十六夜「再入国」
「追い出すって……」
久遠は、その言葉に眼を見開く。
天谷も同様だ。
その発言に大声をあげていた。
先ほどまで落ち込みは即座に消えていた。
「いきなりすぎるだろ!?」
不動が提案したものは、自分たちには唐突すぎる。
そもそも、薄暮探偵社に引き入れたのはそちらだろう。
受け入れないなんて今更いうのか。
「不動さん。流石にそれは……」
「氷月。わかれ。理解しろ」
「……っ」
不動のその発言に、氷月も反論しようとしていた。
氷月は、ヒグレのクニにおける体験で二人には絆に近しいもの感じていた。
それに同年代で、鳥飼花の話をまじめに受け取ってくれたのも、二人が初めてだった。
たとえヒグレのクニに触れたからそれを信じたとしても。
彼らが、花の救出を手伝ってくれるという事実がなによりも嬉しい物だったのだ。
それなのに。
なぜこんなことを言うのだろう。
氷月の心の中には反抗心が湧いていた。
「いや……酷いですよ。いつもの不動さんじゃそんなことは言わないじゃないですか」
普段、氷月は不動に逆らう性格ではない。
不動の普段の言動は理不尽なものは少ない。
極めて理路整然としていて、感情が入り込むことは少ない。
少なくとも氷月にとって不動は薄暮探偵社における最も信用できる人物だった。
「……」
はぁっと不動は深いため息をつく。
「なんですか」
「……そうだな」
不動はそれを肯定した。
「あー……そうだな。俺もそう思う」
「……っ!」
その肯定に、怒りがでる。
自覚しているならなおさらだ。
開き直っているならたちが悪い。
「ならっ……今更そんなことを言わなくても」
「卑怯だとか。大人なのに……とか思っているなら無駄だ」
「え?」
「はっきり言うぞ。俺はヒグレのクニでこれ以上被害者を生むわけにはいかない。第二の鳥飼花をおまえは作りたいのか?」
「……っ!!」
「どうにも同年代っていう拘りがあるようだな。氷月。深く追求する気はないが」
「……」
不動の指摘に、氷月は心の奥底が一気に冷え込む感触を覚えた。
顔が一気に青くなる。
汗させ滲み出ていた。
「えっと……それは……」
「反論はないな?」
氷月の心の底にある浅はかな思考に、不動は気が付いていた。
偶然。
偶々。
必然。
運命。
そんなものはどうでもいい。
氷月はいま高ぶっているだけだ。
鳥飼花を助けられる仲間を手に入れることができたという事実に。
そして大人である自分は、それに対して冷静に対処しなくてはいけない。
例え氷月に嫌われることであっても、正しく事実を突きつける必要がある。
「それが……俺の」
天谷は、その発言を遮った。
「なー?俺らのけもんにしないでくんない?」
「っ」
その空気を打ち壊すのがこの男だった。
氷月が天谷の顔をみる。
「がたがた抜かしているけどさ。先輩」
「……」
「俺ら別に嫌っていってねぇだろ?」
不動の圧力に彼は負けてはいなかった。
不動が格上だと天谷は明確に理解していた。
でもこの場面は、男を張るべきタイミングだ。
「そうですよ。別に貴方に見定められることを嫌がっているわけじゃない」
久遠も天谷に同調する。
そして、自身の思っていることを素直に伝える。
自分は別にいやじゃない。
実力が足りなければ、ヒグレのクニに入ることはできない。
それは当然だ。
あの国のこわさを自分たちは既にしっている。
「俺の挑発に乗るってことか?」
「挑発って自覚はあったんすね」
不動のその発言に少し引いてしまう。
露悪的にふるまっている自覚はきっとあったのだろう。
「僕ら。氷月と約束したんです。不動さんも知っているでしょ?」
初めてヒグレのクニを訪れた昨日の夜。
氷月の本心をしった。
「……あ?」
「鳥飼花は、僕らが捜す。氷月と、天谷と僕でだ」
「……」
氷月に、そう頼まれた。
だからだ。
「あはあっ!レイ最高だな!」
もう自分たち三人には、離れない理由ができている。
二人は、氷月を守るように不動の前にたった。
「だからさ、いいんちょ。見てろよ」
「僕らは、君を絶対助ける」
「天谷くん、久遠くん……」
氷月は、既に理解していたはずなのだ。
この二人が、ヒグレのクニにおいて理解し合える戦友になりえることに。
それでもなお、心の奥底でどこか抵抗があった。
あの危険な場所に、本当にこの二人を連れて行っていいのか。
だがようやく確信がもてた。
この二人をえらんでよかったと。
「……はっ」
「なんですか」
不動は、その三人をみて笑っていた。
おもわずその笑いに、不愉快さを感じる。
彼は顔をこちらにみせなかった。
「時間だ。いくぞ」
「!」
黄昏への変容は、ゆっくりと、しかし確実に訪れる。
空はまだ青さを残しているのに。
太陽が地平線に近づくにつれ、その青が薄れていく。
雲の縁が淡い橙に染まり、やがて空全体が柔らかく溶け始める。
鮮烈だった昼の光が、温かな琥珀色へと変った。
それは確かに、世界を優しく包み込む。
木々の葉は、沈む夕日と共に影が長く伸びて地面に溶けていく。
風が吹いた。
「っ……」
風が少し冷たく感じられ、鳥の声が遠のく。
鳥の羽ばたきが、耳に入った。
その時世界が止まった感覚がした。
「……」
ごくりと唾を呑む音が聞こえた。
すべてが静かに息を潜め、活動の熱が鎮まっていく。
人々の顔にも、影が落ちる。昼の緊張がほぐれ、疲れと安堵が混じった表情が浮かぶ。
街灯の灯が、ぼんやりと照らされる。
まだ明るい空に溶け込みながら、その光は夜の到来を予感させる。
この瞬間。
世界は昼でも夜でもない。
真中の色に染まる。
激しさから静けさへ。
明確さから曖昧さへ。
昼が裏返る。
存在の輪郭が柔らかく滲む。
黄昏とは、変容そのものだ。
すべてが少しずつ別のものへと変わっていく、儚く美しい移ろいの時間。
路地の雰囲気がさらに変容する。
日暮れが、彼らを襲う。
「……これは」
それは圧倒的な威圧感。
寒気が体を襲った。
影が広がっていく。
「夜が来たよ」
それは夢の中の少女の声。
肩を優しく彼女は包む。
「えっ」
「信じているからね」
久遠たちは、既にその場所に立っていた。
周囲には、ビルが囲う。
ガラス張りの中の、テレビの光がちかちかと光る。
「……強制的に取り込まれたな」
不動が、腕を捲る。
彼の眼つきがさらに鋭くなる。
「お前ら、腹きめろ。もうすでに認識されている」
「!」
ヒグレのクニに入ったときの状況が以前とは違う。
前回は、自主的だった。
そもそもクニの主から認識されていない状況。
「クニの主からですか……?」
氷月が不動に問う。
推測を確実なものに変えたかった。
ヒグレのクニをこの場で一番知っているのは不動のみだ。
「ああ、一瞬だけクニの範囲を広げたんだ。それも、俺らを取り込めるように」
「そんなことができるんですね」
「ああ……できるが……」
不動はそこまで発言して、何かを思案する。
しかもそれは喜ばしいことではないことは、その顔をみてすぐにわかった。
なにか嫌なことなのだ。
「どうしたんすか?」
「なにかが気持ち悪い」
「ん?」
久遠は、不動の発言がいまいち要領を得ることができなかった。
「それは、僕らが認識されているということですか?」
「いやそれは別にいい。お前ら前回、すげぇキレられていたから。別にそれは警戒していた」
不動が、逆になんでそれ覚えてねぇのみたい眼でこちらを見る。
正直今の今まで忘れていた。
「うん、めっちゃ覚えてるわ。今思い出した」
「別に僕らのせいじゃ……」
「確かに、あんな帰り方じゃ眼をつけられて当然ね」
らぶという女性が、テレビのなかで激しく怒っていたことを思い出す。
あんな怒り方では、今日も引き続いていたっておかしくはないかもしれない。
「不動さんが、警戒していることはなんですか?」
「……んー」
不動が脳内でいま感じていることを言語化する。
なぜ自分はこの状況に違和感を持っている。
クニの主が、氷月たちを警戒していることなどすでにわかりきっていたはずだ。
「今はわからん。ただこいつは今までのクニの主とは違う気がする」
「へー?」
「天谷君」
なんかよくわからんなと天谷は思う。
氷月が天谷に叱るが、天谷はそれに対して釈然としなかった。
頭をポリポリと掻く。
「だってさぁ。結局わからねぇじゃん。俺ら、この場所が初めてなんだし」
「……そ、それはそうだけど」
他のヒグレのクニと違うといったって、自分たちはこの場所が初めてなのだ。
知らないので当然比較のしようがない。
不動はその言葉にうなずく。
当然のことだとしっかり理解していた。
「氷月いい。俺がしっかりと答えを提示していないのが悪い」
「そうですか……」
「ああ、だがお前ら。直ぐに違和感をもったら俺に伝えてくれ」
「はい」
「お前らを見定めるとは言った。だが命を失うのは、また別だ」
「……」
その言葉には、不動の強い意志が込められていた。
「無理だと判断したなら即座に俺を呼べ。俺が対応する」
「うす」
「了解です」
「氷月も、こいつらをヒグレのクニに引き込むと腹きめたんだろ?」
「はい」
「なら、しっかりとみてやれ」
不動が、周囲を見渡しながら前に進む。
その先も、先ほどと変わらずただテレビが並んでいた。
何個か、ヒビがはいって割れている。
「テレビ?」
「前と同じだけど」
「数が増えているわね」
「……」
路地であることとビルが並ぶこと。
それは変わらない。
ただテレビの数は、増えている。
これはどのような意味を示すのだろうか。
そう考えていると、不動が言葉を発した。
「お前ら、能力を開放しろ」
ビルの隙間から、泥のような怪物が溢れ出していた。
その数三匹。
久遠たちを襲う。
「よっしゃ来た!」
「了解です!!」
天谷が、金属のガントレット。
氷月が、日本刀を手のひらから出現させる。
だが、ひとり。
なにも動けなかった。
「レイ?」
「……なにもでない」
「……」
「焦らないで!私たちが対処する」
「……くそっ」
ここでなにもでなければ、さっききった啖呵が馬鹿らしいではないか。
焦りから、焦燥感が募る。
でてくれ。
こころからそう願った。
「大丈夫だって、レイ」
「天谷」
「俺がさきにかっこつけてやる。お前はあとからだ。な?」
「なんだよ、それ」
天谷は、いつもそうだ。
そうやって、前に進む。
振り返って、手をだしてくれる。
「いくぜ!!氷月!!」
「ええ!!!」




