日常
登校途中。
ぼんやりと考え歩く。
既に電車を降りて、徒歩一キロもなかった。
朝は自然と来ていた。
刻一刻とくる、あの苦しみはなかった。
周囲の雑踏が聞こえる。
日差しが、眼に入る。
まぶしくて、それは温かった。
でもいつもより不思議と気持ちよく感じた。
「おはよー」
「え?今日のメイクかわいすぎない?」
「あの動画みたー?」
「えー?なにそれ?」
違うクラスの女子の会話が聞こえる。
それは日常を楽しむような、可愛らしい会話だった。
だがそれらすべてがどうでもよかった。
それらを上回る体の変化があった。
「……体が軽い……」
久遠は、その中で自らの体の違和を感じ取っていた。
過去感じていた苦痛がない。
悪夢を見なかったせいで、しっかりと睡眠をとることができた。
それも、夢のなかの女性と話してから一気に体が楽になった気がする。
なんだろうか、安心感とでもいうのか。
恐怖の対象が、自分を優しく受け止めてくれるものだと理解できた。
「だれなんだろう……」
彼女のことが脳裏から離れない。
悪夢の象徴だった彼女は、既に別の対象へと変わっていた。
それは、自身を心配し信じてくれる存在。
「……」
彼女の気持ちがわからない。
彼女に悪意があったとは、思えない。
だが彼女は久遠に対して強い情を抱いていた。
そして自分が関わっている天谷や氷月のことも知っていた。
見ているのか。
今もどこかで、自分のことを知ろうとしているのだろうか。
彼女は何者で、誰なのだろうか。
そして、それはヒグレのクニに赴くことで自然とわかるものなのだろうか。
久遠の好奇心は、確かにあの黄昏の場所へ向いていた。
あの人は誰なのだろう。
何度も反芻し、繰り返す。
「話しかけてこいよ……」
ぼそりと、思わずつぶやいてしまう。
ヒグレのクニでは、関わってきたくせにこうして自分が関わってほしいと思っているときにはなぜこないのだろう。
中々うまくいかないものだ。
そう考えていると、後ろから全速力で彼が寄ってきていた。
そして久遠はそれに気が付いていないかった。
「よ!!!レイ!!よく気が付いたな!!!」
天谷だ。
彼は嬉しそうに、久遠の背中をたたく。
大声の衝撃が耳に響いた。
強い衝撃が、背中を襲う。
「おっ……!?」
完全に不意を突かれた。
二重の衝撃が、久遠の心を驚かせた。
「天谷っ!?」
心臓が凄い痛い。
バクバクしていた。
その元凶に向かって、睨みつける。
せっかく調子がいいのに、それらすべてが無に帰したらどうするつもりだ。
だが、天谷はそんなこと一切気にしていなかった。
「うん?気がついてたんじゃねーの?なんだその顔?」
気付いていたんじゃないの。
なんでそんなに驚いているんだ。
そういった顔を彼はしていた。
「……はぁ……おはよう。天谷」
「おう、おはようレイ」
溜息をつき、天谷に拳を向ける。
天谷はそれをみて、嬉しそうに笑顔を向ける。
「なんだよっ」
「いいだろ?」
拳を互いに、ぶつけ合わせる。
昨夜の共通した体験は、二人の距離を明確に近づけていた。
会話は、天谷から始まった。
「お前明らかに顔色いいけど?」
「あー」
流石に天谷は、久遠の調子に気が付いていた。
睡眠というものは、そんなに露骨に出るのだろうか。
天谷に話すべきか迷う。
彼になら信頼できるから大丈夫だろう。
そう思って口を開いた。
「今日は、悪夢……じゃなかったんだ」
「……マジでぇ!?」
久遠のその告白に、天谷は大声を出す。
周囲の視線が一気に天谷と久遠の二人に寄る。
視線は集中していた。
「ちょ!……やめろって!」
久遠は、その声に焦った。
天谷が照れくさそうに謝る。
「へへっ……ワリィ」
そしてすぐに顔は真剣なものに戻っていた。
その言葉は、確信に近かった。
「でも……やっぱりヒグレのクニが、お前の悪夢と繋がっているんだな?」
「……っ」
少女は思い出してと言っていた。
それはきっと自らの過去のことだろう。
自分の悪夢と過去はつながっている。
そしてそれは、ヒグレのクニが原因なのだ。
「……そうだと思う」
久遠は肯定した。
否定できる材料が、自分の中に存在しないのだ。
なら肯定することしかできない。
それに、天谷に嘘はつくことはできない。
「……ならなおさらあの場所に行く理由ができたな」
「天谷……」
天谷の言葉に何も言えなかった。
まぶしいほどの笑顔で、天谷は久遠に笑いかける。
怪物に追いかけられたり、久遠が怪物になったことで彼の精神は追い詰められたはずだ。
それなのに、なぜこんなにも明るくあの場所に行けるのだろう。
「天谷はさ?」
「うん?」
「いいのか?あの場所は危険なんだぞ?委員長を助けたのだって……結局……」
昨夜は、チームを組むような形になった。
だが、久遠と氷月にはヒグレのクニに赴く理由がある。
久遠は、過去の為。
氷月は、親友の為。
だが、天谷にそう言った因縁はない。
久遠を助けるために、天谷は氷月を頼った。
たかがその程度だ。
それは結局自分自身のせいではないかと久遠は考えた。
「まだそんなこと言ってんのか?」
「え?」
だが、天谷の返答は予想外のものだった。
「いいんだよ。もう俺はいいんちょのことも気に入っちまった。当然、お前のこともだがなっ」
天谷は、久遠の肩に腕を乗せる。
「俺も付き合わせろよ。レイ。お前ら二人じゃ心配だ」
「……有難うな。天谷」
「気にすんなよ」
天谷は、既に覚悟を決めていたのだ。
黄昏の中を、共に歩く覚悟を。
久遠の過去も、氷月の喪失も。
自分が助ける。
両方受け入れる。
そういった覚悟を持っていた。
「頼れよ。レイ。俺もお前を頼るからさ」
「……ああ。勿論だよ」
そのあとは、恥ずかしくてお互い無言になった。
だが、その時間は。
いつもより心地よく楽しかった気がする。
お互いに教室に入って、そのまま席に座った。
予鈴が二度鳴った。
この学校では、そのタイミングで先生が教室に入ってくるのだった。
靴の音が響く。
ヒールがかつかつと、床を鳴らしていた。
「おはよー、皆さんー」
ショートカットの、切れ目な女性。
クールビューティーな印象を漂わせる女性の教師だった。
化粧は決して激しくなく、ただ綺麗だと感じるものだ。
「みやせん今日も美人だなぁ……」
天谷が、鼻の下を伸ばす。
天谷はこの教師のことを気に入っていた。
確かに、久遠自身も美人だと感じる容姿をしていた。
鈴村都。
彼女が、このクラスの受け持ちだった。
都先生が、口を開く。
「今日は、連絡事項があります」
「ん?」
「なんだろ」
だが、都先生の様子はいつもと違った。
「通常であれば……伝えることはないのですが、親御さんからのお願いということで連絡します。このクラスの日比野そのさんが行方不明になっています」
「……っ!」
それは行方不明の知らせだった。
日比野その。
「だれだろう?」
あまり顔が思い浮かばない。
久遠が、あまりかかわったことのない少女だった。
あとで天谷に聞いてみるべきだろう。
彼は、このクラスの女子に大体話しかけている。
「もしも、仮の話ですが。誰かの家に泊めているということであれば……先生にまず話してください。親御さんが心配しています」
それが、一番安心する話だ。
反抗期がたまたまきて、親元を一時的に離れている。
友達の家で寝泊まりをしていた。
そんな優しい話だったら、事態はすぐ収まる。
だが、自分たちは知っている。
この近くに行方不明者が多発する異世界ができていることを。
「なぁ……レイ」
「ああ」
恐らく日比野そのは、ヒグレのクニにいる。
それは確信にちかいものだった。
タイミングがよすぎるのだ。
そしてそれは、クニの消滅がなければこれからも増えていくことなのだろうと考えた。
箱根さんに相談すべきだろうか。
「ん?」
そう考えていると、スマホが音を鳴らさずに通知だけ開いていた。
「委員長がいいのかよ……」
それは氷月からのものだった。
そこには、放課後説明する。
そう書かれていた。
よくもまぁ、委員長が先生の目の前でスマホを使えたものだ。
というか委員長、めっちゃきれいな姿勢で座ってないか。
え、これノールックで打ったの。
「犯罪の可能性もあります。そして他のクラスになるべく他言しないこと。積極的に探そうとしないこと。そのさんの無事を願ってください。……以上でホームルームの連絡事項を終わります」
都先生は、教室をでた。
そのまま、現国の授業へと移り変わっていく。




