第4話:パターンの蓄積
オルクスから戻って一週間。悠は朝早くから訓練場にいた。
Eランク昇格試験を受けるためだ。冒険者になって三ヶ月。ようやくここまで来た。
訓練場には、すでに数人の冒険者が集まっていた。皆、昇格試験を受ける者たちだ。
【人間:冒険者・戦士・Fランク・緊張している】
【人間:冒険者・魔法使い・Fランク・自信満々】
【人間:冒険者・盗賊・Fランク・そわそわしている】
「悠さん、いよいよですね!」
ギルドの受付から、ミーナが顔を出した。
「まあ、受かるかどうかは分かりませんが」
「大丈夫ですよ。悠さんの実績なら絶対に合格です」
実績は確かに十分だ。ゴブリン討伐、商隊護衛を複数回、迷宮3層到達。索敵能力での貢献も評価されている。記録を見れば、Fランクとしては異例の活躍だった。
試験官が訓練場に入ってきた。
【人間:冒険者・剣士・Cランク・グレン・32歳・厳格】
グレンという名の中年剣士。Cランクの実力者で、昇格試験の試験官を長年務めているベテランだ。
「集まったな。これより、Eランク昇格試験を開始する」
グレンが受験者たちを見回した。
「試験は簡単だ。こちらが用意した訓練用ゴーレムを倒せれば合格。制限時間は30分。では、最初の受験者」
魔法使いの青年が前に出た。火の魔法を連発してゴーレムを攻撃するが、ゴーレムの防御は固い。結局、時間切れで不合格となった。
次の戦士も、力任せの攻撃が通じず失敗。
盗賊は素早い動きでゴーレムを翻弄しようとしたが、一撃をもらって戦闘不能になった。
「次、黒川悠」
悠の番が来た。
訓練場の中央に立つと、土でできた人型の魔法生物が現れた。
【ゴーレム:訓練用・Lv.10・動作パターン設定済み】
動作パターン設定済み?
悠は解析眼で詳しく観察した。すると、驚くべきことが分かった。
右パンチ(2秒)→左パンチ(2秒)→両手叩きつけ(3秒)→休憩(5秒)→最初に戻る
完全にパターン化されている。まるで、決められた動きしかできないかのようだ。
「なんだこれ……」
悠は小さく呟いた。
自然界の生物なら、多少なりとも動きにランダム性があるはずだ。相手の動きに応じて戦術を変えたり、疲労で動きが鈍ったり。
でも、このゴーレムは違う。機械のように正確に、同じ動作を繰り返している。
悠は冷静に対処した。
右パンチが来る。一歩下がって避ける。
左パンチ。今度は右に避ける。
両手叩きつけ。大きく後ろに飛び退く。
そして、5秒の休憩時間。
悠は剣を構え、ゴーレムの関節部分を狙った。土でできているとはいえ、構造上の弱点はあるはずだ。
膝、肘、首。可動部分を順番に攻撃していく。
ゴーレムはパターン通りに動き続ける。学習能力はないようだ。同じ回避方法が何度でも通用する。
10分後、ゴーレムの左膝が崩れた。バランスを崩したところに、とどめの一撃。
ゴーレムは崩れ落ちた。
「……合格だ」
グレンが宣言した。少し驚いたような表情をしている。
「正直、ここまであっさり倒すとは思わなかった。君の観察眼は大したものだ」
「ありがとうございます」
悠は頭を下げたが、心の中では違和感が渦巻いていた。
訓練用とはいえ、あまりにも単純すぎる。まるで、倒されるために存在しているような……。
---
新しいギルドカードを受け取った。木製から銅製のプレートに変わった。
【冒険者ギルドカード】
名前:黒川悠
ランク:E
登録番号:58947
「おめでとうございます!」
ミーナが満面の笑みで祝福してくれた。
「これでEランクの依頼が受けられますね。報酬も上がりますよ」
確かに、掲示板を見ると、受けられる依頼の幅が広がっていた。
銀貨単位の報酬が並んでいる。Fランクの時は銅貨単位がほとんどだったから、大きな違いだ。
悠は掲示板を眺めていて、ある依頼に目が止まった。
『東の廃村調査:報酬銀貨20枚』
説明を読むと、10年前に住民が忽然と消えた村があるという。原因は不明で、調査に行った者も帰ってこないらしい。
「それ、危険な依頼ですよ」
ミーナが心配そうに言う。
「確かに報酬は高いですが、行方不明者が出ているんです」
「でも、誰も原因が分からないんですよね?」
「はい。疫病説、モンスター説、呪い説……色々言われていますが」
悠は考えた。危険は確かにある。でも、索敵能力があれば、危険を事前に察知できるかもしれない。
それに、気になることがあった。住民が「忽然と」消えた。痕跡も残さずに。
それは本当に可能なのだろうか?
「この依頼、受けます」
「悠さん……分かりました。でも、絶対に無理はしないでくださいね」
---
翌日の早朝、悠は東の廃村へ向かった。
街道を東に進み、途中で脇道に入る。人通りのない、寂しい道だ。
記録石のおかげで、一度通った道は完璧に覚えている。迷う心配はない。
獣道を進むにつれて、だんだんと人の気配が薄れていく。
鳥の声も、虫の音も、少しずつ減っていく。
そして、2時間ほど歩いたところで、視界が開けた。
廃村だ。
【建物:廃屋・10年前に放棄】
【建物:廃屋・10年前に放棄】
【建物:廃屋・10年前に放棄】
同じ情報が並ぶ。全ての家が、同じ時期に放棄されている。
村の入り口に立って、悠は息を呑んだ。
静かだ。不自然なほどに。
風は吹いている。木々の葉も揺れている。でも、音がしない。
いや、音はしている。でも、生き物の音がしない。鳥も、虫も、小動物も、何もいない。
悠は慎重に村に入った。
最初の家の扉を開ける。軋む音が、静寂を破った。
中は薄暗い。窓から差し込む光で、なんとか見える程度だ。
食卓にはカビの生えたパンが置かれていた。椅子は食事の途中で立ち上がったかのように、少しずれている。
「食事中に何かが起きた?」
悠は呟いた。
でも、争った形跡はない。血痕もない。
ただ、人だけがいなくなっている。
次の家も調べた。そして、次も。
5軒目を調べた時、悠は気づいた。
「これは……」
全ての家で、食卓の配置が同じだ。
テーブルは部屋の中央。椅子は4脚。北向きに2脚、南向きに2脚。
食器の並びも同じ。皿、スプーン、コップの位置まで、センチ単位で一致している。
「偶然……じゃない」
悠は確信した。
記録石の能力で、見た情報は完璧に記憶される。5軒とも、完全に同じ配置だ。
さらに調べると、もっと奇妙なことが分かった。
全ての家の本棚に、同じ本が同じ順番で並んでいる。
『農業暦』『薬草図鑑』『料理の基本』『子供の昔話』『祈りの言葉』
5冊。全て同じ。順番も同じ。本の傷み具合まで似ている。
寝室も同じだった。ベッドの向き、枕の位置、毛布のたたみ方。
台所も同じ。鍋の数、包丁の位置、調味料の並び。
まるで、同じ家を何軒もコピーしたような……。
「いや、そんなことあり得ない」
悠は頭を振った。
村の慣習で、同じような生活をしていただけかもしれない。効率を求めれば、自然と似たような配置になることもある。
でも、ここまで完全に一致するだろうか?
悠は村の中心部へ向かった。
小さな広場があり、その奥に神殿があった。
【建物:神殿・管理者不在】
管理者不在? 妙な表現だ。普通なら「神官不在」とか「無人」とか表示されるはずなのに。
神殿の扉を開ける。
中は薄暗く、埃っぽい。祭壇には枯れた花が供えられていた。
祭壇の上に、一冊の日記が置かれていた。
表紙には「村長の日記」と書かれている。
悠は最後のページから読み始めた。
『○月○日
今日も、いつもと同じ一日だった。
朝6時に起床。6時半に朝食。7時から畑仕事。
でも、何かがおかしい。
みんな、同じ時間に同じことをしている。
まるで決められたかのように。』
次のページ。
『○月○日
気のせいだと思っていた。
でも、違う。
隣のジョンは、毎朝7時23分に畑に出る。秒単位で同じだ。
向かいのメアリーは、毎日14時17分に洗濯物を取り込む。
雨の日も、晴れの日も、同じ時間に同じ動作。
これは異常だ。』
さらに次のページ。
『○月○日
私は気づいてしまった。
この村の全員が、同じパターンで動いている。
食事の時間、仕事の手順、会話の内容まで。
まるで、決められた台本があるかのように。
私だけが、なぜか自由に動ける。
私だけが、この異常に気づいている。』
最後のページ。
『○月○日
もう限界だ。
みんなに話しても、理解してもらえない。
「いつも通りじゃないか」と言われる。
でも、違う。これは「いつも通り」じゃない。
これは、まるで――』
そこで文章は途切れていた。
悠は日記を閉じた。手が震えている。
この村長も、同じことに気づいていた。
人々が、決められたパターンで動いていることに。
でも、なぜ? どうして?
答えは、ここにはなかった。
---
悠は村を後にした。
ギルドへの報告書を書きながら、悩んだ。
本当のことを書くべきか?
「住民は同じパターンで生活していた形跡がある」
「村長は異常に気づいていた」
「全ての家が同じ配置だった」
いや、誰も信じないだろう。頭がおかしいと思われるだけだ。
結局、報告書には「原因不明の集団失踪。疫病や争いの形跡なし」とだけ書いた。
ミーナは安堵の表情を見せた。
「無事で何よりです。でも、原因は分からなかったんですね」
「ええ、謎のままです」
嘘ではない。確かに謎のままだ。ただ、別の謎が増えただけで。
その夜、悠は宿屋で考え込んでいた。
記録石の情報は、もう4000を超えている。
そして、パターンがはっきりしてきた。
商人の移動ルート。毎週火曜と金曜。同じ時刻。
モンスターの出現場所。同じ場所に、同じ時間。
人々の生活リズム。分単位で正確。
建物の配置。街や村で似通っている。
全てに共通点がある。規則的で、予測可能で、そして……不自然なほど正確だ。
「この世界は、本当に……」
悠は言葉を飲み込んだ。
本当に、何なんだ?
---
翌日、悠は気分転換に、久しぶりに村へ帰ることにした。
三ヶ月ぶりのホープ村。懐かしい風景が広がっている。
「おお、悠!」
村の入り口で、父のトーマスが畑仕事をしていた。
「帰ってきたのか!」
「ただいま、父さん」
トーマスは鍬を置いて、悠を抱きしめた。土と汗の匂いがする。懐かしい匂いだ。
「Eランクになったんだって? 大したもんだ」
「まあ、ようやくです」
「謙遜するな。村の誇りだよ、お前は」
家に入ると、母のマリアが驚いた顔で迎えてくれた。
「悠! 帰ってきたの!」
「ただいま、母さん」
マリアも悠を抱きしめた。温かい。
「痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」
「大丈夫だよ」
「今夜は御馳走にするからね」
実家で過ごす時間は、心が安らいだ。
でも、悠は気づいてしまった。
父の畑仕事のリズム。母の家事の手順。全てが、三ヶ月前とまったく同じだ。
朝6時に起床。
6時15分に朝食の準備。
6時30分に朝食。
7時から畑仕事。
10時に一休み。
10時15分に作業再開。
12時に昼食。
分単位で同じ。いや、秒単位で同じだ。
「父さん、毎日同じ時間に同じことをしてるんだね」
夕食の時、悠が何気なく言った。
「ん? ああ、習慣だからな」
トーマスは気にも留めない様子だった。
「でも、雨の日も同じ時間?」
「雨の日は納屋で道具の手入れさ」
「その時間も決まってる?」
「まあ、だいたいな」
だいたい、と言いながら、実際は分単位で正確だ。悠の記録石がそれを証明している。
「変だと思わない? 毎日全く同じって」
「変? いや、別に。田舎はそんなもんだろう」
母のマリアも頷いた。
「規則正しい生活は健康にいいのよ」
悠は、それ以上追及しなかった。
両親には、何も違和感がないようだ。それが普通だと思っている。
廃村の村長のように、気づく人と気づかない人がいるのだろうか?
夜、悠は村の酒場に行った。
懐かしい顔ぶれが揃っている。
【人間:農民・ジョー・毎晩7時に来店】
【人間:農民・ボブ・毎晩7時半に来店】
【人間:農民・トム・毎晩8時に来店】
完璧なスケジュール。三ヶ月前と全く同じ。
「よお、悠! 久しぶりだな!」
酒場の主人ジャックが声をかけてきた。
「冒険者として成功してるんだって?」
「まあ、なんとかやってます」
「Eランクかあ。大したもんだ」
ジャックは悠に酒を注いでくれた。
「みんな、規則正しいな」
悠が呟くと、ジャックが笑った。
「田舎はそんなもんさ。毎日同じことの繰り返し。それが平和ってもんだ」
平和。
確かに平和だ。でも、平和すぎる。
機械のように正確で、プログラムのように規則的で……。
「なあ、ジャック」
「ん?」
「もし、毎日が完全に同じだったら、退屈じゃないか?」
「退屈? いや、別に。慣れだよ、慣れ」
ジャックはあっさりと答えた。
やはり、違和感を感じていない。
---
村から戻って、悠はまた冒険者としての日常に戻った。
ギルドの酒場で食事をしていると、興味深い噂話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか? 北の魔法王国で、とんでもない天才が現れたらしいぜ」
【人間:冒険者・Cランク・噂好き】
「ああ、聞いた聞いた。15歳くらいの女の子だろ?」
【人間:冒険者・Cランク・話を盛る癖あり】
「そうそう。新しい魔法を次々と作り出してるとか」
「しかも、既存の理論を無視した魔法らしい」
「まるで、別世界の知識を持ってるみたいだってな」
悠は聞き耳を立てた。
別世界の知識……まさか。
「あと、東の方じゃ、竜を従える少年が現れたって」
「竜を? まさか」
「本当らしいぜ。しかも、古竜クラスの」
「14歳のガキが古竜を? 信じられん」
「西の商業都市でも、若い女が商会を立ち上げたって話だ」
「ああ、それも聞いた。わずか半年で大商会に成長したとか」
「どいつもこいつも、10代から20代前半らしいな」
「若い天才が同時に現れるなんて、奇妙な話だ」
悠の背筋に冷たいものが走った。
若い天才たち。同時期に。各地で。
それは、偶然だろうか?
まるで、同じタイミングで投入されたような……。
いや、考えすぎだ。たまたま時期が重なっただけかもしれない。
でも、本当にそうだろうか?
---
数日後、悠は新しい依頼を受けた。
『キャラバン護衛:目的地は王都、期間10日、報酬金貨1枚』
金貨1枚。Eランクにしては破格の報酬だ。
「王都ですか」
ミーナが資料を確認する。
「片道5日の距離ですね。王都は大陸最大の都市ですよ。人口10万人を超えるとか」
王都。一度は行ってみたかった。
「護衛は何人ですか?」
「えっと、10人編成ですね。Cランクが2人、Dランクが3人、Eランクが5人」
しっかりした構成だ。これなら安全だろう。
翌日、集合場所に向かうと、すでに他の護衛たちが集まっていた。
護衛隊のリーダーは、Cランクの女剣士だった。
【人間:冒険者・剣士・Cランク・リサ・27歳・冷静沈着】
「私がリサ。今回の護衛隊長を務める」
短い挨拶だったが、佇まいから実力が伺える。
他のメンバーも紹介された。それぞれ、経験豊富な冒険者たちだ。
キャラバンは、高級品を扱う大商会のものだった。
馬車15台、商人30人、護衛10人、使用人20人。総勢60人を超える大部隊だった。
「では、出発する」
リサの号令で、キャラバンが動き出した。
悠は、いつものように最後尾で周囲を警戒する。
街道は整備されており、順調に進んだ。
道中、悠は周囲を観察し続けた。
そして、また気づいてしまった。
街道沿いの村々。どこも同じような構造をしている。
中心に広場。
広場を囲むように商店。
その外側に住宅。
一番外側に農地。
まるで、同じ設計図をコピーしたかのように。
「効率的な配置なんだろう」
悠は自分を納得させようとした。
でも、効率的にしても、ここまで同じになるだろうか?
建物の数まで似ている。20軒から30軒の家。3つから5つの商店。必ず1つの宿屋。
偶然にしては、一致しすぎている。
2日目の夜、野営地で他の護衛たちと話をした。
「王都は初めてか?」
Dランクの戦士が聞いてきた。
【人間:冒険者・戦士・Dランク・オーウェン・30歳・話好き】
「はい、初めてです」
「そうか。王都は凄いぞ。人も物も、何もかもが集まってる」
「でも、ごちゃごちゃしてて疲れるんだよな」
別のDランクが言った。
【人間:冒険者・弓手・Dランク・カイル・28歳・都会嫌い】
「俺は田舎の方が好きだ。のんびりしてて」
「田舎は退屈だろう。毎日同じことの繰り返しで」
「それがいいんじゃないか。平和で」
悠は二人の会話を聞きながら、考えた。
都会と田舎。確かに雰囲気は違う。でも、根本的な部分では同じかもしれない。
決められたパターンの中で、人々が動いている。
ただ、そのパターンが複雑か単純かの違いだけで。
3日目の昼過ぎ、山賊が現れた。
「敵襲! 戦闘準備!」
リサの号令で、護衛たちが陣形を組む。
【人間:山賊・剣士・Lv.15】
【人間:山賊・弓手・Lv.12】
【人間:山賊・斧使い・Lv.14】
レベルまで見えるようになっていた。解析眼の成長を実感する。
山賊は20人ほど。数では向こうが上だが、質ではこちらが上だ。
戦闘が始まった。
リサの剣技は見事だった。流れるような動きで、次々と山賊を倒していく。
他の護衛たちも奮戦し、山賊は劣勢になった。
でも、悠は戦いながら、奇妙なことに気づいた。
山賊たちの動き。どこかで見たような……。
そうだ。前に遭遇した山賊と、動きのパターンが同じだ。
攻撃の順番。右斬り、左斬り、突き。
避け方。左、右、後ろ。
撤退のタイミング。仲間が半分やられたら撤退。
まるで、同じ訓練を受けたかのように。
いや、それ以上だ。同じ「型」で動いているような……。
「おい、ぼーっとするな!」
オーウェンに怒鳴られて、悠は我に返った。
確かに、戦闘中に考え事は危険だ。
結局、山賊は撤退していった。護衛側の完勝だった。
「よくやった」
リサが護衛たちを労った。
「悠、さっきどうした? 動きが止まってたぞ」
「すみません。ちょっと……」
「集中力を切らすな。命に関わる」
「はい」
リサの言う通りだ。でも、気になって仕方ない。
なぜ、別の山賊団が、同じ動きをするんだ?
---
5日目の夕方、ついに王都が見えてきた。
巨大な城壁に囲まれた都市。中央には、天を突くような王城がそびえている。
「すごい……」
悠は圧倒された。
城壁の高さは20メートルはあるだろうか。街全体を囲んでいる。
城門をくぐると、活気あふれる街並みが広がっていた。
石畳の大通り。両側に並ぶ商店。行き交う人々。
【人間:商人・忙しそう】
【人間:貴族・退屈そう】
【人間:衛兵・巡回中】
【エルフ:魔法使い・買い物中】
【ドワーフ:鍛冶屋・仕事帰り】
【獣人:冒険者・依頼探し中】
様々な種族、様々な職業の人々が行き交っている。
アクアポリスの20倍は人がいる。圧倒的な数だ。
でも、悠はすぐに気づいた。
この混沌とした光景の中にも、パターンがある。
衛兵の巡回ルート。大通りを時計回りに、30分で一周。
商人たちの動線。商業区から市場へ、決まったルートを往復。
馬車の通行経路。大通りの中央を、一定の速度で進む。
全てが、見えない線路の上を走っているかのように、決められた道を進んでいる。
「まるで、巨大なジオラマだ」
悠は呟いた。
精巧に作られた、動くジオラマ。人々は、その中を決められた通りに動く人形。
いや、それは言い過ぎか。
都市計画がしっかりしているだけかもしれない。交通ルールが徹底されているだけかもしれない。
でも、本当にそれだけだろうか?
キャラバンの荷物を納品し、護衛の仕事は終わった。
「お疲れ様」
リサが報酬を配る。
金貨1枚。ずっしりと重い。
「君、索敵が上手いな」
リサが悠に声をかけた。
「今回は集中力を欠いた場面もあったが、全体的には良い働きだった」
「ありがとうございます」
「また機会があれば、一緒に仕事をしよう」
リサは去っていった。
悠は王都で一泊することにした。
宿屋を探していると、豪華な馬車が通りかかった。
【人間:貴族・公爵・威圧的】
馬車の窓から、中年の貴族が顔を出していた。
その後ろに、若い女性の姿が見えた。
【人間:???】
また、情報が読めない人物だ。
黒いローブの女性の時と同じ。何か特別な存在なのだろうか。
馬車はあっという間に通り過ぎていった。
宿屋で夕食を取っていると、興味深い話が聞こえてきた。
「王宮で商談があったらしいぜ」
「商談?」
「ああ。若い女が、新しい商売の提案をしたとか」
「へえ、若いのに大したもんだ」
「しかも、べらぼうに美人らしい」
「金と美貌か。最強だな」
酒場の男たちが盛り上がっている。
悠は、さっきの馬車の女性を思い出した。
もしかして、あれがその商人なのだろうか。
情報が読めない人物。若い。商才がある。
何か、引っかかる。
最近、若い実力者の話をよく聞く。
魔法の天才。
竜を従える少年。
商売の天才。
偶然にしては、時期が重なりすぎている。
まるで、同時に現れたかのような……。
いや、考えすぎだ。
悠は首を振って、考えを打ち消した。
---
翌日、悠はアクアポリスへの帰路についた。
一人旅は気楽だが、少し寂しい。
街道を歩きながら、悠は王都で見たものを思い返していた。
巨大な都市。無数の人々。複雑に見えて、実は規則的な動き。
そして、若い天才たちの噂。
全てが、何かの法則に従っているような気がする。
でも、その法則が何なのか、まだ分からない。
3日目の昼、見覚えのある場所を通った。
以前、商隊護衛で休憩した茶屋だ。
「いらっしゃい」
茶屋の主人が愛想よく迎えてくれた。
【人間:茶屋の主人・65歳・記憶力が良い】
「あれ、あんた前にも来たね」
「ええ、商隊護衛の時に」
「そうそう。あの時は大勢だったな」
主人は茶を出してくれた。
悠が茶を飲んでいると、別の客が入ってきた。
【人間:旅人・商人・定期ルート】
「おお、今日も来たね」
主人が声をかける。
「今日も?」
商人が首を傾げた。
「いや、俺は週に一度しか来ないが」
「あれ? 昨日も来なかったかい?」
「昨日は別の街にいたよ」
「そうか……似た人と間違えたかな」
主人は頭を掻いた。
悠は、以前にも似たようなやり取りがあったことを思い出した。
同じような人が、同じような時間に現れる。
主人は人違いだと思っているが、本当にそうだろうか?
もしかしたら、別の「同じような人」が、決められた配役として現れているのかもしれない。
まるで、舞台の上で、同じ役を別の役者が演じるように。
いや、それは流石に考えすぎだ。
悠は茶屋を後にした。
---
アクアポリスに戻ると、ギルドは相変わらずの活気だった。
「お帰りなさい、悠さん!」
ミーナが笑顔で迎えてくれる。
「王都はどうでしたか?」
「圧倒されました。人の多さも、建物の大きさも」
「でしょうね。私も一度行ったことがありますが、田舎者には眩しすぎました」
ミーナは苦笑した。
「ところで、悠さん。新しい依頼が来てますよ」
「もう?」
「はい。悠さんを指名で」
指名依頼。また索敵能力を買われたのだろうか。
依頼書を見ると、差出人の名前はなかった。
『調査依頼:報酬は面談にて』
「怪しい依頼ですね」
ミーナも不安そうだ。
「でも、ギルドを通しているので、それなりに信用はあるはずです」
悠は依頼を受けることにした。
面談は、ギルドの個室で行われた。
扉を開けると、黒いローブの人物が座っていた。
「また会ったな」
女性の声。護衛依頼の時の、あの女性だ。
「あなたは……」
「前回の礼を言いたくてね。君のおかげで、無事に用事を済ませられた」
女性はフードを少し上げた。金色の瞳が見えた。
【人間:???】
やはり、情報が読めない。
「それで、今回の依頼は?」
「簡単なことだ。君の見たものを、教えて欲しい」
「見たもの?」
「そう。君の能力で見える、この世界の真実を」
悠は息を呑んだ。
この女性は、悠の能力を知っている。そして、「この世界の真実」という言葉を使った。
「あなたは、何者なんですか?」
「それは、いずれ分かる」
女性は立ち上がった。
「今はまだ、君のデータが足りない。もっと集めなさい。もっと見なさい。そうすれば、必ず真実に辿り着く」
「待ってください!」
「報酬だ」
女性は金貨5枚を置いて、部屋を出ていった。
悠は、一人残された。
金貨5枚。莫大な報酬だ。でも、何もしていない。
ただ、「もっと見なさい」と言われただけ。
悠は金貨を手に取った。本物だ。
そして、気づいた。
金貨の刻印が、少し変わっている。通常の王国の紋章の他に、小さく「8」という数字が刻まれている。
8。
8つ目の星。8つ目の光。
偶然だろうか。
その夜、悠は宿屋で記録石を見つめていた。
データは5000を超えた。膨大な情報量だ。
そして、パターンはますます明確になっている。
この世界は、規則的すぎる。
まるで、巨大なシステムの中で、全てが動いているような。
そして、その中に時折現れる、例外的な存在。
若い天才たち。情報が読めない人物。
彼らは、このシステムの何なのか?
バグ? エラー? それとも……。
悠は窓の外を見た。
今夜も7つの星が輝いている。そして、8つ目の小さな星も。
答えは、まだ見えない。
でも、必ず見つけ出す。
この世界の真実を。