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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
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予兆


思えば、生きることを嬉しく思ったことはなかった。

ただ日々がたつことが怖くて。

何者でもないことを、酷く卑屈に考えた。

朝の時計を見るのが怖かった。

カーテンから差し込む朝日が。

新聞を届けに、エンジンを鳴らす原付が。

普通の人が生きている日々が。

ただ憎く、怖かった。

なぜ自分は普通にはなれないんだろうか。

普通にすらなれないのだろうか。

「普通」なんてものはないと大人はいう。

そんなものなくて、みんな必死に生きているのだと。

それはお前の個性なのだと。

なら、なぜこんなにも納得できない。

なぜこんなにも苦しむのだと。

そんな個性ならいらなかった。

僕はただ普通に人と話して、普通に授業を受けて。

普通に一日を終わらせたい。

普通にお風呂に入って、歯を磨き、明日の準備をして希望を持つ。

そんなことすら満足にこなせない自分が憎い。

それだけなのにモノにあたった。

人並みの努力をしたと思う。

だが人並みの何かを手に入れられたことはない。

漫然とアニメをみて、漫画やゲームに触れた。

だが脳に入らない。

楽しい思い出や、感じたことを他者と共有したい。

欠けている過去が、己の停滞感を生み出していた。

ぽっかりと開いた穴が、虚無を生み出す。

足りない。

何かが自分には足りない。


「……あは……はっ……は」


思考が回りだした。

脳が停止する。

心臓は窮屈になり、全身は寒くなりだした。

視界が遠く、白くなりだす。

呼吸は荒れていた。

なんで?

なぜ普通に生きられない。

悪夢だけが、生きるための縋りだった。

そして夢のなかで、その悪夢は話しかけていた。


「おはよう……レイ。今日はなにをする?」


その言葉に、顔が停止する。


「はぁっ……?」


いつもの夢と違う。

飛行機は落ちていないし、火事もない。

ただ真っ白な部屋で、彼女は座っていた。


「……君は一体なんなんだ」


幻聴や幻覚であるはずのそれは、しっかりと話しかけていた。


「なんなんだ!お前は!」


いままでぶつけることのできなかった怒りが溢れ出す。

だが、彼女はそれに戸惑うことなくにこやかに笑みをむける。

それが、さらに理解できなかった。


「一体なんなんだよ!!!!」


強く怒りをぶつけた。

怒りを叫んだ。

記憶のなかで欠けているはずの彼女は、馴染みのようにこちらに話しかけていた。

今まではそんなことなかった。

あの場所に入ってからだ。

彼女はこちらに干渉するようになった。



「……」


彼女は言葉を発しようとしていた。


「思い出して」


それは、ただ一言だった。

思い出して。

なにを。

なにを思い出せというんだ。


「……は?」

「あの場所に答えはある。黄昏の中の記憶を思い出して」

「あの場所って……ヒグレのクニにか?」


あの場所といわれて、思い浮かぶのはたったひとつ。

日暮れに訪れたあの場所だった。


「うん、あるよ。君は思い出せる」

「……信じていいのか」


女性は、複雑そうな顔をしている。

その顔に疑いを持つ。

やはりこの子は嘘をついているのだろうか。


「どうした?嘘なのか?」

「ううん、違う。この先、君には多くの苦難が襲う。だから乗り越えて、成長して。人とかかかわることで君はまた強くなれるから」


女性が、手のひらから光をだす。

それは久遠の左腕の中に入り込んだ。

その瞬間、左腕は怪物のような黒い泥に変化した。

だが、痛みはない。

まるで生まれたときからそうであったように馴染んでいた。


「これは……?」


女性はそれに答える。


「それは、貴方が黄昏の中で生き残るために必要な力。人と関わりその精神を知ることでよりその腕は……体は進化する。それが貴方があの場所で得た能力」

「何を言っているかわからない」


自分があの場所で得た能力は、明瞭にはわからない。

氷月は、【住民化】だと言っていた。

実際住民になっても、もとに戻っていたのだからそれに近いのだろう。

だが、目の前にいる彼女はなんでそこまで知っている。


「貴方も戦えるよ。だから大丈夫……天谷君も氷月ちゃんも君にとっては大事だもんね。守りたいんでしょ?」

「……」


にこりと優しい笑みを向ける。

それは、近しい家族をみるような慈しみの眼だった。


「天谷も委員長のことも知っているのか?」

「うん、だって君のことはみているもん。だから知ってる」


今度は、困ったようにその頬を染めていた。

どう対応すればいいのかわからない。


「……一応心配してくれているってことでいいのか?」

「……うん。そうだよ」


彼女は、座っていた場所から立ち上がる。

そしてこちらまで歩み寄ってくる。


「え……?」


困惑する。

ここまで距離を近づけることはなかった。

しかし敵意を感じない。

対応に困る。

そんなことを考えていると、彼女は自身の手を握っていた。


「待っているから……ね?」


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