十九夜「もってっちゃって」
「【パッチワーク・モンスター】!!!!」
「っ!!!!!」
コグマ―と呼ばれた少年は、ぬいぐるみたちを手のひらに収束させた。
糸と綿が、彼の周りに堆積する。
その集められた糸くずは、確かな形を持つ。
大地が揺れた。
久遠たちは、足がその揺れによってぐらつくのを感じた。
「おいおい……」
そしてそれは、大きな塊となった。
熊そのものと形となって。
「いや……?え?」
体長は、おおよそ3メートルはあるだろう。
教室の天井に丁度収まる大きさ。
ただその場の全員が、それをみあげた。
眼球や、毛皮の質感はぬいぐるみそのものだ。
ただ圧がある。
生き物として目の前に存在しているかのような圧が。
「いや!?でけぇ!?」
天谷が、それに驚く。
自分より遥かにでかいもの。
それも生物だ。
このクニにきて初めて出会った泥の怪物もだが、このクマも中々の衝撃がある。
氷月も言葉にしなかったが、それをみて後ろに後ずさっていた。
「かわいいでしょ?」
「「全然!!!?」」
天谷と久遠が大声で否定する。
このとき二人の感情は一致していた。
「天谷君!あんまり敵を刺激しないでよ!」
氷月は二人のその否定に、再び動揺する。
こんなものを生み出そうとする人物なんて拘りが凄いに決まっている。
それなのに、それを否定してしまったらどうなる。
「いやだってよー。あれはないわー」
「かわいいとは思えないな……」
「そんなこと言っている場合!?」
コグマ―は震えている。
じっと黙って俯いてしまった。
やはり、コグマ―は怒りを見せていた。
これで攻撃が激しくなったら不味い。
久遠はただでさえわけのわからない状態なのだ。
刺激したせいで狙われなきゃいいのだが。
「あれ?」
様子がおかしい。
「いや別に……ぼくだけの創作だし。自分の世界観を守ることってすごい大事だとおもうんだよね。そうやって他人のかわいいに文句つけるのってほんとどうかとおもうし。いまどきないわーっていうか。多様性の否定とか。可愛いの否定とか。どんな神経してんのって思うんだよね。ほんとかわいいはさいこーなんだからやっぱり普通の感性じゃ理解できないよね。やっぱり僕をわかってくれるのはらぶきゅんだけだし、それ以外はやっぱりだめだね……」
長い長い長い。
ぶつぶつなにか独り言を彼は言っていた。
明瞭に聞き取れないが、それが久遠たちに対する文句であることは理解できた。
「俺らが……悪かったかもしれねぇ……」
「すごい早口だ」
久遠と天谷は、目の前の彼の状態に罪悪感を持っていた。
流石に言い過ぎたのかもしれない。
「不動さん!」
戦うべきなのか。
氷月は、不動に尋ねる。
自分たちは、クニの主が持つ力というものを全く知らない。
ただ敵が、自分たちより明瞭に能力を使いこなしている。
理解しているのは、その事実のみだ。
「警戒を緩めるな。馬鹿やってんじゃねぇ!!」
不動の拳に再び黒い何かが渦巻いた。
「もう!!!ぼくのかわいいをみろよ!!!!!」
「ぶおっぉおおおおおおおお」
大きなクマが、叫ぶ。
「うぉ……」
「怯むな!!!ただのぬいぐるみだ!」
不動は冷静に、現状を把握する。
泥の怪物は周囲にはいない。
敵はただひとり。
ぬいぐるみの能力を扱う少年のみ。
クマを無視することはできない。
だが敵の数そのものを増やす能力。
たとえ一体は雑魚でも、数に注目すれば脅威だ。
本体を倒すのが確実。
不動はそう判断した。
「切り開く。俺に合わせろ」
「はい!!!」
久遠たちは、ただ不動を信じるしかない。
この場で最も戦力を持つのが彼なのだ。
「なにいってんの……」
コグマ―は、不動たちを指さす。
「倒せるとでも!!!?」
そして傍にたつ大きなクマに指示をだした。
「いけ!!!もふりん将軍!!!」
「ぶおおぉっぉおおお!」
「くっ……」
大気が震えた。
その喘鳴は、久遠たちの鼓膜を再び激しく揺らす。
「本当にぬいぐるみなのよね!?」
二度の絶叫。
氷月は、それに対して明らかに怯みを見せていた。
普段の怪物とは、毛色が違う。
それに、泥の怪物とは明確に違うことが一つある。
「あいつは強いのか……?」
指示する存在がいる。
怪物のなかで、初めて敵対する固有の人物。
いつもより集中力がそこにさかれていた。
熊の爪が振り下ろされる。
不動は、それを受け止めた。
「ぐっ……!」
腕に強い圧力を感じる。
ぬいぐるみの力じゃない。
まるで生命の躍動を感じる。
「ぶっ……ぶおおおおおお」
ただの布地がここまでのものを生み出せるものなのか。
だが、不動は不敵に笑った。
「う……受け止めるの?」
コグマ―は、オオグマの攻撃を受け止められたことに動揺する。
どうやら一撃で片をつけられるものと考えていたようだ。
それはあまりにも浅はかすぎる。
「雑魚ばっか相手にしているからだろうが!!!」
「ぶおぉ!???」
不動の拳が、クマの鳩尾を鋭く穿つ。
腹綿が、宙に舞う。
クマはそれに怯み後ろに後退した。
「ぶお……」
「もふりんちゃん……っ」
不動は、能力を腕に纏う。
黒い渦が、右腕に張り付いた。
今は、惜しまない。
最短で敵を処理する。
らぶという女が割り込む隙を与えたくはない。
「潰れろっ!!!」
「っ!!!ふせいで!もふりん!!!」
クマは、胴体を防ぐように腕を前に出した。
しかしそれは無意味だった。
「ぶっ……?」
腕が歪む。
それは強くひっぱったシャツが破れるような音。
糸が千切れ、捻じれ交わる。
ブチブチっと高めの音で、布が破れた。
そして弾けた。
周囲に、綿と布が飛び散った。
「……っ……!!!」
「あーあ……掃除が大変だなぁ?」
「僕の大事なもふりんを……っ」
「そんな大事なら懐にしまっとけよ。てめぇがわりいだろ」
腕に纏わりついた布を、不動はめんどくさそうに振り払う。
「一つ聞いとくぜ?」
「なに?」
「お前、クニの主だろ?なんで他のやつとつるんでいる?」
「僕はクニの主なんてものじゃないよー」
「嘘つくなよ、あれだけ能力を使いこなしていて」
不動のその指摘に、コグマーは首を傾げた。
「……君に僕がクニの主だとバレていることには驚かないけど。どういう意味?」
「お前らは、自分のクニからでれば俺たちと大して変わらねぇだろ?」
不動にとって一番の疑問はそれだった。
クニの主は、その国から動かない。
領域を持つからこそ、主なのであって。
自身の領域から離れれば同じ主でも本領を発揮することはできない。
「なに?僕の勝手じゃない?らぶきゅんに会いに来たってだけだけど」
「……」
だが、そんなやつはいなかった。
協力関係をもつクニの主は、不動の経験のなかにはなかったのだ。
連携を取り合っている。
それだけで不動は体の中に寒気を感じ取っていた。
「……それもそうだな。じゃあもう一つ聞いておく」
「なに?僕がペラペラなんでも話をすると思っているの?そろそろ鬱陶しいだけど」
勿論だ。
だが、これだけはきいておかねばならない。
「【穴掘りモグラ】。お前はこいつについて知っているか?」
「……あ」
答えなくていい。
質問することに意味がある。
表情が変わればラッキー。
これについてなぜそんなことを聞くのか理解できない。
そんな顔だったらこの関係に【穴掘りモグラ】が関わっている可能性は低くていい。
ともかくなにか顔にだせ。
不動はそう願った。
「……は?」
勿論顔にはでた。
だが、それは予想に反するにやけ顔だった。
「あ……ふふぅ。君ら何にも知らないんだ」
それは、不動を馬鹿にする顔だった。
目の前の男が滑稽。
そう言いたげだった。
「!」
「不動さん……どういうことでしょうか」
「これは……」
【穴掘りモグラ】は、彼らにとってどんな立ち位置なんだ。
ヒグレのクニというものに関係している人物であることには間違いない。
だが、この反応は正直予想外だ。
「あーよかった。これだけ強いからもっと僕たちについて詳しいのかなぁって思って警戒して損した」
「どういう意味だ?」
「どんな反応を欲しがってたか知らないけどさ。君が【穴掘りモグラ】について聞く。それが面白くってさ」
わからないことが増えた。
なぜこいつは笑う。
「答えろよ。どういう意味だ」
流石にここまで笑われると苛つきが勝る。
やはりこいつの持っている情報は、自分たちより遥かに上だ。
なんとかして吐かせたい。
「……君は、ヒグレのクニにいる時間は長いでしょ?だから滑稽だと言っているんだよ」
「話せ!!!!!」
「【パッチワーク・モンスター】!!!」
弾けた綿と布が再び集積する。
今度は、ひとつだけじゃなかった。
「確かにらぶきゅんのクニにいるとき、僕は弱くなっている。でもさ……」
三つのクマが、久遠たちを囲んだ。
「君らより強いと思うよ?」
「邪魔だ!!!」
不動が先ほどと同じようにクマを殴る。
だが、クマは弾けなかった。
「っ……」
感触が違う。
さっきの布切れと違って明らかに収束されていた。
「僕の【パッチワーク・モンスター】はオーダーメイド。貴方の攻撃は覚えたよ」
「腕が……」
不動の腕が、布に包まれていく。
締め付けるように収束していく。
このまま拘束されたら壊死するだろう。
能力は使えない。
不動は氷月に指示を出す。
「氷月!!!」
「はいっ」
不動の腕を包む布を切り裂いた。
布は布だ。
刃物の攻撃は不得意とするようだ。
「え!!!刀はずるでしょ!!!不公平でしょ!!」
「うるさいわねぇ……」
ずるも不公平もあってたまるか。
こっちは生き残るので必死なのだ。
「うーん、どうしようか……そうだ!」
コグマーは、手を前に押し出す。
「らぶきゅん!!!いまだよ!!!!」
「あ……っ」
頭上から降りてきたのは、泥の怪物。
不動と氷月はそれに押しつぶされた。
「!!!?」
「不動さん!!!氷月!!!」
「お、俺は大丈夫だ。だが氷月が……」
「……」
氷月はその衝撃で気を失っていた。
頭上からの攻撃を防ぐことができなかったようだ。
「レイ……!俺らでなんとかやるぞ!」
「ああっ……」
さっきの感覚を思い出せ。
右手が熱くなるような。
焼けつくようなあの感覚を。
そう集中した。
でもそれは遮られた。
「今はだめっ!」
「え?」
いつもの女性の声。
なぜだ。
なぜいまのタイミングで発動を遮るのか。
その理由は即座に理解できた。
「コグマ―ナイス!!!かくほぉ!」
テレビから、ラブの声が放出される。
久遠は動けなくなっていた。
「え?」
そう能力の発動に集中しすぎていた。
背後からの奇襲に気が付けないほどに。
周囲はビル群だ。
辺りは薄暗く、照明なども数すくない。
だが、隙間はある。
人一人が歩けるような隙間は。
「なんでっ……ここに」
泥の怪物は、当然泥だ。
軟体生物のような体を持つ。
そして隙間から久遠のことを狙っていた。
「じゃ……失礼」
頭から呑み込まれた。
久遠は意識を持ってかれる。
「ごっ……わっ」
息ができない。
呼吸がとまりかける。
「おい!!レイ!!!いくな!!!!」
壁の間を引き面れる感覚。
天谷の声だけが頭に残る。
久遠は敵に、攫われてしまった。




