十八夜「雪崩」
雪崩のように、くまのぬいぐるみがなだれ込む。
高さとしては、二メートルを超えているだろう。
少なくとも、自分たちの身長を軽く超えていたように感じる。
一匹に対する対処は難しくなかった。
「くまーー!!!!」
「邪魔だ!!」
「おらぁ!!」
不動たちは、それぞれ各自に撃破していく。
ぬいぐるみたちは、綿を吐き出して消えていった。
残骸だけが、地面に転がっていく。
怪物とはまた違った印象だ。
ただ日常にあったものが、こちらに襲い掛かってくる恐怖というものは違和感が凄かった。
「消えなさいっ」
氷月も同様に、刀でぬいぐるみたちを切り刻んでいく。
拳もおなじようなものだが、刃物でぬいぐるみが破壊されていく光景は中々ショッキングなものだ。
天谷は、その姿をみてツッコんだ。
女の子なのだから、もっと躊躇するものだと思っていた。
「いいんちょ!もっと躊躇しろよ?」
「そんなこと言っている場合!?大体私の趣味じゃないわ!」
だが、追いつかない。
間に合わない。
数が溢れ出していく。
たとえ一秒で一体撃破したとしよう。
それでもその五倍は増えているのだからどうしようもない。
無尽蔵に、そのぬいぐるみたちは久遠たちを襲った。
「くまくまぁ!!!!」
ぬいぐるみたちは、それぞれ自我に近しいもの持っているのだろうか。
時々甲高い声で、発声する。
目標は、四人。
体に纏わりつき、襲っていた。
「レイっ!!!」
当然、最初に対処できなくなったのは能力の意図的な開放ができない久遠。
彼だけは、棒を振り回しぬいぐるみを跳ねのけることしかできなかった。
「くそっ」
「くまぁ!」
ダメージがない。
それなのに、凄い鬱陶しい。
「うっ……く」
足が段々重くなっていく。
それは当然。
足に、接近したぬいぐるみたちが固まっていくのだ。
「やばいっ……」
足どころではない。
既に胴体まで呑み込まれそうになっていた。
くまの怪物たちは、久遠を押しつぶそうとしていた。
「しょうがないな。いまだけだよ」
「あ……」
「レイのためだからね」
あの女の子の声が聞こえた。
それは、頭の奥で響いた。
瞬間。
右腕が、焼けつくような痛みと共に黒く染まった。
以前、あの泥の怪物に完全に呑まれたときと同じ変質。
その変化は、歪で人間の形を失っていた。
「住民への変容。嘘じゃなかったか」
ただ今回は、全身ではない。
右腕だけ。
肘から先が、まるで別の生き物のように。
脈打つ黒い粘液に置き換わっていく。
右腕は黒く変質していた。
「うわ!!?」
「レイ!?」
「久遠君!」
その光景をみて、二人は驚愕する。
黒い泥に変質した右腕は、久遠の意志から離脱していた。
勝手に周囲を鞭のように暴れまわる。
独立した獣のように、空を裂く。
だが、それは制御できていなかった。
制御不能。
己の意志で操れるものではなかった。
「これはっ……」
意識がもっていかれそうになる。
「くまぁーーーーーー!」
体に張り付いていたくまは、何匹か引きはがされていく。
久遠に本能的な恐怖を感じ、離れていく個体も何匹かいた。
「氷月!天谷!!久遠を助けろ!!!」
不動は、久遠が能力の制御ができていないことを察した。
即座に、二人に指示をだす。
「不動さんはっ……」
「全部……ぶっ壊してやる……」
「!」
不動の腕に、黒いなにかが渦巻いていた。
三人は、それが不動の能力だと即座に理解した。
「ぶっこわれろ!!!!!!」
不動が、地面を強く両腕で叩く。
その瞬間。
地面が波状に崩壊した。
破壊力は、そのままぬいぐるみたちに伝播する。
あれほど大量にあったぬいぐるみは全て弾き飛んだ。
「す……げぇ」
天谷はその光景をみて素直に感嘆した。
これが能力を数年扱いこなしたものの証明なのだろうか。
ぬいぐるみだってたとえ小さくても数百以上の数はあったはずだ。
それなのに、彼は拳だけでそれらすべてを打ち砕いた。
「あ……」
右腕の泥も、それらの衝撃をうけて一時的に大人しくなった。
収納されるホースのように、体に収まって小さくなっていく。
最終的に、黒い腕だけになった。
「どういう理屈だ……これ」
疑問が止まらない。
なぜ彼女は応じてくれたのだろうか。
やはり自分の危機は見過ごせないのだろうか。
「くまぁ!?」
最後に、久遠に張り付いたくまのぬいぐるみだけが残った。
まるで感情のある生物かのように、目の前の仲間がやられていく光景に驚愕していた。
こんな嘘だろ……みたいな顔をすることあるんだ。
ぬいぐるみなのに眼を見開いていた。
「くまぁ……」
久遠に張り付いている何匹かのくまは、久遠にはりついて恐怖していた。
顔を完全に隠していた。
それをみて、天谷はあることを思い出した。
「人というか……あれだな、悪いことがばれたときの犬みたいだな」
「あー。短い動画で流れるやつなぁ」
その姿をみて、一気に緊張感が消えてしまった。
あれだ。
飼い主に怒られることを恐れる小型犬の瞬間だ。
氷月はその二人の会話をみて、頭を抱えていた。
そしてため息をついて。
「馬鹿?」
危機が去って、一気に緊張感を無くす男子二人に氷月はまた呆れていた。
なんでそんなにも酷いことをいうのだろうか。
「酷くない?」
とっても悲しいぞ。
氷月も馴染んできたと感じていたのに。
「いや……馬鹿じゃ足りなかったわね……大馬鹿?」
「悪化してるじゃねぇか!」
「だまりなさいよ、馬と鹿」
「馬鹿じゃん!」
不動が後ろで大きく息を吸った。
それによって、天谷がびっくと震えていた。
格付けの効果がでている。
「あー。疲れた」
不動の腕には、黒いヒビが走っていた。
明らかに最初と様子が違う。
これが彼の能力なのだろうか。
「不動さん」
「なんだ?」
「いまのが、能力すか?」
天谷は素直に聞いてみた。
箱根は、不動の能力を身体強化だといっていた気がする。
ならば、今の瞬間はそれに近いのではないか。
「あー。微妙にちげぇ」
「違う?」
だが不動はそれを否定した。
「ああ、俺のは秘密だ。あんま使いたくねぇから、身体強化に限定してるってだけだ」
どうやら不動は、能力の微調整ができるようだ。
じぶんたちは、能力発動すらおぼつかないのでそんなことができるのかわからない。
だができるらしい。
「教えてくれないんすね?」
「馬鹿、手の内は味方にも隠すもんなんだよ」
「いて」
不動はそういって、天谷にデコピンした。
どうやら、怒っていないようだ。
「俺のことより、久遠だろ」
そういって、不動は久遠を指さす。
「そうだよ!レイ!能力だせたじゃねぇか!」
「そうね!久遠君!能力だせたじゃない!」
天谷と氷月は、久遠が能力を発動したことに喜びをみせていた。
先ほどの事態を、素直に喜んでいい物なのだろうか。
「うーん……」
釈然としない。
明らかに能力をだせたのは、あの女性のお陰だ。
自分の意志で引き出したというのは少し違うだろう。
「違和感はないのか?その腕」
不動が、久遠に尋ねる。
心配というかただの事実確認だろう。
「……はい」
意外にも馴染んでいる感覚がある。
その黒く濁った石炭のような腕は。
「レイの……能力は、【住民化】でいいんすか?」
「恐らくだがな……俺にも推測はできない。安易に肯定はしたくないな」
不動が冷静にそう告げる。
やはり不動でもこのような能力は目にしたことがないのだろう。
「でも暴走してたし……」
「あー」
「でも、前回と比べたらマシよ。あの状態で久遠君に暴れられたら大変なんてものじゃない」
それもそうだと、久遠は感じた。
前回の暴走よりましとかんがえたら制御できていると考えていいのか。
「まぁ、能力の制御は今後付きまとう課題だ。出力が高い以上そうはなる」
「はい」
「とりあえず……その黒い腕の状態で保持だな」
「保持ですか?」
「保つことができなければ、なんもできねぇだろ。あと俺からできることはボコることだけだからな」
「……はい」
絶対いやだ。
なんとかして制御に集中しよう。
思い出したかのように、不動は言う。
「……箱根には、能力をしっかり伝えるんだぞ」
「な、なんでですか」
「あいつ……能力の名付けすきなんだよ」
「男の子――」
「え!?氷月も……!?」
「私は、【イツツの花】……だけ」
「うん、ハズイよな」
あれかな、自分の腕は最終的に日常のなかでも疼きだしたりするのかな。
久遠はそう考えると、なぜか恥ずかしい気持ちに襲われた。
「大丈夫だって、レイ」
「天谷……」
流石だ。
天谷はいつだって頼りになる。
「今度、包帯と眼帯もってきてやるからさ」
「ふざけんな」
前言撤回だ。
こいつは、もう信じないようにしよう。
「おい、お前ら……ふざけるのもそこらへんで……」
そのとき、小さな足音がきこえた。
「あれ?全部壊されちゃった?」
「!」
そこに聞こえたのは、中世的なかわいらしい声。
オーバーサイズのクマパーカーをきた少年だった。
じゃらじゃらと、可愛らしいキーホルダー。
手には、シンプルなテディベアを持っていた。
「酷いや……」
彼は、涙目になってこちらをみていた。
クマたちの残骸。
そして久遠に張り付いて怯えているクマをみていた。
コグマ―は能力を開放する。
「おいで。【パッチワーク・モンスター】」




