十七夜「コグマ―」
「その怪物に既に意識はない。遠慮せずやれ」
天谷が拳をぶつけ合わせる。
甲高い金属音がその場に広がる。
天谷は、歯を大きくみせ拳を振り上げる。
最大限まで肩甲骨を広げ、拳を高くしていた。
「お先に失礼!!!」
「焦りすぎよ!」
二人の前には、三匹の泥の怪物が存在していた。
天谷は駆ける。
その眼は爛々と輝いていた。
まるで初めて玩具に触れた子供のように。
その享楽を受け入れるために。
「潰れろ!!!」
能力を開放した天谷は異常に好戦的になっていた。
高揚しているとでもいうのだろうか。
きっと怪物へと変化していた久遠も近しい状態になっていた。
「異常な万能感」
「え?」
「俺たち適応者が能力に目覚めたときに覚える感情はそれだ」
それは、まさしく今の天谷を表現した言葉だ。
「……」
不動がそう指摘する。
久遠は、それに対してなにも返さなかった。
不動もそれに対して不満に思っていない。
「別に即座に能力を出せないことを不思議に思うことはない。あの二人が早すぎるだけだ」
「そうですか……」
やはり天谷の能力覚醒というものは、かなり異常なのだろう。
彼は既に自分の意志で能力のオンオフを切り替えている。
氷月の初めのことを、久遠は知らない。
だが、なんとなく彼女であるなら即座に慣れそうだ。
「ま、だせなきゃ。今後連れてくることもないがな」
「……」
それもそうだ。
この戦闘のなかで、自分は能力発動のきっかけを思い出さなければいけない。
あの時は、捕食されたことしか考えていなかった。
きっかけなんてない。
ただあの怪物のなかでもがく苦しんでいただけだ。
「でもあのとき……」
自分は、何を掴もうとした。
欠けていた記憶が想起される。
怪物に飲まれるなかで、思い出した記憶があったはずだ。
自分は、怪物に変身したなかで何を掴んだんだ。
「思い出した?」
彼女の声がまた聞こえた。
「っ!!!!!」
「おい?」
「大丈夫です」
「……そうか」
激しい耳鳴りと、頭痛を感じる。
やはりだ。
自分の能力と、夢にでる女性はつながっている。
彼女を思い出すことが、ヒグレのクニで前に進むことにつながる。
泥の一部がこちらに飛んでくる。
飛沫として飛んできた泥は、崩壊していく。
「まずは一匹!」
天谷の拳によってその泥の怪物は、小さく壊されていく。
そのとき、不動がぼそりと呟いた。
「やけに……慣れているな」
「?」
どういう意図なのだろうか。
天谷は見込みありということでいいのか。
「咲け!【イツツの花】!!!」
空中に浮遊した氷の花弁が、泥の怪物を穿っていく。
怪物の肉が削れていく。
その攻撃によって、少し怯んだ。
その隙をもって、彼女は前に進む。
「胴……っ!!!」
横の軌道で、刀を振る。
怪物は、真っ二つになり飛散していった。
「あと一体!」
氷月と、天谷が残りの一体に集中する。
だが、その最後の一体は不動だった。
まるでこちらをじっと観察しているかのような。
思考があり、だからこそ動いていないのではないのか。
そう疑いたくなるほど、それは生物として違和感だった。
そのとき、声が響いた。
「はーい」
「!?」
可愛らしい女性的な声。
その声は、テレビから聞こえていた。
真後ろにあったテレビが点滅する。
「もしもし、ぐみんどもー!元気―?」
ゴスロリをきた女性が、ピースしながら満面の笑みで手を振ってくる。
「こいつはっ」
「このクニの主がこいつか……」
まるで、テレビ番組のようだ。
なにかのバラエティー番組のように、その動画は動いていた。
「今日も配信頑張るぞっ!ってことで……らぶきゅんでーす!!!」
手の形で、ハートマークをつくる。
カメラが回る。
まるで、観客のように怪物たちが周囲を囲っていた。
その光景に寒気がたつ。
「うーーーん、今日も私のぐみんは元気だねぇ!!!」
怪物たちの様子をみて、女性は恍惚とした表情をしていた。
くるくると回って、テンションをあげる。
「今日は私の友人を連れてきたの!!!!」
「はっ!?」
「なんなん?」
このおかしい世界で、普通のように友達を紹介されるのがさらにおかしく感じる。
久遠は本能的に、この女性に嫌悪感を持ち始めていた。
「では!コクマ―!!入っておいで!!」
「……」
扉をあけて、12歳くらいの中性的な少年がその部屋に入っていった。
そしてらぶきゅんの傍による。
「ちょっとコグマ―!紹介できないじゃん!」
「……うぅう……」
カメラは、コグマーの顔をじっと映す。
彼はさらに顔を赤くさせた。
「コグマ―です。よろしくお願いします」
「……」
不動たち四人はその光景にさらに言葉がでなくなっていた。
らぶきゅんというクニの主の存在。
更にそこに介入するものがもう一人いたからだ。
「不動さん」
「……なんだ?」
一応聞いてみよう。
「このコグマ―って人は……」
「知らん。だが……得体がしれない」
はっきりと即答される。
見覚えはない様子だ。
「……不動さんでもですか?」
「そうだ」
不動は、コグマ―の存在に戸惑っていた。
クニの主というものには、慣れていた。
だが、そこに協力する存在はいままでいなかったのだろうか。
「……適応者っていうのは、何人もいるものなんですよね?」
「ああ、だが……こんなやつらは初めてだ」
「どういうことですか?」
「ヒグレのクニは、一人のクニの主で完結していた。それ自身が単体で強力な影響力をもつからだ」
「……つまり誰とも協力せずとも、国を維持できたと?」
「そうだ。だが、こいつらは意図的に協力している」
「……」
二人の様子は、いかにも仲がよさそうだ。
ヒグレのクニのことを、久遠はまったくわからない。
だがまたひとつ、知りえないことができた。
そしてそれは不動にも、わからないことだった。
「こいつらはな、協力してクニを維持しているんだ。そしてそんなことは一度もなかった」
「……」
そう断言する。
ここから先は、不動にも体験したことのないものだった。
「本当ですか?」
「ああ。嘘をつく理由なんてないだろ。いままで、俺らが戦ってきたのは……ただ一人のクニの主。だが今回は話しが違う」
不動は納得したように、その画面をみる。
「ようやく得心がいった。まだ発達したばかりの国が、意図的にクニを広げるなんて真似ができたことを」
「どういうことです?」
「こいつら二人とも、クニの主だ」
「……!!!!」
不動の発言で、衝撃が走る。
自分たちは、まだヒグレのクニにおける戦闘など全く理解していない。
いまは、まだレベル一の状態だ。
そして泥の怪物は、レベル一の敵だ。
自分たちは、クニの主を倒すことをダンジョンの攻略だと理解していた。
だが、それの難易度が一気に上がった。
ダンジョンのボスたちは、手を合わせてこちらを警戒しているのだ。
「見ればわかる。らぶきゅ……この女とこのガキは同格だ。女の方は舐め腐っているが、実力的には同じ」
「わたしねー。前回のこと……ちょびっと……許せないんだ」
らぶきゅんの表情が違う。
絶対その顔はちょびっとではない。
「めんどくせー……」
天谷があからさまに嫌な顔をした。
「だから僕が手伝うの」
コグマ―が言葉を発する。
コグマ―が、クマのぬいぐるみをなにもない空中から生み出した。
「……能力はなんだ?ぬいぐるみ?」
不動が、その光景をみて能力の判断をする。
ぬいぐるみの作成か。
いや違うだろうと不動は考えた。
少なくとも、クマかぬいぐるみのどちらかの能力で副次的に生み出したものだ。
「君らをみてるよ、らぶきゅんは」
「!?」
「わたしの【ぐみん】がおしえてくれるんだ。きゃはっ……」
らぶきゅんが、嫌なにやけ方をする。
その言葉を聞いた瞬間、不動が即座に動いた。
「!」
先ほどまで全く動いていなかった怪物を不動が拳で潰す。
能力発動が、まったくわからなかった。
身体強化という話は、本当なのだろうか。
「……くそがっ!テレビなんぞに気を引かれて消極的になった俺が馬鹿だった」
明らかに苛ついている。
自身の判断ミスを恨んでいた。
「警戒しろ!!どこからくるか。わからんぞ!!!」
足音は聞こえない。
だが、路地の道からそれは顔を覗かせた。
「くまくま」
「ん?」
「くまー」
全長一メートルにみたない小さなクマのぬいぐるみ。
それらは、一匹一匹と増えていく。
「は!?」
「なんだこいつら!?」
ギャップが凄い。
先ほどまでの泥の怪物を思い出すと、どうも敵として認識できない。
いつのまにか、クマのぬいぐるみは久遠の足元にもいた。
「久遠!!!そいつらから離れろ!!!」
「いやちょ……」
足で振りほどこうとする。
でもそう考えた一瞬にはまた増えていた。
足元から目をはなし、顔を上げた。
「くまーーーー!!!!!」
「これ!!!?」
数百匹はいるであろう。
クマのぬいぐるみたちが久遠たちを襲う。
「ふざけんな!?なんだこれ!!!」
「久遠くん!!!」




