十夜「薄暮探偵社③」
箱根たち三人の顔が固まる。
その能力は彼らにとって、想定外のものだったようだ。
天谷と、久遠はそれに対して動揺する。
その意図を理解できなかったからだ。
「……」
箱根は、少し考えこんでいた。
「そんなに驚くもんなんすか?」
「……氷月。どこまで説明した?」
「能力があることと、適応者ぐらいしか……」
「そうだね。一から説明しとくか」
箱根が、冷蔵庫からジュースの原液を取り出した。
天然水とコップと一緒に並べる。
テーブルには、コップが三つ、天然水、白いジュースの原液が並んでいる。
「これは、カラピスだ」
「名前がスレスレですね」
一つのコップに、満タンにカラピスをいれる。
「これは?」
「ただの水」
そういって天然水をコップにいれる。
それは半分ほどだった。
「ヒグレのクニには、毒性というか……特殊なモンが宙に漂っている。それは、【住民】を構成する成分なんだ」
そういって、ジュースの原液を指さす。
「住民は、原液百パーセント。原液そのもの。当然だけど、濃くてとても人間には耐えられるものではない」
箱根は、原液の入ったコップを持ち上げる。
「ゲロ甘ですよね。それ」
「飲んだことあるの!?直で!?」
「で、こっちが人間」
そう言って、箱根は天然水の半分入ったコップを指さす。
「ヒグレのクニにいると人間は段々こうなる」
「あ」
徐々に混ざっていく。
ジュースの原液を天然水の入ったコップに入れていく。
「十対一、十対二……まぁ、こんな感じで割合は増えていく」
箱根は、原液を入れる手を途中でとめた。
「もったいないからしないけど、これは途中でコップからあふれていく。これを人間性の喪失。【住民】への変化の定義と俺らはしている。精神の器が、人間とは別の物へと置き換わっていくんだ。元の水オンリーに治すには一度壊して零すしかない。だから精神の混濁や、記憶の喪失が起こりえる。あの世界で、行方不明者がでるのはそういう理屈だよ」
「……なるほど」
住民への変化の過程を久遠たちは説明される。
あのような歪な世界でも、理屈自体はあるんだなと感じた。
「で……能力を得る。あの世界に【適応】したものを俺らは【適応者】と呼んでいる。これは簡単。原液と、元の精神性……水と液の割合をブレンドできる人」
「ブレンド……」
なるほど、情報がすっと入ってきた。
やはり近しいものを見せられて説明されるのは理解しやすい。
「【ヒグレのクニ】は、どういう理屈か。【適応者】の精神性や、願いに応じて能力を与える。これに関しては俺らも全く理解ができていない。なぜ与えるのか、なぜ能力を得られるのか。わからない。説明できない」
「……」
やはりヒグレのクニにおいては、未知の領域が多いようだ。
当然か。
都市伝説の世界に入って、その世界を完全に知っているのであれば。
きっとその人物が都市伝説を作った本人なのだから。
「うちの氷月は、刀の能力。百合は、回復の能力。不動は身体強化。それぞればらける」
「面白いですね」
「そうだね。ゲームみたいだなとも感じる」
なるほど、個人差があるようだ。
能力の発現も違いがあることを久遠は理解する。
「えっと……そこの……ガタイのいい子は」
「天谷です」
「天谷君はどんな能力?」
「なんか……かっけー籠手が腕についてました」
「氷月と同じタイプだね。……といった風に、能力は個人の指向が現れる」
箱根は深いため息をつく。
「だからこそ、【住民化】。その能力が異質かわかったかい?」
「……っ」
箱根の眼が鋭くなる。
箱根は改めて、氷月に問う。
「詳細な状況は?」
「はい。天谷君の誘導で久遠君を捕食した【住民】の撃退をしたのですが……その中から、人型の怪物がでてきて倒したら久遠君が……」
「……」
明らかにまたフリーズした。
箱根の眼鏡がずれた。
それを直す。
箱根は、久遠に問う。
「え……一回捕食されてるの君?」
「はい……記憶は薄いんですが」
「うーん」
箱根は、さらに考え込む。
「流石にレアケースだな」
「今まで一度もないんですか?」
「食われたら、もう一発アウトよ。精神が壊れてる」
「え……」
「そういう時は救助を諦める。氷月でよかったな君」
氷月が、該当するものがないのか聞く。
しかし、不動と百合の反応も鈍かった。
「俺と箱根は、長いが……一度も見たことはないな」
「私もちょっとわからないかな。遭難者の回復の補助はあるけど、住民になってから適応するのもはじめてかも……」
望んでいる答えは返ってこなかった。
「飲み込まれる過程で、ちょうど能力の適応が起きたとか。命の危機で願ったもの。俺らから考えられるのはそれぐらいかなー。他に違和感はないの?」
「……以前からあったことでいいなら」
「言うだけ言ってみ?」
「夢のなかで出てきた人物がずっと話しかけてくるような……そんな幻聴です」
この言葉にまた箱根は考え込む。
やはりこの症状も全く分からない様子であった。
「いや……それもちょっと……」
「ないですよね」
「ま、君の場合レアケースだ。話は聞けるだけ聞くけど対応できるかはまた別かな。すまんな」
「いや気にしてもらえただけよかったです」
「レイ」
「ん?」
天谷が心配そうな顔で聞いてくる。
「夢っていうのは、いつもみるようなやつか?」
「そうだけど。気にすることじゃないさ。いつものこと」
「ならいいんだけどよ……」
天谷の顔は、明らかにいつもと違った。
ヒグレのクニでの経験で悪化しているんじゃないかといつも以上に敏感になっているのだ。
だがそんなことはない。
むしろあの場所に触れたことで自分はいつも以上にいい夢をみれそうだ。
「ふふ……よかった」
「……っ」
幻聴は悪化したが、気にすることはない。
久遠は、箱根にヒグレのクニについて聞いてみる。
「えっと……箱根さんは、【ヒグレのクニ】についてどこまで?」
「俺らもそんな詳しくないよ。ただまあ、年季が長いから知っている情報が多いってだけかなぁ」
「あの場所でさ、箱根さんはなにしてるんすか?」
「基本的に、遭難した人の救助だよ。行方不明者の依頼を貰うこともあれば、いろいろ……かな?」
「そうだな。ヒグレのクニの調査もだが……いろいろすることはある」
「え!?あの場所、そんな広いんすか!?」
走っているときは気づかなかったが、想定以上に広いらしい。
まあ、自分たちが通った場所もそこまで多くないしな。
「いや違う。【ヒグレのクニ】っていうのは何か所もあるんだ。あくまであれは一つのクニだととらえてもらえればいい」
「……は?」
その言葉に、久遠と天谷の顔が渋くなる。
嘘だろ。
あんな場所が、この辺りに分かれて何個もあるというのか。
「クニの主も当然その数だけいる。俺らはクニの主を捕まえることを主な目的としているんだ」
どうやら、管理者も違う様子だ。
らぶと名乗った女性も中々濃い女性だった。
だがあれと同格のやつが何人もいるのか。
「あんなやつが何人もいるのか!?」
「あんなやつって……そういや氷月」
「はい?」
不動が思い出したように、氷月へ聞く。
「あの【クニ】の主はどんな奴だった?」
どうやら、不動たちはらぶのしていた配信を見ていない様子だった。
貴方が壊したテレビで話していた相手です。
久遠はそう言いたかった。
だが、壊してくれたことは爽快だったのでまあいいかと思った。
「えっと……」
氷月が、クニの主の特徴を聞かれて言葉に詰まる。
あのような女性をどのように表現すればいいのか迷ったのだ。
「なんというか、配信者のようなゴシックファッションの女性でした?」
「配信者?」
「はい、相手はテレビ画面で怪物たちの行動を操作していました」
「珍しいな。中々警戒が必要かもしれん」
箱根は、氷月から詳細を聞く。
「こんな風に、氷月ちゃんからは基本的に情報を得てもらっているんよ。戦闘は後回しでな」
「いいんちょも結構長いの?」
「……そうね、まだ一年たたないわよ」
明らかに氷月の顔が曇った。
何か嫌なことを思い出した様子だ。
久遠は天谷の話を思い出した。
氷月の友人が一人行方不明者であること。
ヒグレのクニになにか関連しているかもしれないということ。
実際に氷月はヒグレのクニに出入りしていた。
ならば、行方不明となった友人はヒグレのクニでなにかあったのかもしれない。
それ以上は何も言わないことにした。
箱根はその空気を察したのだろう。
言葉を発した。
「えっと。ここから先は君らには聞かせられんのよ」




