十一夜「薄暮探偵社④」
「えっ……」
箱根の言葉は、久遠にとって衝撃的であった。
あれほど踊っていた心は、たったその一言だけで静まり返る。
なぜだろうという疑問が止まらなかった。
「箱根さ……っ」
問い返そうとした久遠を、箱根は手で圧をかける。
箱根はまた話そうとしていた。
彼は久遠に、なぜ説明を止めたのか話をする。
「なぜ?ってそりゃそうだ。君は部外者だ。あくまでヒグレのクニにおける被害者であって関連者ではない」
「だけど……」
「いや。俺らが懇切丁寧に説明する義理はそこまでないんよ?あくまで俺らの善意」
「……っ」
意外にも彼はドライだった。
先ほどまでの柔らかく穏やかな雰囲気は消えていた。
鋭いリーダーとしての、厳しさだった。
「ヒグレのクニに関することもだが、氷月ちゃんがここに雇われている事情も、重い。少なくとも学生の君らが責任もって背負うことではない」
それらは、ヒグレのクニを説明するなかで氷月の事情を話さなければいけないという箱根の気遣いだった。
そしてこれ以上薄暮探偵社に関わる気のないものに、氷月の事情を話するわけにもいかない。
それがある程度の線引きだった。
「……けどさ、あれほど説明してくれていきおりぽいっと捨てるのも酷いじゃないですか?」
「そうかな?俺はそう思わないけど」
「あ?」
天谷が、その態度に不機嫌さを持つ。
「天谷君……箱根さんの話をもう少し聞いてあげて」
「……うん」
先ほどまで、ヒグレのクニに関して説明をしてくれた。
だが手のひらがくるりとかえったようだ。
彼の言葉には厳しさがあった。
「ここから先は、また別の話になる」
「別の話?」
「情報っていうのは、引き締めにもなるがゆるみにもなるんよ」
「緩み……?」
「情報がないからこそ、好奇心は沸き起こるってこと」
久遠には、緩みの意図がわからなかった。
情報とその言葉がなぜつながるのだろうか。
「俺らがある程度情報をべらべら話したのは警戒心を持ってほしいという……あくまでの親切。氷月のオトモダチだから。ヒグレのクニに関わってほしくないなという線引き」
「……」
「でも君らは能力を手に入れてしまっている。だから説明した」
「それがなぜ線引きになるんですか?」
「踏み込むだろ?君たち」
「……っ」
図星をつかれた。
箱根の言っていることは間違っていない。
自分たちは踏み込む。
正解だ。
「あの場所はなんだろう?あの場所にいた不思議な人は誰だろう?あの怪物はなんだろう。怪物と出会ったときの能力を知りたいな……」
「……何のことですか?」
「君たちの真似」
「……否定できないっすね」
子供の想像など簡単に見抜かれてしまっている。
久遠は、当然あの国を求める。
天谷はそんな久遠を心配してまたあの国に入る。
氷月は警告はするが、最後まで踏み込めないタイプだ。
自身の願望を叶えるために、ヒグレのクニに入っているのだから。
そして二人は死ぬ。
誰にも気づかれずに。
ヒグレのクニという悪意に呑み込まれて。
「俺らはヒグレのクニの情報を手に入れたぞ!で、終わらない。警戒して緊張して……だけど一瞬緩む。断言できる。それで死ぬ場所だよ。あそこは」
「……少なくとも、俺らは氷月の熱意に押されてここで雇っている。そうでもなきゃ未成年を引き入れない」
箱根と不動の言葉に、何も言えなかった。
箱根達の言葉を聞いて、楽しんでいる気持ちがなかったといえば嘘だ。
ゲーム感覚な能力を手に入れて、浮かれていた。
きっと説明が中途半端に終わっていたら、その先を求めるために自分たちはヒグレのクニに踏み込んでいただろう。
「住民。クニ。その主。能力。あの異質な空間に関しては、ざっと話した。君たちの好奇心は刺激されるだろうさ」
「……馬鹿にしてんすか?」
天谷が明らかに苛ついている。
箱根が持っているのは大人としての賢しさだ。
遠回りの善意が、天谷という子供を混乱させた。
「違うよ。恐怖心を持ってほしいってこと」
「……」
「引き締めるために、情報を与えた。これ以上話しては、それは緩みになる。そしてそれは氷月にとっては不要だ」
箱根は、氷月を見る。
氷月は眼を逸らした。
自分のために、箱根は久遠と天谷の二人に説明してくれたことを理解した。
「委員長が関係あるんですね?」
「うん、そうだね」
箱根は、肯定した。
なぜここまで話したのか。
そこには、氷月が関係している。
「僕らには提案がある」
「提案……ですか?」
「氷月に事情があることは察しているね?なんなら同級生である君たちは多少知っているかもしれない」
「……はい」
「君らがヒグレのクニに入るのであれば、それは止めはしない。手伝いもしない」
「当然ですね。あの場所に入るのは自殺願望か。なにかだ」
「能力を得た君らならそうでもないさ。死にはするけど」
「同じじゃないですか……」
久遠は確信めいたことを感じていた。
悪夢と、幻聴を知るきっかけがあの場所にはある。
自分の消えた過去は、ヒグレのクニに関連している。
そういった確信だ。
そして、そう決めて天谷に話したとする。
彼は止めない。
なんなら自分も手伝うと言い出す。
自分は喜んでしまうだろう。
再び天谷と二人だけでヒグレのクニに入ってしまうだろう。
「僕が、予言するよ。君らは、ヒグレのクニにまた入る」
「はい、そうです」
「!?」
「おい」
氷月が驚いた顔をする。
不動の顔が怖くなった。
こちらを睨む。
「おい……レイ」
天谷も、さすがに今の失言は不味いと思ったのだろう。
だが、ここを否定しても意味はない。
素直に打ち明けたほうがこの人は話しを聞いてくれる。
「悪夢のきっかけがあの場所にはあるかもしれないんだ」
「……まじか」
「天谷は信じてくれる?」
「疑うかよ馬鹿」
天谷は、ずっと久遠の悪夢の話を聞いてくれた唯一の人だ。
だからこそ二人でヒグレのクニに入ったことを運命に感じ取っていた。
「ふふっ……あはははあ」
「箱根?」
素直に、堂々と言葉を発した久遠に箱根は呆れを通り越して爆笑していた。
大声で笑ってひっくり返っていた。
「君素直だねぇ!気取って大人のふりをしている僕が馬鹿らしい」
「……」
「ああ、いい。君に一つ提案だ」
箱根は、改めて久遠に提案をする。
その顔は、ふざけではない。
真剣な一人な人間を見つめる眼だ。
「なんですか?」
「氷月の力になると誓ってくれるなら薄暮探偵社は……君らにヒグレのクニに入る準備を与えよう」
「入る準備を……?」
あまり意図が理解できない。
どんな準備をするのだろうか。
「そう、まぁ簡潔にいうと俺らが多少鍛えるしバックアップもする。その代わりヒグレのクニの攻略は任せる形になるが」
「ええー。あのゴスロリと戦うの?」
「鍛えるから安心しなよ」
ヒグレのクニに入る準備ができていない自分たちを鍛えてくれるという認識でいいのだろうか。
だが一人追いつけていない人物がいた。
「あの……っ箱根さん!」
「なんだい?」
本人である氷月だ。
箱根の発言に困惑していた。
彼が何を手伝そうとしているのかは、理解できている。
だがなぜ久遠に眼をつけたのだろうか。
「何がしたいんですか……私の力って言ってますが、彼らに何をさせるつもりですか?」
「君の願いをかなえる準備」
「だからそれは……っ」
「……あのさ。いいんちょの願いってなんなの?レイを助けるときにも言われたけど」
「あ……」
「いいんちょが忘れるなよ……」
逃げるときに必死で氷月は忘れていた。
久遠を助けるための借りに手伝ってほしいと頼んだのだった。
「天谷君にはちょうど頼んでいるのか。ならちょうどいいじゃん」
「あー、まあ別にいいけど」
「……っ」
この場で氷月だけが、言葉に詰まっていた。
箱根が首を振り、氷月に発する。
「人を頼れ。氷月。君が助けた縁が、君を助けるかもしれない。彼らに訳を話してごらん」
「……はぁ……」
氷月は観念したようだ。
諦めて言葉を繋げた。




