなった。

ラブに届いていないはずの声は、怯えるように震えていたのだ。


「君ってなんなの?」


ラブは画面の中でにっこりと笑う。


「……ん?」


だが、それは久遠の求める言葉ではなかった。

ラブですら、久遠のことをよく理解していなかったのだ。


「私の能力は、ヒグレのクニの【住人】に作用するもの。だから私は私に従うものをいくらでも操ることができるの。まぁ……人には効果が薄いけどさぁー」


なにがいいたい。

彼女は自分に何を伝えようとしている。


「君って【住民】なの?それとも【人間】?どっち?」

「え?」


彼女は眼を輝かせた。

どういう意味なんだ。

わからない。

気持ちが悪い。


「私の力が君に使えるとしたら」

「……」

「私の能力で、君を操れる。そんなことができるとしたら……面白いよねっ♡」


画面の中のラブは、子供が新しいおもちゃをみつけたときのように笑っていた。

久遠は、檻の鉄格子をぎゅっと固く握りしめた。

指先が真っ白になるほど。

指先の感覚がわからなくなるほど。

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