一夜「入国」
ある夏。
夢を見たんだ。
それはとても蒸し暑い夜の夢。
苦しくて、何度も呻いた。
「……」
目の前で、爆発が起きた。
飛行機が墜落した。
自分はそれを眺めていたんだ。
だれが乗っているのかわかりもしないのに。
自分は酷く哀しんで泣いていた。
汚く惨めで、そんなぐちゃぐちゃになった顔で。
そんな夢。
そんな夢のなかで、自分は誰かに抱き着いていたんだ。
「泣かないで」
「だって……」
夢のなかで、自分は誰かに縋っていた。
泣いて。
わめいて。
叫んでいた。
それは、子供の時の記憶。
それしか覚えていない。
「大丈夫だ。俺が忘れさせてあげよう」
いや、誰か消してもらったんだ。
「……うわぁ……」
夢から目を覚ます。
時間は昼だった。
手が震えていた。
嫌な夢を見た気がする。
「よう、レイ。長めの昼寝だったな」
僕、久遠零は親友である彼の声を聴いて目を覚ました。
授業はとっくに終わっていた。
昼休みが終わる五分前の記憶は、あるが。
どうにもその先が、思い出せない。
最近の不眠が祟ったようだ。
ここまで睡眠をとる気はなかったが、三時間近く自分は睡眠をとっていたようだ。
「うるさいな。天谷」
「そうじゃけんに扱うなよー」
天谷は、にっかりと笑う。
天谷薫。
浅黒く焼けた肌。
ワックスで、荒く整えたパーマ。
同年代にしては、ガタイのいい筋肉質な体。
着崩した制服。
流石にピアスは開いていないが。
チャラいとしかいいようがない。
一言でいえば、【陽キャ】。
悪く言えば、なれなれしい。
こんな男が、なぜこんな自分と仲良くしているのか自分には理解することができなかった。
「……最近よく寝られていないんだよ」
不満げな自分の声を聴いて、彼は心配そうな表情をする。
本気で心配すんなよ。
こっちが同情させたいみたいだろ。
「そうか……例の夢か?」
「……ああ」
天谷は、レイの事情を知っていた。
過去の夢を何度もみること。
年々それが酷く悪化していること。
睡眠薬などの効果も薄かったこと。
症状が悪化する度に、過去いた友人などは全て離れた。
しかし天谷だけは真面目にその話を聞いてくれた。
「なら、今夜も【見廻り】いくか?」
不眠が酷いときは、天谷はある遊びを誘う。
「見廻りっていうなよ。だべりながら飯くいいくだけだろ」
それは、ただの散歩だ。
飯が食いたければ、勢いで入る。
ゲームがしたければ、ゲームセンターに入る。
カラオケが目に入れば、店員から嫌な顔をされるまでカラオケにいた。
「ははっ。動いて飯食えば多少は気が紛れんだろ。な、レイ」
「……そうだな」
理解している。
天谷は、親友なのだ。
こいつが、なんで自分に関わるのか。
なんでここまで優しくしてくれるのか。
それは理解できない。
それでも、ひとつのことは理解できていた。
僕は、こいつと遊ぶ時間を楽しんでいるのだ。
それこそ、悪夢の存在を忘れられるくらい。
「じゃ、いくか。今日は何をする?」
校門をでて、しばらくふらふらと歩いた。
親は、自分に関心を持っていない。
自分の夢の内容に付き合いきれないのだ。
寝れずに、家に苦しむのであれば外で遊んでいる方がよっぽどましだ。
そういった放任さもあるのだろう。
自分もそれでいい。
中途半端に責任感を持たれるより最初から突き放されているほうが楽だ。
そんなことを考えながら、ぼーと歩いていると天谷から話しかけられた。
「なあ、レイ」
「ん?」
それは、唐突な話題だった。
「ヒグレのクニって知ってるか」
「あー。最近はやりの都市伝説だろ」
【ヒグレのクニ】。
それは、僕達の学校やその近辺で流行っている都市伝説だった。
なんでもそのサイトの書き込みで、実際に被害にあった書き込みがあったそうだ。
「おー流石に知ってるか」
「興味ないね」
「おまえは、ファンタジーの主人公か」
「なにが?」
「オタクなのに知らないのか」
「オタクなのに知らないのかって?全方位の陰キャに喧嘩売ったな??」
そういって彼は、メールをみせる。
「チェーンメールで来るんだわ。これが」
そこには、【件名・ヒグレのクニを知っていますか?】。
そう書かれていた。
サイトのリンクや、そのほかにヒグレのクニに関する情報がいくつか書き込まれていた。
その最後には、「知り合いの子五人に送ってね。よろしく☆」。
といういかにも迷惑メール丸出しな文章も添えられていた。
「チェーンメール……っていうか。迷惑メールだろ。着拒しろよ」
「いや、ナンパした女の子全員から送られてくるから断れねぇ」
「自業自得」
「うわ」
突き放した僕に対して、天谷はさらに引っ付いてくる。
「まだ話があるんだよー。きけよー」
「なんだよなんだよ、引っ付くな」
レイの肩に、天谷は腕を乗せる。
そして耳元にこそりと話をする。
「人気になるきっかけ。最初に被害の書き込みを書いたやつを知っているっていったら驚くか?」
「は?なんだそれ」
別に都市伝説には、興味はない。
だが、天谷の言い方がやけにひっかかる。
まさかかなり近い人物なのか。
同じ学校。
同じクラスかもしれない。
そんな懸念が、レイの頭によぎる。
「……一応聞いてやるよ」
ごくりと生唾を呑む。
ここまで話を聞いた。
最後まで付き合ってやろう。
「うちのクラスの委員長だよ」
その言葉を聞いて、固まる。
レイは、委員長のことを知っている。
「あの委員長!?」
「うん」
「マジでいってんの!?」
「うん、大マジ」
委員長というのは、あだ名だ。
剣道段持ちの剣道部の子。
鋭い眼。
黒髪のポニーテール。
威風堂々たるその態度は、スケバンと勘違いされるほど鋭かった。
だがクラスの委員長である彼女は、異常に真面目だった。
成績優秀者で、遅刻や休みなど見たことがない。
だからあだ名は、【スケバン委員長】。
僕は、彼女がヤンキーを五人ほどしばいても疑問を持たない。
ただ畏怖するのみだ。
決して、可愛らしいあだ名をつけられる存在ではなかった。
まじで、木刀振り回してヨーヨーを持っているんじゃないだろうか。
「……あの委員長がそんなことするか?」
そもそもサイトに、ふざけた書き込みをするような性格だとは思えない。
遠巻きから、嫌悪しながら見つめていそうだ。
「だよなー!俺もそう思う!けど知り合いの女の子大体、委員長だっていうんだよ」
「その根拠は?」
「ん……」
天谷の知り合いの女の子が、委員長というのであればなにかしらのきっかけがあるはずだ。
なんの根拠もなく、委員長に噂をつけるほど彼女らも馬鹿じゃないだろう。
天谷はその根拠を話始めた。
「……委員長のさ。仲良かった女の子が、一人消えてんだよね」
「は?」
「ほぼ同時期っていうか。書き込みのあった時間と一緒。委員長が証言したらしい」
「……」
「行方不明で嘘つくほど馬鹿じゃないだろ。いいんちょ。周囲に、気を遣ってもらいたいタイプとも思えないし。なにより人が消えているのは事実だ」
「成程な……」
ヒグレのクニには、ある共通点があった。
異常に行方不明者が増える。
その地点だけ。
それも同じ時間帯。
日没の直前、日暮れの時間。
これは、明らかな異変だ。
犯罪者や不審者の痕跡もない。
そこには、ただ人が消えたという結果が残るだけ。
ヒグレのクニの噂が広がっているのは、こういった不明瞭さも原因だった。
「つまり、ヒグレのクニと委員長には」
「繋がりがあるかもしれない……って話。お前だから話してんだぞ」
「……ああ」
何も言えなくなってしまった。
ただの軽い話から、やたら重い話になってしまった。
「……?」
だが、なにか引っかかる。
ヒグレのクニ。
自分はどこかでその単語を聞いたことがある。
それもココ最近じゃない。
数年以上前の過去で。
「ありえない……」
「そうだよな……」
「委員長……だ」
「そうなんだよ、委員長なんだよ」
委員長が、関わっているとは思えない。
自分の思い過ごしだろう。
「ちげーよ!!」
「え!?」
天谷から頭を鷲掴みにされる。
なんだなんだ。
いきなりそんなことをする理由はなんだ。
「委員長が、木刀もってその道を歩いていたんだ!」
端的に天谷は、現状を説明する。
説明されても意味がわからない。
話題のホットな旬な人物が。
いま、目の前で歩いていただなんて。
「は!!?」
お互いに顔を見合わせる。
「お前の幻覚の可能性は?」
「お前よりはねえよ!」
「確かにな!」
納得したじゃねぇか。
「委員長…?寄り道して帰るとこなんて一度もみたことないぞ」
「だよな。想像できない」
「……追ってみるか?」
「え?」
「追ってみて。見間違えだったらそれでいいじゃないか」
「……ま、そ、うかな」
「よし!いくか!!!」
天谷と二人で、路地に入る。
瞬間、光に包まれた。
「あ?」
今日は彼にとっては休みの日であった。
安堵して、胸をなでおろす。
時間なんてあふれていた。
暇を持て余した自分は惰眠を貪っていた。
その部屋は大して暑くもないのに、自分は汗というものをかいていた。
なぜだろうかと疑問に思うが、即座に答えはでた。
「変な夢をみたな……」
ため息をつく。
しっかりと睡眠はとったはずなのに、不思議な疲労感というものを感じていた。
あまり気持ちのよいものではない。
しかし気持ちを切り替えて、布団からでることにした。
「起きるか……」
下には妹がいるはずだ。
おはようの挨拶をしよう。
階段を降りる。
あくびをしながらも今日の予定を頭に想像する。
今日は午後から友人と遊ぶ予定だったはずだ。
何をして遊ぼうかと考えを練る。
「おはよう」
「うわっ……」
「なんだよ。いきなり」
「おにいちゃんどうしたの?」
妹の顔は、真っ黒に塗りつぶされていた。
「ひぃ!!!?」
「ど う し た の?」
また場面が変わる。
「まだ君は思い出せないの?」
誰だ。
声がでない。
「君は何も知らない。君は何も思い出せない」
誰だ。
そう言い返したいのに、彼女はそれを許してくれなかった。
「知らないの?知らないの?本当に知らない?」
知るわけがない。
自分が一体何を知っているのか。
こちらが知りたいぐらいだった。
「なら、やり直しなよ。もう一度やり直さなきゃ」
は?
その言葉の意味が理解できなかった。
「夜が始まるよ」
体の硬直が解けた。
勢いをつけて、後ろを振り返る。
そこには誰もいなかった。
ただ。
夜が広がっていた。
「えっ……」
さっきまで夕方だったはず。
こんないきなり夜になるはずがないのに。
「どこだ……ここ」




