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ヒグレのクニ  作者: L
一章 ようこそ、ヒグレのクニ
10/28

九夜「薄暮探偵社②」

不動がドアを開ける。

氷月たちもそれに続いて部屋に入った。

古びたドアだった。

その部屋にも相当な年季が入っていそうだった。

だが、家具には拘りがありそうで統一感があった。

決して安物ではないが、味を感じるものが多かった。

レイがその部屋を一瞥して得た印象はそういうものだった。


「じろじろみない」

「いて」


当たり前だが、氷月に注意された。

流石に挙動不審だったようだ。

頭にチョップされた。


「ごめん」

「天谷君も」

「ぐぇ」


どうやら二人して固まっていたようだ。

やはり男の子に、この光景は劇薬だ。

漫画のような探偵社の光景に固まる男子をみて氷月は呆れていた。


「前に進みなさいよ、私がはいれないでしょ」


連れてきたこっちが恥ずかしい。

もう少しまともな面をしてほしいものだ。

氷月は、ため息をついた。

もしかしてこの先もこの二人の面倒を見なければいけないのか。

そう考えると少し憂鬱になった。


「うーす……」


天谷も、気まずそうに氷月に頭を下げていた。

だが、久遠と眼を合わせると面白そうに二人でにやけていた。


「男子ってホント不思議ね……」


天谷と久遠の仲のよさは、ある程度クラスに居ればわかった。

当然周囲からはあまり受け入れられていなかった。

二人の属性というか性格があまりに離れていたからだ。

あまり区別するのも悪いが、傍目からはそう思えた。

クラスの端っこにいるタイプ。

周囲を集め、良くも悪くも目立つタイプ。

だからこそ、仲良く遊ぶ姿をみて不思議なこともあるものだなと考えていた。

もしくは天谷の気まぐれ程度に思っていた。


「箱根いるか?」


不動が、中にいる人物に呼ぶかける。

それはここにいる自分たちのリーダーの名前だった。


「箱根……?さん」

「私が電話していた相手よ。声が聞こえたでしょう?」

「ああ。いいんちょが怒鳴っていた相手?あの時怖かったよなぁ」

「なんか文句ある?」

「ないっす」

「あのときは、焦っていたのよ。少しぐらい声が大きくなったって仕方がない」


そう言い聞かせる。

あれは決して年上の大人を威圧していたわけではない。

走っているなかで、焦っていたからあの声の大きさになっただけだ。

決して怒りをみせていたわけではない。

氷月は心の仲でそう抑え込む。


「少しぐらいだったけ?」

「いや……」


天谷と久遠には、なにかしら引っかかることがあるようだ。

二人でこそこそ何か言い合っていた。

だが、そんなことは些事だ。

些事に決まっている。


「なんか文句ありますか?お陰で助かったでしょう?」

「ないっす。氷月さんの言う通りです」


あ、凄い。

圧が凄い。

氷月の圧力が、五割増しになったような気がする。

どうにもこの人物には、ヒグレのクニに入る前から逆らえない。

この子にだけは正論で殴られたくない。


「目ぇ笑ってないっすよ」

「そうかしらー、不思議なこともあるね」

「駄目だ、レイ。俺、この人に逆らえねぇ」

「諦めるなよ」


久遠も、怪物になったときの経験からなぜか氷月の木刀に寒気が立つ。

彼女の威圧感に、本能的に恐れているのだ。

男子二人は、紅一点に逆らうことができなかった。


「尻にひかれる系男子?」

「やめてください、百合さん」

「氷月はいいお嫁さんになれるよ。私がほしょーする」

「……それは喜んでいいんですか?」

「きっと氷月の尻を喜んでくれる男はいるよ。だいじょーぶ」

「それはもう違うでしょう!」


この会話に付き合ってはいけない。

なにか一言でも発した途端。

刺される。

男子二人は、無言でそれを見た。


「なんだー?騒がしいなぁ」


若い男性の声が、聞こえた。

それは、二十代男性の声に聞こえたが明らかに不動より高かった。


「箱根、帰ったぞ」

「おお!!」


男性が顔を見せる。

そこにいたのは、茶髪の眼鏡をかけた男性だ。

天谷とは別の方面でチャラ男といったところだ。

だが線は細く、身長も平均より上といったところ。

お洒落な服装を整えた一般的な男性であった。


「どーも、お初にお目にかかります。薄暮探偵社。所長の箱根。いいますー」


箱根が、満面の笑みで不動たちを迎え入れる。

彼は、此方を見て頭を下げて挨拶をした。

久遠は、その男性に好印象を持った。

明るく、朗らかで優しい男性。

それが第一印象だった。

百合が、箱根に向かって走る。


「ゆーまー、ただいまー」

「お!百合―。無事帰ってこれたか?」


箱根は、百合のことを抱きかかえる。

まるで妹に対する態度だ。

それに近しい関係なのだろうかと、レイは想像した。


「うん!氷月も一般の子二人も回収したよー」

「おお!偉いぞ!百合!不動もありがとうな」

「ま、仕事だしな。なんとか間に合って安心した」

「うん、助かったわ!」


不動と、箱根が会話する。

その二人も長い付き合いのようだ。

明らかに不動の顔が緩んでいる。

信頼しあえている関係なのだろう。

箱根が、氷月の顔を見る。


「ひっ……」

「なんですか?顔をみるなり、悲鳴ですか?」

「……助けは間に合いましたでしょうか?」


手をもみもみしながら、箱根は低姿勢で氷月に問う。


「いえ、本当にぎりぎり間に合いましたよ。助かりました。ありがとうございます」


溜息をつき、氷月は箱根に話しかける。

その返答に、安堵したのか箱根の顔が緩む。


「ほっ、いやーよかった!期待のエースがここでいなくなると困るからぁ。一般人の保護も間に合ったようでなにより!」


パンと手のひらをたたく。

箱根が、懐から封筒を取り出す。


「で……これが、今日のお給料です。増やしといたんでクレームは……。お願いだからここやめないで……」

「……やめてくださいよ。仮にも社長が」


氷月は、封筒を受け取った。

普段とは違う厚みに、思わず中身を確認してしまう。


「……緊急で危険だったとはいえ。多いですね?」


普段の給料より明らかに多い。

それも千円単位ではなかった。


「まぁ、一般人の保護。それも二人も救出に成功してくれたんで……多めにださないとって」

「俺が言った」

「不動さん?」


氷月が、後ろを振り返る。

不動は話を続ける。


「学生の子に命をかけてもらう現状はおかしいからな。本来だって。俺が今回付き添うべきだった」

「不動も百合ちゃんも、他の要件があったんでぇ……」

「言いわけするなよ、箱根」

「はい……そうです」

「ま、だから大目にみてくれ。そのお金は俺らなりの気持ちだ」

「……ありがとうございます」


そういって氷月は、封筒をしまった。

明らかに、大金を貰ったことに浮かれていた。


「氷月は偉い子!頑張りやさん!」

「有難う、百合さん」

「身内の処理が終わったところで」


不動の視線が、こちらに移り変わる。


「報告を聞こうか」

「お三人。そこに座って?お茶はだすからさ」


箱根が、座るようにとソファーを指さす。

奥にはいかにもな探偵の机があった。

箱根は、その高級そうな椅子に座る。


「えっと……」

「座ろうぜ。疲れたぜ」


天谷は、気にせずにそのソファーに座った。

氷月も慣れたようにその近くの椅子に座る。

久遠は戸惑いながらも天谷の傍に座る。


「まずは、自己紹介をしようか。不動と百合とは済んだかな」

「はい」


先ほど、不動と百合の名前は聞いた。

細かいものまでは聞けなかったが、それで十分のはずだ。


「俺の名前は箱根遊馬。箱根さんでも、遊馬でもなんでも好きに呼んでくれな」

「はい」


箱根は、優しい笑みでこちらに笑いかける。

緊張をほぐすために、気を遣ってくれているのが自分たちでも理解することができた。


「二人は、ヒグレのクニに入ったようだけどそれは初めて?」

「はい」

「初めてっす」


ヒグレのクニについて、箱根は問う。

二人がどこまであの世界に触れたか知りたかったからだ。


「あの国の【住民】や、【クニ】の主には接触したのかい?」

「はい……あの泥みたいな怪物ですよね」

「クニの主ってあの配信者みたいなやつだよな」


住民と聞いて、泥のような怪物が想起される。

一緒に、ゴスロリ服の女性も脳内にでてきたが。

天谷は明らかに嫌な顔をしていた。

ああいうタイプの女性は苦手なのだろう。


「一応きくけど……氷月がいた状態で?」

「いえ、私がいない中彼らは接触しています」

「へー!それで生き残ってるのは有望だな」


怪物と接触しても、人間として生存していることに箱根は驚いていた。

彼にとっては意外なことだったのだろう。


「そして彼ら二人は、【適応者】です」

「……それも早いな。能力ももう持っている感じ?」


初日で、あの世界に適応した。

まだあり得ることだが、少し早い。

それが箱根の思ったことだった。


「その分なら、氷月と同じように戦えそうだな」

「はい。天谷君は自力で。久遠くんは……その」

「言い淀むことでもあるの?」

「彼は、【住民】になりました。恐らくそれが彼の能力です」


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