2 聴取
花袋の住居がある秋葉原までは花袋の空飛ぶ車でいくことになった。運転は車に搭載された人工知能がおこなうので、花袋の手動運転よりも安全が保証されている。
まず、この裏通りに着陸したときと同様、頭上に張り巡らされた電線を掻いくぐりながら離陸、上昇。水平方向へ移動可能な高度まで上昇したら、徐行運転で〝ハイウェイ〟の入口まですすむ。ハイウェイ──文字通り〝空中の道路〟──のインターチェンジに到着すると加速し、空飛ぶ車が行き交う本線へと合流した。
後部座席にすわる本多とシュリは、東京旧市街の空中遊泳をたのしんだ。
上野本町出口でハイウェイを降り、秋葉原にある駐車場に空飛ぶ車を停めると、花袋の自宅まで徒歩で──花袋は車椅子で──すすんだ。
花袋の住居は、路地裏の煽情的な通りにある『ADULT TOY SHOP FLOWER』という店舗のなかにある。入口から店にはいり、卑猥な形状の玩具が陳列されている店内をぬけて、バックヤードから裏口に出ると、生活排水があつまるドブ川に面した外廊下になっていた。外廊下をすすみ、店舗裏口のとなりのドアを開けると、そこが花袋の日常生活をおくる部屋になっていた。
部屋には四体のセクサロイドがいた。花袋は彼らを名前ではなく〝番号〟で呼んでいた。
本多とシュリはさっそく彼らから事情聴取をすることにした。
まずは2号──背中まである金色の髪、青い瞳とめくり上がった上唇、長い手足と細い腰、そして不釣り合いなほど大きな胸──から聞き取りをはじめた。
本多とシュリがならんですわるソファーの向かいに2号がすわった。
「1号がいなくなったことに気がついていた?」本多が訊く。
2号は足を組んだ。セクサロイドだとわかっていても目がいってしまうことに、本多は自分を恥じた。
「一昨日の朝から気づいてたよ。先生──花袋はセクサロイドたちに自分を『先生』と呼ばせていた──にも『1号がいない』って何度も伝えたんだけどね。でも先生は普段から人の話をあんまりきいてないから。昨日の夜に1号がいないことに気づいた先生はもうパニック状態。散々大騒ぎしてから、慌てて本多さんのとこにいったの」
「そうだったのか。それじゃ花袋以外は1号がいなくなったことに気がついていたんだな」
「そうよ」
「最後に1号をみたのは?」
「三日前の夜ね。いっしょにそこで──ダイニングの隅にある充電装置を指差して──寝たのも。でもスリープを解除した翌朝六時にはもう1号はいなかった」
「二日前の朝暗いうちに家を出たということか……1号の行き先に心当たりはあるか」
「いいえ」
「普段と変わったところとかなかった?」
「ないとおもうけど……1号は私とは正反対の性格だから。控えめだし、あまり自分のことを話さない。だから内心なにを考えているかはわからなかったわ。あ、だからって私と1号の関係は悪くないわよ。私がこの家にはじめてきたときも1号はやさしく迎え入れてくれたし、いろんなことをおしえてくれた。私は1号が大好きだし尊敬してるの」
「素敵ですね」とシュリ。
「ええ。でもね、1号って怒ると本当に怖いのよ。マナーとか礼儀とかに厳しいの。まあ、怒られるのはだいたい3号だけどね」
「へえ、そうなのか」本多は1号の姿をおもい出した。1号は、見た目が高校生くらいの清純そうな可愛らしい女の子で、たしかに優等生っぽさはある。
「もし1号が家出したとしたら、なにが原因だとおもう」と本多。
「え? 家出……」
「家出かどうかはまだ確定じゃない。『もしも』の話だ。1号はなにか不満をもってなかったか」
「どうだろう……たしかに家事の大半は1号にたよっちゃってるけど。それがイヤになっちゃったのかしら……」
つづいて3号。
3号は身長がちいさく、幼女のような見た目をしていた。
「1号はボクにとってお姉ちゃんみたいな存在だよ」3号の一人称は『ボク』だった。「しつけには厳しいけど怒るのはたまにだけだよ。でも怒るとほんとに怖いから絶対怒らせないようにしてる」
1号って怒らせるとよっぽど怖いんだな、と本多はおもった。
「3号も1号がいなくなったことにすぐに気がついていたのか」
「うん。先生にもいったよ。でも全然気にしてない様子だったから。だからきっと先生は事情を知ってるんだとおもってた。1号がどこにいったとか知ってるんだと……でもちがったみたいだね」
「1号が家を出たところを見たか?」
「ううん。一昨日の朝起きたらもういなくなってた」
「1号がいなくなるまえになにか言ってなかったか。行き先とか」
「ううん。言ってなかったとおもう」
「そうか。じゃあ、1号に変わったところはなかったか」
「とくにないとおもうけど……あ、でも、最近調子がわるいっていってた。故障までいかないけど不具合が多いって。ボクがもっと1号のお手伝いをしてればよかったのかな。そうすれば1号も……」
「そんなことはないとおもいます」シュリはやさしく否定した。
「そう、かな?」と3号。
「はい。そうですよね、本多さん」
「ああ。心配するな。1号は俺たちがかならずみつける」
「うん。おねがいします、ミッチー」
次は4号。
4号はアフリカ系の顔立ちをしており、螺旋状にちぢれた髪の毛は膨れて、大きな丸いかたちをなしていた。褐色の肌が映え、高身長で肉付きもよく、巨大すぎる乳房と尻をもっていた。
「最近、1号は調子がわるかったんだ。とくに電脳の❘記憶領域に不具合があったみたいで、もの忘れが多かったな」
「もの忘れ?」シュリは不振がった。
「どうかしたのか」と本多。
「いえ、アンドロイドにとってもの忘れとは〝データ破損〟を意味します。そのような状態はかなり重症だといえます」
「そうなのか」と本多。
「はい。アンドロイドといっても基本的にコンピュータで機械ですから。考えられる原因は、ハードウェアの故障やバグ、ウイルスなどがかんがえられます。そのせいで記憶領域にデータのゴミが蓄積して容量不足になっていたのかもしれません」シュリが解説した。
「データのゴミ?」と本多。
「アンドロイドはスリープ時にデータの整理をします。重要度が高いと判断されたデータは保存され、重要度の低いデータは廃棄されます。そうやって電脳内を整理するんですが、それがうまく機能しなくなるとデータのゴミが記憶領域に溜まっていって、人間でいう〝もの忘れ〟のような症状がでることがあるんですが……でも、それも本当に稀な例です」
「1号はそういう状態だったかもしれないということか……そのほかに気になったことはないか」本多は4号に訊いた。
「気になること……う~ん、そうだな。いまじゃ私がこの家の料理をおもに担当しているんだが、それまではすべての家事を1号が一人やっていたみたいだな。その負担は大きかったかもしれない。1号に怒られたこと? 私は1号に怒られたことはない。2号と3号に『1号は怒ると怖い』と事前にきいていたからな」
最後に5号だ。
5号は唯一の男型セクサロイドで、服の上からでも引き締まった筋肉のかたちがわかった。端正な顔立ちで、立ち振る舞いもさわやかな、好青年だった。
「ここでは私が一番新米です。みなさんあたたかく迎えてくれました。なかでも1号はなにかと私を気遣ってくれて、とてもたすかりました。親切で頼れる方です。ちなみに私は1号に怒られたことはありません。事前にみなさんから注意されてましたから」
「1号が家を出たことに気がついた?」本多が質問した。
「いいえ。残念ながらだれも気がつかなかったようです」
「普段と変わったところはなかったか」
「変わったところ……ああ、そういえば『アンドロイドの楽園』について訊かれました」
本多とシュリが目を合わせた。花袋は泣きだしそうな顔をした。
「アンドロイドの楽園についてなにをはなしたんだ」
「ええと、楽園の噂は知っているかとか、楽園についてどうおもうかとか、そんなところです」
「楽園にいきたいとかは言ってなかったか」
「いえ、それは言ってませんでした」
「そうか。ちなみに5号はなんて答えたんだ」
「噂は知っていますが、あまり興味がないと答えました。おそらくただの都市伝説で、そんな楽園は存在しないだろうと」
「ふむ、賢明な答えだな。ありがとう。なにかほかにおもい出したことがあったらいつでもおしえてくれ」
「はい」
「さてどうしたものか」
本多は椅子の背もたれによりかかった。
「ひとつ気になることがあるんですが」シュリが遠慮がちに手を挙げた。
「なんだ?」
「どうやら1号さんは電脳に不具合をかかえていたみたいです。花袋さん、1号さんのメンテナンスをいつやりましたか」
「え、メンテナンス? いや、やったことないけど……」
シュリは驚きを隠せなかった。
「購入してから一度もですか」
「え、あ、うん」
花袋は大きい体を小さくした。
「1号さんを購入したのは八年前でしたよね。アンドロイドは三年毎のメンテナンスが義務付けられてるのかご存知ですか」
「……は、はい。存知あげております」
「はあ」シュリは大きな溜め息をつき、呆れ顔でつづけた。「メンテナンスをわすれてしまう所有者は少なからずいます。おそらく1号さんの電脳内にはさっき話した〝データのゴミ〟が溜まっていたんでしょう。そのせいで正常動作ができなくなり、不具合が発生したんだとおもわれます。もしかしたら行方不明になったことにも関係してるかもしれません。一刻もはやく1号さんをみつけてメンテナンスを受けさせないと──」
「あっ!」
突然、花袋が大声を出した。まわりの人間とアンドロイドたちはびっくりして目を見開いた。
「メンテナンス! そう、メンテナンスだ!」
「なんだよ、花袋。いきなり大声出しやがって」本多が文句をいった。
「ミッチー、おもい出したんだよ。メンテナンス」
「は?」
「1号と最後に会った夜──僕の部屋に1号が食事をもってきてくれたときの会話をおもい出したんだ。メンテナンスだよ。1号は明日からメンテナンスに行くと言ったんだ。朝早くから出かけるからよろしく、と」
「それ本当か」本多は疑った。
「本当さ。ほら」と言いながら花袋は端末を取り出した。「ここ」と本多にみせたのは、アンドロイド整備会社からのメールだ。着信の日付は一ヶ月前。内容はメンテナンスに関する説明と見積。メンテナンス期間は三日前の日付から今日までとなっていて、花袋のサインも入っていた。
「1号が自分で準備して、予約をとって、僕が承認のサインをしたんだ」
「メンテ中はアンドロイドの全機能が停止されます。だから位置情報も取得できなかったんですね」とシュリ。
「ったく、なんだよ。まったく事件性ねえじゃねえか」本多はふたたび文句をいった。
「ごめんよ、ミッチー」
「花袋。お前のほうこそ、もの忘れの心配をしたほうがいいかもな。まあでも、よかったな」
「うん」
「メンテナンスは今日が最終日ですね。じゃあ、そろそろ──」シュリが言いかけたときだった。
「位置情報です! 1号の位置情報が発信されています!」5号が叫んだ。
「迎えにいってくる」花袋は車椅子に乗った。
「一人で大丈夫か」と本多。
「大丈夫。一人で迎えにいきたいんだ」
そういって、花袋は出ていった。
「やれやれ、とんだ人騒がせだな」本多は愚痴った。
「これじゃ報酬もらえませんね」とシュリ。
本多の顔に絶望の色がうかんだ。
「まじかあ」