第3話:迷宮都市オルクス
商隊護衛から戻って二週間。悠の冒険者としての評判は、少しずつ上がっていた。
「索敵の悠」という呼び名がギルド内で定着し始め、パーティーの誘いも増えてきた。ただし、相変わらずFランクのままだ。昇格には実績が足りない。
記録石のおかげで、蓄積された情報は2000を超えていた。人、モンスター、アイテム、地形、天候。あらゆる情報が整理され、いつでも引き出せる状態になっている。
今日も東の森で薬草採取をしていると、興味深いことに気づいた。
【スライム:通常個体・朝8時に出現】
【スライム:通常個体・朝8時半に出現】
【スライム:大型個体・朝9時に出現(薬草10本採取後)】
モンスターの出現時刻まで記録されるようになっていた。そして、その時刻には規則性がある。30分ごとにスライムが現れ、薬草を10本採取すると必ずビッグスライムが出現する。
「生態系のリズムかな」
悠は納得しようとした。動物にも活動時間がある。モンスターも同じなのだろう。
でも、どこか引っかかる。30分きっかり。10本ちょうど。自然界にしては、あまりにも正確すぎる。
「まあ、この世界の生き物は几帳面なのかも」
悠は苦笑して、それ以上考えないことにした。
ギルドに戻ると、ミーナが興奮した様子で話しかけてきた。
「悠さん! 大きな依頼が入りました!」
「大きな依頼?」
「迷宮都市オルクスへの輸送護衛です。報酬は銀貨50枚!」
迷宮都市オルクス。100層の大迷宮があることで有名な街だ。冒険者の聖地とも呼ばれている。
「でも、Fランクの俺で大丈夫なんですか?」
「指名なんです。『索敵が得意な冒険者を』という条件で」
指名依頼。悠の評判が、思った以上に広まっているようだ。
「他には誰が?」
「Dランクのマルクスさんがリーダーです。それとEランクが3人、Fランクが2人の計7人編成ですね」
Dランクがリーダーなら、かなりしっかりした護衛隊だ。
「分かりました。受けます」
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翌日、悠は集合場所に向かった。
すでに他の冒険者たちが集まっていた。その中心にいたのは、大柄な戦士だった。
【人間:冒険者・戦士・Dランク・マルクス・28歳・元騎士】
元騎士という情報が見える。道理で、立ち振る舞いが洗練されているわけだ。
「君が悠か。噂は聞いている」
マルクスが手を差し出した。悠は握手を交わす。
「よろしくお願いします」
他のメンバーも紹介された。Eランクの魔法使いアンナ、盗賊のレイ、僧侶のサラ。Fランクの戦士タクミと弓手のユイ。
輸送する荷物は、魔法道具の材料らしい。詳細は教えてもらえなかったが、かなり高価なものだという。
「オルクスまでは5日の道のり。途中、山賊が出やすい峠を通る」
マルクスが地図を広げて説明する。
「悠は索敵担当。常に周囲を警戒してくれ」
「分かりました」
荷馬車3台の輸送隊が出発した。
街道を進みながら、悠は周囲の情報を集めていく。
【人間:農民・畑仕事中】
【人間:行商人・定期ルート移動中】
【馬車:商人ギルドの定期便・火曜日通過】
今日は火曜日。商人ギルドの定期便は、毎週火曜と金曜に通る。悠の記憶と完全に一致していた。
「規則正しいな」
悠は呟いた。
いや、規則正しいどころじゃない。時刻まで同じだ。午前10時23分。秒単位で一致している。
雨の日も、風の日も、まったく同じ時刻。
「商売人は時間に正確なものだ」
悠は自分に言い聞かせた。でも、心のどこかでざわつきを感じる。
「何か言ったか?」
隣を歩いていたタクミが聞いてきた。
【人間:冒険者・戦士・Fランク・タクミ・20歳・熱血】
「いや、商人たちの移動が規則正しいなと思って」
「ああ、確かに。毎週同じ曜日に同じ商人が通るもんな」
タクミは気にした様子もなく答えた。
「変だと思わない? 秒単位で同じ時刻なんだ」
「へえ、そうなのか。さすが商人、時間に正確なんだな」
タクミはあっさりと納得している。
悠は言葉を続けようとして、やめた。
他の人には、この違和感が分からないらしい。解析眼で細かい情報が見える自分だけが、気づいてしまうのかもしれない。
昼過ぎ、一行は峠にさしかかった。
「ここからが危険地帯だ」
マルクスが警戒を促す。
悠は能力を集中させた。見える情報が、さらに詳しくなっていく。
【岩:花崗岩・風化進行中】
【植物:松・樹齢約50年】
【空気:湿度65%・無風】
環境情報まで見えるようになっていた。能力が確実に成長している。
そして、異変に気づいた。
「マルクスさん、止まってください」
「どうした?」
「岩陰に人がいます。5人……いや、7人」
悠の視界には、岩陰に隠れている人影の情報が映っていた。
【人間:山賊・剣士・待ち伏せ中】
【人間:山賊・弓手・待ち伏せ中】
「山賊か」
マルクスが剣を抜いた。
「先制攻撃をかける。アンナ、頼む」
魔法使いのアンナが呪文を唱え始めた。
【人間:冒険者・魔法使い・Eランク・アンナ・24歳・慎重派】
「炎よ、敵を焼き尽くせ――ファイアボール!」
火球が岩陰に向かって飛んでいく。
「うわあ!」
山賊たちが慌てて飛び出してきた。奇襲は完全に失敗したようだ。
「くそ! バレてたか!」
山賊のリーダーが舌打ちする。
【人間:山賊・リーダー・元冒険者Dランク】
元Dランク冒険者。かなりの実力者だ。
「全員、戦闘準備!」
マルクスの号令で、護衛隊が陣形を組む。
戦闘が始まった。
マルクスと山賊リーダーが激しく剣を交える。互角の戦いだ。
悠は後方から支援に徹した。敵の動きを読み、仲間に伝える。
「レイさん、右から来ます!」
「サンキュー!」
盗賊のレイが、悠の警告で攻撃を避けた。
【人間:冒険者・盗賊・Eランク・レイ・22歳・身軽】
僧侶のサラが回復魔法で仲間を支援する。
【人間:冒険者・僧侶・Eランク・サラ・26歳・心優しい】
ユイの弓が山賊の動きを封じ、タクミが果敢に斬り込んでいく。
チームワークの良い戦いだった。
15分ほどの戦闘の末、山賊たちは撤退していった。
「やったな!」
タクミが歓声を上げる。
「悠のおかげだ。奇襲を防げたのが大きかった」
マルクスが悠の肩を叩いた。
「たまたま見つけただけです」
「謙遜するな。お前の索敵能力は本物だ」
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その後は大きなトラブルもなく、3日後の夕方、一行は迷宮都市オルクスに到着した。
人口3万人。アクアポリスより規模が大きい。街の中心には、巨大な石造りの建造物がそびえ立っていた。
「あれが大迷宮か」
悠は見上げた。
【建造物:オルクス大迷宮・地下100層・2000年前建造】
2000年前の建造物。誰が何の目的で作ったのか、未だに謎だという。
「一度は挑戦してみたいよな」
タクミが憧れの眼差しで見つめる。
「Fランクじゃ5層も無理だぞ」
レイが現実的なことを言う。
荷物を依頼主に引き渡し、報酬を受け取った。
「お疲れ様。また機会があったら一緒に仕事をしよう」
マルクスと別れ、悠は一人で街を散策することにした。
オルクスの冒険者ギルドは、アクアポリスの3倍の規模があった。
【建物:冒険者ギルド・オルクス支部・登録者5000人】
掲示板には、迷宮探索の依頼がずらりと並んでいる。
『10層のアイテム回収:報酬金貨1枚』
『20層のモンスター討伐:報酬金貨3枚』
『30層の地図作成:報酬金貨5枚』
どれも高額だが、その分危険も大きい。
「すごい活気だな」
悠は圧倒された。
ギルドの酒場で食事を取っていると、興味深い会話が聞こえてきた。
「聞いたか? また迷宮がリセットされたらしいぜ」
「ああ、月初めの恒例行事だな」
「モンスターも宝箱も、全部元通りになるんだろ?」
「そうそう。だから月初めは迷宮が混むんだよ」
迷宮のリセット。毎月1日に、迷宮内のモンスターや宝箱が復活するという。
「便利なシステムだな」
悠は思った。これなら、冒険者が絶えることなく迷宮に挑める。資源が枯渇する心配もない。
でも、待てよ。モンスターが復活? 宝箱が元通り?
死んだモンスターが生き返るなんて、あり得るのか? 空になった宝箱に、誰が補充しているんだ?
「……魔法の力、かな」
悠は頭を振った。この世界には魔法がある。きっと、古代の魔法で自動的に復元されるのだろう。そう考えれば、不思議ではない。
たぶん。
翌日、悠は迷宮に入ってみることにした。
Fランクでも、1層から5層までなら何とかなるという話だった。
迷宮の入り口で、受付に登録を済ませる。
「初めてかい?」
受付の老人が聞いてきた。
【人間:迷宮管理人・65歳・ベテラン】
「はい」
「1層は広いが、モンスターは弱い。地図を買っていくといい」
悠は銅貨50枚で地図を購入し、迷宮に足を踏み入れた。
石造りの通路が続いている。壁には松明が等間隔で設置され、薄暗いが歩くには困らない。
【構造物:迷宮1層・石造り・罠なし】
しばらく進むと、最初のモンスターと遭遇した。
【スケルトン:Lv.5・アンデッド】
骸骨の戦士。剣を持って襲いかかってくる。
悠は落ち着いて対処した。スケルトンの動きは単調だ。パターンを読んで、隙を突く。
何度か剣を交えた後、悠の一撃が骸骨の頭蓋骨を砕いた。
スケルトンは崩れ落ち、小さな魔石を残して消えた。
【魔石:小・10銅貨相当】
魔石は換金できる。迷宮探索の主な収入源だ。
悠は1層を探索し続けた。
スケルトンを5体、大ネズミを3匹倒し、宝箱を一つ見つけた。
【宝箱:銅貨100枚入り】
「結構稼げるな」
3時間の探索で、銅貨換算で200枚ほどの収入になった。薬草採取より効率がいい。
ただし、気になることがあった。
モンスターの配置、宝箱の場所、すべてが地図通りだったのだ。
「地図が正確なんだな」
悠は感心した。2000年も探索されている迷宮だ。1層くらいは完全に把握されているのだろう。
でも、本当にそれだけだろうか?
スケルトンは、なぜいつも同じ場所に立っている? 宝箱は、なぜいつも同じ角度で置かれている?
まるで、誰かが毎回同じように配置しているみたいだ。
「いや、そんなはずは……」
悠は首を振った。考えすぎだ。きっと、モンスターにも縄張りとか、好きな場所があるのだろう。
迷宮を出ると、もう夕方だった。
宿に戻る途中、悠は街の様子を観察した。
【人間:パン屋・閉店作業中・毎日18時閉店】
【人間:武器屋・在庫確認中・月末は品薄】
【人間:冒険者・迷宮帰り・2層で撤退】
人々の行動パターンが見える。この街も、アクアポリスと同じように規則正しく動いている。
「どこも同じだな」
悠は思った。人間の生活には、どこでも一定のリズムがあるものだ。
でも、ふと立ち止まる。
パン屋の主人が、棚のパンを片付けている。その動作を見て、悠は息を呑んだ。
右手で3個、左手で2個。次は右手で2個、左手で3個。
アクアポリスのボブとまったく同じ順番、同じ動作だ。
「……偶然だよな」
悠は呟いた。
でも、能力で見える情報が、不安を煽る。
【人間:パン屋・閉店作業中・動作パターン完全一致】
完全一致。
悠は足早にその場を離れた。
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翌日、悠は2層に挑戦することにした。
2層は1層より狭いが、モンスターが少し強い。
【ゾンビ:Lv.8・アンデッド・毒攻撃あり】
ゾンビの爪には毒がある。掠っただけでも危険だ。
悠は慎重に戦った。距離を保ち、相手の攻撃パターンを観察する。
ゾンビは3回爪を振るった後、必ず大振りの攻撃をする。その隙を狙った。
「今だ!」
悠の剣がゾンビの首を刎ねた。
【魔石:中・30銅貨相当】
魔石も1層より価値が高い。
2層を2時間ほど探索し、悠は一度撤退することにした。無理は禁物だ。
迷宮の出口で、見覚えのある顔と出会った。
「悠じゃないか!」
ガルドだった。最初にパーティーを組んだ戦士だ。
「ガルドさん! お久しぶりです」
「オルクスで何してるんだ?」
「護衛の仕事で来たんです。ついでに迷宮も見てみようと思って」
「そうか。俺はEランクに昇格してな。レナと一緒に10層に挑戦してるんだ」
ガルドの隣には、弓手のレナもいた。
「悠も強くなったって聞いてるよ」
レナが微笑む。
「索敵が上手くなったくらいです」
「それも立派な才能だ」
三人は近くの酒場で、久しぶりに酒を酌み交わした。
「そういえば、変な噂を聞いたぞ」
ガルドが声を潜めて言う。
「北の方で、とんでもない実力の若い奴らが現れてるって」
「若い騎士の話ですか?」
「それだけじゃない。天才魔法使いとか、竜を従える奴とか、信じられないような話ばかりだ」
レナも頷く。
「私も聞いた。まるで、物語の主人公みたいな人たちが、同時に現れてるって」
「物語の主人公か……」
悠は苦笑した。自分とは正反対の存在だ。
「ま、俺たちには関係ない話だな」
ガルドが笑った。
「俺たちは俺たちで、地道に強くなるだけさ」
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オルクスに来て4日目。悠は3層に到達していた。
【迷宮3層:やや危険・推奨レベル15以上】
悠のレベルは12。少し厳しいが、慎重に進めば何とかなる。
3層のモンスターは、さらに手強かった。
【アーマースケルトン:Lv.12・重装備・防御力高】
鎧を着た骸骨戦士。普通の攻撃では、なかなかダメージが通らない。
悠は観察を続けた。そして気づいた。
アーマースケルトンは、10回攻撃すると必ず防御の構えを取る。その後、強力な一撃を放つ。
「パターンが読めた」
9回攻撃を受け流し、10回目の防御の構えの時に距離を取る。強力な一撃を避けて、その隙に関節を狙う。
作戦は成功した。アーマースケルトンは崩れ落ちた。
【魔石:大・100銅貨相当】
かなり価値の高い魔石だ。
しかし、次の敵は予想外だった。
【影の暗殺者:Lv.15・姿が見えにくい】
影のような存在で、通常はほとんど見えない。しかし、悠の解析眼には、はっきりと映っていた。
【影の暗殺者:Lv.15・ステルス状態・背後から接近中】
「後ろか!」
悠は振り返り、剣を振るった。影の暗殺者は驚いたように後退した。
姿が見えない敵も、悠には通用しない。これが解析眼の真価だった。
影の暗殺者を倒し、悠は3層の探索を終えた。
収穫は魔石5個と、小さな宝箱一つ。
【宝箱:薬草10本入り】
薬草も貴重品だ。これだけで銀貨1枚の価値がある。
迷宮を出ると、管理人の老人が驚いた顔をした。
「Fランクで3層まで行ったのか。大したもんだ」
「運が良かっただけです」
「いや、実力だろう。お前さん、見た目以上にやるな」
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その夜、悠は宿で今回の収穫を数えた。
迷宮探索で得た魔石と宝物を合わせると、銀貨5枚相当になった。4日間でこれだけ稼げれば十分だ。
そして、気づいたことがあった。
迷宮のモンスター配置も、完全にパターン化されている。
1層の最初の部屋には必ずスケルトンが2体。
2層の中央には必ずゾンビが3体。
3層の奥には必ず影の暗殺者が1体。
「まるで、決められた通りに配置されているような……」
悠は背筋に寒気を感じた。
いや、それどころじゃない。スケルトンの向いている方向、立っている位置、持っている武器の角度。すべてが、前回と完全に一致している。
ミリ単位で。
「……偶然だ」
悠は自分に言い聞かせた。
迷宮は古代の遺跡。設計者が意図的に配置したのだろう。魔法の力で、決められた位置に復活するのかもしれない。
そう、きっとそうだ。
でも、なぜか不安が消えない。
翌朝、悠はアクアポリスへ帰ることにした。
オルクスのギルドで、帰りの護衛依頼を探す。
『アクアポリス行き商隊護衛:報酬銀貨15枚』
ちょうどいい依頼があった。
帰り道は平穏だった。山賊も現れず、天候にも恵まれた。
3日後、悠はアクアポリスに戻った。
「お帰りなさい、悠さん!」
ミーナが笑顔で迎えてくれる。
「オルクスはどうでしたか?」
「迷宮が面白かったです。3層まで行けました」
「Fランクで3層!? すごいじゃないですか!」
ミーナが目を丸くする。
「そろそろEランクに昇格できるかもしれませんね」
「そうだといいんですが」
悠は苦笑した。
実績は積み重ねているが、まだ昇格試験を受けるには足りない。もう少し頑張る必要がある。
その夜、悠は記録石を眺めていた。
蓄積された情報は3000を超えた。オルクスの迷宮データも含めて、膨大な量だ。
そして、あることに気づいた。
アクアポリスとオルクス。二つの街のパターンが、驚くほど似ている。
商人の移動は火曜と金曜。
パン屋は朝4時に開店、夕方6時に閉店。
酒場は夕方6時開店、深夜2時閉店。
「偶然かな……」
悠は呟いた。
いや、偶然にしては一致しすぎている。まるで、同じ設計図で作られた街みたいだ。
パン屋の主人の名前は違う。でも、性格や話し方が妙に似ている。酒場の雰囲気も、客層も、ほぼ同じ。
「気のせいだ」
悠は強く首を振った。
人間の生活リズムは、どこでも似たようなものだ。効率を求めれば、自然と同じようなパターンになる。
そうに違いない。
でも、記録石に蓄積されたデータが増えれば増えるほど、違和感も大きくなっていく。
この世界は、何かがおかしい。
でも、何がおかしいのか、まだ分からない。
悠は記録石をしまい、ベッドに入った。
明日からまた、地道に依頼をこなそう。情報を集め続けよう。
いつか、この違和感の正体が分かる日が来るかもしれない。
窓の外を見ると、今夜も7つの星が輝いていた。
そして、その外側の小さな8つ目の星も。
変わらない星空だけが、悠に安心感を与えてくれた。