九夜「薄暮探偵社②」
不動がドアを開ける。
氷月たちもそれに続いて部屋に入った。
古びたドアだった。
その部屋にも相当な年季が入っていそうだった。
だが、家具には拘りがありそうで統一感があった。
決して安物ではないが、味を感じるものが多かった。
レイがその部屋を一瞥して得た印象はそういうものだった。
「じろじろみない」
「いて」
当たり前だが、氷月に注意された。
流石に挙動不審だったようだ。
頭にチョップされた。
「ごめん」
「天谷君も」
「ぐぇ」
どうやら二人して固まっていたようだ。
やはり男の子に、この光景は劇薬だ。
漫画のような探偵社の光景に固まる男子をみて氷月は呆れていた。
「前に進みなさいよ、私がはいれないでしょ」
連れてきたこっちが恥ずかしい。
もう少しまともな面をしてほしいものだ。
氷月は、ため息をついた。
もしかしてこの先もこの二人の面倒を見なければいけないのか。
そう考えると少し憂鬱になった。
「うーす……」
天谷も、気まずそうに氷月に頭を下げていた。
だが、久遠と眼を合わせると面白そうに二人でにやけていた。
「男子ってホント不思議ね……」
天谷と久遠の仲のよさは、ある程度クラスに居ればわかった。
当然周囲からはあまり受け入れられていなかった。
二人の属性というか性格があまりに離れていたからだ。
あまり区別するのも悪いが、傍目からはそう思えた。
クラスの端っこにいるタイプ。
周囲を集め、良くも悪くも目立つタイプ。
だからこそ、仲良く遊ぶ姿をみて不思議なこともあるものだなと考えていた。
もしくは天谷の気まぐれ程度に思っていた。
「箱根いるか?」
不動が、中にいる人物に呼ぶかける。
それはここにいる自分たちのリーダーの名前だった。
「箱根……?さん」
「私が電話していた相手よ。声が聞こえたでしょう?」
「ああ。いいんちょが怒鳴っていた相手?あの時怖かったよなぁ」
「なんか文句ある?」
「ないっす」
「あのときは、焦っていたのよ。少しぐらい声が大きくなったって仕方がない」
そう言い聞かせる。
あれは決して年上の大人を威圧していたわけではない。
走っているなかで、焦っていたからあの声の大きさになっただけだ。
決して怒りをみせていたわけではない。
氷月は心の仲でそう抑え込む。
「少しぐらいだったけ?」
「いや……」
天谷と久遠には、なにかしら引っかかることがあるようだ。
二人でこそこそ何か言い合っていた。
だが、そんなことは些事だ。
些事に決まっている。
「なんか文句ありますか?お陰で助かったでしょう?」
「ないっす。氷月さんの言う通りです」
あ、凄い。
圧が凄い。
氷月の圧力が、五割増しになったような気がする。
どうにもこの人物には、ヒグレのクニに入る前から逆らえない。
この子にだけは正論で殴られたくない。
「目ぇ笑ってないっすよ」
「そうかしらー、不思議なこともあるね」
「駄目だ、レイ。俺、この人に逆らえねぇ」
「諦めるなよ」
久遠も、怪物になったときの経験からなぜか氷月の木刀に寒気が立つ。
彼女の威圧感に、本能的に恐れているのだ。
男子二人は、紅一点に逆らうことができなかった。
「尻にひかれる系男子?」
「やめてください、百合さん」
「氷月はいいお嫁さんになれるよ。私がほしょーする」
「……それは喜んでいいんですか?」
「きっと氷月の尻を喜んでくれる男はいるよ。だいじょーぶ」
「それはもう違うでしょう!」
この会話に付き合ってはいけない。
なにか一言でも発した途端。
刺される。
男子二人は、無言でそれを見た。
「なんだー?騒がしいなぁ」
若い男性の声が、聞こえた。
それは、二十代男性の声に聞こえたが明らかに不動より高かった。
「箱根、帰ったぞ」
「おお!!」
男性が顔を見せる。
そこにいたのは、茶髪の眼鏡をかけた男性だ。
天谷とは別の方面でチャラ男といったところだ。
だが線は細く、身長も平均より上といったところ。
お洒落な服装を整えた一般的な男性であった。
「どーも、お初にお目にかかります。薄暮探偵社。所長の箱根。いいますー」
箱根が、満面の笑みで不動たちを迎え入れる。
彼は、此方を見て頭を下げて挨拶をした。
久遠は、その男性に好印象を持った。
明るく、朗らかで優しい男性。
それが第一印象だった。
百合が、箱根に向かって走る。
「ゆーまー、ただいまー」
「お!百合―。無事帰ってこれたか?」
箱根は、百合のことを抱きかかえる。
まるで妹に対する態度だ。
それに近しい関係なのだろうかと、レイは想像した。
「うん!氷月も一般の子二人も回収したよー」
「おお!偉いぞ!百合!不動もありがとうな」
「ま、仕事だしな。なんとか間に合って安心した」
「うん、助かったわ!」
不動と、箱根が会話する。
その二人も長い付き合いのようだ。
明らかに不動の顔が緩んでいる。
信頼しあえている関係なのだろう。
箱根が、氷月の顔を見る。
「ひっ……」
「なんですか?顔をみるなり、悲鳴ですか?」
「……助けは間に合いましたでしょうか?」
手をもみもみしながら、箱根は低姿勢で氷月に問う。
「いえ、本当にぎりぎり間に合いましたよ。助かりました。ありがとうございます」
溜息をつき、氷月は箱根に話しかける。
その返答に、安堵したのか箱根の顔が緩む。
「ほっ、いやーよかった!期待のエースがここでいなくなると困るからぁ。一般人の保護も間に合ったようでなにより!」
パンと手のひらをたたく。
箱根が、懐から封筒を取り出す。
「で……これが、今日のお給料です。増やしといたんでクレームは……。お願いだからここやめないで……」
「……やめてくださいよ。仮にも社長が」
氷月は、封筒を受け取った。
普段とは違う厚みに、思わず中身を確認してしまう。
「……緊急で危険だったとはいえ。多いですね?」
普段の給料より明らかに多い。
それも千円単位ではなかった。
「まぁ、一般人の保護。それも二人も救出に成功してくれたんで……多めにださないとって」
「俺が言った」
「不動さん?」
氷月が、後ろを振り返る。
不動は話を続ける。
「学生の子に命をかけてもらう現状はおかしいからな。本来だって。俺が今回付き添うべきだった」
「不動も百合ちゃんも、他の要件があったんでぇ……」
「言いわけするなよ、箱根」
「はい……そうです」
「ま、だから大目にみてくれ。そのお金は俺らなりの気持ちだ」
「……ありがとうございます」
そういって氷月は、封筒をしまった。
明らかに、大金を貰ったことに浮かれていた。
「氷月は偉い子!頑張りやさん!」
「有難う、百合さん」
「身内の処理が終わったところで」
不動の視線が、こちらに移り変わる。
「報告を聞こうか」
「お三人。そこに座って?お茶はだすからさ」
箱根が、座るようにとソファーを指さす。
奥にはいかにもな探偵の机があった。
箱根は、その高級そうな椅子に座る。
「えっと……」
「座ろうぜ。疲れたぜ」
天谷は、気にせずにそのソファーに座った。
氷月も慣れたようにその近くの椅子に座る。
久遠は戸惑いながらも天谷の傍に座る。
「まずは、自己紹介をしようか。不動と百合とは済んだかな」
「はい」
先ほど、不動と百合の名前は聞いた。
細かいものまでは聞けなかったが、それで十分のはずだ。
「俺の名前は箱根遊馬。箱根さんでも、遊馬でもなんでも好きに呼んでくれな」
「はい」
箱根は、優しい笑みでこちらに笑いかける。
緊張をほぐすために、気を遣ってくれているのが自分たちでも理解することができた。
「二人は、ヒグレのクニに入ったようだけどそれは初めて?」
「はい」
「初めてっす」
ヒグレのクニについて、箱根は問う。
二人がどこまであの世界に触れたか知りたかったからだ。
「あの国の【住民】や、【クニ】の主には接触したのかい?」
「はい……あの泥みたいな怪物ですよね」
「クニの主ってあの配信者みたいなやつだよな」
住民と聞いて、泥のような怪物が想起される。
一緒に、ゴスロリ服の女性も脳内にでてきたが。
天谷は明らかに嫌な顔をしていた。
ああいうタイプの女性は苦手なのだろう。
「一応きくけど……氷月がいた状態で?」
「いえ、私がいない中彼らは接触しています」
「へー!それで生き残ってるのは有望だな」
怪物と接触しても、人間として生存していることに箱根は驚いていた。
彼にとっては意外なことだったのだろう。
「そして彼ら二人は、【適応者】です」
「……それも早いな。能力ももう持っている感じ?」
初日で、あの世界に適応した。
まだあり得ることだが、少し早い。
それが箱根の思ったことだった。
「その分なら、氷月と同じように戦えそうだな」
「はい。天谷君は自力で。久遠くんは……その」
「言い淀むことでもあるの?」
「彼は、【住民】になりました。恐らくそれが彼の能力です」




